「マネージャー? どうしたんです?」
「……いやぁ、何でもないが?」
「いやいや、どう考えても何かありましたよね」
隣に立つきさらの問いかけに、俺は言葉を濁すしかない。
(……大スキャンダルだぞこれは)
つい先日のことだ。
俺は彼女と……ずっと守り続けたいと思った女の子の穂波と、関係を持ってしまった……朝起きた時には全く覚えていなかったが、徐々に記憶は蘇り全てを思い出した。
『さく兄……私を、穂波をさく兄だけの女にしてください!』
『お、女ぁ……? 何を言ってんだよ穂波……えぇ?』
最初は俺も正気だった。
それでも酒を飲む手は止まらず……否、傍で穂波が晩酌をしてくれたから更に飲み続けた。
『さく兄ってそんなにお酒飲むタイプじゃないよね?』
『まあな。本当なら二十歳までダメだぞ? ちょい仕事でストレス溜まってるから今日だけ特別なんだ』
『ふ~ん』
『ごめんな穂波。こうしてお前んちにお邪魔してるってのに』
『全然良いよ! それにこうやって晩酌するのも楽しいし!』
『ありがとなぁ。俺も穂波みたいな可愛い子に晩酌してもらうとテンション上がるわ』
そんな話をしていたのも全部思い出した。
高校生の女の子に晩酌をさせるなんて最低な話ではあったけど、ほんとになんで俺はこんなことをさせてしまったんだって話だ……とはいえ、俺は気付かざるを得なかった。
『ずっと一緒に居てくれて、守ってくれて……マネージャーとして支えてくれて、いつだって私を応援してくれる一番のファンなんだよ? そんな人を好きにならないわけないじゃん。たとえさく兄がマネージャーでなかったとしても、私は……穂波は絶対にさく兄を好きになってたから!』
そんな熱い告白をされてしまったが、穂波は返事をすぐに欲しいとは言わなかった。
今が忙しくノリに乗っている時期でもあるので、どっちに転ぼうが答えはもう少し落ち着いた時が良いと彼女は言ったのだ。
「……はぁ」
「マネージャーさん、ため息ばっかりですよ?」
「あぁすまん……俺って情けないなって思ったんだ」
「ふ~ん?」
興味深そうに見つめてくるきさらだが、担当アイドルに心配させてしまうのは本意じゃない。
「まあ大丈夫――」
「お兄ちゃん♪ 悩みがあったらきさらに教えて?」
「……はいはい、ありがとうありがとう」
「はぁ!? 私の妹ボイスにそんな素っ気ない態度とか終わってますよマネージャー!」
いや、普通に可愛いとは思った。
(本来ならこういうサービスはボイスを通したりしないと無理だし、ファンに見られたらどう思われるか)
きさらは、不満をありありと見せるように頬を膨らませている。
穂波や聖香と同じく清純派のアイドルとして活動しているが、髪も染めたりすることもなく小柄な体型なのもあって、きさらは妹キャラとしての地位を確立している。
これも全て漫画通りではあるが、彼女に関しても違うのはVIPの毒牙に染まっていないこと……まあ聖香のようにギリギリの状況だったわけではなく、穂波が仲良くなって連れてきたようなもんだが。
「きさらは……今をどう思ってる?」
「楽しくて充実している以外の言葉はありませんよ」
「そうか。なら良かった」
「これも全てマネージャーのおかげです」
「俺だけの力なものか。君の頑張りの方が遥かに大きい」
というより、活動において成功しているのはアイドルたちの力量によるものだ。
「俺がやったことは道筋を作っただけ……言っちまえば、道路を作って車が通れるようにしているだけだよ」
「それが凄いことではあると思うんですが……」
「……自分でもビックリするくらいに上手く行ってる自覚はある。だがそれは、君たちを輝かせたいと思っているからこそなんだ」
「そうやって奔走してくれるマネージャーって意外と居ないものですよ? 仕事で一緒になったアイドルやタレントの方とお話をしても、マネージャー……咲夜さんほどの人は居ないですし」
確かに……少し考えすぎかなと思わなくもない。
ただ俺にとってちゃんと理由は存在しているんだ――それはきさらを含めた彼女たちがヒロインであり、俺が予防線を張らなかったら確実に魔の手が伸びていた足場も出来上がっていることだ。
うちに所属しているアイドルたちの半数以上は、石川を含めた奴らと一度は面談をしている経験を持つ……中には契約一歩手前まで行っていた子たちだって居るくらいだからな。
「ですが、そんなマネージャーだからこそ私たちは惹かれたんでしょうね……不思議な魅力を纏いつつも、どこまでも親身に接してくれるあなたに」
「何か言ったか?」
「何でもないですよ~だ」
楽しそうに笑うきさらを見ているとこっちまで頬が緩む。
(きさらに関してはあまり知らなかったのもあるけど、アイドルとしてこうやって活動しているのを見るのはやっぱり良いもんだ)
そんな風に考えていると、きさらが指を差した。
「穂波ちゃんのインタビュー、始まりますよ」
「やっとか」
きさらに促され、俺はステージへと目を向けた。
そこにはアイドル衣装に身を包んだ穂波が立っており、イベントの進行を務める司会からマイクを向けられていた。
今日は穂波の握手会ということで、それなりに大きなイベントだ。
確か漫画でもこのシーンは描かれいたような気がするが……そう思って辺りを見回すと、俺はとある人物に目を留めた……見つけた――いま♡りあで穂波と付き合うことになるカズヤの姿を。
(……結局、全部変えちまったな)
本来であれば、穂波はカズヤと仲を深めることで想いを育んでいく……だがこの世界の穂波は、カズヤが住んでいたアパートを美波さんから引き継ぐことはしなかったため、必然的にカズヤと接することはなく知り合いですらないのが今の状況だ。
(……悪いなカズヤさん――アンタに穂波は任せられない)
