洞窟内に反響するのは少女のむせび泣く声、ただそれだけであった。装備もまともにない中ラバウル鎮守府に助けを呼べない。いや、仮に呼べたとしてもここの場所が未知である以上助けが来る確率は低いだろう。
「ぅ…提督ぅ…」
朝潮の頬を伝う澄んだ水は血だまりへと落ち水の波紋を作り出す。長い間一緒にいたわけではない。しかし、提督は前とは違う。それだけで朝潮にとって悲しむに値するのだ。
仮に、提督が悪事に手を染めて命を落としても。
仮に、提督が殺し合いの最中命を抓まれたとしても。
仮に、提督がどんな悪に染まり命を散らせようとも。
過程はどうであれ必ず朝潮は泣いていた。それほどまでに前任の提督たちの所業は許されないのだ。仲間の見殺しなど当たり前。少女を自分の愛玩道具だと勘違いする愚かな者。ただ、大切されたということが提督の中では取るに足らない過程であろうと艦娘にとって取るに足る結果を生み出した。だから、どうであれ朝潮の目には涙が映るのだ。
「――ここじゃ、駄目ですよね」
少し、落ち着きを取り戻した朝潮は彼女をこのまま洞窟内に放置するのは嫌だという思いからどこか辺りを見回せる場所に埋葬しようと考えた。
だったら、丘の上とかがいいですね…。
提督が死んだと言ったら鎮守府のみんなは悲しんでくれるだろうか?むしろ、喜ぶのではないか?その光景を見て私は何を選択する?
これからの不安の種を芽吹かせまいと頭を振り彼女に手を掛けた瞬間違和感を覚えた。
まだ、暖かい。
いや、死後数分といったならまだ体温が残っていても可笑しくない。なら、納得は出来る。いや、待てよ…?そもそも、自分は提督の脈を確認したのか?
そこで、自分が提督が生きているか確認していないこととに気が付くとすぐに行動に移った。
俯せの体を仰向けにし耳を彼女の口元に近づきつつ手の脈を確認する。
それは、確かに刻まれていた。
「―――」
小さい、けれども強く彼女の脈は動いていたのだ。呼吸も安定している。
まさしく彼女は生きていた。
緊迫した極限状態に追い打ちに欠けるように死亡している提督を見つけた朝潮だが提督が生きていると知った瞬間ピンッと張った糸が切れ、朝潮の意識は深く落ちて行った。
薄れゆく意識の中眠っていると思われる提督の体が少しばかり動いた気がした。
洞窟内に反響する朝潮のむせび泣く声。それを耳に入れつつ彼女はどう思っていた?そう詰まる所この調停官事務所の彼女は寝てなどいなかった。事は数時間前に遡る。
熊と対峙する最中中田さんが言葉を発した。
「あれはたいへんなじょうたいかとー」
「今の私の状態より大変だというのなら聞きましょう」
熊はこちらに襲い掛かる様子はなくただ威嚇行動を行うばかりであった。しかし、逃げられない。逃げた瞬間襲われてしまうかも知れないからだ。
ほら、見てください。熊さんが姿勢を低くして倒れてしまいました。これで逃げられますね!…って、待ってください中田さんが言った大変な状態って。
「あまあまなさとうがなくなるぐらいたいへんかと」
それってかなり大変じゃないですか!!主に私と妖精さんだけですが。そう思いつつも恐る恐る接近。
そこで私は体中にたくさんの怪我をして血を流していることを確認しました。
「――自分の命は助かりましたけどこうやって目の前で命が失われるのは余りみたくないもんですね」
明らかに事切れる前だというのは明白であった。
「たすけられますが?」
「そうですね、静かに黙とうを捧げておき…すいません、妖精さんもう一回言ってもらえますか?」
「たすけられますが?」
まさかこの傷を治せるとは…。いやはや驚くべきばかりです。というか、中田さん返答を待たずして白衣着てマスクをしないでくださいやる気満々じゃないですか。
「――わかりました。では、お願いします」
そういうと中田さんに外に出て待ってもらうよう言われました。なんですか鶴の恩返し的なあれですかね。
治ったとしてもすぐに襲われるわけではありません。恨みはあるわけではありませんし損はないでしょう。
待つこと3分。
「いのちのききはさったかとー」
「不安になる速さに脱帽ですよ…」
「ほめられているので?」
「そう捉えてくださっても結構です」
熊の様子を確認しつつこれからどうするかを考える。というか、よくこの血の量で助かりましたね。
「ひとつやりたいことがー」
なぁーんか、嫌な予感。しかし、先ほどの事もあるし一応聞いておきます。
「なんですか?」
「さすぺんすごっこがやりたいかと」
「サスペンスごっこ?」
なんですか、その物騒なごっこ遊びは。あぁ、この血だまりを利用して遊ぼうというんですね、さすがは妖精さん。発想が怖いです。
そういって、血だまりを横目で見たのが失策でした。再度中田さんに目を向けると――
「ろーるをきめきめー!」「ろーる?」「やくわりのことかと?」「さつじんきやってー!」「ばらばらしたいってざんしんー!」「そのしにかたもまたいっきょうかと」
きゃっきゃっ!といつの間にか増えてしまった妖精さんに頭を抱えるばかりです。この遭難状況でそのテンション。見習いたいです。
そのあと、流れるまま私が死人役をやらせてしまい血だまりに身を投じ今に至る。
朝潮さんの頭を膝に乗せる、いわゆる膝枕で頭を撫でておきます。静かに寝息を立てる朝潮さんの寝顔はとても可愛らしいですね。
ちなみに、妖精さんたちは私が死体役をやっている最中にどっかに行ってしまったということを知ったのはそれから間もなくの事でした。