今回はおうちデート回です。
勉強と両思いの男女、これから導き出されることは、まぁ大抵一つです。
では、本編どうぞ!
暑すぎる夏。太陽光の放射を浴びて、すぐに室内の冷気に肌を晒す。一瞬とはいえ、激しい寒暖差を感じて身が震える。しかし、それもほんの少しの間でひんやりとした心地よさに変換される。
「ふひぃ~、涼しいね~」
何とも気持ちが良さげな茜の声。それを合図にするように、俺が皆にソファの着席を促す。と同時に皆に飲み物の希望を取る。
「お~い、ジュース何が飲みたい? 俺はコーラ飲むけど」
「私もコーラお願い!」
「わ、私も……」
「俺はウイスキーを貰おうかな?」
「おっけ。俺と小鳥遊と茜がコーラ、吹雪が水だな」
「ごめんちゃい。俺もコーラで」
俺はそのまま冷蔵庫に向かい、冷やしてあったジュースを人数分ガラスのコップに注ぐ。コポコポという音と炭酸の弾ける爽快な音が混ざり合い、一層の冷涼感を引き出す。とはいえ、このままでは冷たさが欠ける。ということで、二つほど氷を入れる。一応ストローもつけておこうか。
コーラを運んでから、すぐに雑談が始まった。おい、勉強会だったろ。全員がカバンから勉強道具を広げてあるが、全くする気がないらしい。まあ、俺もそうなのだが。
「うん、美味しい! やっぱりこの暑い夏は冷たい飲み物が美味しくより感じるよ」
「そ、そうだね~……」
小鳥遊の反応が、少し鈍いだろうか。少しそわそわとしている。幼馴染とはいえ、さすがに男の家に上がるのは抵抗があったか。まぁ……うん、悲しくはなる。好きな女の子にそんな反応をされると、少しだが凹む。ん? 茜? 幼女みたいだから大丈夫だわ。誠のお家に遊びに来た~! って感じではしゃいでるし。
「じゃ、そろそろ勉強始めないとね~。宿題を早めに終わらせたいところ」
「そうだな~……」
涼しい風にひたすら当たりたい怠惰な自分に叱咤し、勉強に意識を向ける。文系科目はもう既に宿題を終わらせてある。俺にとっては簡単だった。けれども、理数系科目には一切手をつけていない。だってわからないんだもの。それに意欲もない。文系科目には意欲があるかと言われれば無いが。
俺が勉強道具を取り出すと、皆もぞろぞろと勉強道具を取り出す。俺は数学Iを、茜は現代社会を、吹雪と小鳥遊が作文用紙を取り出す。暫く各々で課題を進めていて、小鳥遊が詰まっていることに気が付いた。
―*―*―*―*―*―*―
「どうした。作文で何かあったか」
「あ、うん。税に関してだけどね、『どうやったら税負担を平等にできるか』でね」
私は作文が苦手、というわけではない。けれども、作文のテーマが難しいのだ。税負担の平等性は、日本全体で抱えている税問題の一つでもある。それを限られた文字数で説明なんて、難しいにもほどがあるだろうに。
「あ? 簡単だろ、そんなの」
彼はいかにも呆れている、という表情を浮かばせている。
「じゃあどうやってやるのさ」
「まず、日本全体の金を全て巻き上げて、一箇所に集めるだろ?」
「「「うん、無理だね」」」
彼以外の三人の声が揃った。こんなことだろうとは思ったけれど、また今回も捻くれたもとい柔軟な考え方をしているらしい。
「まあ、話は最後まで聞け。一箇所に集めた後、それを全人口に均等に分けるだろ? そうしたら金は全員が均等に持っているわけだから、累進課税だとかじゃなく、一律したパーセンテージで税金を取ればいい。こんなに簡単で平等な方法は――」
「うん、どう考えても無理だよね」
「人口が変わったら破綻するね、それ」
「第一、そんなに手間をかける間はどうする」
またしても、バラバラだが結果が一つの答えに行き着いた。やはりこうなってしまう。だから難しいと感じて、こうやって悩んでいるのだ。
「そう、どうしようもないだろ? だから難しい。俺達たかが一人の学生に答えが出せるのなら、もうとっくの昔に解決している」
「じゃあどうするのさ」
「適当に書いても問題ないってことだよ。いくら破綻することが見え見えな方法でも、そうでなくても、どこかに穴があるのは変わらん。だったら、単純に書きやすい方を選べばいいだけだ」
なるほど。言われてみればと、少し感心とは別の何かが働く。悪知恵の塊みたいだ。頼もしいのか頼もしくないのかわからない。まぁ、考えてみればそうだ。
「この作文は、税に関して関心を向けさせること、それの感慨を作文という形で表現させること。この二つの意味がある。本当に解決策は求めていないんだよ」
あくまで求めるのは解決案ではなく、税について調査の機会を課題という形で与え、身近に絡む税の知識をつけること。そして、それをした上での表現力調査。実際には違うのかもしれないが、解決策を求めていないなら、どういう形であれ、どういった案であれ書いてしまえばいい、と。
