IS学園の入学試験における実技試験にて、イヴの相手はかつての自分の姉、織斑千冬が担当した。
本来、彼女は実技試験の担当でないが、何らかの思惑があり、急遽実技試験を担当すると言いだし、イヴの相手をする事になった。
織斑一夏時代、散々罵倒されトラウマを植え付けられたイヴにとって織斑千冬は天敵とも言える存在であった。
案の定、イヴは千冬を前に委縮してしまい本来の実力を出せず、防戦一方の展開となった。
彼女の一撃を受け、止めをさされそうになったその時、イヴの中に眠るもう一人のイヴが主人格のイヴを押し退けて前に出てきた。
それは、タッカーの研究成果と織斑一夏の負の感情が誕生させた殺戮の銀翼だった。
しかも、タッカーの呪縛から放たれており、己の判断で殺戮を行う暗殺者、史上最強の生物兵器‥‥。
その史上最強の生物兵器の前に世界最強のブリュンヒルデとは言え、歯が立たず、試合どころか生死に関わるレベルまで追い詰められた。
殺戮の銀翼自身、試験の事など、何の興味もなく、あるのは織斑千冬の命のみ。
あわや学園の入学試験で殺人事件が起きる一歩手前で生徒会長の更識楯無が介入し、イヴは何とか自我を取り戻す。
自我を取り戻したイヴはそのまま気を失い倒れてしまった。
倒れてしまったイヴを楯無は寮の自分の部屋へと運び介保する。
尚、その際、イヴは楯無の従者であり、本音の姉、布仏虚にフラグを立てた模様。
楯無と虚の二人が見守っている中、
「うっ‥‥う~ん‥‥」
イヴがようやく目を覚ました。
「イヴちゃん?」
楯無が恐る恐るイヴに声をかける。
「‥‥たっちゃん?」
寝ぼけ眼で楯無の愛称を呼ぶ。
(たっちゃん?)
虚は一受験生が楯無の事を親しそうに呼んでいる事に疑問を感じた。
「たっちゃん‥私‥‥私の中に‥‥もう一人の私が‥‥」
おびえるような声で楯無に自分の中に凶暴な獣が存在していたことを初めて知ったイヴ。
(やっぱり、イヴちゃんも気づいちゃったか‥‥)
「大丈夫、大丈夫だから‥イヴちゃんはちゃんと元に戻ったから、もう何の心配もないから‥‥」
自分の中に存在する凶暴な獣の存在に怯えるイヴに楯無は彼女を優しく抱きかかえ、もう何の心配はないと安心させる。
(お嬢様とこの子、やっぱり普通の関係じゃなさそうですね‥あんな顔のお嬢様、初めて見ました)
夜泣きした赤ん坊をあやしつけるような母性に満ちあふれる楯無の姿を見て、虚は自分の知る主が無関係の人間にこのような行動をとるなんて考えられず、やはり、この子と楯無は何か関係があるとしか思えなかった。
(それにしても‥‥)
楯無はイヴを慰める為、彼女を抱きしめ、髪を撫でている。
(羨ましい!!羨ましいですお嬢様!!私もやりたいです!!と言うか、其処を代わって下さい!!)
そんな楯無を羨んでいる虚であった。
やがて、イヴが落ち着きを取り戻して、ゆっくりと楯無から離れた。
その際、楯無はなんだか残念そうだった。
でも、いつまでも抱き付いている訳にはいかない。
「たっちゃん、実技試験の方は‥‥」
「まぁ、結果から見れば、イヴちゃんの勝ちじゃないかな?‥やり過ぎだったけど‥‥」
「ううん‥‥あの実技試験は‥私の負け‥だよ」
「えっ?」
「アレは私の力じゃない‥私の中に居るもう一人の私の力‥‥私はあの人を前に逃げる事で精一杯だった‥だから、私の負け‥あの人にはそう伝えておいて」
「えっ、ええ、分かったわ」
(私の中に居るもう一人の私?何の事でしょうか?)
イヴと千冬の実技試験を見ていない虚はイヴの言葉の意味が分からない。
やがてイヴはベッドを降りると突如、着替えを始める。
「ちょっ、イヴちゃん!?」
同性とは言え、まだ部屋の中には自分と虚がいる。
それでもイヴはお構いなしに虚が着せてくれた楯無の寝間着からISスーツを纏う。
着替えは此処には無いので仕方がない。
まさか、寝間着のまま校舎に戻る訳にはいかないので‥‥
「それじゃあ、失礼します」
楯無と虚に一礼してイヴは戻って行った。
(私の存在スルーされたっ!?)
