剣が君の為に在るのは間違っているだろうか   作:REDOX

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スタートライン

「こっちだよ」

 

 フィンさんに連れられ黄昏の館の中を進む。

 アイズとの模擬戦が終わると、私は急ぎ治療されることとなった。とは言ったものの、大怪我をしていたわけでもなく、回復薬(ポーション)という傷を癒やす薬品と【ロキ・ファミリア】の冒険者の回復魔法で直ぐ様全快した。

 今までなら何日間か痛みに耐えながら鍛錬をしていたところ、オラリオではあまりそう言った心配はなさそうだ。まあ、常に全快の状態で戦えるというわけではないので、少し怪我をしている状態での鍛錬が無駄というわけではないが。

 

「これから主神であるロキに会ってもらう。幾らか質問されると思うけど、もう殆ど入ったようなものだからそう緊張しなくて良いと思うよ」

「ロキ、様は高い所が好きなんですか?」

 

 向かう先はこの建物の中で一番高い塔の一番上の部屋だそうだ。勿論そこに行くまでに何度も階段を登らないといけない。現在は最後の螺旋階段を登っている最中だ。

 

「ははっ、好きなんじゃないかな? 聞いたことはないけど。後、たぶん様付けもいらないと思うよ」

「一応、相手に許可を貰ってからにします」

 

 私の質問が面白かったのか、フィンさんは小さく笑った。

 

「あの、アイズさんは?」

「あの子なら多分説教を受けてると思うよ」

「説教?」

「そ、リヴェリア、うちの副団長にね」

 

 後で君もされるかもね、と恐ろしいことをフィンさんは言った。

 

「手加減が不十分だったこと、それと魔法がね」

「はあ」

「あれは、ちょっと危なかったから。冒険者でもない一般人に向けていい力じゃないんだ、本当は」

 

 それは確かにそうだろう。いや、そんなことを言ってしまったら冒険者の力はすべて一般人に向けてはいけないものだろう。

 

「君も君だけどね」

「私が何か?」

「とぼけているのか本当に分かっていないのか……あの時の君はアイズを殺す気で剣を振るっていたね」

「あれが、私の本気ですからね」

 

 その説明で納得したのか、それとも最初から答えなんて求めていなかったのか、それ以降フィンさんは黙ってしまった。無言のまま階段を登りきりドアの前で止まる。

 

「ここからは君一人だ」

「分かりました」

「まあ、これからよろしくねアゼル」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 きっと色々とご迷惑を掛けると思うので、と付け足すとフィンさんは苦笑いを浮かべて階段を降りていった。その後姿が見えなくなるまで待ち、私は目の前の扉へと視線を移した。

 この向こうに【ロキ・ファミリア】の主神がいる。そして、その神は恐らく初日に出会ったあの女神である。

 

「ふぅ」

 

 一度深呼吸をしてから私はノックをした。返事はすぐ返ってきた。

 

「入ってええで」

 

 僅かな緊張感と共にドアを開けて部屋の中へと入る。そこには予想外な光景が広がっていた。

 

「いらっしゃい、アゼル。こっちやこっち」

「……どうも」

 

 予想通り、そこにいたのは黄昏色の髪の毛を後ろで束ねた糸目の女神だった。彼女はベッドの上に胡座をかいて私を手招きした。

 私は地面に転がっている酒瓶や書類を踏まないように注意しながら彼女の元へと行く。

 

「あの、もう少し」

「アゼルまでママみたいなこと言うん? 明日やるから大丈夫やって!」

「ママ?」

「まだ聞いてへん? リヴェリアは【ロキ・ファミリア】のお母さんなんやで。あ、ちなみにお父さんはおらんから」

 

 だからリヴェリアさんが説教をしているのか、と妙に納得。

 

「4日ぶりですね、ロキ様」

「様なんて付けんくてええって、そのまま呼び捨てにしてや」

「分かりました、ロキ」

「まあ、ほんまなら堅苦しい敬語も嫌なんやけど」

「それはちょっと、癖みたいなものなので」

 

 フィンさんの言うとおり様付けはなしになった。随分と人と距離の近い神という印象だったが、そもそも私はロキ以外の神を一切知らない。オラリオではこれくらいが標準なのかもしれない。

 

「んじゃ、早速本題に入ろか」

「お願いします」

 

 私はベッドの縁に座る。程よく沈み、心地よく身体を包み込む。

 

