用務員さんは勇者じゃありませんが転生者ですので   作:中原 千

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日間ランキングに載った嬉しさで狂喜乱舞して一気に書き上げました!






イライダ

「おお、頼むぞ、ハンターが随分と減ってしまっての。」

 

 

支部長は愛想笑いを浮かべて巨人種らしき女性を迎える。

 

 

「ああ、支部長。」

 

 

「ん、なんだね?」

 

 

「そっちの新人、アタシが面倒みるよ。」

 

 

ふむ、自分から巻き込まれにくるとは稀有な人だ。

 

 

「しかしな、君は三つ星(セルロビ)になるためにまだいくつか国を回らねばならんだろ。そんな無駄なことをさせるわけにはなぁ。優秀なハンターは国の、いや、世界の宝だ。才あるものはそれを伸ばしてもらわんとな。」

 

 

「新人の先導くらいわけないさ、任せなよ。はい、決まり決まり。」

 

 

顔をしかめる支部長を意にも解さず話を進める女性。

 

 

「ほら、いくよ。」

 

 

「ああ、お供しよう。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

支部内のバーに連れてこられた。

 

 

「アタシはイライダ・バーギン、四つ星(ガボドラッツェ)、見ての通り巨人種さ。狩りのときにまどろっこしいのは面倒だ、イライダでいい。」

 

 

「クラウドだ。十つ星(ルデレラ)の右も左も分からない新入りだがよろしく頼む。」

 

 

イライダはコップの酒を一気に呷るとバーテンダーに同じものを要求し私に差し出した。差し出されるままに私も飲む。

 

 

「イライダ、強い酒を一気に飲むのは危険だ。それとも、巨人種とは特別に酒に強いのか?」

 

 

「強いよ。」

 

 

「そうか、ならば次の機会は私が造った酒を馳走しよう。」

 

 

私がそう言うとイライダはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「で、今日は依頼受けるのかい?」

 

 

コイツは後から依頼を受けるつもりであんなに強い酒を飲んだり飲ませたりしていたのか。

 

 

「受ける、が、その前にこれを飲みたまえ。」

 

 

「なんだい、これは?」

 

 

「酔いざましだ。いくら巨人種でも酔いどれで激しい運動は危険だろう?」

 

 

酔いざましを飲んだイライダが説明する。

 

 

「基本的に受注から仕事の仕方まで、何も口は出さない。あくまでもアンタの狩りのお守りだからね。ランク外の依頼も、個人受注と塩漬け依頼以外は受けられないしね。」

 

 

「塩漬け依頼はランクが二つ下までらしいぞ。」

 

 

「そりゃ、暗黙のルールじゃないか。」

 

 

「協会規則に明記されたらしい。先程も私はそれで依頼が無効になった。」

 

 

「協会規則になったのはまあ、国ごとに若干違うんだ、そういうこともあるだろうが。無効なんてきいたことないねぇ。まあ、終わっちまったことはしょうがない。それよりも、荷物はそれで全部かい?」

 

 

「うむ。」

 

 

「これからハンターやってくのにその格好じゃあね。それとも金がないのかい?」

 

 

「ハハハ、防具のことなら心配ない。既に鉄壁の守りだと自負している。」

 

 

「そうなのかい?」

 

 

疑わしそうにこちらを見るイライダ。

それなら実際に依頼の時に確認してくれと依頼を探しにいこうとすると、スイングドアが勢いよく開けられて大きな人種が入ってきた。

 

 

「トラモラ草採取の依頼を受けてくれた者がいると連絡を受け、参ったっ!」

 

 

よく通る声で宣言する仮称「カエサル」

 

 

「これはこれはポタペンコ男爵、このようなところまでわざわざおいでいただきまして誠に光栄でございます。しかし、その連絡はこちらの新人の手違いでして。大変、申し訳ない。」

 

 

頭を下げる職員。なるほど、あの人がトラモラ草の依頼者か。

 

 

「ふむ、しかしね、トラモラ草の匂いがするのはどういうわけだね?」

 

 

