用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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今回は残酷な描写に含まれる可能性のある部分があります。
苦手な方は二個目の◆まで読み飛ばしてください。





召喚

洞窟にて勇者に治療の魔術を施す。

 

 

「ふむ、後は時間と共に残りの傷も治癒し、目を覚ますだろう。怪我自体は治っているが体力が底を突いている。ここからはハヤト自身の課題だ。」

 

 

「…………ありがとうございます。」

 

 

私の言葉に、アリスは複雑そうに謝辞を述べる。

 

 

「ふむ、こちらにも利があったから行ったまでだ。それで。こちらは務めを果たしたのだ。対価を頂こう。着いてきたまえ。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「すまんね。少し遠いが我慢してくれ。」

 

 

アリスは蔵人に先導され雪山を歩いていた。その胸中にはハヤトを傷付けた事への怒り、ハヤトを治療してくれた事への感謝、強大な力を持つ蔵人への不信、これから何に付き合わされるのかという不安等、様々な感情が渦巻いていた。

 

 

「ふむ、ようやく着いた。さあ、入ってくれ。」

 

 

アリスは蔵人に招かれるままに施設に入っていく。

 

 

「階段を上るぞ。薄暗いから気を付けたまえ。」

 

 

上りきった先で階下を見渡すとそこに蠢く無数のナニカ。あまりの悍ましさにアリスは悲鳴を漏らして後ずさると、蔵人に後ろから肩を掴まれた。

 

 

「どこに行こうとしているのかね?まだ何も始まってないぞ?」

 

 

「ここで、何を…………?」

 

 

「何を、何をか…………ふむ、あれを見たら分かりやすいんじゃないのか?」

 

 

蔵人は少し考える素振りを見せた後に一点を指差した。

アリスはそこに目を向けて、声を上げる。

 

 

「エリカッ、クー!?」

 

 

蔵人が指した先には倒れ伏した仲間の姿があった。その二人の身体中の穴に蟲が出入りし、開かれた目に光りはなく、どこかを虚ろに眺めているようだった。

あまりの光景にアリスは吐き気が込み上げ、よだれを垂らして何度もえずいた。

 

 

「大丈夫、じゃなさそうだな。」

 

 

「何で…………?」

 

 

「ふむ?」

 

 

「何でこんなことするのよッ!私達が何をしたって言うのよッ!?」

 

 

アリスは声を荒げて叩きつけるように叫んだ。

蔵人は少し考えたような仕草をしてから口を開いた。

 

 

「ふむ…………何か勘違いをしてないか?」

 

 

「何をッ!」

 

 

「私は必要だからしているだけだ。そこに君達の行いは影響していないし、興味もない。まあ、そのように言うのなら君には何かこうされるような心当たりもあるのだろうがな。」

 

 

淡々と話す蔵人の表情は、ともすれば物分かりの悪い生徒に対する教師のようだった。

 

 

「話を戻すが、彼女達があの状態である事、君がこれからああなる事、それらに、君達の行いは一切関係していない。強いて言うなら、実行の決定は確かに君達の行いや約束に基づいているが、内容に私の感情は加味されていない。」

 

 

アリスは蔵人が何を言っているのか理解できなかった。

 

 

「まあ、分からなくてもいい。分かろうが分かるまいが結果は変わらんのだ。私はハヤト君を治し、君は私に協力する。そういう約束だっただろう?私は彼を治した、ならば次は君が務めをはた―――」

 

 

乾いた音が響き、次いで蔵人が体勢を崩す。

アリスは脱兎の如く駆け出した。

 

 

(ありがとうございます、ハヤト!)

 

 

アリスは魔銃を握りしめてハヤトへ感謝を向ける。先程、懐に忍ばせておいた魔銃で蔵人を撃ったのだ。ハヤトと共に開発した武器で掴みとった希望に、アリスはハヤトに護られているように感じていた。

 

 

(速く、速く逃げなくちゃ!)

 

 

アリスは蔵人をあの程度で仕留めたとは思っていなかった。暴走状態のハヤトと渡り合い、あまつさえ圧倒していたあの男が今のだけでなんとかなった訳がない。だが、この施設から脱出すれば逃げ切る事ができる可能性は格段に上がるはずだ。その一心で悲鳴を上げる身体に鞭打って走る。後ろからは身体を引き摺るような音が追いかけてくる。その速度は速くはない。

 

後少し、後少し…………届いた!