当初は、穂波とカズヤが幸せになれれば良いと考えていた。
しかし俺は、穂波と接する中で彼女があまりにも大切になりすぎた……カズヤでは絶対に守れないし、取り戻したいと願っても、大事な彼女が犯されているのを見て興奮するような奴には、絶対に任せられないと俺は思ってしまったんだ。
だから穂波の傍にカズヤの影がないことと、アパートの所有権を捨てることを聞いた時も……俺は逆に安心までしてほどだ。
『今日は皆さん、来てくださってありがとうございます!』
元気に響き渡った穂波の声に、一旦俺は思考を中断した。
隣に立つきさらが心配そうに見つめていたが、何でもないと笑ってやれば安心したようにホッとしていた。
(というかきさらもきさらで物好きだよなぁ)
今回、傍にきさらが居る理由は暇だったから……だ。
オフだからのんびりすれば良いのに、穂波のことを見守りたいからと言って付いてきたわけだが、穂波と同じくらいに人気のきさらまで姿を見せると大変なことになるだろうし、そもそもここに居る俺と穂波以外はきさらが居ることを知らないからな。
「きさら、頼むから暴走するなよ?」
「私は自制の利かない子供じゃないですよ?」
どうだかなとため息を吐く。
それから穂波のインタビューは順調に進んでいくが、俺としてはやはり穂波以上にカズヤの方へと目が行ってしまうのも仕方ない。
赤の他人である彼が物語のキーパーソンになることもなければ、そもそも穂波の大ファンであるからこそ脅威になることもないので……やっぱり気にしすぎだろうか。
『そういえば、イディオスの事務所は恋愛を禁止されていませんが……穂波さんは気になる方が居たりするのでしょうか?』
清純派アイドルとして売っている穂波に対する質問としてはどうかと思うが、今日の司会はダメだなとチェックしておこう。
『そんなの居るに決まってるじゃないですかぁ!』
そして穂波もまた、更に場を引っ掻き回す一石を投じた。
まさか正直に答えられるとは思っていなかったのか司会はポカンとした表情を隠すことも出来ず、そんな司会を見て穂波は楽しそうに笑った。
『私の気になる人は断然マネージャーですね!』
悲鳴が上がっていた客席も、続いた言葉に静かになった……なんでや。
『デビュー当時から二人三脚で走ってきて、いつもいつも私を見守ってくれる素敵な人なんです。もちろん見守ってくれるだけじゃなく、社会の勉強をという意味を込めて沢山のお話をしてもくれるんです。こういう世界で生きる以上、綺麗なことばかりじゃないってことも教わりました』
『綺麗なことばかりじゃない……ですか?』
『はい――ですがそれを知っても私は怖くも無かったですし、不安にもなりませんでした。だって傍には私を最大限にサポートしてくれるマネージャーが居るんですから。私やセイカ先輩、きさらちゃんが良く話をするのでファンのみなさんは知っていると思うんですけど……マネージャーってほんとに凄いんです!』
穂波の勢いが強くなり、そこからは如何に俺が凄いかを語るだけになった。
隣できさらは強く頷いているし、イベントを楽しみにしていたお客さんまで頷いているし……これは俺に対する罰ゲームか何かか?
『マネージャーは、私を太陽だと言ってくれました。ずっと輝けるように……私という太陽が堕ちないように、全力を出すといつも言ってくれます。そんな言葉が私を支え、更に前へと突き動かし、期待してくれている人に応えられるように……そして何より、傍で見守ってくれるマネージャーのために頑張りたいと思ってるんです』
『なるほど……それで穂波さんはマネージャーさんのことが――』
『そんなの大好きになるに決まってません? 恋とかそういうのを飛び越してお兄ちゃんくらいの感覚でいつも接してますからねぇ……今日だって頑張るために充電させてって言ったらハグしてくれましたもん!』
言ってることは本当に危ない気がしないでもない……だが、あまりにも純粋な喋り方と雰囲気なせいで完全に周りから微笑ましく見つめられている。
「やっぱマネージャーなんだよなぁ」
「セイカときさらも言ってたけど、やっぱマネージャーなんだわ」
「いつもアイドルのモチベをここまで保ってくれるマネージャーってクソ有能じゃね?」
「馬鹿野郎。有能以外の言葉で言い表せられるかよ」
「俺もそんなお兄ちゃん欲しかったなぁ……」
「困った顔をしながら面倒見てくれるんだきっと」
「素敵……あたしもそんなお兄ちゃんが欲しい!」
「ズルいぞ穂波! そのお兄ちゃんをくれ!」
「私にちょうだいよ!!」
あぁ……またおかしなことになっちゃったぞこれは。
隣で腹を抱えながら笑うきさらに拳骨の一発でもお見舞いしてやろうと思ったが、そんなものが気にならなくなるくらいの大きな声が響き渡った。
『は? 私から……穂波からマネージャーを奪うってこと? ねえそう言ったの……? あ~あ、言っちゃいけないこと言っちゃったねぇ……許さないよそんなこと……絶対にさぁ』
口調は穏やかなのに、マイクを通した声は大きい。
普段は絶対に聞くことがないような穂波の声は、一部のファンに大層刺さったらしく……しかも見下すような視線もセットということで、新たな道を開拓したようだ。
ちなみにこの後、穂波にヤンデレボイスの収録仕事が舞い込んだり、アニメに登場するヤンデレキャラの声を当ててほしいなどの依頼が来たりと……そっち方面で忙しくなるのをこの時の俺はまだ知らなかった。
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「これはこれは、本日はお越しいただきありがとうございます」
「社長の代わりではありますがね。それで、何を見せたいのでしょうか――石川さん」