夜の食堂
22:00
「♪〜」
今日の俺は最高に機嫌が良かった。第四次聖杯戦争にレイシフトしたついでにこっそり中華料理店「泰山」で修行を積んできたのだ(Dr.ロマンは秘蔵のグラビアアルバムで懐柔)。期間こそ短かったものの、あの味は完璧に再現出来ていた。
「やったー!完成だ!」
完成したそれをテーブルに置いた俺はかつてないほど感動に打ち震えた。オルレアンでジャンヌ・ダルクに出会った時以上の感覚だ。
「いただきます!」
完成したそれを蓮華で掬い、口に入れる…刹那。
「!?!?」
理解してはいたが凄まじい炎が五体を駆け巡った。脳が赤信号を点滅させ生命の危機を伝えるのも厭わず、俺はそれを掻き込んだ。もはや激痛とも言えるその辛味の底に湧き上がる確かな旨味に心の底から歓喜した。
「うめぇ………」
激痛と感動のあまり涙がぼたぼた零れ落ちた。真の辛味を求めて10年…ついに到達した根源。それがこの麻婆豆腐である。
「むにゃ……せんぱい…なにしてるんですか……?」
「おうマシュ!今中華料理を食ってんだ。」
「ダメですよ。夜なのに脂っこい料理を食べるなんて」
寝間着姿のマシュが食堂にやって来た。彼女は俺の食っている物を見て顔を顰めた。多分、眼鏡が無いのが原因だろう。
「良いから良いから!マシュも一口食べてみるか?」
そう言って数秒経ってから気付いた。
“あれ?もしかしてマシュは大雑把に麻婆豆腐としか見えてないんじゃね?”
「では早速」
「待てマシュ────────────!」
制止が間に合わず、彼女の小さな唇が麻婆豆腐を呑み込んだ……
「!?!?!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
蓮華を手から取り落としたマシュはジリジリと後退りした。顔中に汗が噴き出し、目の瞳孔は開き切り、体の各部が軽く痙攣している。今まで辛い物を食べた事が無かったマシュにとって「泰山」麻婆豆腐の味はどうであったのだろうか…?
「qうぇrちゅいおぱsdfghjklーzxcvbんm!?」
意味不明な言葉を叫びながら殺虫剤を食らってひっくり返ったハチのようにばったり倒れて手足をばたつかせた。ヤバい…!
「マシュ!?しっかりしろ!マシュ!───えらいこっちゃ!ドクターを起こさなきゃ!」
瀕死に瀕したマシュを背負った俺は全速力で廊下を走った。
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22:05
「ふぃー…いい汗掻いたぜ〜」
次に夜の食堂にやって来たのはカルデアが誇る特攻隊長(自称)こと円卓の騎士『モードレッド』。実は夜中の筋トレで腹を空かせた彼女はこっそりつまみ食いをせんと侵入したのだった。
冷蔵庫を物色したモードレッドはスポーツドリンク(アルトリア・ペンドラゴンとペンで書かれた)のペットボトルを取り出しグビグビと中身を飲んだ。
「ぷは〜!生き返るぜ〜……ん?」
ふと、モードレッドはテーブルに置かれた麻婆豆腐に目を付けた。
「なんだ?誰か作ったのか?食いかけだし……」
周囲をキョロキョロと見回した彼女は、ニヤリと口角を吊り上げた。
「一口ぐらい良いだろ♪いっただっきまーす…………!?」
ドヤ顔で麻婆豆腐を一気に一口で頬張ったモードレッド……だが、その口内を麻婆豆腐は容赦無く蹂躙した。これでもかとぶち込まれた辣油・山椒etc…それらの辛味の
「んー!!!!みふ!みふぅうううううううううう!!!」
思わず手に取ったスポーツドリンクをイッキ飲みしたモードレッドはまだ足りずに水道の蛇口を捻り、流れ出る水を貪った。それでも進撃は止まない。
「もごぉおおおおおおおお!もごぉおおおおおおおお!!!」
なんとか辛味から解放されたモードレッド。だが、手元の物に気が付いた。
「ヤベッ!?全部飲んじまった!!!……こうなったら」
そこでモードレッドは、隣にあったランスロットのスポーツドリンクを開けると6割をアルトリアのペットボトルに移し、後はそれぞれ水道水で水増しした。
