用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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たくさん言いたいこと、言うべきことはありますが最初にこれだけは言わせてください。

ただいま!


骨人種

―――ギー

 

 

「む、何か聞こえなかったかね?」

 

 

「いえ、分かりませんでしたが…………」

 

 

「そうか。どれ、quaesere(探索)…………ふむ、そこの岩陰か。」

 

 

―――ギー

 

 

 微かに聞こえた弱々しい鳴き声に関心を持った蔵人が生体反応を探る魔術を組むと、すぐにその鳴き声の主の居場所は判明した。

 

 

「飛竜の雛、それも奇形児か。」

 

 

 首周りの髭と一対の翼から緑髭飛竜の雛と判断するのは容易だった。

 そして、単眼に足の代わりに生えている小さな翼という他の成体と違いすぎる特徴が奇形児だと蔵人に判断させた。

 飛竜の雛は翼となった両足では歩くことも覚束ないようで、腹這いで動き、己のまだ幼く柔らかい皮膚に細かい傷を増やしている。

 

 

「さて、どうしたものか。」

 

 

 蔵人はこの飛竜の雛の処遇を決めかねていた。

 一つは、すぐにでも解剖し、隅々まで研究し尽くすこと。

 もう一つは、保護し、観察を通して研究すること。

 どちらも一長一短であり、非常に悩ましい問題であった。

 捨て置く、という選択肢は存在しない。

 それほどまでに、この飛竜の雛は幸か不幸か蔵人の興味を引いてしまったのだ。

 言うまでもなく、前者であれば不幸、後者であれば幸である。

 暫く悩んでいた蔵人であったが、飛竜の雛に大きな関心を持って見つめるキラキラした目を見つけた時、結論は出た。

 

 

「アカリ、その雛に興味があるのかい?飼いたいのならば、私は反対しない。」

 

 

「えっ、アズロナを連れていってもいいんですか!?」

 

 

 既に名前まで決めていたらしい。

 蒼月を意味するその名前は、通常の緑髭飛竜と異なり、蒼い体色をしているこの飛竜に良く似合っていた。

 ヴィヴィアンとXが微笑ましげな目で見ると、自分の口走った内容に気付いたアカリは顔を真っ赤にして話を逸らそうと試みた。

 

 

「でも、用務さんって飛竜が苦手じゃありませんでしたっけ、本当にいいんですか?」

 

 

「ハハ、それはもう克服したよ、君のお陰でね。それよりも、その雛の名前はアズロナで良いのかい?」

 

 

 ぷしゅう、と煙を上げるようにアカリは撃沈した。

 蔵人はアカリが話を逸らしたがっていることに気付ける程度には察しが良かったが、意地は悪かった。

 雪白が程々にしてあげなさいよ、と尻尾で軽く蔵人の腰を叩いた。

 だが、ヴィヴィアンとXは楽しげに笑い、ヨビは武器を見つめて別世界へ旅立っているので、どうやらアカリの味方は雪白だけのようだ。

 ボニーは無言だが、むすっとした拗ねた雰囲気を醸し出しているのでおそらく敵寄りだろう。

 

 

「curatio(治療)sanitas(回復)reparatione(修復)sterilitate(殺菌)munditia(衛生)addito(補強)emendationem(改善)confortans(強化)」

 

 

 多少脇道にそれたが、結論が出たならすることは決まっている。

 アズロナに手をかざし、命精魔術を発動しながら魔術でアズロナに治癒、そして生体機構の改善を施した。

 アズロナは奇形故にその身体には無視できない無理と脆弱性があったのだ。

 それを生命維持に支障がないように補強し、作り替える。

 緻密で正確性の必要な作業だが、蔵人にとってはやり慣れた作業だった。なんの問題も滞りもなくそれは完了する。

 

 

「さて、そろそろ拠点を設営するとしよう。ちょうど、あつらえ向きの洞窟も近くにあるのでね。」

 

 

「私も手伝うわ!」

 

 

 蔵人はアズロナをポンとアカリの頭上に乗せると、ヴィヴィアンを連れて洞窟の異界化に向かった。

 二人の背中を見送りながら、アカリは頭の上のアズロナを抱き抱えて腹部を撫でる。

 

 

「くふ、くふふふ。すべすべです。雪白さんのモフモフに負けない魅力です。くふ、くふふふふふふ。」

 

 

「アカリ…………」

 

 

