ダンジョンに答えを求めるのは間違っているだろうか   作:§K&N§

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神という存在

「うッ……」

 

 目を覚ました途端、体の内側を刺すような痛みが奔り、思わず声が漏れた。

 

 しかめた顔の力を抜き、ゆっくりと目を開くと、古ぼけた木製の天井が見えるが、ワシの記憶にこんな天井はなかった。

 

 辺りを見回すと、どうやらワシはベッドに寝かせられているようだ。開けられた窓から見える空は青く澄み渡っており、清涼な風が吹き込んでくる。ベッドの脇には、丸太を切り分けて作ったであろう簡易的な椅子2つ並んでいる。質素な部屋だが、綺麗に掃除がされ、人の住まう気配を感じた。

 

 はて、ワシはいつこんな場所に来たのだろうか?

 

 ワシが最後に覚えているのは、賊達を相手取ったあの村で、一人佇み陽光を眺めていたはずだ。そしてそこで、ワシに声をかけてきた御老体が居て……そこからの記憶がない。

 

 ビリビリと痛むが、額に置かれた手拭いを取りながら、体を起こしてみる。あの村では賊達に暴行され服がボロボロになっていたはずだが、薄手の服に着替えさせられている。それどころか、体の至る所に包帯が巻かれており、丁寧に介抱された事が伺えた。

 

 ふと包帯の巻かれた両手に目をやる。この両の拳で、ワシは彼らの命を奪った。軽く握るとズキリッと痛む。恐らく、両拳がボロボロになったのだろう。それくらいの威力で拳を振るったのだから、当然と言えば当然だ。ましてや、戦闘経験のない子供の拳である。痛めない方がどうかしている。

 

「ふぅ……」

 

 そう思いながら、ワシは小さく溜息をついた。

 

 そんな虚弱な小さなワシが、賊達と戦ったのか……。まあ、戦わなければ生き残れなかった事は事実だし、彼らはワシの……いや、僕の両親と村の仲間達を殺した。許せないという思い、悲しいという思い、様々な思いが駆け巡り、僕は心の底に居たワシを呼び起こした。

 

 そして、9年間の記憶と、前世の記憶が融合し、今の僕はワシの自我を持っている。

 

 何故あの瞬間だったのか……己でも説明がつかないが、今のワシにとってそんな事は瑣末事だった。

 

 少し記憶の整理をしよう。

 

 僕であった少年は、極東出身の両親の下に生まれた。両親は農民で、村の者達とも上手くやっていた。当然、ワシも村の者達に可愛がられた。

 

 少年の名は『イエヤス』。

 

 偶然にも、ワシと同じ名だ。

 

 農民であった両親ではあるが、意外にも学があったらしく、幼いワシにこの世界の文字と言語、そして文化を教えてくれた。

 

 そのおかげで分かる。今生きているこの世界は、前世の世界、つまり日ノ本とは異なると。

 

 まあ、前世の記憶をここまで思い出している段階で、既に意味が分からないから、『世界の違い』は考えても分からないことなのだろう。

 

 ただ……今のワシは一体何者なんだ?

 

 体は間違いなく"イエヤス"の体である。だが、前世の"記録"ではなく、"記憶"までも継承してしまっているワシの心は、既に"家康"だ。

 

 思い返せば、あの時の心の痛み、心の沸き立ちが全て思い出せてしまう。

 

 最早、"イエヤス"では居られない程の"ズレ"がある今のワシは、もう『徳川家康』としてのワシなのだが、それでも『イエヤス』としてこの世界に生まれている以上、イエヤスなのだろうか……。

 

 そんな取り留めの無い事をグルグルと頭の中で考えていると、カチャリとドアが開いた。

 

「あっ……」

 

 ドアを開いた瞬間、幼い少年がそこに居た。ふわりとした白髪が眼に入る。体を起こしたワシの姿を見て驚いたのか、その大きな深紅の瞳を見開いていた。その手に持つ木桶と清楚な手拭い見え、どうやらワシの為に持ってきてくれた事が伺える。

 

「あぁ、済まない。ワシの看病をしてくれたのは君か?」

 

 怖がらせないように笑いかけながら声をかけると、少年はビクリッと体を震わせる。

 

 はて、ワシは彼を何か怖がらせてしまうような事をしただろうか?

