ゲーム・ア・ライブ 作:ダンイ
十七時二十分。
すでに太陽は沈みかけ、辺りが夕日で赤く照らされ始めた頃、何時もなら運動部の生徒が帰り始める頃なのだが、今日は校舎に生徒の姿を見ることが出来ない。
その代わりに赤く染まった空には翼を付けた人間……ASTの姿があった。
彼女たちは皆、校舎にある球状にえぐり取られた跡……空間震が起こった現場を見つめている。
「琴里、精霊は校舎の中に居るのか?」
『ええ、そうよ。ラッキーな事に、ASTはしばらく待機しているみたいだし、今のうちに接触してしまいなさい』
了解と返事を返した俺は、ASTの姿を目に収めながら校舎へと進んでいく。
俺は見つからないように慎重に歩きながら、琴里から説明されたASTの事を思い出した。
正式名称、対精霊部隊。略してASTは、顕現装置と呼ばれる三十年前のユーラシア大空災の際に手に入れた技術を用いられた、CR-ユニットを纏うことで超人的な能力を使うことが出来る集団だ。
CR-ユニットには随意領域と呼ばれる使用者の思い通りになる空間を張る能力があるらしい……と言ってもそんな超人的な能力を持ってしても精霊を倒すどころか傷つける事すらかなわないのが現状らしい。
そんなASTは隠れながらとはいえ、校舎に近づく俺には一切気づくことがない。精霊の事に意識を向けているのだろうか?
最もこんな危険な場所に近づこうなんて馬鹿は早々居ないだろうから仕方ないのかもしれない。
ともかく、俺が慎重に歩きながら進んでいき、ようやく校舎の中に入った時の事だった。
インカムからネプテューヌの声が聞こえてきた。
『無事に校舎に入れたみたいだね。途中でASTに見つかるんじゃないかって、ひやひやしながら見てたよ』
「さすがにこんな所で、へまはしないさ……そんな事よりネプテューヌの方はどうなんだ?」
『問題なしだよ!ASTの人たちに見つからないように、ちゃんと段ボールの中に隠れてるから!』
「それってむしろ目立たないか!?」
ネプテューヌのとんでもない返答に思わず声をあげて叫んでしまった。
今、ネプテューヌは校舎の近くにある森の中で待機している。精霊に攻撃された際やASTに見つかってしまった際など最悪の事態になった時、俺を助けるためだ。
十香以外は知らないので他の精霊がどれくらい強いかは分からないが、もし十香が本気で攻撃してきたとしても俺を連れて逃げるくらいは変身した後のネプテューヌなら十分に可能だ。
それに劣るASTは言わずもがなだろう。
でも段ボールの中に隠れるって何を考えてるんだよ。森の中じゃ目立つだろ……
「琴里……」
『……本当に段ボールの中に隠れてるわよ』
『ねぷちゃん、すごいねぇ~。本当にASTに気づかれてないよぉ~』
「たぶんそれ、森に意識が行ってないだけだと思う……」
呆れてしまってものが言えない……なんだ、俺がピンチになった時に待たせたなと言って颯爽と登場したいのか?その時にはネプテューヌの事を誰も見てないし、聞こえてないと思うぞ。
はぁ……もういいや。ふざけながらもやる時はやるし、俺がピンチになったら助けてくれるだろう。
『まあ、そんな不安な顔をしなくても大丈夫よ。ネプテューヌに頼らなくても済むように、こっちで全力でバックアップするわ』
「副司令を見るとすごく不安になるんだが……」
『あら?あれはあれで優秀な男なのよ。普段が駄目なだけで……まあ、神無月の事はどうでもいいわ。この際だからフラクシナスが誇る優秀なクルーを紹介してあげるわ』
そうなのか?てっきりすごく駄目な人だと思っていた。
もしかしてネプテューヌと同じようにやるときはやる人なのだろうか?
