人々がイヴァリース第一の都と言ったら、誰もが王都ルグリアを指すであろう。
しかし、第二の都と言ったら獅子戦争前までは北天のイグーロスと南天のゼルテニアが二分していた。
そんな、ゼルテニアの城下は、活気に満ち溢れていた。商店が立ち並ぶ道には所せましと商品が、並べられ商人たちが手ぐすねを引いて待っている。そして今日も買い物をする子連れの夫婦がこの道を歩いていた。
「らっしゃい、らっしゃい。オルダーリアからの織物、橙染めなんでもあるよ」
「ランベリーから届いたばかり赤瓜、白瓜、秋の一日の水菓子としてどうだい」
街を歩く人々に大声で客引きをする商人。そして値踏みするかのようにいろいろなものを見て回る人々。もうここには戦争の傷跡がないように見える世界だった。
「とーさん、とーさん。あれかって。あのくだものかって」
「あら、アランったら久しぶりにお父さんとお買い物ができるのがうれしいんだ、オーラン。あの水瓜買ってきて。」
南天の重鎮だったオーランが、平民出身の妻と買い物に出かけている。一昔前だったらありえない光景である。オーランほどの立場の人間が自分で出かけるのは、世界が変わった加田であろうか。5年という月日は、短くもそれだけ大きな変化を生み出していた。
息子にせびられ、過ぎ去った商店に戻らされるオーランとそれを見て笑うバルマウフラ。
「よしわかった、おれがちょっと言ってくるから待ってろよ、そこで」
そういうとオーランは一人ですたこらと走って、果物屋へと向かっていく。
そんな父を見て、笑顔を浮かべる母子。楽しい休日の一つである。
だが、その活気は一つの鐘の音で一瞬にして静まり返った。高く鳴り響いた鐘。教会から何か民衆に伝えたいときにならされる鐘の音。大抵がろくでもない音である。
「おいおい、今日は恵みのミサでもないし。」
「さあ、とりあえず教会へいってみましょうよ」
等々人々が、教会へ向かってゆく。なんだかんだ協会は人々の生活の礎であり、無視をするという選択肢はあまりない。大抵の人は、自分たちの用が終わったらという形で教会のほうに向かっていった。
「教会の布告?何か変だな、そんな情報俺のところに上がってきてないぞ」
母子に言われたように水瓜を買ってきて戻ったオーラン。その手には食べやすいように切られた赤い瑞々しい水瓜が、3つ。とりあえず家族に渡しながら首をかしげる。彼の仕事は、昔ほどではないが教会の動向を内偵する仕事である。その彼が知らない布告というものは、ここ数年はなかったものである。
「まず、これを食べてから行きましょ。アランは我慢できないようだし。」
「うん、おかーさん。先にこれ食べようよ。冷たいうちに食べないともったいないよ」
だが、とりあえずはこの水瓜を始末してからじゃないと動けないのも事実、おいしそうに頬張る息子を眺めつつ、自分たちの分を2人とも食べていく。冷たくて甘い水瓜は、気持ちのいい秋の日差しにぴったりの食べ物であった。
そんな彼らの幸せな休日を壊したのは、やはり教会であった。
教会の前には、大きな掲示があった。その板にはいまだに獅子戦争のころから変わらぬメンツを異端者として掲げており、見慣れた名前がだんだん汚れているのもきにしない。だがこの日は一枚新たな名前が張り出されていた。
「おいおい、あんなえらいさんが異端だってよ」
「信仰を失うなんて、恐ろしい話ですわね。私からは信じられません。ファーラム恐ろしやファーラム。」
人々がざわついている。そんなざわついた群衆をかき分けるようにオーラン達も布告の前に向かっていく。
異端宣告。この国においてグレバドス教を敵に回した証明である。人々はそれしか知らない。実際に異端者が何を行って異端とされたかなどより、異端の事実そのものを恐れる。
そしてオーラン達も布告の前に立った。