 

「お……」

 

「お?」

 

「お祖父ちゃぁぁんッ! お兄さんが起きたァァァッ!」

 

「ッ!」

 

 そう叫び出す少年に、ワシは思わず面食らってしまう。少年はバタバタとどこかへ走り出していた。

 

「ふむ……」

 

 『お祖父ちゃん』と彼は言っていた。つまり、あの時の御老体の事だろうか。彼はあの御老体の孫で、ここは御老体の家、ということなのか?

 

 まあ、直にそれも分かる。彼が誰かを呼びに行ったということは、もうすぐ事情を知る者がやってくるだろう。

 

 そして恐らくそれはーー

 

「お祖父ちゃん、早く!」

 

「これこれベル! そんなに急かさなくとも今行くから慌てるな」

 

 部屋に戻ってきた少年に連れられ、

 

「おぉ、目が覚めたか!」

 

 背中がピンとなるような、人ならざる気配を感じさせる、あの時の御老体がニヤリと笑いながら現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、外側の傷はだいぶ塞がったようだな……」

 

 御老体はワシの傷の状態を確認しながら、新しい包帯に取り替えつつそう呟く。古い包帯は、ベルと呼ばれた幼い少年が木桶に集めて持っていったところだった。洗ってまた使うのだろう。今、この部屋にはワシと御老体の二人しか居なかった。

 

 先程の再会の後、すぐに御老体はワシの体の状態を確認してきた。何でも、ワシはあの戦いの後、体の内側と外側、共に酷い状態だったようで、昏睡状態に陥り生死の境を彷徨っていたらしい。そんな中、この御老体に拾われ、ワシが住んでいた隣りに位置するこの村、御老体の住まうこの家にワシは保護されたそうだ。

 

「まさか、5日も寝ていたなんてなぁ……」

 

 そんなに寝ていたのかと苦笑を浮かべるワシに、御老体は眉をひそめた。

 

「笑い事ではない! ここに運ばれた時は死ぬ寸前だったのだぞ? あんなボロボロの体で戦うなどとは!」

 

 どうやら見られていたらしい。ならば増援の一つでも出してくれても良かったのではないかと思わなくもないが、御老体にそのような事を期待する事の方が間違っている。誰だって迫り来る凶器は恐ろしい。むしろ、この御老体が巻き込まれなくて良かった。

 

「いやぁ……ハハハ、かたじけない、助かった」

 

 そう思いながら、ワシはカリカリと頭を掻きながらペコリと頭を下げる。

 

「はぁ……やれやれ……」

 

 そんなワシの様子に溜息を吐く御老体。だが、すぐに表情を切り替えて、真剣な眼差しでワシを見た。

 

「とはいえ、何も出来なかった、間に合わなかった儂に、お主を責めることなどお門違いか……。少年、あの状況で、よう生き残った。辛かったろう?」

 

 大きな手でガシガシと頭を撫でられる。荒々しい撫で方だが、そこに心の暖かみを感じる。久しく感じていなかった感覚だった。

 

「あぁ、そういえば村の仲間達は……?」

 

 ふと思い出した両親と仲間達の最後にズキリと心が疼くが、そんな事より彼らのあの後が気にかかった。ワシは運良くこの御老体に救われたが、彼らはどうなった?

 

 まさか、そのままの状態か?