俺は階段を上りつつ、若干の期待を込めながらインカムからの琴里の声を聞いた。
『たとえば……五度もの結婚を経験した男、〈早すぎた倦怠期〉川越!』
『それって最低四回は離婚してるってことだよね?』
『ねぷちゃん~?急に川越さんが五枚の写真を取り出して泣き出しちゃったよぉ~。どうすれば良いのぉ~?』
五回離婚したんですね……
『夜のお店に大人気、〈社長〉幹根!』
『ねぷちゃん、夜のお店ってなんなのぉ~?。あたし分からないよぉ~』
『ぷるるんは知らないままで良いと思うよ……知ったら洒落にならないし』
俺も知らないままで良いと思う……変身した後のプルルートが好きそうな場所とかもあるから。下手すると本物の夜の女王様が出来かねない。
でも相手が相手だから喜ぶ……いや、それでも危険だ。そんな相手でも一生もののトラウマを負う可能性が高い。
あと幹根さん人気なのは金の力だよな。
『恋のライバルに次々と不幸が〈藁人形〉椎崎!』
『そんな不思議な事ってあるんだねぇ~』
『ぷるるん……わたしは絶対に呪いのせいだと思うよ』
あの有名な五寸釘とか使うやつですよね。
『百人の嫁を持つ男〈次元を超える者〉中津川!』
『百人程度じゃ士道の足元に及ばないよ。なんたって士道は、五千人くらい嫁を持ってるんだからね!』
『ねぷちゃん、中津川さんが士道君の事を師匠って敬い始めちゃったよぉ~』
お願いします敬わないでください、それトラウマなんです。誇れるものじゃないんです。
『士道、あんた異世界に行って何をしてたのよ……まあ、良いわ。紹介を続けるわよ。その愛の深さゆえに半径五百メートルに近づくことを禁じられた女〈保護観察処分〉箕輪!』
「何をやったらそんな事になるんだよ!!」
もうなんて言うか、今すぐこの場から帰りたい。もしくはインカムを投げ捨てたい……
なんでここまで頼りなさそうな人材を集められるんだよ。狙ってやってないか?まともな人がほとんどいないじゃないか。
『……皆、クルーとしての腕は確かなんだよ』
それ以外にも考慮すべきものがあると思います。
特に今回の精霊に恋をさせるって点では、最悪のメンバーしかいない。どう考えても人選ミスだ。孤立無援でやった方がまだ成果を出せるような気がする。
俺が不安を抱きながら廊下を移動していく……そういえば今回はどの精霊なのだろう?
ASTに居るわけじゃないのでコードネームは十香の以外のは分からないが、少しくらいは情報が欲しい。
「琴里、今回出た精霊ってなんなんだ?」
『あなたが空間震に巻き込まれた時に出た精霊……〈プリンセス〉よ』
プリンセスって十香じゃないか……
うん、少し安心した。十香とは一緒に異世界に飛ばされた事もあって仲は非常に良好だ。
俺がよほど変な事をしない限りは怒って攻撃をしたりはしないだろうし、攻撃されても大怪我をするような威力でされることは決してない。
本当に十香で助かった……俺がそんな事を考えていた時だった。
『士道が口説く相手は十香なんだ?良かったね士道、難易度的には昔ながらの付き合いで若干の好意を持ってる幼馴染ってかんじかな。最初に相手をするには丁度いい難易度だよ』
「具体的な例を出しての説明、ありがとう……まあ、十香で『士道?』琴里?えっと……どうしたんだ?」
『十香ってプリンセスの名前よね?あなた一体どこでその名前を知ったのよ。それに話を聞く限り随分と親しいみたいじゃない。一体どういうことか、説明してくれるんでしょうね』
あっ……そういえば琴里っていうかラタトスクには十香については一切説明してなかった。
異世界に飛ばされた時の事を説明した際は、ネプテューヌ達の事にしぼってたし、その後も機会を見て話そうとは思っていたのだが、すっかり忘れていた。
まずい……特に最後の琴里のドスの効いた声には汗が流れ出て止まらない。
『あれ?琴里は士道から聞いてなかったの?この世界から神次元に飛ばされたのは、わたしと士道だけじゃなくて十香も一緒だったんだよ。と言うか、神次元に飛ばされる事となったそもそも原因がわたしと十香の戦いなんだけどね』
