用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので 作:中原 千
「オーフィア女史はエルフですか?」
気になっていた事を思いきって聞いてみた。
「そうです。森人種って呼ぶ方もいらっしゃいますけど、どちらかといえば森精種と呼ばれるほうが嬉しいですね。」
「では、そのように。勝手なイメージですが、やはり森精種は魔術への造詣が深いですか?」
「ええ、私たち森精種は精霊魔法を手足のように使っておりました。人間が精霊魔法を発見するよりも遥か昔から。」
「自律魔法の方は?」
「そうですね。普通のエルフでしたら疎いと思いますけど、私もそれなりに長く生きてますからね、嗜む程度ですが、存じておりますよ。」
「是非、私に講義をして頂けませんか?実は私は魔術を大いに好んでいまして、このような機会を逃したくないのです。」
オーフィアは手を顎に当て考える様子を見せる。
「あら?自律魔法だけでいいのですか?精霊魔法も命精魔法も教えて差し上げますよ?どうせ審判団が来るまでそれほどすることなんてありませんからね。」
相手方からの思わぬ提案に頬が緩むのを止められない。
「ええ、是非!独学で学んでいたのですが森精種の方にご指導頂けるのは心強い!」
「フフ、元気がいいですね。まあ、とはいえ、無差別になんでもというのではちょっとよくありませんね。そうですね、では自律魔法の魔法式を三つ、教えて差し上げましょう。精霊魔法や命精魔法は使い方でしかありませんからね、貴方の力に合わせて、少し鍛えてあげましょう。」
「宜しくお願いします。では、暫しお寛ぎ下さい。」
そう言って私は厨房へ入る。今日は一層料理に力が入る。
◆◆◆◆◆◆
「さて、これらは私の故郷の料理だ。口に合うかはわからんが、遠慮せずに召し上がってくれ。」
異世界人の味の好みが分からなかったため無難に和食、洋食、中華料理、その他と各種デザートをバイキング形式で用意した。
「何から何まで申し訳ありません。」
「いえ、好きでやっている事です。気にしないで下さい。皆さんに喜んで食べて頂けて私も嬉しいです。」
和食を好む人、洋食を好む人、汁物のみをとる人等様々いる。
「ギニャー!」
あ、無難じゃない麻婆(泰山テイスト)食べたネコミミが倒れた。
「おう、聞いたぞ。随分と協会で揉まれたそうだな。」
マクシームが話しかけてきた。
「ふむ、揉まれたか…………私が揉んでやったの間違いじゃないか?」
「ああ、うん、そうか…………お前ならそうなるよな。」
マクシームがげんなりした顔をする。
「お前は気にしちゃいないだろうが、まあ、その、なんだ、協会のことならオーフィアに言ったらどうだ。」
私がどういうことか疑問に思っていると横にいたアカリが興奮した様子で補足した。
「『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』は議会や中央政府以外で唯一協会に影響力をもつ団体なんです。政治には不可侵で、世界各国、貧困でハンターの集まらない国を優先的に訪ねています。ハンター協会設立時の混乱を支え、遡ればその前身の冒険者ギルドの設立にもかかわっているほどの由緒ある団体です。一声かければ、その国にはハンターが集まらなくなるとさえ言われてるんですよ!」
「そんな大袈裟なものではありませんよ。」
オーフィアは悠然と微笑んでいる。
「当代の女官長、つまりオーフィアさんは既に二百年以上『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の長たる女官長を務め、歴代で最も影響力があると言われているんです。エリプスで起こった最初の世界大戦でも戦争には一切不干渉で、各国が見落としていた辺境や小村の魔獣災害を解決していった聖女様ですよ!」
「おいアカリ、クラウドみたいになってるぞ。アカリはオーフィアのファンなんだ。さっきから興奮しっぱなしでな。」
目を輝かせてはしゃいでいたアカリはマクシームにそう言われて赤くなる。
「マクシーム、その言い方は失礼だぞ、アカリに。」
「お前は本当に自覚だけはあるんだな!」
「あらあら、こんなお婆ちゃんを捕まえてファンだなんて、でも嬉しいわ。ところでサレハドのハンター協会が何か問題でも?」
私とマクシームが軽口を叩き合う横でオーフィアの纏う空気がスッと鋭くなった。
◆◆◆◆◆◆
「そうですか。貴方を信じないわけではありませんが、何か証拠はありますか?それがなければいくらでも言い逃れができるようなことばかりです。そういう風にやったんでしょうけどもね。」
一通り説明するとオーフィアの雰囲気が厳かな女官長にガラリと変わった。
「ふむ、受注書の複写ならありますが充分ですか?」
「こうなることがわかっていたんですか?受注書の写しなんてまだまだ知っている人も、要求する人もいないでしょうに。」
「いえ、記録を残すのは契約の基本ですから。」
「ディアンティア、アリー、こちらへ。」
私が持ってきた複写を渡すとオーフィアは立ち上がって部下を呼んだ。
「この二人には女官長補佐をやってもらっています。水晶系地人種のディアンティアと白系人種のアリーよ。ディアンティア、アリー、こちらはクラウドさんよ。」