自分のことに関して触れられなかった虚はショックを受けていたが、今のイヴにはそんな余裕はなかった。
「お嬢様」
「何?虚ちゃん」
イヴが戻った後、部屋の中に取り残された楯無と虚。
そんな中、イヴにスルーされた虚がショックから立ち直り楯無に声をかける。
「あの方とはどういった関係なのでしょうか?」
虚が楯無にイヴのとの関係を尋ねてきた。
「IS学園を受験してきた受験生とその受験先の生徒会長‥‥そんな関係よ」
「あくまで、あの方との関係はおっしゃりたくない‥と言う事ですか?」
「‥‥」
「お嬢様の我儘や気まぐれは昔からですが、ロシアでの仕事の一件、そしてロシアからお戻りになられてからの離れでの一件、そして一年生でありながら、生徒会選挙への参戦‥‥家の者や前御当主であるお嬢様の御父上様も不審がられています。このままでは、親類にもお嬢様を排斥しようと言う輩も出てきます。そうなれば、お嬢様の御身の他に簪お嬢様にも危害が及ぶ可能性も‥‥」
「‥‥」
虚の警告めいた言葉の意味は楯無もちゃんと理解できていた。
ロシアでの任務の失敗は確かに更識一族の親類からバッシングを受け、更識の信用を著しく傷つける事になった。
親類の中からは確かに自分にとって代わって更識家の当主になろうとする輩が居てもおかしくはない。
そうなれば、簪の生命も確かに危険が及ぶ可能性もある。
だが‥‥
「‥時が来たらちゃんと話すわ」
虚の言っていることは楯無だってちゃんと理解している。
だが、今はまだ、イヴの事を話す時期ではない。
簪との関係修復もあり、イヴの件もあり、それに生徒会の仕事、楯無には課題が山積みであるが、まずやるべきことは‥‥
(まずは、あの五月蝿いブリュンヒルデ様を黙らせる事かしら?)
出身が元議員の上流階級の家柄故か千冬はああ見えてプライドが高い所がある。
更に第一回、第二回モンド・グロッソの覇者でブリュンヒルデの称号を貰い世界最強と周囲からちやほやされた事も一因である。
本人は世界最強、ブリュンヒルデと言われる度にうざったそうにしていたが、その内面、かなり嬉しかったのは間違いない。
その世界最強が入学試験を受験しに来た受験生にボコボコにされた。
この事実はきっと彼女のプライドを大きく傷つけただろう。
イヴ(殺戮の銀翼)にあそこまで無様に敗北したとなると職員会議を開いてそこで騒いでイヴの入学を取り消そうと躍起になる筈だ。
楯無の予想通り、入学試験が終わったこの日、千冬は緊急の職員会議を招集した。
生徒会長であり、職員会議への出席権、発言権、賛成、反対権を持つ楯無もその職員会議に参加した。
会議室に入って来た楯無を千冬は忌々しそうに睨みつけたが、楯無は何処吹く風で席へと着席する。
「では、これより緊急職員会議を始めます」
会議室の上座でIS学園の理事長、轡木十蔵が会議の開会を宣言する。
轡木十蔵‥普段はIS学園の用務員で、柔和な人柄と親しみやすさから「学園内の良心」といわれている壮年の男性であるが、その正体はIS学園の理事長。
ただ、世間が女尊男卑の世の中、その象徴ともいえるISの養成機関の長が男というのは世間の女尊男卑に染まっている者や女性権利団体が許すはずもなく、表向きはIS学園の用務員として過ごし、表の理事長には彼の妻の名前で通っている。
しかし、学園の運営に関する緊急性が高い事案に関してはこうして本来の職務に復帰して指揮をとっている。
そして、今回は入学試験に関係する事案として彼の采配が必要だということで用務員から理事長という立場でこの会議に参加した。
「今回、入学試験で何かトラブルが起きたと聞きましたが?」
「はい、理事長」
千冬が席を立ち、今回の入学試験で起きたトラブルの経緯を皆に説明する。
「‥‥以上の事を持ちまして、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスの当学園への入学は極めて危険であり、不合格にすべきです!!」
楯無の予想通り、千冬はイヴを不合格にすべきだと主張した。
「異議あり」
そんな千冬に楯無は当然異議をとなえる。
「IS学園の入学試験において担当教官に勝利して不合格なんて聞いたことありませんが?」
「問題はそこではない、奴は私を殺そうとしたのだぞ!!この私を!!そもそも奴は筆記試験でもギリギリの成績だろうが!!」