『へぇ~そうなのね……ちなみに仲はどれくらい良いのかしら?』
『士道君と十香ちゃんは大の仲良しさんなんだよぉ~。二人でよくお出かけとかもしてたし、戦闘でも息がぴったりなのぉ~』
ネプテューヌ達が十香の事を説明していく度に琴里の機嫌が見る見る悪化していくのが感じとれた……
おかしいな……これって音声しか伝えられないはずなのに、口調がさっきから変わっていないはずなのに、琴里の機嫌が手に取るようにわかる。
これが兄弟の絆ってやつなのか……
などと俺が乾いた笑みを浮かべながら現実逃避していると、インカムから肝が冷えるような声が聞こえて来た。
『士道?後で私に黙っていた理由を説明してもらうわよ……』
「はい……」
どうしよう……物凄く帰りたくなくなってきた。
すっかり忘れてました……なんてことは言えないよな。もし言ったら琴里に介護施設の予約を本当にされかねない。そして鶏の方がまだ頭がいいわよって罵倒されるだろう。
司令官としての琴里は本当に容赦がないからな……
俺が重い空気を吐いていると、ちょうど俺のクラスが見えてきた。
フラクシナスのレーダーが正しければ十香はこの教室の中に居るらしい。なんというか、神様のいたずら的な何かを感じざるを得ない。
俺の通っている高校に現れただけではなく、俺が過ごしている教室で待機しているんだからな。もう奇跡に近いと言っていい確率だろう。
俺は教室に入る前に両頬を手で叩いて、先ほどの重い空気を吹き飛ばすとともに覚悟を決める。
そして教室の扉を開いて中へと進んでいく。そして教室の真ん中に立っている十香に声を掛ける。
「よう、十香」
「っ!?なにも……シドーか」
俺が急に声を掛けてしまったせいだろう。突然の声に驚いた十香は慌てて俺の方を振り向く。そして俺の顔を見た十香は安堵の息を吐いたと思ったら……不機嫌になってしまった。
俺が何か不機嫌になるような事をしただろうか?頬を膨らませてそっぽを向いている事を考えると相当不機嫌なようだ。
「十香?俺が何か不機嫌にさせてしまう事をしたか?」
「……どうして此処にいるのだ。此処は危険だから来るなと何度も言っているではないか」
「一応理由は前に言ったと思うが……」
「勿論分かっている。別に私はシドーが精霊を手助けするのを否定するわけではないのだぞ……ただ私はもう大丈夫だ。メカメカ団なぞに遅れは取らないし、世界に絶望なんてもうしない……私はシドー達に十分に救われた。だから士道が私のためにこれ以上の危険を犯す必要はない」
「それでも十香の心配はするさ……それに実際会うまでは、どの精霊が現れるか分からないんだよ」
「そうなのか?ふむ……私が出現する前になにかしらの目印でも示せればよいのだが……」
顎に手を添えて考え始める十香をよそに俺は少し別な事を考えていた。
それは、どうやって十香をデートに誘うかと言う事である。琴里が言うには精霊の俺に対する好感度を上げる必要があるらしく、そのためにはデートが一番手っ取り早いとのことだ。
どういう理屈かは分からないが、今は信じるほかない。
でも十香とデートか……彼女とは一緒に何度も遊んだことがあるし、それほど難易度は高くない。……と言うかこんな状況じゃなきゃ、暇さえあれば一緒に遊んでいる。
ラタトスクからの指示もないし、ここはいつも通りの自然体でいこう。
「そういえば、十香。此処がどこだか知っているのか?」
「何か特別な場所なのか?このように同じような部屋が沢山ある建物など初めてで、少々困惑していたのだ」
「特別な場所って訳でもないが……此処は学校だよ。ほらそこに黒板があるだろ?」
「おおっ!!これが黒板なのか……っと言うことはこれがチョォクと言う物なのか!?」
十香は目をキラキラと輝かせて黒板に置いてあったチョークを手に取ると、それを使って自分を名前を書いたりしている。
そういえば十香には学校がどういう場所なのか説明はしたが、実際に見たり行ったりすることはなかったな。
