用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので 作:中原 千
地脈を通して山全体に『魂喰い』を発動させる。
術式はオールグリーンで順調に"異世界魔術の"魔力が流れ込んでくる。
クハハ、計算通りだ。
私は、異世界魔術に使われる魔力も型月版魔術と同様に生命力から生成されることから『魂喰い』を改変させることで異世界魔術の方の魔力を吸収出来ないかと考察した。
結果は良好。これなら、大規模な異世界魔術の行使も直ぐに可能になるだろう。
今日は"登山客"が多くて助かった。こんな危険な山でレジャーを楽しむとはまったく迂闊なやつらだ。
私が実験結果に満足していると新たにマクシームの反応が現れた。マクシームを術式の対象から外し、アカリに声をかける。
「私はマクシームを迎えに行ってくる。クッキーでも食べて待っていたまえ。」
◆◆◆◆◆◆
迎えに行くとマクシームは上半身裸で体から湯気を立ち上らせて歩いていた。
「やあ、マクシーム。本日はいつにも増してむさ苦しい出で立ちだな。監視への精神攻撃か?」
「お前もむさ苦しいとかいうのかよ。巨人種の強化だけだ、こんな風になるのは。」
「ほう、それは身体強化によって引き起こされているのか。興味深い。どれ、よく見せてくれたまえ。」
「やだよ…………それで、追っ手は撒いたが待ち伏せはどうすんだ?」
「実はこの山は地下資源が豊富でね、気化したガスが漏れてきたんだろう。全員昏倒している。」
「絶対に嘘だろ!」
「なに、よくある事だ。」
型月でガスの事故は定番。
そのまま、軽口を叩きあいながら山を登った。
◆◆◆◆◆◆
洞窟にマクシームが入るなり雪白が威嚇を始めた。
白黒斑紋の尻尾を逆立て、体勢を低くして、牙を剥く。
マクシームはオロオロするアカリを手で制しながら、リュックを投げ捨て、上半身裸のまま腰の手斧に手を伸ばした。
――グルルッ
雪白が唸り声をあげるとマクシームは獣のように口元を歪めた。一触即発の両者を眺めていると、アカリは私を睨みつけていた。
「ご機嫌ななめだな。急いできたつもりだが、待たせ過ぎてしまったか?」
「そうじゃなくて!このままだと雪白さんとマクシームさんが戦っちゃいますよ!」
「好きにさせるといいさ。蟠りを抱えたまま共闘する方が危険だ。」
雪白達の方に目を向ける。
「ここで一戦やるのもおつだが、ちょっと立て込んでてな。後にしねぇか?」
マクシームが矛を引いた。
――グォンッ
雪白は短く咆哮し、外へ行った。
「イルニークか……首輪くらいつけたらどうだ。」
「ふむ、より危険度の高い筋肉ダルマのための手枷足枷ならあるぞ。着けるか?」
「着けるかじゃねえよ!着けるわけないだろ!」
「ハッハッハ、冗談だったが今の君を見ると強ち間違ってもいなかった気がしてくるな。」
「ずいぶん仲がいいみたいですけど。」
アカリが頬を膨らませてこちらを見ていた。
「ああ、いたのか。ちい…………」
「ちいさくありません。」
からかうマクシームに抗議するアカリ。
やっぱり"ちっちゃくないよ!"と言って欲しい。
「そうだな、アカリは小さくない、小さくない。」
適当な様子で髭をかいて、アカリの頭をぽむぽむするマクシーム。アカリはいじけて横を向いてしまった。
「まあ、元気そうでなによりだ。」
「……っ。」
アカリはしょんぼりと俯く。
「ご迷惑を、お掛けしました。」
震える声で言うアカリにマクシームが頭に手を添える。
「別にお前のせいじゃねぇ。」
そのまま乱暴にガシガシと撫る。
いつのまにかアカリは涙をこぼしていた。
「ふむ、私は席を外すとしよう。その間に積もる話をするといい。"私が許可しよう。"」
◆◆◆◆◆◆
洞窟の反対側に雪白の姿はあった。
「ホットミルクを持ってきた。好物だろう?」
雪白は飲もうとしない。
「まだ勝てない。君もそれに気付いたのだろう。なら、勝てるようになったらいいさ。私は手伝ってもいいが、君は単独でやりたいだろう?」
――グォン
雪白は力強く返事をした。
「なら、鍛練だけでなく食事も必須だろう。ミルクも冷めてしまったし洞窟に帰ろう。戦いを有利にするには敵の情報も大切だ。ヤツの様子を観察しているといい。」
◆◆◆◆◆◆
洞窟に戻って食事を出す。今日はローマをイメージした品々にしてみた。
夢中になって食事をするアカリとマクシームを見て、今は会議をするのは無理そうだと判断する。
一通り食べ終わって一息ついたマクシームが口を開いた。
「オレは本国に戻る。しばらくアカリを預かってくれ。」
「期間は?」
「そんなに長くはかからねえ。本国いってから神殿にいって、そしたら迎えにくる。」
「神殿とは?」
アカリが引き継いで答える。
「事実の審判っていうのがあって、その人の潔白を証明してくれます。ちょ、そんな距離を詰めないで下さい!圧が…………」
アカリに顔を背けられるが仕方なかろう。
「それはどのようにやるんだ?魔術か?魔術なのか?魔術なんだろう!」