【ラムザ・ベオルブ】 【アグリアス・オークス】【マラーク・ガルテナーハ】
等々見慣れた名前の下に、ある人物が追加されていた。
「うそでしょ。2人が始末されるなんて」
教会に布告を見て驚きの声を上げたのはバルマウフラであった。
その布告に載っていたのは
【異端宣告 北狼騎士団 クンラート・エラスムス】
との記事であった。
北狼のクンラートといえば、名臣エラスムスとして、戦後の北天を支えていた優秀な人間である。主君であるガイル・ホランドを支え獅子戦争を戦い抜き、最終的に南天騎士団との平和的な決着に導いた名臣として有名であった。
南天との折衝役として、最後に戦争を終わらせた人物の一人とされていた。
「あの人が異端だって?そんなわけがあるか!」
何度も彼と会って仕事をしていたオーランも驚きを隠せない。若いながらも忠実に抑えるべきところを纏め上げていた彼が異端とされた。とてもじゃないが信じられないことであった。そしてオーランの教会関連の内偵情報網にかからないまま異端とされたことも驚きであった。
国ロマンダの宗教であるイリアス教をリオファネスの地で広めたとされ異端とされた。
そして、審問官たちに同行を求められてものの激しく抵抗し、神殿騎士との争いになったとされている。顛末は書いていないもののおそらく彼一人ではなく、彼の部下も異端とされたようである。
そして、もう一枚の布告があった。
<南天騎士団 レイン・ミラー>
。彼女もまたアンバー伯を支え、最重要拠点であるベスラ要塞防衛作戦を纏め上げた名臣であり、アンバー伯の秘蔵っ子とまで言われた女性である。彼女は、神なき世界の中で生きてゆくためにはと部下に訓をたれたとして異端とされたのである。
彼女も、抵抗し、神殿騎士に捕縛されたとなっていた。
オーランは、もちろん彼女と会ったこともある。話をすることもあるし、つい先日のルザリアへの街道整備案でのアドバイスをしたこともある。
道を作れるほどの重臣を異端とした。これは明確にグレバドスが力を取り戻したといえる。
民衆はざわめいている。本当に2人とも戦後を支えている重要な人物だったからである。
北の混乱を纏め上げた英雄に南の忠臣が二人まとめて異端宣告である。つまり異端者によってこの国がまとまっていたことになるのだ。
「とりあえず家に帰ろう。この話題をする場所じゃない」
ざわめきの中、オーランはバルマウフラの腕を引く。だがバルマウフラの反応は薄かった。
「おかーさん、どうしたの。お顔が真っ白だよ。大丈夫?」
アランが声をかけても、バルマウフラはずっと布告を見つめている。何か遠くを見るようにじっとみつめている。
「おい、しっかりしろ。何かあるんだろうが話はあとで聞く。とりあえず帰るぞ」
そう話すと、腕を引っ張り彼女を喧噪の外に連れて行く。よろよろとし歩く彼と彼女の後ろからは息子がトコトコついて行く。楽しかったはずの休日の外出はこの布告によって完全に壊れてしまった。そう子供心の中に気付いているアランだった。
「ねえ、オーラン。ちょっと聞いてほしいことがあるの」
そうバルマウフラが、声をかけたのは何とか立ち直って息子を寝かしつけた後の番であった。昼のように白い顔ではないもののそれでも暗い表情の彼女は、居間の椅子に座りながら話す。
「どうしたい。まあ十中八九、昼の布告だとは思うが。」
そろそろ話があるのではないかと踏んでいたオーランもわかっていたかのように、その隣の椅子に座る。手には準備よく暖かいお茶が準備されている。
「そうね。あの2人のこと貴方のほうが会ったことあるように見えるけど、じつはね。」
茶を一口飲む。少し落ち着いたのかそれとも決心したのか。彼女はそのままオーランを見つめる。