黒板やチョークと言った何気ない物も物珍しく見えるのだろう。
「十香……せっかくだから学校の案内でもするか?」
「よいのか!?……でも此処に居ると危険ではないのか?メカメカ団の奴らは未だに攻撃をしてこないが、いつ攻撃を仕掛けて来てもおかしくはないのだぞ」
「すぐには攻撃を仕掛けてはこないだろう。それに、いざとなったら逃げ遅れた一般人の振りをするから大丈夫だよ。流石に一般人には攻撃を仕掛けてこないだろ」
たぶんだけどな……
琴里に聞いた話だと一般人が精霊を見た場合は捕まえて記憶を消してるみたいだし、逃げ出そうとした際には機密保持を理由に消されると言う可能性もあり得なくはない。
まあ、それを今十香に話して不安にさせる必要はないだろう。いざという時のために近くにはネプテューヌが待機しているしな。
「そうなのか?……それならシドー、学校の案内をお願いできるか?」
「もちろんだ。何処か十香の行きたい場所とかあるか?」
「ふむ……そうだな、シドーの好きな場所で構わないぞ」
好きなところか……
そう言われると困るっていうか……極端に好きな場所は特にないからな。
十香をどこに連れていけばいいのか……まあ、時間は大量にあるんだ。近場からよっていっても問題はないだろう。見せられるような教室なんて限りがあるからな。
「それじゃ、此処の近くにある家庭科室にでも行くか?」
「うむ、任せたぞ、シドー」
一方、所変わってフラクシナスの艦橋。
そこではラタトスクのメンバーが士道の周りを飛んでいる小型カメラやこの艦に設置されたセンサーを使って精霊のモニタリングをしていた。
最初の実戦と言うことでクルーの誰しもが多少の緊張をしていたのだが、この十香と言う名前の精霊は士道と相当仲が良いらしく予定を大幅に超えて順調に進んでいて、正直肩透かしを食らった気分になっていた。
まあ、順調に進んでいるのは良いことだ……そう思っていた時に琴里からの声が聞こえてきた。
「令音……精霊の機嫌はどうなっているの?」
「……特に問題はないね。士道と出会ってすぐは機嫌が悪かったみたいだが、今は良好で安定している。此処まで簡単に進むとは、正直予想外だよ」
「それは私も同意見よ……仲が良いって聞いたけど此処までとはね。これだけ簡単だと先が思いやられるわ。精霊は他にも沢山いるのよ」
二人から仲が良いとは聞いていたが此処までとは予想外だった。
十香の士道に対する好感度はストップ高で下がった試しがないし、今も士道に学校を案内されている十香は誰がどう見ても幸せそうだ。
異世界で何をやっていたのか士道に問い詰めたい気分に琴里が駆られているとプルルートが声を掛ける。
「別に、最初から仲が良かったわけじゃないよぉ~。最初は十香ちゃん、あたしたちを疑ってて大変だったんだよぉ~」
『そうだよね。あの頃の十香は今とは別人っていうか、見る人全てを疑ってかかってたからね。仲良くなるのには時間が掛かったんだ』
「……そうなの」
二人の言う話は当たり前の事なのかもしれないが、少し意外だった。
確かに精霊はこの世界に現ればすぐにASTからの攻撃を受けるため、人間不信に陥ってもおかしくはない。
だが今の十香が士道に見せる無邪気な笑顔からはそんな姿など想像することが出来なかった。
きっと士道がここまで立ち直らせたのだろうが……本当に異世界で士道は何をやっていたのだろう。琴里が受けた説明は異世界に飛ばされて、いろいろあって帰ってくることが出来たというくらいで、詳しくどんな出来事があったのかは聞いてない。
きっと士道には、まだ隠していることが沢山あるのだろう。それを考えるとほとんど事を知っているであろう二人に嫉妬してしまいそうになる。
これが終わったら絶対にとっちめよう……琴里がそう決意すると令音から通信が掛かって来た。
士道やネプチューヌとはつながっていない、琴里と令音だけが会話できる通信だ。何か内密で進めたい事があるのだろう。