「答えます!答えますからちょっと離れて下さい!」
アカリがにそう言われ、しぶしぶ引き下がる。
それを確認したアカリは説明を続けた。
「つい最近までは嘘発見機のような魔法はありませんでした。だけど、いわゆる『勇者』といわれる存在がそれを変えました。」
「なるほど、そっちか!」
「ええ、『精霊の贈り物(ドゥフバダラ)』や『神の加護(プロヴィデンス)』と呼ばれる勇者の力です。彼女の力は『事実の大鎌(ファクトサイス)』といって『彼女』の問いに対し、嘘をつけば最悪死に至るというものです。もちろん、それが事実なら傷一つありません。」
なるほど、嘘つき焼き殺すガールならぬ嘘つき斬り殺すガールという訳か。思い込みだけで龍になったりしないよね?
「彼女は自分の力の行使に当たり、自分が求める条件をのめる国又は組織に属する、と宣言しました。」
その条件というのが、あらゆる権力の干渉を認めないだとか請願は本人からのみ有効だとかそういったことだった。なんでも、警察官か弁護士になりたかったらしい。
「ほう、ある程度力のある組織がそれをうけいれたのか。」
「はい。エリプスの主要宗教の一つ、サンドラ教が彼女を受け入れ、総本山であるプロヴン西方市国に神殿を作り、事実の審判を始めました。……いまだその制度が用いられたことはありませんけども。」
「で、その審判を受けるために神殿か、イイなそれ!早く行け!今すぐ行け!」
「今すぐは行かねぇよ!…………まあ、というわけでザイードにはそれまでアカリを預かって…………」
「ザイード?」
アカリが不思議そうにする。私がニヤニヤしているとマクシームが額に青筋を立てた。
「いやいや、すまない。蔵人だ。」
「なるほどクランドか…………どういうつもりだ。おっかない目をして剣なんか突き付けて物騒じゃねえか。」
「発音が違う。蔵人だ。間違えるな。」
「分かった分かった、蔵人だな。間違えないから降ろしてくれや。」
「…………すまない。冷静じゃなかった。その呼ばれ方は大切なものでね、今は彼女以外にそう呼ばれたくないんだ。アカリにもすまなかった。驚かせてしまったな。」
どうやら私は想像以上にヴィヴィアンに関して敏感になっているらしい。いかんな。
「いや、いいですけど…………彼女、ですか?」
「ああ、大切な人でな、今度アカリにも紹介しよう。さあ、夜も更けたしもう寝なさい。マクシームも、柔らかい地面、普通の地面、硬い地面とバリエーション豊富だから好きに寝るといい。」
「全部地面じゃねえか!…………まあ、いいけどよ。」
◆◆◆◆◆◆
翌朝。
「いいんですか?」
「宿泊延長は私から提案したことだ。気にするな。」
「でも、万が一知られたら。」
「その程度、どうとでもできない私ではない。それとも、対価を体ででも払うかね?」
「体って…………」
アカリは顔を赤くする。
「期待しているところ悪いがそうじゃないぞ。私は研究がライフワークでね、ぜひ君の能力を研究したいんだ。」
「期待なんかしてませんッ!それに、昨日の用務員さんを思い出すと怖いのでやっぱりなしにします。」
「フフフ、賢明だな。了承していたら地獄が待っていたぞ。」
まあ、契約のせいで今はそんな事出来ないのだが。
そんな事を話しているとマクシームが起きてきて、口をパクパクする。
「君は何がしたいんだ?」
私が呆れているとマクシームは怒りだした。口をさらに激しく動かし唾まで飛ばしてくる。
汚いので距離をとるとアカリが思い付いたように言った。
「喋れないんじゃないですか?」
「そうだった。昨日、イビキがひどすぎたので消音の魔術を使ったのを忘れていた。今解こう。」
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」
魔術を解くなり騒がしいヤツだ。
「ふざけているのは貴様のイビキの方だ。追い出されなかっただけましと思え。」
私は怒りの収まらないマクシームを無視して食事の用意をする。
◆◆◆◆◆◆
その後、私はマクシームと共に山を降りた。そろそろフィールドワークの範囲を広げたいと思っていたため、宿泊費代わりに身元の保証を頼んだのだ。
ハンター協会サレハド支部は、まさしくファンタジーの酒場のような建物だった。
「ふむ、いかにも権力に屈しそうなしけた建物だな。私の洞窟の方がよほど豪華じゃないか。」
「てめえの洞窟に敵うような場所なんかそうあるわけないだろうが。おかしいのは洞窟の方だ。」
「知ってる。」
チッと舌打ちするマクシームに続いて中に入る。
煤けた木製のスイングドアを押して入ると、右手にバーテンダーのいるカウンターがあり、左手には木製の階段があった。
カウンターでは、頭上に犬のような耳をはやしたもの、小柄なドワーフのようなものや、まさしくハンターといった体のものなどが酒を飲んでいた。
凄い、既に探求心が擽られる。こんなにいっぱいいるんだし2~3人拐かして研究しても問題ないよね?
