sunny place 〜彼女の隣が私の居場所〜   作:律乃

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アニメ9話[貴族の責務]と10話[禁忌目録]を見直してたら、なんか思い浮かんでしまった…(大汗)



001 二人のクズと落伍者

【修剣学院・上級修剣士寮】

 

人界三八〇年五月十七日。

 

ユージオは練習用の木剣を利き手に握りしめながら、部屋を出る前にとぼとぼと力無く自室へと入っていった黒髪の相棒の姿を思い浮かべながら、彼が初等練士の時に言っていたセリフを思い出していた。

 

ーーーーこの世界では、剣に何を込めるかが重要なんだ。

 

黒髪の相棒・キリトはユージオに剣術を教える時によくそれを口にする。

 

ーーーーノルキア流やバルティオ流、そして俺たちのアインクラッド流の《秘奥義》は強力だ。発動のコツさえ掴んでしまえば、あとは剣が半ば勝手に動いてくれるんだからな。でも、問題はその先だ。これからは、俺とウォロの立ち会いみたいに、秘奥義と秘奥義をせめぎ合わせる勝負が増えてくるだろう。そうなったら、あとはもう剣の重さが戦いを左右する。

 

"……重さ"

 

キリトの言う重さとは単純な剣自体の重量を指す言葉でないことはユージオにも分かった。

 

キリトと戦ったウェロ・リーバンテインは騎士団剣術指南役の家に生まれたという誇りと重責を剣に込めていた。

ユージオが1年間傍付きを務めた先輩ゴルゴロッソ・バルトーは鍛え上げられた鋼の肉体から生み出される自信を剣を込め、キリトの指導生ソルティーナ・セルルトは研ぎ澄まされた技の冴えを込めていた。

そして、キリトやユージオ、もう一人の同郷者へと事あるごとに嫌がらせをしてくるライオスやウンベールは上級貴族の自尊心を剣の重さを変えている。

 

"なら、僕は何を剣へと変えればいいのだろう"

 

とぼとぼと考え事をしながら、建物の北側に設けられた階段を降りている最中に後ろからぽんぽんと肩を叩かれ、びっくりするユージオの鼓膜に響くのは自分への親しみを込めたアルト寄りの声でーーーー

 

「や。ユージオ少年」

 

ーーーーユージオは笑顔を浮かべながら後ろへと振り返る。

 

そこにはユージオの思い浮かべた人物が立っていた。

 

ユージオと同じように左手へと練習用の木剣ーーーー彼女の方は剣身が細く、キリトとユージオとは異なってはいるがーーーーを持って、ひらひらと右手を振っている少女の名前はカナタ。

彼女が件のライオスとウンベールに嫌がらせを受けているもう一人の同郷者である。

同郷者といっても幼い頃から暮らしていたというわけではない。今、自室で絶賛一夜漬けをしている黒髪の相棒と共に唐突に現れたのだ、故郷ルーリッドの南の方向に位置する森に三百年以上もそびえたっていた《悪魔の杉》という異名を持つギガスシダーの刻み手という天職を担っていたユージオの元に。

《ベクタの迷い子》として村で暮らし始めた二人と出会ってからユージオを取り巻く生活は瞬く間に変わっていた。

 

"キリトとカナタが居なかったら、僕は今でもギガスシダーへと斧を振っていたことだろう"

 

隣に並ぶ栗色の髪の親友を見て、自室に篭っている黒髪の相棒と思い浮かべてから心の中で"ありがとう"とお礼を言ってから、カナタへと話しかける。

 

「カナタも訓練」

「まーね」

 

いつものように軽い調子でそう言ったカナタはユージオの隣にいつも居る黒髪の剣士が居ないことに気づいてキョロキョロと周りを見渡す。

 

「キリは?」

「キリトなら一夜漬けしてるよ、明日の上級神聖術の試験のね」

「そっかー。キリは《凍素(とうそ)》が苦手だもんね」

 

苦笑いを浮かべるカナタの居室は三〇七号室つまり七番目の成績を修めたという事だ。

 

カナタのこの成績をキリト曰く彼女は手を抜いていたと言っていたが、実際はどうなのだろうか。

男であるユージオとキリトと異なり、カナタは女である。いくら、親しいとは言えど、ユージオやキリトと相部屋というのはやはり気まずいところがあるのかもしれないとユージオは思えてしまう。

実際、彼女は食事を食べる時や授業を受けている時、修練の時もキリトやユージオと共にするのはごく僅かで、殆どは同室の女子生徒や他の女子生徒と一緒に居るところをよく見かける。

 

だが、実質、カナタの心境はよく分からない。

 

ユージオの隣を歩くカナタは至って普通であり、男子生徒と並んで歩くことに羞恥心を覚えている様子は見えないし……かといって、女子生徒達に固執しているようにも思えない。

親しみやすい笑顔や態度とは裏腹にどっち付かずの絶妙な距離を保ち、ユージオやキリト、女子生徒達や他の生徒達から一歩引いた所で物事を見ているようなイメージをユージオはカナタへと抱いていた。

 

思えば、キリトとは同姓という事で何も気がれなく物を言えたり、スキンシップをはかれるのだが……カナタとは異性である事からか、どうもキリトのように接しられずにいた。

 

"今日はカナタについて何か聞いてみようかな"

 

チラリと栗色の髪の親友を見ながら、ユージオは人知れずに"今日、カナタに何を剣に込めているのか"を聞くという決意を固める。

 