『……琴里、すでに十分な好感度になっているが、どうするんだ。次の段階に移るのか?』
『いえ、他の精霊の事を考えるともう少し続けさせておいた方が良いわ。難易度は簡単すぎるけど、いい練習相手にはなるでしょう』
十香には申し訳なかったが、他の精霊も同じように助けなければならない事を考えると、士道には黙ってもう少し練習を重ねていた方が良いのは事実だ。
そしてそれはラタトスクのクルーたちにも言えることだ。彼らもこれが初めてで緊張している者もいるのだ。彼らの練習をすると言う意味でも士道にはこのまま暫くの間は続けてもらいたい。
あの精霊の士道に対する態度を見ればどちらかがミスしても攻撃されるような事はないだろう。
(……まあ、何にしても、うまくやりなさい士道)
「どうやらまだ電気が来てるみたいだな。十香、何か飲みたい物あるか?」
「あのしゅわしゅわした飲み物を頼む」
「炭酸な」
俺は自動販売機に小銭を入れると、炭酸のジュースを二本買って、そのうちの一本を十香に渡した。
あの後、一通りの教室を見学した俺達は校舎の中にある自動販売機の前で休憩をしていた。ASTは未だに外で待機しているため、他にやることもなくなったため話し合いでもしようと此処に来たわけだ。
「そういえば士道は、学校と言う場所で具体的にどんな勉強をしているのだ。自習?とやらをしているのは見たことがあるのだが……」
「数学と国語とか色々あるけど……そうだな、学校に現れたのも何かの縁だし、簡単な勉強でもしてみるか?本当に基本的な事なら俺でも教えられるはずだけど……どうだ?」
「おお!!それは面白そうではないか!では早速教室に向かおう!!」
その提案を聞いた十香は上機嫌になって鼻歌を歌いながら教室に向かおうとしている。
十香の楽しみで待ちきれない様子に思わず微笑んでしまう。勉強を喜んでしようとする人なんて中々見ないからな。
俺もそのあとに続こうとして廊下の角から出たところで気づいてしまった……廊下の先からこちらに狙いを定める眼光に……
まずい、十香は全く気付いていない。別に怪我はしないだろうが、そういう問題ではない。
俺は十香の襟を掴むと素早く彼女と共に廊下の角に姿を隠した。
「ッ!?……一体何をする……!?」
十香の俺を抗議する声は、すぐに響いてきた銃声でかき消されてしまった。
ASTの奴らだ……一体なんで校舎の中に入ってるんだ。琴里との話だと彼女達が纏ってるCR-ユニットは室内戦を考慮されてないから、めったに室内には突入しないんじゃなかったのか。
俺もそう思っていたんだな……だって室内じゃあの翼をつけて飛べないだろうし……
なにか突入しなければならない事情でもあるのか?
「シドーすまない……助かった」
「別にいいって……それよりもなんでASTの奴らは突入なんてしてきたんだ?十香は心当たりがないのか?」
「AST?……ああ、メカメカ団の事か、心当たりと言っても……特にないのだが……最近は戦闘が嫌になって建物の中に隠れていたり、奴らに建物を壊されたらすぐに別の建物に移ったりしていたのだ。戦闘だって周りに建物がない時にしかしていないのだぞ」
ああ、それだ……
十香の言ったことで大体の推測がついた。
十香がASTから建物に隠れて逃げていたと言うことは、きっとASTは十香に攻撃すら当てる事が出来なかったのであろう。そうなればASTのやったことなんて建物の破壊だけだ。
いくら顕現装置があるとはいえ、建物を直すのにはそれなりの予算が必要になるはずだ。
大量に建物を破壊して一切の効果が確認できない……きっと上の人が建物を壊す許可を与えなかったために、こうして突入してきたのだろう。
万全の状態でも勝てない相手に、不利な状況で挑もうとするなんて馬鹿としか思えないが、現場を理解しようともしない上司なんてそんなものだろう。
それよりも今はどうやってこの現場から逃げるかだ……
「ふっふっふっ……どうやって逃げればいいか困ってるみたいだね」
突然の声に驚いて後ろに振り返ると……段ボールがいた。