 

 それは許容出来ない。彼らの亡骸をあのままにしておく訳にはいかない。

 

「あの後、村の自警団でお主の村に訪れてな……。犠牲になった村人達は全員、村の奥にある森の入り口に塚を建てて供養させてもらった。唯一の生き残りであるお主に彼らをどう弔うか聞くべきと思ったんじゃがな、お主の意識はまだ戻っておらぬし、かと言って彼らの屍をあのまま野に放置するわけにもいくまい? 故に勝手ながら、儂らの方で弔わせてもらったというわけじゃ 」

 

「そうだったのか……。いや、良かった、ちゃんと供養されたのだな……」

 

 ワシが寝ていた5日間の間に、両親と仲間達が野ざらしにされていない事に、まずワシは安堵した。

 

「ありがとう、御老体。本来であれば、それはワシが担うべき役割だったのだが、この体では満足にそれも出来なかっただろう……感謝する」

 

「気にするでない。むしろ、救援が間に合わなくてすまなんだ。儂らの村の自警団が賊共の情報を掴んだ時には、もうお主の村は襲われておった。儂らはあの時、賊共がお主の村を突破した後、この村に来ると思っていたんじゃ。故に、村の防御を固めることを第一に考え、すぐには救護に行けなかった……。村を代表して、この儂が謝ろう。すまなかった、少年。お主の大切な者達は、儂らでは護れなかった……」

 

 そう言って、御老体はワシに頭を深々と下げた。

 

 そんな御老体の肩に、ワシは手を置く。

 

「頭を上げてくれ、御老体。確かに、村を、両親を、仲間達を失った事は悲しい……。ワシにとっては断腸の思いだ。だがーー」

 

 顔を上げた御老体の瞳を見つめ、ワシは想いを紡ぐ。

 

「それは御老体の責任などではない。御老体達は、己の村を護るために、最善を尽くした。己の村に敵が迫っていると判っているなら、まずは己の村の守りを固めるのは当然の判断だったとワシは思う」

 

「じゃが、お主の村は……」

 

「あぁ……もう無い。仲間達も両親も失った。確かに、ワシ個人としては、助けに来てくれたのならば嬉しかっただろう。だが、だからと言って助けてくれなかったと御老体達を責めることが正しいとは思わない。例え、御老体達を責める権利がワシにあったとしても、ワシはその権利を行使したいとは思わない」

 

 信じられないモノを見るような目で、御老体はワシを見つめる。

 

「何故、と聞いても良いかの?」

 

 何故……か。

 

 答えは既にこの胸にある。

 

 御老体の問いに、ワシは胸に手を当て答える。

 

「それは、彼らの誇りを穢す行為だからだ。確かに負けてしまった。失ってしまった。だが、ワシは見ていた。彼らが必死に戦っていたのを……」

 

 普段は剣など持ったこともない農民達が、己の村を護るために必死に戦っていた。相手は元軍人。勝てるはずも無い相手だ。

 

 だが、彼らは戦った。

 

 怖かっただろう。辛かっただろう。本当は助けて欲しかっただろう。

 

 それでもーー

 

「彼らは己の村を護るために勇気を持って立ち向かった。その気持ちを、ワシが穢すわけにはいかないんだ……」

 

 目を瞑れば、昨日の事のように思い出せる。イエヤスとしての記憶が、ワシに教えてくれる。

 

 貧しいながら、皆で助け合って笑い合った日々が、友と語り合い、支え合った輝かしい日々が、目蓋の裏に映し出される。

 

 そう、彼らは必死に今を生きた。

 

 ならば、残されたワシがすべきことは何だ?

 

「残されたワシには、彼らの誇りを護る責任がある。だから、もう一度言わせてくれ。誇り高い彼らを弔ってくれて、本当にありがとう」

 

 御老体達への感謝を込め、ワシは御老体に頭を下げた。

 

「そうか……」

 

 御老体はそう言って、何かを考え込むようにゆっくりと目蓋を閉じた。

 

「お主の気持ちは判った。じゃが……訊きたい事は山ほどある。その歳で、そのような達観した生死感を身に付けている訳も気になる。しかし、何よりもお主のような子供と話をしたことがない。いや、むしろ儂は、お主を子供とは思えん……。それに、神の恩恵(ファルナ)を持っている訳でも無いにも拘わらず、賊達を下したあの力……。少年、お主は何者ぞ?」

 

「…………」

 

 その質問に、ワシは押し黙る。

 

