sunny place 〜彼女の隣が私の居場所〜   作:律乃

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037 過去へと終止符を

 

【○○県、実家へと帰り道】

 

「本当に久しぶりだね、香川」

 

歩み寄ってくるあたしにつられ、香川も一歩前へと歩み出る。

 

橙の暖かな電灯の灯りがあたしと香川へと降り注ぎ、彼の短く切り揃えられた髪が夜風に揺られている。

温かな光に照らされる髪の毛の色は青の色素が入った黒。瞳も同色であり、ジィーーと見つめていると星々煌めく夜空を思わせる。

 

"しかし、近づくと高いな"

 

あたしは成人女性の身長を上回る高身長はあるが、香川はあたしと同格かそれ以上あり、目を見て話すのに見上げなければならない。

 

彼と共に学業に勤しんでいた時はメキメキと身長が伸びていったあたしに比べると低かったのに、見ない間にここまで伸びるとは……。男子、三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ、って事だろうか。本当、人の成長というのは凄いものである。

 

香川の急成長に感動しながら、彼の容姿をまじまじと見ているとそっと視線を逸らさせた後、横目で全身を見られている気配を感じる。

 

「ああ、久しぶり」

 

なにゆえ?今、視線を逸らした。あと、横目でまじまじ見るくらいならはっきり見ろよ。その熱視線隠しきれてないからな?

 

「香水は里帰りか?」

 

話題を晒す香川に怪訝そうな表情を浮かべながらもあたしの旅行ケース、肩にかかってるリュックをチラ見してから問う香川に向かって、リュックを揺らしながら答える。

 

「そそ。父さんが顔を見たいってね」

 

「香水のおっさん、心配性だもんな」

 

香川が苦笑している。

 

わかるぞ、香川よ。あんたの気持ちは娘であるあたしが一番分かる。

 

父の心配性は小学2年の時に起きたあたし誘拐事件ーー当事者であるあたしはその誘拐事件の顛末を忘れているのだが、それーー以降、激しさを増していった。

もう記憶の引き出しの奥の方にある出来事だが、はっきりと覚えている。父が人目も憚らず、わんわんと泣きながら、あたしを強く強く抱きしめてくれた事を。

それ以降、父は何かと理由をつけてはあたしの世話を過剰に焼くようになり、あたしのためにこの○○県に定住することになった。

定住した後は小学校の送り迎えは無くなったが、買い物や用事の時はあたしを連れ回すようになり、一人で留守番することは父が仕事から帰ってくる間を除けば無かったように思える。

 

「そーなんだよ。そんなに心配しなくとも上手くやってるのにさ」

 

「いやいや。上手くはやってないだろ。香水、整理整頓凄く苦手だっただろ。どうせ、今も直ってないんだろ?」

 

「グッ……お前、痛いところ突いてくるな。そういうお前こそーー」

 

いや、コイツ。男のくせに整理整頓は出来てたし、他のこともそつなくこなしてたな。あたし一人じゃ立ち向かえる敵じゃなかったわ。

 

「ーーいや、なんでもない」

 

「なんでもないのかよ」

 

呆れたように笑う香川を見て、あたしは異変に気づく。

 

まず、香川の背後の腰辺りを小さな手らしきものがあることに気づき、ギョッとしてから暗闇の中に目を凝らしてみる。

 

香川は髪質が硬いのか、母親である叔母さんの遺伝子を受け継いだのか、青みかがった黒髪をあそばせている。

その波打つ黒髪と同じものが腰のところであたしをチラチラと見上げている何者かにもあった。

肩のところで切り添えられている黒髪をサイドテールにしているその何者かは怯えが8割、好奇心が2割を含んだつぶらな左眼をあたしへと向けている。

 

"え、なに。この子"

 

「か……」

 

「か?」

 

「可愛いィィ!!!!」

 

突然、絶叫するあたしにピクリと肩を振るわせる小動物ちゃんは大きなお目目を忽ちうるうると涙目にし、より強く香川の足へとしがみついた。

 

その仕草さえもあたしの可愛いツボに突き刺さり、泣かせてしまって申し訳ないという気持ちとは別にこの可愛い存在と仲良くなりたいと思ってしまう。

 

「ねぇ……その小動物は?」

 

「しょうど……ああ、香水は知らないんだよな。紹介する。俺の妹の真昼だ」

 

香川の大きな手がポンポンと小動物こと真昼ちゃんの頭を撫で、うさぎの耳のようにサイドテールが揺れる。

 