私はそこまで思わないが、頑張って書いてみることにしようか。
――約十分の間書き連ねて。
「……ん、ここ、書きたい物事からズレ始めている。これだと、制限文字数より文字数が多くなる」
「あ、ホントだ。ありがとう……こんな感じでいいかな?」
「どれどれ、っと……」
彼はそう言って、私に身を寄せてくる。私のすぐ隣には彼がいて、顔はもうすぐそこ。そんな状況に、否応なくドキドキしてしまう。いつになく真剣な眼差しが、私の目を釘付けにする。
彼の呼吸音さえも私の耳に届いて、反響しっぱなし。五感全てが、私の頭に、心臓に、全身に訴えかける。好きな男の子が近くに寄るだけでこうなってしまう。どうしようもなく切なくなって、全身を彼に委ねたくなる。
「――おい、聞いてるか~?」
「へっ? あ、ご、ごめん……」
「……じゃあ、もう一回言うぞ。ここが――」
彼の低い声は耳に残り続けているはずなのに、聞こえなかった。聞こえるのは、忙しなく鼓動し続ける自分の心音だけ。段々と頭が真っ白になりそうになるも、懸命に耐える。少しだけ聞こえてくる彼の声を聞き取り、作文の修正に入る。ほんの少しの修正だけで、作文は完成した。
「ん、これで終わりか。お疲れ様」
彼の微笑が、また私の心を締め付ける。彼は、私をどこまで彼を好きにさせれば気が済むのだろうか。残念ながら、私はこのままだとずっと夢中になっていくだけなのに。この恋は、終わらないのだろう。
私が正気に戻った時には、彼は数学Iの課題を進めていた。私の耳には、カランと氷が解けてぶつかったガラス音が届く。それが私の心と頭を冷やした。そして、こう思った。
――お礼は、しないと……ね?
……どうやら、少しも冷え切っていないようだった。
―*―*―*―*―*―*―
俺が冷風に頭を冷やしながら、極めて冷静に課題を進める。しかし、俺には限界があった。どうしようない。お手上げ状態だ。手に持ったシャープペンシルを投げ出そうとした時。
「え、っと……ここは、こうするんだよ」
俺の課題に顔を寄せて、体は俺に寄せてきた。近い近い近い。いい匂いがするし、髪が少しだけ当たってるし、肩や腕なんて接触しっぱなしだ。こんなに至近距離に彼女がいる。ドキドキしないわけがない。視界に入る彼女の顔に、見惚れてしまう。
「……はい、これでできるから、やってみて」
「あ、あぁ……ん?」
「ふふっ、違う違う。ここは……」
より一層こちらに近寄る小鳥遊に、俺は何もできない。ただ自分の本音と向き合って、このままの状態が続いてほしいと結論が出て、その体勢を維持するのみ。
「……ん、できたね。後はこれを繰り返すだけ、かな?」
小鳥遊が身を引いたことに寂しさや切なさを感じながら、問題を解く。小鳥遊から言われた通りに、切りの良いところまで終わらせて、休憩に入ろうとした時。
「……うん、お疲れ様」
「あぁ」
再び彼女が先程の至近距離まで近付き、こちらを向いて笑う。俺は、彼女の笑顔に弱い。そんなに嬉しそうな笑顔を見せられるとドキッとしてしまうし、目がくらむ。
「頑張ったね――」
「ありがとう――」
視線が合った瞬間、俺と彼女の目線が固定された。お互いに見つめ合って、離れようとしない。それは俺にだけでなく彼女にも言えることだった。見つめているのは、俺だけじゃない。それがわかって、要らない期待ばかりが膨らんで消える。
「ぁ――ご、ごめんね……!」
「あ――い、いや、別に……」
俺と彼女はほぼ同時に正気に戻り、さっと勢い良く姿勢を戻す。顔ごと逸らし、視線は打って変わって明後日の方向へ。自分でも自分の顔が赤くなっていることがわかる。
あぁ、くそ……! 何でこんな少しのことだけで、気持ちを振り回されないといけないんだ。制御もきかない、けれど明確にしたいことははっきりしている。ただ、彼女の隣にいたい。それだけなのに、振り回される。捻くれた性格がどうとかじゃない、自分の素直な心の内側でさえも。
曖昧かと思いきや明確で、それを実行に移せない自分がひどくもどかしい。だってそれは、紛れもない告白の言葉なのだから。嘘偽り欺瞞、さらに着飾った言葉ではなく、自分の本心からの言葉。真っ直ぐに向き合うことよりも、さらにレベルが一つ上だ。
斜陽が部屋の中に入り込み、いつの間にか夕方になっていることを告示される。少々名残惜しいが、彼女とは今日はお別れだ。家に上がることに対して彼女が嫌がっているかどうかはわからないが、無理矢理に帰ろうとしないあたりからは、本気で心の底から嫌がられているわけではないらしい。
……そうで、ありたい。
「あ~……じゃあ、ここらへんにするか。お疲れ様」
「了解。お疲れ様」
「ん、お疲れ~!」
「…………」