鼻をヒクつかせて周りを無視して歩き回る仮称「カエサル」。その姿は一周回って優雅にさえ見えてくる。

しばらくして、私のところへ向かってきた。

 

 

「貴殿はトラモラ草をお持ちかな?お持ちだね。協会の事情はわからないが、ぜひ譲ってくれないか。」

 

 

そう言う姿は腰が低いのにやけに威圧感がある。

 

 

「確かに私はトラモラ草を持っている。依頼者とお見受けするが何者だ?」

 

 

「いかにも我輩が依頼者のポタペンコだ。この日を一年も待ったのだ。」

 

 

そのまま急かしてくるポタペンコ男爵にトラモラ草を差し出すと彼は一息に口にした。

 

 

――もしゃもしゃ、モシャシャ。

 

 

真理を追及する探求者のような真剣な面持ちで味わうポタペンコ男爵。何度も、何度も咀嚼する。そして、惜しむように呑みこみ涙をこぼす。

 

 

「これこそ、これこそが遥か幼少の折、祖父にわずか一片頂いた、思い出の味。まさしくトラモラ草であるっ!」

 

 

私はその姿に感銘を受ける。

 

 

「素晴らしい!優雅な一挙手一投足、己が嗜好を突き詰める精神、それに向かう真摯な姿勢!貴方こそ真の貴族だ!私は貴方に会えたことを光栄に思う!」

 

 

あのエセ貴族とは大違いだ。

 

 

「そうか!分かってくれるか!…………ところで、依頼料のことなんだが」

 

 

顔を青くして申し訳なさそうにするポタペンコ男爵。

 

 

「そ、それはだな、先月の食料品の支払いで、その、なんだ、手元不如意というか……な、なんでもしよう。のぞむことがあらばいうがよい。」

 

 

何でもか…………しかし、せっかく巡り会えた真の貴族を亡くすのは惜しい…………む、貴族?

 

 

私は思い付いた事を耳打ちする。

 

 

「その手があったか、しかし、いやでも、なるほど……ハンターにとって、それほど役に立つものでもないぞ?」

 

 

「ハンターとしてではない、探求者としてだ!食の探求者たる貴方ならば分かってくれるだろう?」

 

 

「ふむ、であるな!しかしな、いくら貧乏男爵家とはいえ、家宝でもあるのだ…………」

 

 

 そういってチラ、チラとこちらを伺ってくる。

 

 

「私はこれでも料理の心得があってな、ご満足頂けるように保障しよう。」

 

 

「なるほど!そういうことならば!」

 

 

そう言うと辺りを探ってから猛然と協会のカウンターに行き、しばらくするとまた猛然と戻ってきて耳打ちして私の手に紙を握らした。

 

 

「一応、家宝である。余所にもらさんでくれよ。」

 

 

「当然だ。秘匿することの重大さは人一倍知っている。」

 

 

「うむ、確かに。私の家はここから、タンスクのあるほうにしばらく行ったところにある。よしなにな。」

 

 

「ああ、必ず向かおう。」

 

 

ポタペンコ男爵は優雅な姿で帰っていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

支部を出て素晴らしい出会いと取引だったと余韻に浸っているとイライダに聞かれた。

 

 

「まさか本当にトラモラ草をもってるとはね。で、何をぶんどったんだい?あんななりでも青い血の持ち主だ、よもや手玉にとったわけでもないだろ。」

 

 

「私がもらった物か?それは自律"魔法"だ。」

 

 

そう、自律"魔法"。私はこの世界の魔法をその性質より魔術と称してきたが、自律魔法は違う。

 

前提として、精霊魔法が精霊の力でもって世界に『干渉』するものであるのに対して、自律魔法は自身の力で世界を一時的に『誤魔化す』ものであると言われている。

 

精霊魔法は魔力と意思さえきちんと伝えられればいくらでも高速化できるが、自律魔法では詠唱はほぼ必須であり、杖や指輪などの装備も必要である。

魔力効率も同じ事をするために精霊魔法のおよそ百倍の魔力を自律魔法は必要とするため、魔法を使う者の魔力の多寡がその能力の差となって現れることも多い。

また、精霊魔法は基本的には習得しやすく、適性の差はあれど万人が用いることができるが、自律魔法は儀式や装備に非常に金銭がかかり習得にも時間がかかるため限られた人間にしか使えない。