 そういえば、御老体はワシと賊達の戦いを見ていたのだったな。さて、どう答えるべきか……。

 

 まあ、御老体の疑問は尤もだろう。

 

 家康としての気持ちは今言った通りだが、この体は9歳の少年、イエヤスのモノだ。

 

 こんな子供が、あそこまで戦い、そして今、ここまで言う事は……まず無い。

 

 だが、イエヤス()と同化した家康(ワシ)としては、戦った事も、御老体を責めない事も、どちらも譲れないところだった。

 

 そんな事を考えていると、御老体はその双眸をこちらに向けて口を開く。

 

「ああ、そういえば、儂こそ名乗っておらんかったな。人に聞くときはまずは己からとも言うしの……」

 

 そう言って、御老体はワシを真っ直ぐ見据える。

 

「……ッ」

 

 その双眸に、ワシはまるで心の奥底まで見通されているような感覚に陥る。ゾクゾクするような、この御仁の前では嘘が言えないような、そんな気持ちだった。

 

「儂の名はゼウス。遥か昔から、下界の民(子供達)と共に生き続ける、しがない"神"の一人じゃ」

 

「なッ……!?」

 

 その言葉に、ワシは凍り付く。

 

 『神』

 

 その存在自体は、この世界の両親から既に聞かされていた。

 

 1000年前にこの地上へ降りてきた神々は、人々に神の恩恵(ファルナ)を与え、自身のファミリアを築き上げ、この世界に君臨してきた。

 

 ワシの居た世界(日ノ本)でも、神と呼ばれていた者達は居た。だが、その全ては皆、人であった。故に、迫り来る寿命には抗えないし、万能な能力があった訳でも無い。

 

 ところが、この世界の神々は違う。所謂、"本物の神"なのだ。不変不滅であり、一目見れば相手が神であるかどうか、人々は判別できる。この御老体ーーゼウス殿から感じていたモノ、それは神としての神威だったようだ。

 

「…………」

 

 思わず無言になった。日ノ本の常識には無い神という存在を前に、ワシは些か混乱していた。。改めて、ゼウス殿を見る。その体全体から感じる神威と、全てを見透かすその瞳に見つめられたら、実感出来る。

 

 この世界に生まれたこの体が、目の前の存在を神だと認識していた。

 

「随分と驚いているようじゃのぅ……。それに混乱もしているようじゃな? 神に出会ったのは初めてか?」

 

「ああ……正直に言うと、ワシは今、少し緊張している」

 

 ワシの言葉に、ゼウス殿はニヤリと笑う。

 

「心配せんでも良い。お主が今まで神々(儂ら)の事をどう聞いていたかは知らぬが、別に取って食ったりせぬ。下界では一部を除いて神の力(アルカナム)を使ってはならぬ取り決めでな、おかげで儂自身は不変不滅であるだけのどこにでも居るしがない爺と変わりは無い。じゃが、不変不滅であるが故に、随分と長く生きておってのぅ……」

 

 カカカッと笑いながらも、ゼウス殿の目は一切笑っていない。

 

 ゴクリと、ワシは唾を飲み込んだ。

 

「その長い経験が言うておる。お主は、見た目こそ子供ではあるが、見た目通りではない。しかし、その違和感の正体はまるで分からぬ。こんな事は未だかつて無い。だから聞いたのじゃ。お主は何者じゃと……」

 

 そう言って、ゼウス殿はワシの奥底を見極めるように、その双眸を細める。

 

 とは言え、どう説明する? 前世の、それも異世界の記憶が黄泉返ったとでも言うか? そんな話、一体誰が信じるのだろうか。

 

 だが、何の因果か、はたまた神々の悪戯か、ワシはイエヤスと同化した。何故、あの瞬間だったのかは分からないが、確かに同化したのだ。人が信じるかどうかなど関係なく、それが事実だ。

 

 ふと、両親の教えを思い出す。

 

「ワシが何者か答える前に、一つ確認したい」

 

「何じゃ?」

 

