火事オヤジがヴィラン連合に参加したようです   作:じoker

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6時限目 道<ろじ>

 ――男は考える――

 

 

 

「ハァ?何だコリャ?」

 太陽が完全に沈み街が闇に包まれたころ、男は人通りの少ない路地を歩いていた。

「光彩認証に指紋認証……高々タバコ一箱買うのにそこまでするか?」

 男は、弔から頼まれた仕事の前に最後の一服をしようとしたのだが、その時持っていた愛用の煙草『じOker』の残りは一本であることに気づいた。景気づけにここで最後の一本を吸うよりも仕事終わりの一本にとっておきたいと考えた男は、少々不満はあるが景気づけの一本は市販の煙草ですまそうと最寄の自動販売機まで赴いた。

 煙草購入者専用成人識別カードがあれば自動販売機でも問題なく煙草を購入できるだろうと思っていたが、彼の見つけた自動販売機は国民番号カードで認証しなければ煙草が購入できないタイプの自動販売機だったのである。

 実は、煙草の専売企業の思惑とは裏腹に煙草購入者専用成人識別カードの普及は進まず、さらに未成年の煙草の購入も減らなかったため、打開策として専売企業は自動販売機の認証機能は国民に広く普及していた国民番号カードでの認証へと切り替えたのであった。

 国民番号カードであれば発行時に光彩認証と指紋認証、DNA提出が義務付けられているため、より確実に本人確認ができ、かつ誰もが所持しているため普及率も問題ないというのも切り替えの要因の一つだと言われている。

「市販の銘柄で我慢しようかと思っていたが……今はこんなのになってやがんのか」

 光彩や指紋を誤魔化す方法がないわけではないが、生憎今の彼はそのための道具を持ってはいないし、運転免許証(偽造)以外の身分証明書なぞ普通は持ち歩かない。男は煙草の購入を諦め、仕事終わりの一本も諦めることにした。

「は~あ……。せちがれぇ!」

 仕事帰りに近くのコンビニにで市販の銘柄でも買って、愛用の一本はアジトに帰ってからゆっくり楽しめばいいと考えた男は、マッチを擦り最後の一本となった煙草に火をつけた。

 肺に煙が染み渡り、頭が冴えてくるような感覚を男は感じていた。しかし、煙草一本が灰になるまでの小さな幸福の時間も長くは続かなかった。

「あ――――ッ!」

 突然男に掴みかからんとする勢いで迫ってきたのは、派手な服装をした女性だった。顔中に何かを塗りたくって醜い物を隠しているかような濃い化粧に、センスの悪い派手な服。典型的な見苦しい中年女性だ。

「アンタ!!今煙草吸ってたわね!?屋外喫煙は犯罪よ!!」

「あ、ああ。悪かったよ、場所移るから……」

「移動すればそれで終わりじゃないのよ!!問題は私の健康を害したってことよ!!」

 中年女性はなおも凄まじい剣幕で男を怒鳴りつける。

「煙草の煙はね、喫煙者が吸う煙より煙草の先から出る煙の方が毒性が高いの!!お前の寿命が減ろうが知ったこっちゃないけど、アタシはこれで寿命が三年は縮んだわ!!どうしてくれるのよ、私の三年を返しなさいよ!!悪いですめば警察もヒーローもいらないわよ!!」

「いや、そこまでは」

「私はね!!無添加食品を態々高い金出して買って、ジムにも定期的に通って、人間ドックだって毎年受けてこの健康を保ってるのよ!!私がそれだけのことをして守っている健康を害した罪をあんたはどう償うつもり!?」

「ひとまず話を」

「人が話している時に遮るんじゃない!!そんなことも分からないのか!?何て無礼なヤツなの!!お前、なんていう名前!?」

「おばさん、だから」

「まずは自分はバカだと腹の底から大声捻り出して謝りなさいよ!!そっちが先だってどうして分からないの?善良な一般市民の命を削ってヘラヘラしてるようなバカですみませんでしたと謝ってから口を開きなさいよ、このバカ!!」