 

アリスは扉に手をかけて一息に開けた。

 

 

「やりましたわ!これで―――」

 

 

歓喜の声を上げている最中に突然、浮遊感を感じる。そして、身体に何かヌメヌメしたものが纏わり付いている不快な感触がある。

アリスはギシギシと壊れた玩具のように顔を向けると、そこでは蛸やヒトデのような外見の禍々しい化物が自分を捕らえていた。その周りでは大小様々の似たような化物がうねっていた。

 

 

「あ、あ、あ…………あァァァァァァァァァァァ!」

 

 

アリスは絶叫を上げた。

 

 

「恐怖というものには鮮度があるそうだ。

曰く、『怯えれば怯えるほどに、感情とは死んでいくものなのです。真の意味での恐怖とは、静的な状態ではなく変化の動態――希望が絶望へと切り替わる、その瞬間のことを言う。』だそうだ。如何だったか? 瑞々しく新鮮な恐怖と死の味は…………って、聞いてないか。」

 

 

その様子を蔵人は不敵な笑みを浮かべて見ていた。

その後、海魔にアリスを蹂躙させる。

 

 

「ふむ、精神面も肉体面もこのくらいで充分か。」

 

 

蔵人はそう呟いてアリスに起源弾を撃ち込んだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

魔方陣を刻み込む。中心には『永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)』を置き、その端にはアリスを設置する。役割はソフトウェアだ。その効果を最大化するために起源弾で調整も行った。

大丈夫、完璧なはずだ。彼女の召喚は目前まで迫っている。

仕込みは終わった。私の魔力量は万全、地脈の質も上々、ここに失敗する余地はない。

覚悟を決めて召喚を始める。唱えるのは英霊召喚を改変した呪文、彼女を呼ぶためだけの特別な詠唱だ。

 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」

 

 

魔力が恐ろしい速度で消費される。

 

 

「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する。」

 

 

精霊種の召喚だからと多めに見積もったつもりだったが、想定を越えている。だが、止める訳にはいかない。令呪を用いて補填する。

 

 

「――――告げる。

汝の身は我が傍に、我が命運は汝と共に。

聖剣の寄るべに従い、この意、この理に共鳴するならば応えよ。」

 

 

令呪は瞬く間に消えていく。だが、掴んだ!引き戻される感覚はあるが負ける気がしない。ヴィヴィアンようやく君に再会できる!

 

 

「誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

汝星を護りし抑止、

遠き外界より来たれ、在りし日の最愛よ―――」

 

 

強大な力の奔流が吹き荒れる。眩い閃光に目を開けていられない。

それらが落ち着いたのを確認し目を開くと、魔法陣の中心に佇む少女がいた。

私が込み上げる感情に何も言えずに目頭を押さえていると、その少女は花が咲いたようにニッコリと喜色満面といった様子で口を開いた。

 

 

「クランド、久しぶり!また会えると信じていたわ!」

 

 

「ああ、私も信じていた!また会えて本当に嬉しいよ!」

 

 

そのまま、私とヴィヴィアンは昔のように抱き合ってクルクルと回った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ところで、この娘は何?」

 

 

ヴィヴィアンが床に伏すアリスを指差して聞いてくる。

 

 

「この娘はアリス・キングストン、私達を召喚した人物で今回、君を呼ぶのに協力してもらっていたんだ。」

 

 

「そう、この娘が…………この娘のせいでクランドと離ればなれになっちゃった事を思うと複雑だけど、この娘のおかげでクランドは願いが叶ってこんなに神秘の濃い世界にこれて、今は私もクランドと一緒にいられる。そう思うとこの娘には感謝しないといけないわね!」

 

 

ヴィヴィアンが少し考え込んだ後に笑顔でそう言う。

 

 

「そうだね。その通りだ…………そうだ、私はまだやらなくちゃいけない事があるんだ。私の新しい家族の雪白を紹介するから一緒に待っていてほしい。」

 

 

ヴィヴィアンを洞窟に連れていき、雪白に会わせた。

雪白は初め、ヴィヴィアンに腹を見せる仕草をしていたが、ヴィヴィアンの保有する力を感じ取ったのだろうか?というか、腹を見せる仕草が服従を示すのは猫じゃなくて犬ではなかっただろうか?