いや冗談ではなくて、人が入れそうなほどの大きさの段ボールがそこに置かれていた。
もう中身は分かったのだが……もう本当に呆れるしかない。まさかと思うがこの恰好で森から校舎の中に入って来たんじゃないだろうな。
それに十香は気づいていないようで、「貴様は何者だ」と声をあげて睨みつけているし……
「ネプテューヌ……ふざけてないで段ボールから出て来い」
「ネプ子がどうしたのだ?」
どうやら十香はまだ分からないらしい。
事情を知らなくても声を聴けば分かりそうなものなんだがな……突然の事で誰の声かまで気を配っていなかったからだろうか。
まあ、さすがに名前を出されたためか誤魔化すのを諦めたネプテューヌは段ボールを脱ぎ捨てた。
「もう、士道ったらノリが悪いよ。もう少しくらいわたしの茶番に付き合ってくれてもいいじゃん。そんな風にしてると、ノワールみたいなボッチになっちゃうんだからね。なってからじゃ遅いんだよ」
「頼むから場所と状況を考えて悪ふざけをしてくれ」
「おおっ!!誰かと思ったらネプ子ではないか。久しぶりだな、元気にしていたのか?」
「久しぶりだね十香。十香がこっちの世界に帰って以来だから、半年ぶりになるのかな?このまま感動の再会ってな感じにしたいんだけど……どうやら敵さんは待ってくれないみたいなんだよね」
だったらふざけないで欲しかった。
取りあえず銃撃はやんだみたいだが、足音が徐々に多くなっていくのが聞き取れた……どうやらこっちに向かっているみたいだ。
強行突破は……下手をするとマークされる可能性がある以上はしたくないな。だとするとASTとは逆の方向に逃げるしかないのだが……絶対に待ち構えてるだろうしな……
「ネプチューヌ、今の状況はどうなってるんだ?」
「えっと、何人か校舎の中に入って精霊を校舎から追い出そうとしてるみたいだよ。だから玄関の方へ進めば敵と遭遇することはないと思うよ……その代わりに、玄関の出た先で大量に待ち伏せしているけどね」
やっぱりか……
本当にどうすればいいんだ、玄関に待ち伏せしている事を考えると裏口の方にはASTがいるだろうし、窓から脱出するという手もあるが……さすがに何人かは見張りが居るだろうし、厳しいかもしれない。
やっぱり、もうネプテューヌが変身して強行突破しかないかと俺が諦めかけた時だった……
「ふむ……だったらシドー、私が玄関の方へ向かって敵を引き付けるから、その間に窓から脱出するといい」
「待てよ、それだと十香が……」
「気にする必要はない、死なない程度に奴らを蹴散らすだけ、何時もの事だ」
何時もの事……十香が少し悲しげに言ったその言葉を俺は受け入れたくはなかった。
だってその言葉を受け入れてしまえば、十香が攻撃されるのが当たり前だという事になる……だから認めたくない……
正直、感情だけに身を任せて十香と一緒に戦いたかった……
俺が十香の答えに言いよどんでいると、いつの間にか変身したネプテューヌが声を掛けてきた。
「士道、あなたの言いたいことは分かるわ……でも此処は引きましょう。十香ならわたし達が居なくても怪我なんてしないのは分かるでしょう。此処でぐずぐずして士道が見つかるのが最悪の事態よ」
「わかった……十香、怪我をしないようにな」
「分かっている。ではまた今度会ったら、一緒に遊ぼうな、シドー」
十香はそういうと、廊下の角から飛び出して行った。
そしてその後には銃声と短い悲鳴が聞こえてきた……こちらを銃撃してきたASTを倒したのだろう。やり過ぎてないといいが……相手は敵だがやはりその辺は心配してしまう。
ASTは考え方が違うだけで悪い人達って訳じゃない。むしろ人々のために絶対的な力の差がある精霊に挑んでいると言うことを考えると正義感の強い人達なのかもしれない。
まあ、敵である事には変わりないんだがな……
「そういえば、ネプテューヌは一体いつから変身したんだ?」
「士道が悩んでいる間に変身させてもらったわ。いざという時を考えると、わたしが戦えた方が良いものね。それに変身前のわたしだと士道の説得も出来なかったでしょうし」