そして、精霊魔法が水そのものを呼び出して使えることに対して、自律魔法が生み出した『水の矢』などは使用後に消失してしまう。水が先か、水精が先か。という議論もあるが、実際の物質を扱えるというのは色々な方面で有用である。

 

このように、あらゆる点で精霊魔法のほうが優位にたつが、それでも精霊魔法は魔術の域を越えることはない。なぜなら、精霊魔法は"人間が出来ることしかできない"からだ。精霊魔法とは所詮、精霊が理解できる範囲のことしかできないのだ。

 

しかし、自律魔法は違う。

自律魔法は世界を『誤魔化す』という性質上、"世界の法則を一時的に無視することができる"。つまりは、人ができない結果をもたらす可能性があるのだ。一例を挙げると、勇者召喚、その性質は第二魔法に連なる物だと解釈できる。

こんな荒業が一般的に広まっているのだ。この世界に抑止力がないいい証拠だろう。世界を『誤魔化す』なんて小規模固有結界と考えられる。抑止力が黙っている訳がない。

 

少し話題が逸れたが、つまりは異世界魔法において真の意味で魔法たり得るのは自律魔法だけということだ。

 

そのような素晴らしい物をもらってしまったのだ。魔術師の誇りにかけて最大限の対価を支払うべきだろう。料理に手を抜けるはずもない。全身全霊を懸けて調理にあたろう。

 

 

 

「くくくっ、よ、よかったのかい?」

 

 

イライダが楽しげに聞いてくる。

私はそれに上機嫌に答える。

 

 

「ああ、最高の取引だった!すまないが、急用ができた。一緒に依頼に行く約束を守れず申し訳ないが私は帰らせてもらう。またな。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「あれ?用務員さん、今日は早いですね?」

 

 

洞窟でアカリが不思議そうに尋ねてくる。

 

 

「ああ、素晴らしい物を手に入れたのでね…………そうだ、アカリにこれをあげよう。」

 

 

「針金、ですか…………?」

 

 

「ふふ、ただの針金じゃないよ。後で使い方を教えるから大事に持っていなさい。私はしばらく研究室にこもる。」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

翌々日、私はイライダと共にハンター協会に来ていた。

 

 

「すまんな。長く待たせてしまった。」

 

 

「いいさ、アタシにもやることはあったからさ…………あれは、中央政府の調査官か?そうするとあの話か。」

 

 

「あの話とは?」

 

 

「ん、ああ、連合王国の勇者が白幻討伐で功を焦り、手柄を独占するために地元のハンターを陥れた。その勇者自身も罠に使った大棘地蜘蛛(アトラバシク)に襲われて行方不明の生死不明だとな。なんだ、少し前にあれだけ話題になったのに知らないのか。」

 

 

ふむ、よく作られた話だ。そうか、そうか、そういうことにしてあるのか、なるほどなるほど…………

 

 

「私は山に住んでいるのでな。世俗には疎いのだ。」

 

 

「……山って、アンタ。」

 

 

「あまり聞いてくれるな。それよりも、話の詳細さに比べて調査官の派遣に時間がかかったようだが?」

 

 

「あれは最近できた中央政府の広域調査官さ。ドルガン議会の調査官じゃないから、多少は遅くなる。まあ、それにしても随分と遅い気もするが。……この話の黒い噂もあながちバカにしたもんじゃないかもな」

 

 

「黒い噂とは穏やかじゃないな。」

 

 

「アンタも普段から情報拾うようにしときな。ハンターには必要なことさ。まあ、黒い噂っていってもはっきりとしちゃいないんだが、中央政府とドルガン議会に嵌められたのは勇者じゃないかってな。まあ、負けた狼に餌づけする物好きな連中の話さ。」

 

 

「なるほど、確かに真っ黒だ。」

 

 