「ひでぇ目に遭ったぜ………」
モードレッドは痕跡を残さぬよう掃除をしてから逃げ果せた。
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22:10
「いけないな〜、電気つけっぱなしは良くないと教わらなかったのか」
続いて入って来たのは、花の魔術師ことマーリンだった。そのまま電気を消して立ち去ろうと思った彼だったが、テーブルの上で存在感を放つ麻婆豆腐が目に留まった。
「ん〜?なんだこの食べ物。極東で食べられている料理のようだが…」
多方向からその外見を眺め匂いを嗅いだマーリンだったが、その匂いは多くの香辛料が使われており、香辛料が当時稀少であったブリテン育ちのマーリンにとってその香りは珍しいものであった。
「面妖な香りだ…これは……」
周囲を伺うと、洗いたての蓮華が置いてあった。まるで食えとでもいうかのように存在感を放つそれ……花の魔術師は鼻で笑った。
「ハハハハハ!誘っているつもりなのかな?愚かだねぇ」
そう言いながら彼は蓮華を手に取った。
「でも、食べてしまう…私なのであった!」
彼は蓮華で一掬いすると麻婆豆腐を一口食べて………。
─────彼の周囲に咲き誇る花が一斉に枯れた
「!?!?!?!?!?!?」
生まれて初めての“辛い”という味覚に花の魔術師はひっくり返った。もはや脳が認識する前に過負荷を起こしたのだ。それでも、自分が食べたという事実を消すべく蓮華を洗い、普段やらないはずの全力疾走で食堂を離脱するマーリンなのであった。
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22:13
「にゅー…アニメみすぎてねむれなくなっちゃった」
とある世界で主人公を務めている魔法少女ことイリヤは、溜めていたアニメを観過ぎた影響で脳が睡眠を拒否していた。眠れなくなった彼女は、温かいミルクを作る為に食堂に来ていた。
「えーっと…ミルクでしょ…おさとうでしょ…こっちからはおなべでしょ……」
一通りに物を用意したイリヤの視界に…アレは現れた。血のような赤色を湛え、白い豆腐が浮かんでいる。誰かの食べかけのようだ。
「ふぇえ…」
イリヤにはその料理に見覚えがあった。また、その独特の味付けがされたそれが何処の店で作られる物なのかまで知っていた。
「えーっと…あれって……あのおみせのまーぼーだよね…?なんであるのぉ……」
食べてもいないのにその威光は知る人の足を竦ませる。必死に視界から消そうとしても、頭にこびり付く。それが泰山名物麻婆豆腐の恐ろしさである。
が、そんな彼女に救世主が現れた。
「……眠れないのか」
「あっ……パパ」
そう、イリヤのパパ(正確には平行世界とされる)であり、第四次聖杯戦争を知るサーヴァントアサシン「エミヤ」の登場だった。
「……そうか、これが気になるのか?」
「うん…でも、それとってもからいの」
「辛い………フッ。なるほど、あの店のか。マスターも大した奴だ」
エミヤは徐に蓮華を取り出すと、麻婆豆腐と対峙する。既に冷めてトロミの殆どが消えていても、その威光は対峙する物にプレッシャーを掛けていた。
「久しぶりに戴くとしようか」
エミヤは手馴れた手つきで麻婆豆腐を掬い、躊躇わず食べた。だが、キリングマシーンと呼ばれていた彼ですら一瞬にして表情が歪む。
「─────辛ッ!?マジ辛ッ!?」
「パパ!?だいじょうぶ?」
「……フッ、大丈夫。僕はこれでもおかわりする程好きだからね」
「いまのでちちおやのいげんゼロだよぉ…」
棚からコップを取り出し水を入れて飲んだ直後に顔芸が消えた。だが、数秒晒した顔芸は娘から「クールな父親の一面」というイメージを崩壊させるには十分であった。
「しかしッ…!既に食べかけだから物足りんな!」
1度食べ始めると止まらない。イッた目で麻婆豆腐を掻き込む父親をやや冷めた目で…しかし、その美味しそうに食べる様にイリヤも涎を垂らした。
