火事オヤジがヴィラン連合に参加したようです 作:じoker
「ただいま戻りました」
残業から解放されて自宅にようやくたどり着けた社畜のような気のぬけた口調と共に男はアジトのドアを開けた。
男を出迎えたのは、アイスコーヒーを啜る弔と、空になったグラスを磨く黒霧の二人だった。二人は明らかに戦闘をこなした直後のボロボロの男に声をかける。
「おいおい、ただのパフォーマンス帰りにしては随分くたびれてるじゃないか。伝説の犯罪者様も年か?昔と同じことすら疲れるようじゃな」
「やっぱ若いころのようにはいかないもんでね。ヘマうっちまいました」
「貴方が怪我を負うとは、一体なにが?」
黒霧は所々焼け焦げてボロボロになった衣服を纏う男に問いかけた。
「いや、煙草買いに行ったところでシンリンカムイに出くわしましてね。どうにか倒せたものの、中年にはキツイ運動でしたね」
男がさらりと流したプロヒーローの名に黒霧は驚きを隠せなかった。
シンリンカムイといえば、若手の中でも実力派として知られる次世代のホープである。かのヒーローの個性は植物系のため火の個性を持つ男は相性の点では優位であるが、それでも容易に下せる相手ではない。
「あのシンリンカムイを……」
「ふん、お前の個性との相性を考えれば、負ける方が恥だろうが」
感服した様子の黒霧に対し、弔はぶっきらぼうな態度を崩さない。
しかし、男にとっては弔の態度の裏に男に対する不信、対抗心とでも言うべきものがあることを見透かすのは難しいことではなかった。
「
男は先ほど、弔のリクエストに沿って都心で大規模な火災テロを起してきた帰り道だ。しかし、男のテロは陽動に過ぎない。男の犯行が成功したとしても、本命の作戦が成功しなければ今回の計画は完全に失敗となってしまう。
「マスキュラーとムーンフィッシュが捕縛されましたが、他のメンバーは別のアジトに既に撤退していますよ。これから標的の圧縮を解くので、そこであらためて捕縛しないといけませんから」
「そりゃよかった、安心しましたぜ。周到な計画の賜物ですな」
本命の方は上手くいっているらしいとの報告を受け、男は僅かに口角を吊り上げた。
「ふん、ここまで綿密に準備しておけば、失敗する方がどうかしてる」
気に入らない相手の鼻を明かしてご満悦なのか、弔は僅かに自慢げな表情を浮かべていた。
――しかし、成長したとはいえまだまだ犯罪者としては三流の域をでねぇな
男は口での賛辞とは裏腹に、一応は上司である弔に対して、内心ではかなり辛辣な評価をしている。
確かに、今回の作戦は中々考えられた作戦であると言ってもいいだろう。
葛西善二郎という大犯罪者を彷彿とさせる犯行を行うことでヒーローの注意を都心に釘付けにし、その隙をついて雄英高校の生徒を拉致する。
目標を立て、それを実行するために敵戦力を分散、さらに注意を別のものにひきつけ、その隙に我の全力を投入する。合理的な判断である。
ガスという特定の道や能力がなければ対処の難しい大規模攻撃に始まり、連携を引き裂きつつの各個撃破という点も評価には値する。
しかし、歴戦の犯罪者である男からすればこの作戦は落第と評価するものだった。
男のかつての同志、ヴァイジャヤであれば森を利用して不可視、無臭、遅効性のガスで生徒たちの動きを封じ、その上で目標を拉致しただろう。態々煙状のガスを使えばこちらがガスを使っていますよと公言しているようなものである。
獲物を確実に仕留める鉄則は、こちらの手を可能な限り察知されないように隠蔽することにある。マスタードの能力をもう少し詳しく検証し、彼の能力では不可視の毒ガスを発生させられないと知った時点で別の毒ガスを準備すべきだっただろう。