 全力投球だった。とにかく全力で堪能していた。

 アカリのそのだらしない笑みはXに彼女が自棄っぱちになっていることを容易に理解させた。

 先ほどまで微笑ましさが勝っていたXも流石に痛々しさが優勢になり、アカリに同情した。

 その横で、雪白はアカリの頭を尻尾でそっと撫でた。

 

 

「アハハ、私はいま幸福を感じています。Xさん、いま私は最高に幸せです!」

 

 

「そ、そうですか…………良かったですね、アカリ。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふむ、侵入者か。」

 

 

 深夜、蔵人は防犯用に設置した魔術に反応があるのを感じとって目を覚ました。

 反応はかなり大きいが、洞窟には防音の魔術を施してあるため、蔵人以外が気付いた様子はない。

 蔵人は横で寝ているヴィヴィアンを起こしてしまわないように気を使いながら部屋を出た。

 

 洞窟の外、露天風呂に下手人はいた。

それは、骨のみを有する人と飛竜。スケルトンと呼ぶべき存在だろうが、それには一点だけ引っかかることがあった。

 

 

「君達は何者だろうか。亡者ならばスケルトンなのだろうが、生者である君達は違うのだろう。そのような存在は、寡聞にして存じ上げなくてね」

 

 

「――骨人種だ。敵対する気はない。」

 

 

 意外に高めの声であった。

 テレパシーというわけでもなく、どのようにして声帯もなく声を発しているのか蔵人は疑問に思った。

 既に、言葉通りに相手に敵対する意思がないことを分かっていた蔵人はそんなことに興味が引かれるほど余裕であった。

 尤も、敵対されたからといって好奇心を抑えられる程の殊勝な精神を持っているわけでもないのだが。

 

 

「目的を聞こう。」

 

 

「こいつを洗ってやる約束でな。ちょうどいい場所を探していたらここを見つけた」

 

 

 問いに骨人種は顎骨を動かして答えた。

 それに蔵人は吟味するように人型と飛竜型に視線を這わせた。

 だが、

 

 

(ふむ、舌も皮膚もないが口を動かしているところを見ると空気の振動で発音していると考えるのが妥当か。だが、言葉と口の動かし方が人種と一致し過ぎている。飛竜の方は口を動かしても発声できていないことと合わせて考えると、口の開閉は儀式か習慣の可能性が高いな)

 

 

 内心ではかなりどうでもいいことを考えていた。それも、熟考や長考と言っていいレベルで。

 蔵人としては重要なことなのかもしれないが、この場面では明らかに優先すべきことではない。

 そして、少なくない時が流れ、思考に満足した蔵人はいかにも見定めていたとばかりの様子で口を開いた。

 

 

「そこの洞窟に住んでいるのは私だけではない。その人達を害さぬと誓うのならば許可しよう。また、できればで構わんが、ここに私達の拠点があることをあまり多くの者に触れ回るのも遠慮願いたい。」

 

 

「両者共に約束しよう。」

 

 

 やや以上あっての突然の蔵人の問い掛けに骨人種は間髪を入れずに答えた。

 律儀にも蔵人の言葉を気を抜かぬまま待っていたのだろう。

 条件を呑んだ骨人種が骨格飛竜の洗浄を開始し、蔵人はそれを面白そうに見つめていた。

 あまりに熱心に見詰めているので、一割ほど洗い終えた時に骨人種は、「見ていて面白いものでもないだろうに」と溢したが、蔵人はそれを否定して見詰め続けた。

 やりにくそうにしていた骨人種だったが、暫くしてため息を吐くような仕草をすると、気にしないと割りきったのか視線を気にせずに洗浄し始めた。作業速度も上がっているように感じられる。

 

 いくばくかの時間が過ぎて、骨人種は飛竜の洗浄を終えると、蔵人の前に来た。

 

 

「ふむ、それで十分なのかね?」

 

 

「ああ、助かっ―――」

 

 

 骨人種は言葉を途中で止めて、何事かを思い付いたように居ずまいを正して言い直した。

 

 

≪助かった。約束は守る≫

 

 

 調子の違う言葉でそう言って、飛竜の方へ踵を返して去っていった。

 その腕を蔵人がガシッと掴んだ。

 

 

「まあ、待ちたまえ。せっかくだ。中で茶でも飲んで行きたまえ。」

 

 

「何を……」

 

 