「今まで色んな子を見てきたけど、アゼルはそん中でもなかなかおもろい子や」

「ありがとうございます?」

「ま、色んな意味でやから、勿論悪い意味でもおもろいと思っとるよ」

「……自覚はありますよ」

 

 悪い意味で面白い、というのは私の生き方などのことだろう。流石に自分の眷属に殺意を向けたことを気にしているのかもしれない。謝ろうとも一瞬思ったが、それは何か違うだろうとも思った。あれが、私である。他人に嘘を吐くことはまだ許容できる、だが自分に嘘を吐くことはしたくはない。

 

「私は、剣に魅入られてしまった、どうしようもない人間なんです」

「そうなんやろうな」

 

 ロキは私の言葉を否定しなかった。それが、堪らなく嬉しかった。自分がまともな人間ではないということは理解している、そして私はそれを受け入れている。アゼル・バーナムはまともではない、それでも生きている。私だけの人生を歩み、私だけの想いを抱え、私だけの物語を綴っている。

 

「剣を執ったあの時から、私は己を定めてしまった。剣を握り、剣を振るい、剣を極める、そのためだけに生きるのだと決めてしまったんです。でも――」

 

 他のあらゆる可能性を斬り捨てて、私は剣を極めようと思った。そこまでする価値なんてないと誰かは言うだろう。当然だ、私だってそう思うことがある。

 だが、価値なんてものは誰にも分からない。それはこの道の終わりに知るものなのだろうから。だから、この道を、この求道を走りきってみなければ何も分からない。己の生に意味があったのか、私が剣に掲げた想いに意味があったのか。

 私は、私という剣士の果てを知りたいだけなのかもしれない。

 

 だけど。

 

「――私は、出逢ってしまった、知ってしまった、歪んでしまった。剣のためだけに生きようとしていた私は、たった一度の剣戟で、変わってしまった」

 

 目を閉じれば瞼の裏にいるのはいつでも彼女で、夢を見れば彼女の剣閃を繰り返し見て、その感情は時が経てば薄れるどころか更に勢いを増していくのだ。会いたい、傍にいたい、剣を重ねたい、そして叶うのならば、彼女の全身全霊、心を曝け出した剣を見てみたい。その一撃を、私の剣が引き出せたのならばそれ以上に幸せなことはないだろう。

 

「どうしようもない人間が、どうしようもない理由で、抱いてはいけない想いを抱いてしまったんです」

 

 だって、私は恋をした相手にすら殺意を向けられる。否、あの時は殺意を向けることが正しいとすら思っていた。破綻している、間違っている、気が狂っている。その感情が恋ではないと糾弾する者もいるに違いない。

 私も分からない。果たして、この感情を恋と名付けて良いのか、この初めて芽生えた抑えようのない衝動が私に何をもたらすのか。

 

 身を焦がすような恋があった。

 身を捧げるような恋があった。

 身を灼くような恋があった。

 ならば、剣戟を重ねた先、そんな恋があっても良いんじゃないだろうか。

 

「私はきっと――――恋をしてしまったんです」

 

 言葉にしてしまえば、たったそれだけのこと。陳腐な物語の冒頭のような、唐突な心の吐露。一人の男が、一人の女に惹かれてしまっただけの話。

 ただ、彼女が求めるのは甘い言葉でなく鋭い剣閃だったというだけのこと。私は、それに応えるしかない、いや、応えたい。恋した相手に殺意を向けることになったとしても、彼女が私の剣を求めるというのなら、私は甘んじて狂人の名を受け入れる。

 

「そっか」

 

 私の告白のような独白に対して、短すぎる返答。だが、私にとってはそれだけで十分だった。今語った理由が私のすべてだ。ロキの前で自分を偽ることは許されない、否、私自身自分を偽ることは許さない。

 剣士であるが故に、この想いは曲げられない。

 

「アイズたんは、強敵やと思うで」

「倒し甲斐がある方が良いじゃありませんか」

 

 きっと、私はロキにとっては何ら特別ではない一存在でしかないのだ。だから、こんなにも当たり前のように彼女は私に接してくれる。狂っている、それくらいでは人をやめることはできないのだから。

 

「ま、ええんとちゃう? うち好みの理由や。ただ強うなりたいだけやない、強くなって誰かを振り向かせたい。恋、大いに結構!」

 

 にやりと笑いながら彼女は言う。

 

「まあ、アイズたんは渡さんけどな!! あの子はうちのや!」

「――――」

「言っとくけど、うちの愛は海よりも深く山よりも高い、それはもうでっかいんやからな!」

 