「神は、人が本当の事を言っているかどうか、分かるそうだな? ならば、今から言うことが、どんなに突拍子も無い事であっても、本当の事かどうか、ゼウス殿には分かるのか?」

 

 ただのイエヤスだった頃の、在りし日の記憶。

 

『神に人の嘘は通じない。どんな嘘も見破る力が神にはある。だから、神の前で嘘を吐いてはいけない』

 

 亡き両親から、ワシはそう聞かされていた。

 

 その話が本当だとするなら、逆にワシが本当の事を言っているかどうかも、目の前に居る神には判るはずだ。

 

「お主がどういう意味でそれを聞いてきたのかは判らぬ。だが確かに、儂ら神には下界の民の嘘を見抜く力がある。それは事実じゃ」

 

「そうか……」

 

 不思議そうに眉をひそめるゼウス殿の答えを聞いて、ワシは決心した。

 

 相手は神だ。

 

 ならば、答えが出るかもしれない。

 

 (イエヤス)ワシ(徳川家康)、この異なる2つの魂が融合した訳を。

 

 ゼウス殿の双眸をまっすぐ見つめ、ワシは口を開いた。

 

「ゼウス殿……ならば神としての貴方に聞いて欲しい。ワシの心に存在する、とある2つの魂の物語、その行く末を−−」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前世の記憶と、今世の記憶の融合……か」

 

 瀕死の(イエヤス)ワシ(徳川家康)の記憶を呼び起こし、今に至るまでの経緯を聞き終えたゼウス殿は、感慨深そうに唸る。

 

 ワシが語った中には、当然日ノ本で戦い続けた記憶も含まれている。

 

「今語ったことが、ワシに起きたことだ。ワシ自身、どうしてこんなことが起きているのか判らない。だが、(イエヤス)の物語も、ワシ(徳川家康)の物語も、どちらも本当に起きた事で、嘘じゃない。俄には信じがたいだろうが、信じて欲しい……」

 

 そう言って、ワシはゼウス殿を真っ直ぐ見据える。対するゼウス殿も、ワシから一切視線を外さない。

 

「まあ、お主が嘘を吐いていない事は判っているが、よもや『転生』とはのぅ……。それも、異世界と来たか」

 

 何かを考え込むように一度視線を外し、ゼウス殿はその髭に覆われた顎を撫でる。

 

「前世の記憶が残ったままの状態というのは、極稀に存在する。天界からの輪廻の過程で、その者が強烈な感情を持っていた場合、生まれ変わっても記憶が残ってしまう事がある。儂も、それを見たことが無い訳では無い。だがーー」

 

 困ったように小さく溜め息を吐いて、ゼウス殿は再度ワシを見つめた。

 

「異世界からの転生など、これまでの例に無い事じゃ。悪いが、何故それが起きたのかまでは判らぬぞ?」

 

「そうか……」

 

 申し訳なさそうにそう言うゼウス殿から視線を外し、ワシは小さく溜め息を吐く。

 

 神でも判らないのなら、ワシにはどうすることも出来ない。

 

 この世界の神が目の前に居るのだ。この世界に生まれた意味を与えて貰えるとある意味で期待したのだが、やはりそう上手くはいかないらしい。

 

 そもそも、ゼウス殿の話を聞く限りでは、この世界の神々は万能ではないようで、ワシの想像する全知全能の存在ではないそうだ。

 

 この世界の神に対する概念の違いがそこにあった。

 

「とは言え、お主が前世の記憶を持っている事に儂は納得じゃ。今のお主とは子供と話をしている気がせんし、何よりあの戦闘技術……あれは前世のお主の力じゃな?」

 

「そうだな……肯定だ。だが、記憶だけではどうにもならないらしい。おかげでこの体の有様だ」

 

「ふむ……力の使い方は判るが、体がそれに追い付かない、といったところか?」

 

「そういう事になるな」

 

 ゼウス殿の問いに、ワシは苦笑を伴って首肯する。そんなワシに、ゼウス殿は優しい眼差しを向けて口を開く。

 