Mr.コンプレスの個性ならば森全体を覆うほどのガスの詰まったボンベを運搬することも難しくないだろうし、黒霧の個性を使えば設置場所も思うがままだ。少なくとも、この点に関してはいくらでも作戦の精度を向上させる余地があったのにそれを怠った。これは犯罪者としては大きな失点である。
投入した戦力が捕縛されたという点も大きな失策である。
ムーンフィッシュとマスキュラー、どちらもサイコキラーの傾向のある犯罪者である。自身の欲望に促されるがまま短絡的に犯行に及ぶタイプで、端的にいえばオツムの足りない暴れん坊とでもいうべきものだ。
犯罪者としての優劣はその個人の戦闘能力や生まれ持った個性なんぞでは決まらない。その優劣は頭脳から抽出される悪意によって決まる。
オツムのないサイコキラーなんぞ、ただの鉄砲玉にしか使えない。そんな犯罪者にはどうせ引き際を見誤って自滅する未来しかないからだ。
ただ、鉄砲玉として使い潰すにしてももっと使い道はあっただろう。学生相手の鉄砲玉ではなく、非力な一般市民が多数いる戦場で大暴れさせるだけでも、ヒーロー側の注意をひきつけ、さらに一般人に多くの被害をもたらすことができる。バカとハサミは使いようというやつである。
鉄砲玉であるというところまでは弔も理解していたし、用途は間違っていなかったが、投入する場所、タイミングは致命的な失策だったといわざるを得ないと男は考えていた。
さらに、鉄砲玉であるあの二人に対して
鉄砲玉はいつかは掴まるという前提であり、捕まった時に漏れる情報は最小限になるようにしておかなければならない。それができないのなら、情報を吸い出される前に始末する。
しかし、弔はそのどちらも怠った。
態々現時点での
さらに、ムーンフィッシュらが捕まったという事実に対しても、特に動こうとする気配はない――つまりは、口封じをするつもりもないと男の目には見えた。
別に漏れてもいいような情報しか彼らは持ってないとでも思っているのだろうか、だとしたら想定が甘すぎるにもほどがあると男は思う。
出身や趣味嗜好、名前や性格、外見や個性などといった情報は、一つでも漏らすべきではない。この国の警察はこの国において最も優秀な探偵だ。メンバーの情報を洗いざらい調べ上げてくるのも時間の問題だろう。
アジトやメンバー構成、組織形態などが暴かれれば、組織の存続の危機になりうる。それに対して弔は無頓着としか言いようがないと男は思った。
――そして何より、この
男が思う、弔の最大の失策は、男に都心でビルを炎上、倒壊させて文字を刻めという命令だった。
弔にしてみれば、かつて葛西善二郎が行った犯行を彷彿とさせることでより多くのヒーローの注意、警戒をひきつけることができるという判断だったのだろう。陽動作戦としてみれば、これは間違ってはいない。
しかし、弔は六を意味する名を持つ男とその一味がこの国と国民に刻み付けた恐怖と、その尖兵となった炎の達人が刻んだ数多の業を甘く見すぎていた。
確かに、彼の思惑は成功した。ただし、その一方でこの国の国民にはかつての惨劇の記憶と、新たなる惨劇の予感が湧き上がった。
人々は思うだろう。
その衝撃は、
人々は
また、今回の犯行は警察の警戒心を跳ね上げ、間違いなく彼らを本気にさせる。
かつて新しい血族をも追い詰めたその力量を発揮されれば、まだまだ三流犯罪者でしかないトップが率いる知名度だけはある新興犯罪者集団なんぞさほど時間もかかることなく追い詰められるに違いないと男は確信していた。
「いくぞ、あの生徒をひとまず捕縛する」
弔は黒霧が開いたワープゲートを潜り、姿を消した。
「葛西さん、貴方もご一緒してください。爆発物の扱いに慣れている貴方がいた方が捕縛もスムーズにいくでしょうし」
「はいはい、もう一仕事頑張りますよ」
――
男は敢えて何も言うことなく、拉致した生徒を連れ出したアジトへと繋がったワープゲートを潜った。