「織斑先生こそ、受験生の首にワイヤーを引っ掛けるなんて、少し間違えれば受験生を窒息死させようとしていたではないですか。それにISには絶対防御があり、操縦者の生命には危険は生じないと、私は先生の授業で習いましたけど?‥‥先生は私達生徒に嘘の情報を教えていたんですか?」
楯無自身、ISの絶対防御なんてイヴの前では何の役にも立たない事は体験済みであるが、此処は敢えて知らないふりをした。
ISの絶対防御が通じない。
それは安全神話のISの存在を根底から覆す事である。
だが、体験者以外では分からない事実なので、口で言ったところで信じてもらえるか微妙な所である。
故に千冬も強くは主張できなかった。
「くっ‥‥」
「それに彼女、筆記試験ではイギリスの代表候補生と同じく全教科満点の成績をたたき出していますけど?」
「なっ!?そんなバカな!?」
千冬が慌てて今日行われ、採点が済んだイヴの筆記試験のコピーを見ると確かに全てが満点の結果となっていた。
「こ、この筆記試験もきっと何か不正を‥‥」
「見苦しいですよ、織斑先生」
楯無は勝ち誇ったような顔をして千冬を諌める。
「IS学園の採点は全てコンピューターが採点をするので採点ミスなんてありませんし、彼女は教卓の目の前の席で受験をしていたんですよ、もし、不正をしていたのであれば、教卓の前にいた先生は一体何をしていたのでしょう?居眠りでもしていたんですか?それとも彼女に買収でもされましたか?」
「えっ?」
楯無の言葉により会議室の皆の視線はイヴが筆記試験を受けていた教室で監督していた教師へと向けられた。
此処でこの教師は一つの選択肢を突きつけられた。
もし、此処で千冬の言っていた通り、イヴは不正をしていたと言えば、自分は試験中に居眠りをしていたか彼女に買収されていたと思われ、責任を問われる。
千冬の言っている事は間違っていると言えば、千冬からの信頼を失う。だが、自分はこのままこの学園で教員を続けられる。
この教師がとった選択は‥‥
「か、彼女は‥‥不正なんてしていません」
千冬の意見を否定する方を選んだ。
千冬からの信頼を失うのは嫌であるが、千冬の意見に賛同どうすれば、自分は責任を問われ、学園を解雇される可能性がある。
マスコミに知られればある事ない事を書き叩かれるかもしれない。
この教師はそれを恐れたのだ。
それに千冬の意見に賛同しても恐らく彼女は自分を助けてはくれないだろうから‥‥。
故にこの教師は自らの保身を選んだのだ。
「なっ!?」
監督をしていた教師が千冬の意見を否定した事で千冬の立場はどんどん追い込まれて行く。
彼女の行為はただの見苦しいだけの言いがかりとなった。
「筆記試験の成績、そしてIS技術、共に問題はない筈です。それに彼女、あの実技試験は織斑先生の勝ちで良いと言っていましたよ」
楯無は千冬にイヴから預かっていた伝言をつたえる。
「くっ‥‥」
千冬は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。
自分はあの受験生に勝ちを譲られたのだ。
この事実は彼女のプライドを著しく傷つけた。
「私はむしろ、彼女を野放しにした方が危険だと思いますが?」
楯無は例えと言葉は汚いかもしれないが、イヴを学園に入れるために学園の教師達に理解を求めた。
「筆記試験は全て満点、ISの技術もブリュンヒルデと互角の腕前で専用機持ち、しかもその専用機の性能は各国最新鋭のIS技術を搭載していました‥‥ですよね?山田先生?」
楯無は『互角』の部分を強調して言うと、千冬は顔をしかめる。
「えっ!?」
突然会話をふられてキョドる山田先生。
しかし、楯無からの質問にはちゃんと答えた。
「は、はい。あの子のISには中国、イギリス、ドイツ、三国の最新鋭技術が全て導入されていました」
山田先生の言葉に会議室の教員たちはざわつく。
ISの技術は各国が独自で行っているモノで三国の技術を合わせ持ったISなど今まで聞いたことがない。
「その最新型のISがテロリストの手に渡れば、世界各国で大混乱がおきます。この学園も襲撃の対象になるかもしれません」
イヴの手からリンドヴルムを奪える者などいないだろうが、楯無は話をオーバーにする。