皆に向き直って言った俺の言葉に、吹雪と茜が反応の声を出す。が、彼女が沈黙している。どうしたのだろうか。
―*―*―*―*―*―*―
彼の声が聞こえた。今日はもうお別れになるんだそうだ。その時、来る前に茜ちゃんに言われたことを思い出した。
『じゃあ、夕食で手料理を振る舞えばいいじゃん。一瞬だけ誠のお嫁さんに――』
夕食、手料理、お嫁さんの三語が、頭の中でぐるぐると回っている。食べさせたい気もするけれど、恥ずかしい。……お嫁さんにも、一瞬でいいからなってみたい。でも、落とすと決めたんだ。少しでも、彼に近付きたい。
「ね、ねぇ柊君!」
「ん? どうした?」
彼の視線がこちらだけに向くと、さらに緊張感が全身に走る。喉はキュッと締り、声が出なくなる。断られたり、美味しくできなかったらどうしようだとか、そんな失敗の可能性が私をそうさせる。
でも、虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言う。意味が違うかもしれないけれど、私には大袈裟ではないように思えた。十三年続いた初恋の中で、今のところ一番の大勝負なんじゃないだろうか。フォークダンスの誘いよりも。本当の大勝負は告白なんだろうけれど、その大勝負をも迎えることができないかもしれない。
だから、私は彼にアピールを続ける。
「今日、家に上げさせてくれたお礼、というか何というか……夕食、私が作る!」
「え……あ、いや、えっと……」
思い切って、心臓が破裂しそうになりながら言った言葉は――彼を戸惑わせただけだった。
ショックを受けた。さらには、あぁ、やっぱり私じゃダメなんだという妙な納得感も、反対のどうしても彼が諦めきれない気持ちがぶつかり合う。けれど、その気持ちも嬉しく、一瞬で消えた。彼の続く言葉によって。
「……作るなら、俺が作る。二人は食べていくか?」
「え? あ、いやえっと~……あ~! 私急用があるんだった! ねぇ吹雪!?」
「はい? 俺には――あ! そうそう! そうだったそうだった! いやぁ~残念だけど、誠の料理は食べられそうにないよ。遠慮なく食べようと思ったんだけどね~!」
「お前は少し遠慮しやがれ」
そんなコメディチックなやり取りを吹雪君と彼がしている間、こちらに向いた茜ちゃんが、静かに笑いかけた。私は察した。二人は、私に気を遣ってくれたんだと。二人にする機会を与えてくれたのだと。せっかく二人が動いてくれているんだ。感謝しながら、チャンスはものにしなければいけない。
何よりも、私自身が彼ともっと仲良くなって……その、恋人、に、なり……たい。
「で、でも、お礼だから私が作るよ!」
「いや、そういうわけにもなぁ……あれだ。招いたの俺だし」
「う……じゃ、じゃあ一緒に作ろう! ね!?」
「……それはまぁ、別にいいが。……小鳥遊が作った料理も、食べて、みたいというか……」
「ぇ、ぁ……」
そんなことを言われると、また私は我儘になってしまいそうになる。本当は彼も私を好いてくれているんじゃないかと、幻に期待してしまう。少なくとも、嫌われてはない。それがわかっただけでも、私は嬉しかった。
「じゃあ、私は今から買い物に行って――」
「――待てよ。俺も行く。さすがに小鳥遊一人ってわけにもいかないだろ」
「じゃ、私達はもう帰りますかね。ありがとね、誠楽しかったよ!」
「じゃあね~。今度はご飯いっぱい食べさせてもらうよ~!」
「だから遠慮しやがれ」
最後に、私に茜ちゃんがウインクをして、荷物を持って帰っていった。そして、部屋に残ったのは私と彼だけ。夕日差し込むたった一つの部屋で、私達が照らされている。二人きり。その言葉が浮かんだ時、再び心臓が跳ねる。
「「……」」
暫くの間沈黙が続いた。その沈黙に緊張感だけじゃなく、彼と二人きりで静かに過ごしているという事実への幸せも感じていた。もうずっと、このままがいい。けれど、その先に私は行きたい。友達、幼馴染を超えた関係――恋人同士に、なりたい。
「じゃ、じゃあ、行く、か……」
「え、うん、そう、だね……」
お互いにぎこちなく会話をして、外に出る。玄関の鍵を閉めて、彼の歩きについて、エレベーターの中へ。同じ玄関から出ていることに、少々の幸福感もあった。エレベーターから下りて、本格的に歩き始める。
「えっと、近くのスーパーでいいか?」
「うん、行こっか」
二人で穏やかに笑いながら、隣同士になって歩く。彼がさり気なく歩調を合わせてくれていることに、私は嬉しくなる。小さなことだけれど、だからこそ、私は嬉しかった。そんな小さなことも気にかけてくれる彼は、本当に私を嫌っていないのだと、再確認できたから。
ありがとうございました!
次回は料理回です。
音葉ちゃんと誠君の初めての共同作業。
やったね。
ではでは!