引き続き、
【香水家リビング】
香川兄妹と別れたあたしは実家の玄関先でドアノブを握ったり、離したりを繰り返していた。
実家には入りたい。入りたいのだがーー
"ーー今、ママの顔を見てどんなことを言えばいいのかわかんないだよ…"
栗色の癖っ毛を右手で掻きむしりながら、ウジウジと悩んで行動に出せないでいる自分に心底ガッカリして大きなため息をつく。
ほんとは逃げ出したい。逃げ出したいがその道の先に待ち受けるのは詩乃との交際解消だ。
それだけは死んでも嫌だ。だが、今実家に帰るのも嫌だ。
嫌と嫌が胸の中でグルグルと回っては足取りが重くなってしまう。
"いけない。いけない。弱気になってきてる。こんなんじゃダメだ"
頭を軽く振ってから、嫌なことばかり考えている思考を振り落としてから、この先に待ってる楽しいことを思い浮かべてみる。
そういえば、詩乃に荷物を持たされてから背中を押して玄関から押し出された時に詩乃が言ってたな。
『陽菜荼。私、バイトが終わったらGGOの中で待ってるから……だから、頑張ってきなさい』
その後は手を振る詩乃に手を振りかえしてから新幹線に乗った。
詩乃がここまで背中を押してくれているんだ。ここで逃げたら女が廃るってね。
後、なんでここまでママに会いたくないのかは、おそらく面と向かって"貴女なんか生まれてこなければ""いらない子"と言われるのが嫌なのだろう。今でもママのことが好きだから、やり直せるのならばやり直したいと思っているから。それを全面から否定されるのが辛いのだ。
でも、仕方ないよね。
「……詩乃が待ってるんだもの。しゃーない」
この後の話し合いで否定されようが、罵られようが耐えよう。その後のGGOの為に、詩乃に会う為に。
気合を入れるためにパチンと頬を叩いてからドアノブを思いっきり捻ってから中に入った瞬間、目の前が真っ暗になる。
へ?なに?
キョトンとしていると目の前の影にガシッと強く抱きしめられた。いきなりのことで対抗できなかったあたしは苦しくて喉から変な声が漏れ出る。
「陽菜荼ッ!!」
「ぐぇ!?」
くるしさで涙目になりながら、下を向くとそこには半べそをかいている父の姿があった。あたしは父から顔を上げると廊下の途中で手を上げたまま、固まっている癖っ毛のひどい栗色の女性を見た瞬間、ドクンと心臓が強く脈立つのを感じる。強張りそうになる表情を必死に耐え、女性へと声をかける。
「……こんばんわ、ママ」
「……こんばんわ、陽菜ちゃん」
変な沈黙がふってくる中、あたしは父を引っ剥がしてからリビングへと向かう。
039へと続く・・・・