「はぁ…やっとマシュが落ち着いた。さぁ!冷めてるけど残りを食べ「ごちそうさまでした……ッ!?」…!?」
やっとマシュが安定し、麻婆豆腐の残りを食べようとしていた俺の目に映ったのは、完食し感涙するエミヤの姿であった。
「キリツグは何やってんだオラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
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3日後……
「これが…泰山名物麻婆豆腐ですか?」
「王よ…お気を付け下さい。あの花の魔術師が『もうお婿に行けない』と四隅で啜り泣く程の劇物です。いざとなればこの忠臣たる『ガウェイン』が食べましょう!」
「いえ、心配は要りません。私は聖槍ロンゴミニアドを託された『アルトリア・ペンドラゴン』。この程度恐るゝに足りません」
円卓の騎士達が固唾を飲んで見守る(モードレッドはニヤニヤしている)中、聖槍ロンゴミニアドとドゥン・スタリオンを手にした騎士王『アルトリア・ペンドラゴン』は目の前の麻婆豆腐に向かい合った。
「アルトリア、無理なら食うな。残すのは俺としても悲しい」
「いえ、そんな事は…!」
「じゃあ早く食えや!あとつかえてるしもう料理が出来て3分経ったぞ!」
あの後、エミヤの熱い
物珍しさと辛さを求める者が列を成す中、店長を務める俺は助手として働かせているモードレッドと共に麻婆豆腐を作っていたのだった。まぁ、作るのは嫌いじゃないしいいか。
「───我が槍は星の燐光、最果ての輝き……何者も、阻む事は出来ない」
「「おおっ……」」
やがて、アルトリアは覚悟を決めたのか蓮華を手に目を閉じた。円卓の騎士達は揃いも揃ってその威光に感嘆する。それは、あの時聖槍を手に兵を奮い立たせた時のものと同じであった。
根拠のない自信に円卓の騎士達が勝利を確信する中…
「いただきます…!」
震える手で掬った蓮華を口に運ぶ………刹那
「───!?あふぃいいいいいいいいいいい!!!!あふぃいいいいいいいいいいい!!!」
「王ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ぎゃはははははははははははwwww父上なっさけねぇ!!!」(m9(^Д^)プギャー
辛さに悶絶し、床に倒れてもがきながら口から火を噴いたアルトリア。まさしく赤き龍と化した騎士王は公衆の面前で醜態を晒してしまったのだった。
「おのれマスター!我が王に毒を盛ったな!」
「いーや!これは間違い無く料理だ!魂の逸品だ!愚弄する前に食えや!」
「グッ───!」
何故かキレたランスロットに反論した俺は蓮華で一掬いし、彼に向けた。
「さぁ!食ってから文句を言え!」
「────王よ、私も覚悟を決めました」
ランスロットはそう言うと躊躇せずそれを一口に食べ……
「ぬがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!ほんぎゃああああああああああ!!!ほんぎゃああああああ!!!!」
「ランスロット卿ぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
「何三文芝居やってんだあいつら……モードレッドは笑ってねーで早く次を作れ!」
「ぎゃはははははははははははwwwwいでっ!?」
さっきまで腹を抱えて大爆笑していたモードレッドにゲンコツを食らわせた俺は已む無く麻婆豆腐を回収し、その場で一気に掻き込んだ。うめぇ…!やっぱマジうめぇ!!!!!
「王!お気を確かに!衛生兵!!!衛生兵ぇええええ!!!」
アルトリアとランスロットが運ばれていく中、次の客がやって来た。
「いらっしゃい!麻婆豆腐しかレパートリー無いが食ってけや!」
マシュは犠牲になったのだ…(涙)
この後マシュは辛い物が食べられなくなりました。