「まあ、儂としても、お主の気持ちが判らん訳では無い。家族や仲間は失い、前世の記憶の所為で己が何者なのかも判らない。あげく、体を動かし戦えばこの様だ。益々己が何者なのか、これから何のために生きるのかも判らない、といったところかの?」

 

「ッ……! それは……」

 

 ゼウス殿の鋭い指摘に、思わず息を飲んでしまった。

 

 確かに、ゼウス殿の言う通りかもしれない。

 

 今のワシは、空っぽなんだ。

 

 そこに気付いた瞬間、無性に悲しくなる。徳川家、そして日ノ本の未来という背負うモノが無いただの家康には、生きる意味も目的も無かったという事実に、改めて愕然とした。

 

 今川の人質として出されていた頃、忠勝に問われた事があった。

 

『貴方自身はどう生きていきたいのか』

 

 その問いに、

 

「三河の大地に住まう民を、更に言えば日ノ本の民を、ワシは幸せにしていきたい』

 

 そう言って、ワシは絆の旗の下、天下統一を目指した。ワシ自身、立ち上がったのは民の為という側面が強い。

 

 だが、もちろんそれだけが理由ではない。

 

 "あちらの世界(日ノ本)"において、平和な天下はワシの夢であり、目標だった。その夢があったからこそ、あらゆる艱難辛苦に耐え、戦い続ける事ができた。

 

 そして、数々の戦場を転々とし、多くの者と同盟を結び、豊臣との決戦を経て、天下統一を果たしたワシは、幕府を開き、日ノ本の安寧を実現した。

 

 確かに、その過程で後悔は山ほどしてきたし、未だに未練がましく失った友を思う事もある。絆の旗を掲げて立ち上がったのに、失った絆も断ち切ってしまった絆も数え切れない。

 

 だが、ワシの夢は、民達の夢は、誰に何と言われようとも、決して間違ってなどいなかった。

 

 疲弊する故郷を救いたいと思う心は、絶対に間違っていない。

 

 そう信じ続けたからこそ、日ノ本を統一し、平和な天下を創るというワシの夢は成就したのだ。

 

 故に、ワシ(徳川家康)の物語は、ワシの死を以て"あちらの世界(日ノ本)"にて完結したはずだ。

 

 だが、今の(ワシ)は、ここら一帯の領主でもなければ、国のお役人でもない。加えて、守るべき親や仲間も、この世にはもう居ない。今更記憶を取り戻したところで、この世界は一体ワシに何を目指せというのだろうか?

 

「ゼウス殿の言う通り、ワシは今、生きる意味を見出せていない……」

 

「まあ、そうじゃろうなぁ」

 

 ワシの言葉に、ゼウス殿は頷きながら耳をかたむける。

 

「先程も話したと思うが、ワシは前世で大きな夢を達成した。いや、達成したと言うより、沢山の絆がワシをそこまで押し上げてくれたと言った方が正確か……。故に、ワシ自身(徳川家康)の物語は完結したのだ」

 

「だから、もう生きる目的は見つからないと?」

 

「そこまで言うつもりはない。だが、護りたかった者はもう、この世には居ない。そんな状態で、何を目指すと言うんだ?」

 

 確かに、ワシ(徳川家康)という人格が目覚めなければ、(イエヤス)は生き残れなかっただろう。

 

 だが、ワシが目覚めた時には、全てが手遅れだった。

 

 この世界は、そんな絶望をワシに叩きつけて、一体何をして欲しいというのだろうか。

 

「…………」

 

 ゼウス殿はそんなワシの言葉を黙って聞いていた。何かを考えているように、じっとワシの目を見つめる。

 

「なるほどな……お主の事情は良く分かった。ならば、儂がお主に生きる意味を与えてやる」

 

「…………何?」

 

 唐突に放たれた言葉に、ワシはポカンと呆ける。そんなワシの反応に気分を良くしたのか、ニヤリと笑いながらゼウス殿は口を開いた。

 

「お主、ワシの眷族になれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその日、ワシはゼウス・ファミリア所属、徳川家康となった。

 

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