「ここ最近、各国では開発したばかりの最新鋭のIS強奪事件が多発しています。あの子のISもこの先、狙われる可能性は十分あります。学園の外に居ればその可能性は十分増します」
「更識君、つまり君はあの子をこのIS学園で保護しようと言う事かね?」
理事長は楯無が言いたい事を先に言って彼女に尋ねる。
「その通りです。理事長」
「だが、アイツが学園に入れば、テロリストが奴のISを狙って学園を襲撃して来る可能性もあるのではないか?」
千冬は反対論を唱える。
「ですが、学園の外よりは安全な筈です。私も全力で彼女を守る所存ですし、なにより、世界最強のブリュンヒルデ様がこの学園にいるのですから、テロリストもそう簡単にはこの学園に襲撃を仕掛けるなんて大それたことはしないと思いますが?その点はどうお考えですか?織斑先生」
「小娘が‥‥」
千冬は苦虫を嚙み潰したように顔を歪ませた。
確かに楯無の言う通り、千冬の存在だけでも学園にとって御守りの様な感じとなっている。
織斑千冬、ブリュンヒルデと言うネームバリューはそれだけでもテロリストや工作員にとって脅威となっている。
「理事長、これまでの話を判断し、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスのIS学園の合否を決めていただけますか?」
他の受験生の合否はまだ決まっていないが、今回問題に上がった事により楯無は理事長にイヴの合否をこの場で判断を仰いだ。
「‥‥」
理事長は目を閉じ、腕を組んで考える。
会議室に居る皆は、固唾を飲んで理事長の判断を待つ。
そして、理事長が目を開け、
「受験生、イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインスのIS学園の入学を‥‥」
理事長の一句一句がとても長く感じられる。
「許可します」
理事長はイヴのIS学園の入学を許可した。
(よっしゃあ!)
この発言を聞いて楯無は心の中で思わずガッツポーズをした。
その反対に千冬は物凄く悔しそうな顔をしたが、
「理事長、ならば彼女のISは学園側で管理した方がよいのではないでしょうか?」
イヴの入学はもう止められないので、千冬はならば彼女の専用機、リンドヴルムを没収しようと言う策に出た。
だが、これも楯無の考えの内であった。
「織斑先生、その場合、所有者である彼女とリンドヴルムの製作者の許可が必要だと思います」
(くっ、またコイツか)
千冬の意見にまたもや楯無が異議を唱える。
「それにIS学園特記事項がある限り、学園側が彼女の専用機には手を出すのは無理だと思いますが?」
楯無はこの学園の校則を持ち出して来た。
彼女の言うIS学園特記事項は全55項存在し、その中の第21項には、
『本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。』
と記されていた。
「学園に入れば専用機の所有権は国や企業から個人へと移ります。その個人が専用機の変更を申し出るか、学園側が管理するのをその所有者が許可を出さない限り、IS学園側も個人の専用機を没収するのは不可能と言う事です」
つまり、イヴからリンドヴルムを没収するにはイヴ本人の許可がなければ、学園側はリンドヴルムを没収できない。
あのイヴが友達から貰ったリンドヴルムをそう簡単に手放すとは思えない。
千冬の策は全て失敗した。
何はともあれ、イヴは無事にIS学園への切符を手に入れた。
職員会議が終わり、皆が会議室を出て行く中、千冬は楯無に、
「小娘が、あまりいい気になるなよ」
と、ドスを利かせた声で警告する。
「へぇ~世界最強の器は随分と小さいモノなのですね」
楯無も千冬に挑発をする。
両者の目からは火花が散っている様だった。
IS学園の入学試験から数日後、世界に衝撃的なニュースが駆け巡った。
『次のニュースです。なんと日本で世界初、ISを起動させた男子が発見されました。起動の原因は未だに不明ですが、日本政府は事態を重く見て、ISを起動させた男子、織斑百秋君を‥‥』
『先日、ISを起動させた織斑百秋君はあの第一回、第二回モンド・グロッソ連覇の偉業を達成させたあの織斑千冬さんの弟さんで‥‥』
世界中に走ったこの衝撃的なニュースはやがて、イヴ、そして簪に多大な迷惑をかける序章となる事を本人達はまだ知る由もなかった。