 私は彼女の言葉に呆気に取られ、何も言い返せなかった。

 そもそも女同士では、いや神と人でそんな関係になれるのだろうか? もしかしたらオラリオでは割りと標準的なカップリングなのかもしれない。いや、だとしても、どうなのだろうか。

 色々考えて、私はロキなりの激励として受け取ることにした。

 

「それはつまり、奪えるものなら奪ってみろということですね」

「え、いや」

「初恋が略奪愛になるとは思ってもいませんでしたが、受けて立ちましょう。でも、ロキ――」

 

 今度はロキが私の返しに呆気に取られる番だったようだ。どうやら私は彼女の真意を理解していなかったらしい。だが、言いたいことは言っておこう。

 

「――私はこの想いが、この願いが、この求道が、貴方達(神々)に劣っているとは露ほども思っていませんよ」

 

 ロキ達神々は人を越えた存在、遥か高みにいる超越存在(デウスデア)。ありとあらゆる意味で、彼等は私達と違い、私達の方が遥かに劣っているだろう。

 だが、この心だけは、この身体を衝き動かす魂の鼓動だけは、劣っていないはずだ。神々にしてみれば瞬き程の時間しか生きられない私達が、その一瞬の命を燃やし放つ想いの輝きだけは、劣っているはずがない。

 

「――ぶはっ、あはははっ、はっはっはっはっははっ!!」

 

 ロキが腹を抱えて爆笑する。ベッドへと身を投げ出し転がりながら、笑い声を抑えようともせず、息が続く限り笑い、苦しそうに呼吸をしてからまた笑う。数秒、数十秒、もしかしたら一分間は笑っていたかもしれない。

 その横でどう反応すれば良いか迷っている私の心情を、誰が理解できようか。

 

「ひー、苦しい!! もう、やっぱおもろいやっちゃなー、アゼルー、このこのー!!」

「ちょっ、ロキッ、くすぐっ、た、いはははっ」

 

 ある程度笑いが治まったロキは後ろから私に抱きつき脇腹をくすぐってきた。流石にどれほど剣の鍛錬をしてもくすぐられるのに耐えられるわけもなく、私も強制的に笑わせられる。

 

「ええやん、ええやん!! 喧嘩するほど仲が良い、女の子取り合って深まる関係ちゅうのもあるかもしれんな!」

「私は別にロキのことは嫌いじゃないですよ」

「なーに言っとんねん、うちもやで」

 

 脇をくすぐっていた手を止め、後ろから首に手を回して抱きしめられて後ろに引っ張られて一緒にベッドに仰向けになる。頭の下にロキの胸があるはずなのにまったく柔らかさを感じなかったのは、一生黙っていようと思った。

 

「その想いの果て、その求道の果て、その剣戟の果て、ウチに見せてみいや。夢を見てこそ人の子、理想を抱いてこそ人の子、果ての星に手を伸ばしてこそ人の子! 始めようやないか、アゼルの、アゼルだけの――」

 

 その時、ロキは言ってくれたのだ。

 剣だけの私が、剣以外を求めたという事実を、あまりにも嬉しそうに、あまりにも楽しそうに、待ちきれないような表情で、高らかに言ってくれた。

 

「――剣戟が綴る【恋の物語(フィリアズ・ミィス)】を!!」

 

 この身に宿る剣以外の衝動、ずっと一人きりだった鈍色の世界を照らす金色の輝き、剣狂いが得た唯一少年らしい感情――それは恋だったに違いない。

 

 

 

アゼル・バーナム

Lv.1

力:I 0

耐久:I 0

敏捷:I 0

器用:I 0

魔力:I 0

《魔法》

《スキル》

剣ノ徒(フィロ・フィディル)

・ 基本アビリティ上方補正。

・ 己の力への信頼の丈により効果向上。

・ 剣を装備している限り効果持続。

 

 

 

 彼女と出会って半年、私は漸くスタートラインに立ったのだった。道は険しいだろう、人より遥かに強い怪物達と渡り合うのは生半可なことではないだろう。

 だが、剣に対する求道がある限り心は折れたりなどしない。

 だが、彼女に対する恋心がある限り歩みを止めることなどない。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言って下さい。

 長らくお待たせしました。
 まあ、長く待たせた割には短いですし、この次の話はまだ書いていないので申し訳ないです。
 一応将来的にどんな魔法やスキルを獲得するのかはもやっと決めています。まあ、そこまで辿り着くのが何時になるのかは分かりませんが。

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