「二人とも教会出身者なのよ。あのわたしがいた。俗にいう潜入工作員妖精ってところね。私より年上だったあの2人は、もっと早くに潜り込んでいったわ。各所にね」
その言葉はひどく重要であった。グレバドス教は獅子戦争前にさまざまな所に草を忍び込ませていた。そのなかでも最も活躍したであろう2人を今更異端と宣告しだしたのである。
「君とは仲が良かったの?彼らとは?」
「まあね、お姉さん、お兄さんみたいだった。いつの間にか士官アカデミーに潜り込むメンバーとしては最年長。どんなときもかっこよく、優秀だった。そして優しかった」
そう遠くを思い出すように語るバルマウフラ。教会の正義とは<貴族による傲慢な支配を終わらせる>
その目的は、途中で大きく捻じ曲がったものの理想に共感したものは多かった。だからこそここまでやれたのだ。
「そんな彼らを今更異端宣告する。どうみても排除よ。コントロールが利かなくなったのか、もしかしたら戦争の闇を消したいだけなのか。」
2人は、確かにもう自分たちの力を持っていた、そしてその力は教会というよりはディリータの治世に手を貸すことに力を入れていたのも事実だ。彼らにあったオーランは特にわかる。
『過去我らに何があったのか。そんなことを気にする時代ではない。民のための復興がすべてだろう、オーラン卿』
昔、クンラートと終戦後の会談で上がった言葉がこれである。その言葉の通り彼は融和策をとり続けた。そしてこのいまの平和を作り上げた。
『飢えている民、そして悲しむ家族の姿なんて誰も見たくない、だからこそ私のやるべき世界を作るのです』
レインもまた、同じように民草を第一に考え、騎士団としての枠を超えた活動をおこなっていた。
教会の威光を掲げればよかった。だが彼らは何もしなかった。そこが悪かったのだろうか、結果は異端宣告であった。
獅子戦争が終わったのちに、グレバドス教はディリータに首根っこを押さえられている状態であった。さまざまな陰謀、悲劇、そして戦乱はグレバドスによる策謀であるとディリータ本人が証明になる形で存在してたためである。
だが、しかし戦争後5年の月日がたった、現在ではその影響力から離れまた、独自に動きが取れるほどに力を回復してきていたのも事実である。民心安定に宗教の力は欠かせない。グレバドスに頼らざるを得ない現実が、彼らの力を徐々に取り戻させた。
「大丈夫だ。ディリータが君のことは消した。俺も平民の嫁をとったことになってる。君のことを護れるよ」
そう声をかけるものの、バルマウフラは怯えを隠せない。その手は震えている。
「でも、これから彼らは何をまた仕掛けるの?怖い、私はあの人たちから逃れた気になっていた、けど改めて思ったのよ。彼らはまだまだ恐ろしいって」
実際に彼女を知っている教会関係者は、いまだに多く生き残ってはいる。今まで手を出さなかったものの、教会の暗部を知っている彼女の生存に気付いたら消しに来ることがありうるのも事実である。
そんな震える彼女の手をオーランは抑えた。震えを止めるように両手で優しく。
「大丈夫。わざわざ君を探しに来ることはないよ。もう君の情報は古い。そこまで重要視されないさ」
「そうなるかしら、でも」
「でもも何もない。君はいつも通りアランを相手してくれたらいいんだ」
語りかけつつオーランは、彼女を抱きしめた。
「さて、こんなことは忘れてもう寝たほうがいい。君は疲れているよ。本当に」
彼女を寝室に引っ張り、そしてともに床に入る、横にはアランが布団にくるまっている。
彼らにとっての幸せの象徴である。
だが、彼の頭の中には一つの考えが巡っていた。そうあの本。獅子戦争の真実をまとめた書物である。彼にとって唯一教会を仕留められる武器であり、真実である。どうすればいいのか、彼ができることはなんなのか?
悩んでいる彼に窓から差し込む月光がさしこむ、
夜が明けるのはまだまだのようだった。