それは言えるかもしれない……ネプテューヌは変身前だとシリアスとかが極端に苦手だからな。その手の話が始まろうとすると、その場をかき乱そうとするし。
俺が苦笑しつつ、ネプテューヌの言葉に同意していると大きな破壊音が断続的に響いてきた。どういやら玄関のあたりでASTと十香の戦闘が始まったみたいだ。
「そろそろ、頃合いなんじゃないのか?」
「そうみたいね。それじゃあ士道、森の中まで飛んでいくから、離れないようにしっかりとしがみついて頂戴」
俺は途中で放されないようにネプテューヌの背中にしっかりとしがみついた。
それを確認したネプテューヌは俺を背負った状態で、校舎の窓ガラスを突き破ると森の中へ低空で、なおかつもの凄いスピードを出して飛び始めた。
初めての経験ではないのだが……やっぱり他の人に乗せられて飛ぶのはかなり怖い。特に森の中を突っ切る際は木の枝が顔などに当たりそうになるのでより怖く感じられる。
まあ、スピードが出ていたので飛ぶのはすぐに終わって、俺は森の中で降ろされる事となった。
「ここまで来れば敵も気づかないでしょう。琴里聞こえているかしら?聞こえているのなら返事を頂戴」
『ちゃんと聞こえているわよ。こっちで二人を回収するから……ちょ!?今すぐ転送機を止めなさい!!』
「琴里?おい、一体何が……」
急に慌ただしくなった声に驚いて、なにがあったのか琴里に問いかけようとした矢先だった……
向かってきたのだ。こちらをめがけて一直線に、何者かが……
ASTだと理解した際にはもう遅かった、俺の体は転送機による無重力に似た感覚に襲われて……
「―――ッ!!」
「距離を取りなさい!下手に近づくと草加の様にぶっ飛ばされるわよ!!」
そう悲鳴じみた叫び声を上げるのは、ASTの隊長である日下部だ。
彼女の周りには部下であるASTの隊員達がいて、彼女達の視線はある一点……プリンセスに向けられていた。
つい数分前までは、校舎の破壊許可が下りなかったため、何人かを校舎の中に入れて精霊を外に出そうとしてた。
結果としてそれには成功する事が出来た……しかし、校舎を出てきた精霊はこちら目掛けて攻撃を始め、そのあまりの猛攻にASTは手も足も出せず、回避に専念しなければいけなくなっていた。
「〈プリンセス〉の奴、どうしていきなり攻撃を……」
「そんなの考えている暇があるなら、反撃の機会をうかがいなさい!このままだとジリ貧よ!!」
日下部は部下にそんな指示を飛ばしながらも、内心部下の言ったことが気になっていた。
プリンセスは空間震こそ大きいもの、それほど気性の激しくない精霊の一体だった。特に半年程前、八月の中頃からはこちらへの攻撃の一切をやめ、ただ逃げ回るだけの比較的危険の少ない精霊となっていた。
しかし先日といい、今日といい、なぜかプリンセスはこちらに攻撃を……しかも積極的に行っている。しかしそれによる人的被害はあまり出ていない。
手加減をされているのだ。
精霊がこちらに放ってくる斬撃は、随意領域は破壊しないがその場には踏みとどまれない、そんな絶妙な力加減で放ってくるため、吹き飛ばされこそするが怪我をする事はない。
絶対的な強者だからこそできる、驕りともいえる選択……自分達との絶対的な差を見せつけられている様で思わず歯噛みしてしまう。
一体どうすればこの事態を……
そんな事を考え始めた時だった、校舎の中から何かが出てきたのは。
それは校舎の窓を突き破って飛び出して来たと思うと、凄まじいスピードで森の中へと消えて行ってしまった。
誰か追跡を……っと思ったものの、プリンセスの攻撃が激しく誰もそこへ向かう事が出来ない。
しかし……
「―――!!」
「ちょっと、折紙!!」
なぜか折紙が珍しく動揺したと思ったら、森の方へと向かい始めたのだ。
そしてそれに気づいたプリンセスが、彼女の進路を遮るように攻撃を始める。
今、校舎から飛び出て行ったものは、この精霊にとっては重要な物なのだろうか?