 戸惑う骨人種の言葉が途切れる。

 目に映った蔵人の顔は笑顔の中に獲物を見つけた蛇のような強く、執念を感じさせる目をしていた。

 それだけでなく、見た目の印象よりも蔵人の力は強かった。それは、魔術によるものなのだが、毛色が些か異なるそれを異世界に住む骨人種は気付くことができない。

 使われているのは筋力強化だけでなく、骨人種が身体を痛めないように保護の魔術も使われていた。

 相手に対して配慮を行える程度には冷静だったが、配慮の方向がトチ狂っている。

 ズルズルと引き擦られるようにして洞窟に連れ込まれる骨人は、痛みを感じない違和感に気付くことができない程に混乱して、ろくに抵抗もできずにされるがままとなった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふわぁー、おはようございます…………あれ、用務員さん、今度は何を作ったんですか。スケルトンでは無いですよね?」

 

 

「む…………既にこんな時間になっていたのか。すまない、完全に仕込みを忘れていた。今日は保存していた品でいいだろうか?」

 

 

 起きてきたアカリを見て時計を確認した蔵人は焦ったように謝罪した。

 それを快く受け入れたアカリは、それよりと骨人種を指差して得意気に続けた。

 

 

「うーん、タイミング的に考えて材料はこの前狩った緑髭飛竜の骨でしょうか。そしてホムンクルスという線は薄いですし、この近くはスケルトンの出没場所ではないので使い魔にしたスケルトンでもない。また、内部まで剥き出しなのに核が見えないということはゴーレムでもない。ならば、自動人形(オートマタ)。すばり、骸骨の自動人形(オートマタ)ですね、用務員さん!」

 

 

 ズビシッ、という効果音が付きそうな勢いで骨人種に向けていた指を蔵人に向けた。

 惚けていた蔵人であったが、その顔には嬉しそうな笑みが浮かび、ついには笑いだした。

 一頻り笑うと、頷きながら口を開いた。

 

 

「うむ、うむ、うむ、うむ!そうであるな、そうであるな!筋が通っていて全て正しいッ!確かに私が作り出したのならば自動人形(オートマタ)に間違いないだろう!補足すると、素材が竜ならもう一つ可能性はあるのだが、それはまだ教えてないので問題ない!」

 

 

 興奮した様子で早口にそう言い切ると、穏やかな様子で付け加えた。

 

 

「だが、残念ながら彼女はジーバという骨人種で、こういう種族だ。」

 

 

「あれ、外してしまいましたか。少し恥ずかしいですね。改めましてジーバさん、よろしくお願いします。私はアカリと申します。勘違いとはいえ、先ほどは物扱いして申し訳ありませんでした。」

 

 

 頭を下げるアカリにジーバが苦笑いする。

 

 

「変わっているのはクランドだけじゃないんだな。この様子だと、他の人もこんな感じなのかな?」

 

 

 ジーバにとって蔵人との出会いは驚きの連続だった。

 一度聞いただけで『真言(ペイマン)』の本質を見破ったことには心底驚いた。

 そして、骨人種の知識とは相違点もあるものの、異常な程に有している死霊への知識と、一転して骨人種を知らない世事への疎さ。

 このちぐはぐさから、隠遁した偏屈な世捨て人かとも思ったが、アカリという若い少女に向けた優しげな目で違う事が分かった。

 あとは、話が長い。すごく長い。しかも、喋るよりも、聞く分量が多いためこっちの方が話し疲れた気がする。勢いに押されて話さなくて良いような事も話した気がする。

 茶でも飲んで行けと誘われてから、まさか朝まで付き合わされると思っていなかった。

 アカリの方もクランドと同じ種類の雰囲気がするような気がするのは気のせいだと思いたい。

 

 ジーバが、『館』の外にも関わらず精神を何度も大きく動かされたと気付いて驚き苦笑するのは、やっとの事で解放された少し後の話である。

 

 

 

 

 




遅くなってしまい本当に申し訳ありませんでした。

リアルの忙しさ、進まない筆を乗り越えて再開できたのは、更新を止めてしまっていた間も本作をお読みくださっていた皆様、高評価をくださった皆様、コメントをくださった皆様のお陰です!

本当にご心配おかけしました。
そして、ありがとうございました!



※申し訳ありません。35話は入れたいシーンをいれ忘れていた事が発覚したので、一時削除しました。
今週末には投稿し直す予定です。

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