そんなことを話しながら掲示板に向かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「…………ないな。」

 

 

「見事にないねえ。十つ星ルテレラの依頼が、トラボック狩りしかないとかどうなってる?」

 

 

私とイライダは受付に確認しに行く。

 

 

「そのことですか。イライダさんは到着して間もないのでわからないのも当然ですが、この村は辺境でして、トラボック狩り以外、十つ星(ルテレラ)に該当する依頼がほとんどないのです。」

 

 

イライダは表情から感情を消して職員に問う。

 

 

「それならこの村に住んでる新人はどうするんだい?」

 

 

「知り合いや縁者のパーティに混じって星を上げていきます。」

 

 

「つまり、クラウド一人なら受けられる依頼はないと?」

 

 

「そうなりますね。どうしてもパーティを組む相手がいないなら、余所へいくことをオススメします。ここは確かに辺境ですが、辺境ゆえに実力が欠かせません。協調性のない足手まといは他のハンターを害してしまいますから。」

 

 

「協調性のない足手まといか。なるほど、私をよく表している。」

 

 

私がそう笑っているとイライダが何気なく言う。

 

 

「わかった。そういうことならアタシがクラウドとパーティを組もう。」

 

 

「い、イライダさんがですか?」

 

 

「アタシではダメか?まあ、星が上がるまでのことだがな。」

 

 

「そ、そういうことは。」

 

 

「協会規則に違反するのかい?」

 

 

「……いえ、問題ありま…………」

 

 

「『蜂撃』ことイライダ・バーギンとお見受けする。少しよろしいかな?」

 

 

気取った様子でザウルが職員を遮った。相変わらず優雅さの欠片もないヤツだ。ポタペンコ男爵を見習いたまえ。

 

 

「おれはザウル・ドミトリー・ブラゴイ、四つ星ガボドラッツェ、この辺りの筆頭パーティである『巨狼(ギガーヴォ)』のリーダーをしている。」

 

 

返事も聞かずに馴れ馴れしく自己紹介するザウルにイライダは顔をしかめた。

巨狼か、蜘蛛に蹴散らされる程度のパーティーだと言うのに名前負けもいいところだ。

 

 

「その仇名はあまり好きじゃないんだが。で、なんのようだ。」

 

 

気のないイライダの返事にザウルは頬をヒクつかせる。

 

 

「いやなに、三つ星(セルロビ)になるための『巡国の義務』中だと聞いてな。早く終えるにはでかい依頼をこなすのが一番だ。一つ、おれ達と大棘地蜘蛛(アトラバシク)を狩りにいかないか?」

 

 

「アタシの記憶に間違いがなければ、それは三つ星(セルロビ)の依頼だったはずだが?」

 

 

「なに、塩漬け依頼扱いにしちまえばいいのさ。この協会には融通が利く。」

 

 

ザウルはこちらをチラリと見て薄ら笑いを浮かべる。

やっていることが自分を貶めていることにまだ気付いていないらしい。貴族教育は受けなかったのだろうか?

 

 

「他を当たれ。今は先導者をやってる最中だ。」

 

 

イライダは興味なさそうに答える。

 

 

その後もなにやら言い合って、

 

「チッ、勝手にしろ。『女王蜂』と流民でちょうどいいだろうさ。……どけっ!」

 

 

頑ななイライダにザウルが捨て台詞を吐いて出ていった。当のイライダは何事もなかったかのように職員に向き直って手続きをする。

 

 

「じゃあ、登録してくれ。」

 

 

「小物とはいえ辺境の権力者に逆らうとは、動き難くなるぞ。」

 

 

「関係ないね。先導者の務めを怠っては先達に、ご先祖に申し訳が立たない。」

 

 

「ハハハ、そうか!君はあのエセ貴族よりよほど高潔で誇り高いらしい!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「御機嫌が悪そうですな、ザウル様。ふむ、ではこのような依頼はどうですかな?」

 

 

ザウルを見ていた支部長がニヤリと笑って何かを手配した。

 

 

 




支部長、今すぐそれやめて逃げて!今ならまだ目をつけられてないから!

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