その後は、すぐに打ち解けあって遊んでいた。ヴィヴィアン達が戯れる様子は癒しに溢れていて、いつまでも見ていられるものだったが、私は思考を切り替えて残っている仕事に向かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

目を覚ましたアリスは周りの様子がいつもと違う事に戸惑っていた。

 

 

「ふむ、起きたかね?」

 

 

聞き馴染みのない声に首を傾げて目を向けると、そこには学者風の男がいた。

 

 

「貴方は…………ハヤトはッ!」

 

アリスは思い出したように叫んだ。

 

 

「大きな声で呼ぶな。おれはここにいるよ。」

 

 

ハヤトがむくりと起き上がってそう言った。それを見たアリスは目に涙を浮かべて抱きついた。アリスにはその時間が永遠に続くかのように思われたが、その時間は唐突に終わりを迎える。

 

 

「ふむ、感動の再会の中悪いのだが、いくつか質問させてくれ。いや、気持ちは分かるぞ。だが、そこは我慢してくれ。私も我慢している。」

 

 

そう言う蔵人にアリスは不満げな顔を向けながらも了承の意を示す。

 

 

「よろしい。それでは、アリス、君は今までの経緯をどれだけ覚えている?」

 

 

「どれだけって、貴方がハヤトを燃やして、それを貴方が治療して、その対価に私が、私が…………ん?」

 

 

淀みなく話していたアリスだったが、途中で詰まる。

 

 

「そうか、覚えていないなら良いんだ。気にしないでくれ。それから、もう一つだけ。用意するから少し待っていたまえ。」

 

 

そう言って去っていった蔵人に二人が首を傾げていると、ドタドタと走る足音が聞こえてきた。そして、二つの人影が飛び込んできた。

 

 

「「ハヤトッ!」」

 

 

「エリカ、クー!?無事だったのか!?」

 

 

飛び込んできた人物を見てハヤトが声を上げる。アリスも驚いている。

 

 

「無事だったのか、じゃないわよ!」

 

 

「……クーも、心配……した。」

 

 

後ろから蔵人が戻ってきた。手に何かもっている。

 

 

「それは…………エリカとクーのぬいぐるみ?」

 

 

ハヤトが尋ねる。

 

 

「うむ。よくできているだろう?私も会心の出来だと自負している。そこで、質問なのだが。この二つとそこの二人のどちらかをやろう。どちらがいい?」

 

 

「…………は?」

 

 

蔵人の問いかけにハヤトがポカンとする。

 

 

「答えたまえ。」

 

 

「どっちかって、そりゃこの二人だろ。」

 

 

何言ってんだこいつといった顔でハヤトが蔵人に答える。アリスも頷いている。

 

 

「なるほど、念のためにもう一度聞くが、本当にそれで良いのか?」

 

 

「さっきから何言ってるんだ?そんなの考えるまでもないだろ?新手のジョークか?」

 

 

ハヤトが少し面倒くさそうに答える。

 

 

「まあ、そんなものだな。それでは―――っと、すまない。疲れが溜まっているのかもしれない。」

 

 

言葉の途中で落としたぬいぐるみを拾い上げながらそんなことを言う蔵人の様子にハヤト達が脱力する。

 

 

「なんか…………ユルいな。今までのは何だったんだよ…………」

 

 

「ハハハ、私にも嬉しい事があったのだよ。それでは、出口はあそこだから早く帰りたまえ。私にも用事があるのだ。」

 

 

「何だよ急に、まあ、いいけどよ。」

 

 

早く帰れと急かす蔵人に文句を言いながら、特に異存はないので帰るハヤト達。蔵人はその背中を見送って、ぬいぐるみを一瞥した後、ぬいぐるみを置いて鼻歌を歌いながら洞窟へ向かった。

 

 

 




用務員さん「…………あ、一部欠損を治し忘れた。まあいいか、無くても死なないし。何を治し忘れたかって?ナニだよ。」


という訳でこれにて第一章完結です。
この後に後日談等の閑話を挟んで第二章に入ります。


やはり、fateでエリカと言えばぬいぐるみですよね!

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