 半ば宥めるのを諦めかけている冷めた男の態度とは違い、中年女性の怒りはさらにヒートアップする。

「いい!!アタシが死んだらお前に殺されたって警察に通報させるからね!!全部お前のせいだからね!!喫煙者は犯罪者!!人の健康を害し、寿命を削る殺人鬼よ!!禁固なんて……いいえ、死刑すら生ぬるい!!一族郎党市中引廻しの上打首獄門にしなければ!!」

「おいオバサン」

「一一〇番通報しないと!まずこの男から速やかに射殺されなければならないわ!!」

「聞けって」

「おまわりさーん!!今私の健康がそこのバカのせいで殺されましたァ!!即刻射殺してくださーーい!!」

 ここに至り、男はことを穏便に済ますことを諦めた。

 これから仕事をするということもあってなるべくトラブルを起すことは避けたかったが、相手がここまで常軌を逸しているとなれば他に方法はない。それに、流石にこれは温厚な男をしてイラつかせるには十分だった。

 男は決断を下した。

「落ち着けよババァ」

 男は全く躊躇することなくギャーギャー喚き続けていた派手な中年女性の頭を鷲掴みにし、そのまま顔面を自動販売機に叩きつけた。自動販売機のガラスケース部分は勢い良く叩きつけられた女性の顔によって粉砕された。

 さらに、男はガラスケースのあったところにめり込んでいた中年女性の頭を引き剥がす。鼻の骨でも折れたためか鼻からは絶え間なく血が滴り落ち、砕け散ったガラス片が刺さったままの顔面は血で真っ赤に染まっていた。

「は……ふひゃ……はふへ」

 まだ女性には意識があったらしく、顔がガラスケースから引き離された隙に助けを求めて逃げ出そうとする。しかし、それを大人しく見逃すような男ではない。

「静かにしな」

 女性の頭部を掴んでいる男は、再度暴れる女性の顔を粉砕されたガラスケースに叩きつける。鈍い音が路地に響き、女性は一瞬身体を痙攣させた末に動かなくなった。

「高々煙草の副流煙程度で人は死にゃしねぇよ。金に物を言わせて色々と努力されているようだが、残念なことにそんなものは長生きとはほとんど関係のないものだ」

 男は動かなくなった中年女性を地面に投げつけ、その首に足をかける。

「お隣の国を見てみろよ。アホみたいに化学物質が垂れ流された下水を飲んでと排気ガスで色まで変わった空気を吸って、何が原料かも分からない食品や農薬まみれの農作物を食べ続けてきた世代がバリバリ元気で老後を迎えてらっしゃるじゃねぇか」

 男は足に力を入れ、一気に踏み抜いた。ゴキという鈍い音と同時にこれまで僅かに漏れていた中年女性の息遣いが止まる。

「悪ィな。確かにアンタを殺すことになっちまったが、警察に通報してやれねぇんだ」

 

 ――無駄な時間を使っちまったな

 

 男は既にモノとなった中年女性や、特に理由もなく破壊された自動販売機を一瞥して目的地へと向かおうと踵を返した。しかし、そんな彼を呼び止める声があった。

「待て、そこで何をしている」

 呼び止めた男は、全身を樹皮のようなもので覆った奇怪な姿をしていた。当然、その正体は即座に看破される

「ただものではないようだな……」

「オイオイ、プロヒーローのご登場か、シンリンカムイ。こんな夜に油売ってるなんて中々暇そうじゃねぇか」

 シンリンカムイは地面に横たわる女性と破壊された自動販売機を見て状況を即座に理解した。

「大の大人が非力なご老人になんということを。我が相手になろう」

「いや、これは正当防衛なんだが……見逃してくれねぇか、ヒーローさんよ」

「それはできない相談だ。大人しくお縄についてもらおうか、先制必縛――ウルシ鎖牢!!」

 シンリンカムイから伸びる樹は即座に男に絡みつき、その動きを封じる。そのスピードと正確性はまさに若手実力派の評判にも恥じない見事なものだった。

 しかし、全身の自由を奪われたはずの男の口調は余裕そのものだった。

「防火ジェルか。なるほど、自分の弱点もキチンと把握して対策を打っているわけだな」

 男は、自身を捕縛する樹木から漂う僅かな匂いからその臭いの正体とその狙いを即座に看破した。

「……貴様」

 シンリンカムイは警戒感を顕にする。この耐火ジェルは、自身の個性とは相性の悪い火系統の個性を持つ(ヴィラン)対策として試験的に導入したばかりで同業者ですらそのことを知るものはほとんどいないはずだった。