ディアンティアはマネキンのような容姿をしていて、目鼻はうっすらとしている。さっき汁物ばかりを食べていた人だ。水晶系地人とは初めて聞く種だ。研究したくもあるが客だから我慢だ。アリーは白系人種の女性だ。
二人とは簡単に自己紹介をして本題に戻る。
「これを見て下さい。」
「これほど露骨なことをする職員がいるのデスネ。」
「そうなると、まずは読み取りですね~。」
「そうですね。確認しておくべきしょうね。クラウドさん、タグを貸していただけますか?」
オーフィアにタグを渡すと指輪を重ねて詠唱を始めた。
『Ssanniaðmínufyrirssporin(真実と信頼の証として)rista einsssönnuná (刻まれた足跡を)traustiogssannleika(我が前に示せ)』
魔術が発動したのを感じる。脈絡から判断すると記録を読み取るための魔術だろう。非常に興味をそそられるが組織運営に関わっていそうな魔術だから望みは薄いだろう。
「…………これは、三剣角鹿(アロメリ)以降は記録されていませんね。」
なるほど、やはりあのエセ貴族か。
「あの自律魔法は協会にあるタグ読み取り魔法具の原典(オリジン)デス。」
私の表情を見てディアンティアが説明してくれる。
「ありがとう。ふむ、三剣角鹿(アロメリ)までか。ならば当然イライダと組んだ依頼の記録もないでしょう?」
「あら、イライダ・バーギンもここに?」
「ええ、とても気持ちのいい方でしたよ。」
「まったく記録はないですね。でもそれならイライダ・バーギンに聞けば証言はとれますね。」
オーフィアは息を吸って続けた。
「今すぐにというのは無理です。業務の引き継ぎ人員の手配などもありますから…………ですが必ず、狩りの女神を冒涜した罰を受けさせます。――女神の乳房に触れた愚か者は、凍てつく息吹に命精まで凍らされて、粉々に砕かれるのですよ。」
そう微笑む姿に畏敬を感じた。
「うにゃー、あれ、なんで寝ていたニャ?」
その横では麻婆(泰山テイスト)を食べたネコミミがやっと復活していた。
◆◆◆◆◆◆
「用務員さん、少しいいですか?」
厨房で後片付けをしているとアカリが話しかけてきた。
「何か飲み物か?冷蔵庫の中に色々と用意してあるから好きに持っていくといい。」
「いえ、そうじゃなくて…………その、色々とすみませんでした。」
アカリが頭を下げる。
「ふむ、一応聞いておこう。何のことを言っているんだ?」
「私がここに逃げ込んだこと。村で理不尽な目に合わされたこと。マクシームさんが私のために約束を破ったこと。用務員さんと雪白さんの生活を崩してしまったこと、他にもたくさん…………」
顔を上げたアカリは今にも泣きそうになりながらも、それを堪えるように言った。
「気にすることはない。好きでやっていたことだし、君から色々と教えてもらった。それに、アカリの存在で私も少なからず救われていたところもあるのだ。だから、むしろありがとう。アカリがいてくれて良かったよ。」
「いえ…………そんなことは…………」
徐々にアカリの声がかすれてくる。
「だから、前も言ったがまたいつでも気軽に来るといい。歓迎するよ。アカリなら特別割引で格安で泊めてやろう。」
「無料とは、言ってくれないんですね。」
アカリが小さく笑って言う。
「それだと君が気に病むだろう?」
アカリが徐に口を開いた。
「…………この雰囲気で難なんですけど、みなさんにお風呂貸してもらえませんか?」
「うむ、シャワールームは色々と問題だろうから簡易大浴場に案内しよう。」
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「少しよろしいですか?」
雪白の毛繕いをしているとオーフィアが話しかけてきた。
「もしや、ようやく私は魔術をご教授願えるのでしょうか?」
私がそう聞くとオーフィアは穏やかに笑った。
「本当に魔法がお好きなんですね。それもですが、これは私のお詫びです、受け取ってください。」
オーフィアのローブと同じ色の環状の物を渡された。
「これは?」
「それは『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』の身元保証証明です。雪白さんと二人分です。それがあれば、雪白さんを連れて歩いていたとしても問題ないでしょう。街は元より大型の魔獣が入れないので無理だとしても、不当に拘束されたりすることはないですよ。もしそんなことがあれば、『月の女神の付き人(マルゥナ・ニュゥム)』を敵に回し、さらにはハンター協会も敵に回すことになるでしょうね、ふふふ」
オーフィアは厳格な女官長の顔で笑った。
「ただ、ドルガン地方ではイルニークが有名ですから目立つのは避けたほうがいいでしょうね。それでもやっぱり気になるのでしたら、幻影の自律魔法もお教えしますよ。これは取引ではなく、お詫びです。」
「魔術も教えてくださるのですか!」
私が歓声を上げるとオーフィアはまた微笑ましそうに表情を緩めた。
「ふふふ、本当にお好きなんですね。」
こうして、オーフィアの魔術講義が始まった。
綺麗な用務員さんを書いてて誰だコイツってなりました。
身内やリスペクトしている相手には一応これも素です。
次回、物語が動きます。