"やばい。可愛すぎる"

 

「真昼ちゃんっていうのか〜ぁ。お姉ちゃんはね、香水陽菜荼って言うんだよ〜ぉ。よろしくね〜ぇ」

 

「香水、キモいぞ」

 

香川よ、指摘されんでも分かる。今のあたしは絶対キモい顔をしてる。顔面をデレデレと緩め、にしゃにしゃと下心ありありの笑みを浮かべていることだろう。やばいな、あたし。

 

このままではいかんとあたしはリュックをガサゴソと漁り、取り出したもので顔を隠してから真昼ちゃんへと裏声で話しかける。

 

「こんにちわ、真昼ちゃん」

 

「!」

 

お?食いつきがいいな。

 

兄の陰から出て、あたしの持っているぬいぐるみに夢中な真昼ちゃんと暫しぬいぐるみ越しで会話をしたあたしはひょいひょいと掌サイズのひよこを空いている手で増やしていく。

 

「たぬきさんすごい!ひよこさんがいっぱい!すご〜い!すご〜い!!」

 

ちょっとした手品に真昼ちゃんは大喜びでパチパチと両手で拍手してくれる。

 

なんだこれ、楽しいぞ。

 

幼女のはしゃぐ姿を見て、調子に乗ったあたしはパチンと指を鳴らして、ひよこの一つを飴玉にしてから真昼ちゃんの掌へと乗っける。

 

「はい、これ全部真昼ちゃんにあげる」

 

「……」

 

あたしが顔を出すと忽ち無口になる真昼ちゃんはあたしと兄の顔を交互に見て、兄がこくりと"折角だから貰いなさい"という意味を込めてうなづくのを見て、おずおずとあたしからたぬきのぬいぐるみ、もふもふひよこ数羽、飴玉を受け取る。そして、すぐに兄の後ろにかくれんぼしてしまう。

 

心の距離は開いたままか。

 

そう思い、立ち上がろうとするあたしに促されたのか、前へと出た真昼ちゃんが風が吹けば飛んでしまうような声音でお礼を言う。

 

「………ひ、ひなた……おねえ……ちゃん……あ、ありがとう……」

 

それだけ言ってから、またかくれんぼする真昼ちゃんにがっしりと心を掴まれたあたしは真剣な顔を作ってから香川に向き直る。

 

「お義兄さん」

 

「へ?は?お義兄さん?」

 

「妹さんをあたしにくれませんか?幸せにしますので」

 

「やらないよ。何考えるの、お前」

 

すごい冷めた視線を向けられたあたしだが、それくらいで真昼ちゃんを諦めるわけにはいかない。

 

「お義兄さん、あたしこう見えても働いているんですよ」

 

「はー、そうなの。で?」

 

「結構な蓄えありますよ?」

 

利き手の親指、人差し指で輪っかを作り、香川に見せるあたしに激昂する香川。

 

「急にゲスい話すんな!お前!それでもやらないよ!!」

 

「そっかー、やらないか。あたし、チャラいけど一途だから。真昼ちゃんが悲しむことはないと思うけどな」

 

「……いや、やらないから。何がそこまでお前を掻き立てるんだよ、怖いよ」

 

これ以上揶揄うと本格的に真昼ちゃんをあたしから遠ざけようと香川が動くかもしれない。

彼を揶揄うことで真昼ちゃんの警戒心を解き、兄の知人という事を知って欲しかっただけなのだが、これでは逆効果だろう。

それにあたしの一番はもう埋まっている。おふざけでこういう事は言うけど、本気で幸せしたい、ずっと一緒に居たいと思っているのは詩乃一人だけだ。

 

「って、うそうそ。ジョークというものだよ、少年」

 

「そ、そうなのか。びっくりさせるなよ。数年ぶりに会った幼馴染がロリコン好きの変質者なんて洒落にならないからな」

 

………。確かにそれは洒落にならないな。本当、やめてよかった。グッジョブ、あたし!!

 

しかし、香川がここまで揶揄い甲斐があるとは思わなかった。暇な時は香川家にお邪魔し、彼を揶揄うのもいい暇つぶしになるかもしれない。

 

そんな事を思いながら、香川兄妹と夜道を歩き、あたしはついに実家に到着したのだった。




 038へと続く・・・・


■簡単な登場人物紹介■

▶︎香川真昼:カガワマヒル
夜の妹。今年で小学校1年生。
人見知りが激しく、家族以外にはあまり懐かない。
ぬいぐるみや可愛いものは大好きな普通の女の子。

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