 それを見抜いたということは、この男は独自の情報網を持つか、優れた洞察力を持っているということに他ならない。どちらにしても、油断なら無い危険な相手だとシンリンカムイは判断した。

「何故分かるかっていいたげな顔だな。いいぜ、教えてやるよ」

 男は唯一動く首を回して視線をシンリンカムイに向け、そして不敵な笑みを浮かべる。

「専門……いや、弱点だからさ」

 その直後、男の手から噴出した炎がシンリンカムイの全身に襲い掛かった。男が自身と相性の悪い火系統の個性の使い手であることにシンリンカムイは驚きを隠せなかった。

「炎!?しかし、知っているはずだ!!私の身体には耐火ジェルが……!?」

 耐火ジェルがあれば、自身の身体が燃え出すことはない。多少強引だが、拘束を強くすれば相手の個性発動も抑えられる――そう踏んだシンリンカムイはさらに拘束を強くしようとするが、そこで予想外の事態に困惑することとなる。

「バカな……何故、()()()()!?」

 普通であれば、個性によって生み出された炎はそれが何か可燃物に引火しない限りは長くはもたない。また、炎が出ている時間が短ければ短いほど、何かに引火するリスクは小さくなる。

 シンリンカムイの耐火ジェルは、その炎が自身に燃え移るまでの数十秒に耐えるための装備だ。速さと正確性を突き詰めてきた自身の個性ならば、引火するまでの間に相手を無効化できるという自信もあった。

 しかし、何故か一瞬放射されただけの炎は自分の身体に引火し、全く消える気配がない。

「貴様……一体何をした!?」

 シンリンカムイの問いかけに、同じように炎の熱に当てられているはずの男は飄々とした表情を崩さずに答える。

「ナパームって知ってるか?昔々の戦争で、人も建物も森も焼き尽くすために作られた兵器でな。極めて高温で燃えるし、さらに燃焼時間も普通の燃料よりも長くなるように増粘性や可燃時間を増やす為に様々な化学薬品が添加された油脂焼夷弾の一種だ。人体や木材につくと親油性のせいで中々落ちねぇし、水をかけても消化は困難だ。消そうにもガソリン用の消火器が必要になる……って聞ける状態じゃねぇか。人に問いかけておきながら失礼なやつだなオイ」

 男が話している間もシンリンカムイの全身を覆う炎の勢いが衰えることはなく、熱傷が彼の身体を甚振る。

「グ……ぐ、うぁぁああ!?」

 全身を炎に包まれたシンリンカムイは、ついに無念と苦悶を滲ませた叫びをあげながら力尽きる。それを見届けた男は身体にまきつく樹を外し、さらにそこから火が燃え移った上着を脱ぎ捨てることで脱出した。

「ん?……」

 気がつけば、いつのまにか煙草の火が消えてしまっていたことに男は気づく。紅く変色しているところからして、先ほどの中年女性の血でも付着したのだろう。

 男は咥えていたタバコを燃える上着に近づけ、再度煙草に火を灯す。

「チッ……」

 どうにか再着火には成功したが、炎と立ち上る煙でそろそろ誰かがここに駆けつけるころだと男は判断した。男は燃える上着を中年女性の顔にかぶるように狙って投げ捨てた。

「いずれ、お前らも知るだろうよ。()()()と同じ時代に生まれなかったというだけで、俺たちは長生きできることが保障されているんだってことをな」

 男は、最後に燃えるシンリンカムイと男の燃える上着を被せられて炎上中の中年女性を一瞥した。

「さ……じゃあ始めるとしますか」

 

 煙草を燻らせつつ、男は何事もなかったかのように炎が灯り明るく照らされた路地を後にした。

 

「おじちゃんもいっちょいいところ見せちゃうぞぉ」




こんなババァ相手にしてれば葛西さんじゃなくてもキレます。私でもキレます。


シンリンカムイに使った火炎放射器の燃料は、史実アメリカ軍のナパームBに近い性質になるように調合をほどこしたものを使っているという設定です。
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