理由までは分からないが、折紙が森へと向かうのを必死に防ごうとしている。折紙はその攻撃をなんとかかわしているが、このままだと吹き飛ばされるのは時間の問題だろう。
それを見た日下部は部下に指示を下す。
「総員、プリンセスに攻撃をしなさい」
プリンセスは折紙一人に攻撃を集中しているため、他の隊員に精霊を攻撃する機会が訪れたのだ。
彼女たちは各々武器の銃口を精霊へと向けると、一斉に火を噴いた。
プリンセスのいた地点では激しい爆音と粉塵が舞い上がり……気がつくと精霊の姿は消えていた。
倒したわけではない。いつものように消失しただけだろう。この程度で精霊を倒せるくらいなら、すでに倒せている。
そう結論づけた日下部は辺りを見渡すが、折紙の姿は何処にもなかった。
転送機による無重力感に襲われた俺は、気づくとフラクシナスの艦橋に立っていた。
そして視界には、刀を構えている変身したネプテューヌの姿とその先にいるASTの姿……と言うか鳶一じゃないか。
何処からつけられていたんだ……いや、今はそんな事よりも鳶一をどうするかだ。
いきなり風景が変わったことで今は困惑しているようだが、正気に戻られて戦闘なんて始まったら相当まずい事になる。此処は艦橋で重要な機械が大量に置かれているのだ。
下手をして壊されたりなんてしたらこの船が沈みかねない。
ネプテューヌも同じ事を考えていたようで、彼女は手に持った刀を裏返しにして峰の方を鳶一に向けると一瞬で鳶一に近づいた。
それに気づいた鳶一はとっさに随意領域を張って防御しようしているみたいだが、もう遅い。
「はぁぁぁぁあああ!!」
「くっ……」
ネプテューヌによって勢いよく振られた刀はたやすく鳶一の随意領域を打ち破ると、そのまま彼女を壁まで吹き飛ばした。これで決まりだろう。さすがにあの勢いで壁に叩きつけられて戦闘は続行できないはずだ。
しかし、そんな俺の予想に反して彼女は立ち上がって戦闘を続行しようと……
「えい~」
する前にいつの間にか鳶一の傍まで移動していたプルルートにとどめをさされた。
彼女の振り下ろしたぬいぐるみが鳶一の頭に直撃すると、鳶一はたちどころに意識を失ってしまった。
クルーの中にはぬいぐるみで気絶した事に驚いている人もいるみたいだが、あのぬいぐるみを甘く見ない方が良い。
あのぬいぐるみは戦闘用で中には鉄の塊などが詰められているのだ。あの見た目に油断した敵が幾度となく葬られてきた事か……
「二人とも助かったわ。順調に進み過ぎて少し油断していたみたいね。まさか持ち場を離れて一人で突っ込んでくるのがいたなんて……」
「どういたしまして。それで彼女はどうする気なの、さすがにこのまま地上に帰らせるわけにはいかないんでしょ」
「そうね……取りあえず今は医務室に連れて行って怪我の治療をさせるわ。その後は……独房に入れるしかないでしょうね。こちらの秘密を見られたんですもの、ただで返すわけには行かないわ」
まあ、そうなるよな。
一般人でもまずいのに、ましてやASTの隊員である鳶一に知られたままにしておくなど絶対に出来ないだろう。
たぶん何かしらの処置を琴里たちで行うのだろうが……甘い考えかもしれないけど穏便な方法で終わるといいんだがな……
なにはともあれ一件落着し……何か忘れているような気がするのだが俺の気のせいだろうか?
とても大事なことだったような気がするんだが……
「さてと……それじゃあ、精霊との接触と紛れ込んだASTの対処が終わったことだし………あの精霊との関係や、異世界に行ってた時の事をじっくりと話して貰うわよ、士道」
あ……
まずい、忘れてた……そういえば十香の事についての説明を要求されてたんだった……
俺が視線を向けば、そこには顔だけが笑っている琴里の姿が……なんか最近この顔の琴里を見る機会が多いな……全然嬉しくないけど……
俺は泣きたくなる気持ちを奮い立たせると、琴里への説明を始めるのだった。