私が思案している間にマクシームは無言で正面の受付カウンターに向かっていた。
「おう、ハンターに一人、推薦するぜ。」
カウンターに着くなりそう言ったマクシームを職員は呆れたように見る。マクシームが首から外したタグのようなものを受け取りながら、
「一言もなく飛び出したかと思えば、いきなりそれですか。」
「おう、頼むぜ。」
「……彼女、いたんですか?」
職員は探るような目付きだ。
「そう見えるか?」
マクシームは渋面を作って言った。
「……で、推薦というのはうしろの青年ですか……見慣れない人種ですね。」
「腕は保障するが、仮申請の一番下っ端からでいい。」
「連合王国専属狩猟隊『白槍』の隊長推薦ですからね。身元の確認や試験、説明は省きますが、最初の一度又は数回は指導員をつけますが、よろしいですか。」
職員は淡々と言う。
「おう、それでいい。」
「そうですか、ではそちらの方、こちらへ。」
私はカウンターの前に寄った。
「こちらへ名前と出身地を。」
少し思案した後、出身地にアレルドゥリア山脈、氏名にクラウドと書いた。
職員は記入された出身地を見て、マクシームに目をやる。
「アカリを探してるときに偶然拾ったんだよ。早くに親に捨てられたらしくてな、今までなんとか生き延びていたらしい。」
「……わかりました。それではマクシームさん、確認をお願いします。」
「そのままでいい。」
「わかりました。協会ルールはマクシームさんがきっちりと教えてください。それと、適性判定はされますか?」
「おう、頼む。」
「そうですか、ここで判定するのも十年ぶりくらいです。」
「普通は学校なんかで終わらせるが、こいつは山ん中にいたしな。」
「各精霊との先天的親和性を計る、とかなんとかだ。」
それは面白い。どのようにやるんだろうか?
◆◆◆◆◆◆
私は奥に通され、主要な精霊をそれぞれに封じた指輪を全てつけたうえで、魔力を流すように言われた。
やってみると、ハンター協会の職員の目は『白槍』の隊長が連れてきた得体のしれない新人を見るものから、ひどく微妙な表情に変わった。職員はその微妙な顔を隠そうともせずに簡略に説明した。
私は水の精霊に最も親和性があった。
次いで闇と氷、それから順に、土、風、雷、火と続いて、光が最も相性が悪かった。水が異常に親和性が高く、光がそれよりも相性最悪らしい。
ふむ、私の魔術属性は『五大元素使い(アベレージ・ワン)』だから、型月版魔術と異世界魔術で適正は変わるらしい。
因みに、私が侮られたのは水はいいとしても闇は使い所がなく、氷は使える場所が少ないかららしいが関係ない。使用自体が可能なら研究するのに差し障りはない。
なにやらマクシームが慰めのような言葉をかけてくるが関係ない。私は考察に忙しいのだ。
考察を切り上げ、何か興味深い依頼がないか探す。魔獣関係が望ましい。
その間、周りをチョロチョロしているチンピラを無視していると、不意に、
「おい、こいつ黄金の剣なんてもってやがるぜ。」
「売ったら金になりそうだな。」
「まだ、ハンターじゃねえだろ。なら武器所持許可もねえんだ、オレたちが預かっといてやるよ。」
と手を伸ばしてきた。
…………おいクズ共、汚い手でいったい何に触ろうとしているんだ?
逃げて!チンピラ、超逃げて!