そんなユージオの決意を知る由のないカナタが足裏を地面にくっつける度に波立つ癖っ毛の多い栗色の髪は後ろに一纏めにされており、まっすぐ前を見つめる蒼い双眸からは強い意志が伝わってくる。真っ白い上級修剣士の制服は所々アクセントとして橙をあしらっている。

 

真っ直ぐと前を見つめる双眸が光に反射し、キラキラと蒼く光るのを見ながら、ユージオは金髪の幼馴染を思い浮かべていた。

整合騎士によってセントラルカセドラルへと連れて行かれた幼馴染・アリスを連れ戻す為にユージオはこの央都まで来たのだ。

あの日、両足が地面に張り付いたかのように動けなくなり……助け出す事が出来なかったアリスを今度こそ助ける為に。

 

「?」

 

思わず、マジマジと見てしまったのか。

 

ユージオへと顔を向けたカナタが"何か用?"と首を傾げるのを首を横に振る事で答える。その後もカナタはしばし、ユージオを見ていたが修練場が近づいてくるとすぐに前へと視線を向ける。

 

そこには修練場に続く着替えの為の小部屋があり、それを通り過ぎたユージオは鼻につく不快な香料の匂いに嫌な予感を感じ、前を向く。

 

そこには、広い板張りのどん真ん中に陣取っていた男子生徒二人がユージオとカナタに気づいて振り向き、露骨な渋面を作った。

型の練習だったのか、一人が木剣を振りかぶったままで静止し、もう一人が手足の角度を調整中だったらしいが、二人ともわざとらしく動きで腕を下ろす。

 

"そんなことしなくても、君たちの技なんて盗まないよ"

 

そんな事を思いながら、チラッと隣を向くと苦虫を噛み締めたかのような顔を一瞬したカナタだったが、すぐに表情を押し殺すと修練場の中へと入ってくる。

 

「おや、ユージオ……修剣士とカナタ……修剣士、今夜は二人なのかな」

 

そう声をかけてきたのは、波立つ金髪を長く垂らして、逞しい長身をどぎつい赤の上級修剣士の制服に身を包んでいる男子生徒、ライオス・アンティノスである。

その横には灰色の髪へとべっとりと油を染み込ませて上に持ち上げ、薄い黄色の上級修剣士の制服に身を包んでいる男子生徒、ウンベール・ジーゼックである。

 

ライオスがわざとらしく《ユージオ》と《修剣士》の間を置いたのは、ユージオ達が姓を持たない開拓農民の出である事を。カナタの事は《ベルタの迷子》である事に非を言い立てているのだろう。ここは自分達のような貴族が通うべき所であって、何故学も地もない平民如きが同じ学生なのか、という。

 

「こんばんわ、アンティノス主席修剣士殿、ジーゼック次席修剣士殿。あいにく、キリト修剣士は外せぬ用があり、この場にはおりません。型の訓練中にお声掛けいただきありがとうございます。私とユージオ修剣士は角の方で修練を行いますのでどうかお気にならずに。型の練習を続けてください」

 

そこまで言ったカナタは深々と頭を下げてから、ユージオへと視線を向けてから修練場の奥を見て、もう一度ユージオを見てから歩き出す。

それは遠回しに"これ以上は貴方たちと話す事はない"と言っているような言い草であったが、ライオスとウンベールはいけすかない田舎者が自分達を敬い、頭を下げているのが堪らないのであろう。

忽ち、ニタニタと気味悪い笑みを浮かべるライオスとウンベールの横を背筋をピーンと伸ばし、通り過ぎるカナタの背中を見つめながら、ユージオは心の中で落ち込む。

 

"カナタもキリトも凄いな…それに比べて、僕は……"

 

黒髪の相棒と栗色の髪の親友がさっきのようにライオスとウンベールに嫌がらせをされた時に取る行動は異なっている。

栗色の髪の親友はさっきのように本心とは裏腹に場をかき乱さないよう丁寧な言葉遣いと遠回しな嫌味を含む言葉遣いで切り抜ける。

一方の黒髪の相棒は学院則違反ぎりぎりの線を見極める技術を屈して、挑発的に、反発的に言葉を発し、二人を追い払う。

そして、そんな二人と違い、ユージオはキリトのように学院則違反ギリギリを攻めて二人を追い払う事も、カナタのように丁寧や遠回しに嫌味を言ってのける度胸もない。

 

「ユオは丸太相手に型の練習?」

 

落ち込むユージオに気付いてない様子のカナタが丸太に向き直り、木剣を構えるユージオに話しかける。

 

「うん、今日はキリトは居ないからね。それにキリトが型の練習は意味ないからやめろって言ってたからね」

「あはは、キリらしいや」

 

ケタケタと笑いながら、カナタは何か思いついたかのように左手に持っている木刀を肩にぽんぽんに叩きながら、右親指を自分に向ける。

 

「じゃあ、折角だからあたしが剣術を教えてあげようか?」

「カナタが?」

「ん。教えるといってもキリトの片手直剣スキルじゃなくて刀スキルの方だけどね」

 

そう言ったカナタはユージオへと苦笑いを浮かべると「キリトに比べれると教えるの下手だけどね」と付け加える。

 

"カナタに聞こうと思っていたこともあるから丁度いいかも"

 

「……うん。それならお願いしようかな」

 

そう答えるユージオにカナタはにっこりと笑うとポンと右拳で自分の胸を叩く。

 

「ん、任せて」




002 へと続く・・・

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