此処で時系列は少し過去へと遡る。
百秋がイヴに夜這いを仕掛けに行った後、シャルルは自室のノートパソコンを使って宿題のレポートをやっていると、メールの受信を知らせる文章が表示された。
「‥‥」
その表示を見てシャルルの顔色に影がさす。
そしてシャルルがメールボックスを開くと其処には、
『定時報告』
と書かれたメールがあった。
シャルルがそのメールを開くと内容は、『世界初の男性操縦者、織斑百秋のISデータの採取はまだか?』と言う催促の内容が書かれていた。
シャルルは『現在、怪しまれぬように信頼関係を構築中』と書いて返信した。
イヴへの夜這いが楯無の出現によって邪魔された百秋は寮の部屋へと戻っている最中、
(くそっ、なんでバレた?まさか、千冬姉が生徒会長を呼んだのか?いや、そんな訳がない。だったら誰が‥‥)
百秋には一体誰が千冬以外の人物が今日、自分がイヴの居る集中治療室へ行く事を知っていたのかが気になった。
だが、彼は知る筈もなかった。
本音が密かに自分と姉の千冬、箒を監視している事を‥‥
翌日の放課後。
副官のクラリッサから眠れる美女を起こすにはキスしかないと言われたラウラは自室にて集中治療室で眠っていたイヴについて考えていた。
以前、アリーナで対峙した時イヴは血に飢えた獣のような印象を受けた。
しかし、楯無の話ではそれは彼女の大事な親友を自分が傷つけたからであり、普段は普通の女子高生と変わりないと言う。
それに自分の愛機、シュヴァルツェア・レーゲンのISコアを彼女が守ってくれたことにより短時間でシュヴァルツェア・レーゲンを復活させることが出来た。
そして眠っているイヴの姿をシャルルと共に見たがあの眠る姿はとても美しく儚く見えた。
同性ながらもラウラは思わず手に入れたいと言う衝動にかられた。
それにあの強さ‥かなりの戦力になるのではないだろうか?
そして、彼女を手に入れるにはキスをすればいいと副官は言う。
ちょっと恥ずかしいが彼女を手に入れられるのであれば、同性とのキスの一つや二つどうと言う事はない。
だが問題なのは、自分は彼女の友人を傷つけ、更には彼女自身も傷つけてしまった。
そんな自分を彼女は許してくれるだろうか?
それがラウラの悩みでもあった。
しかし、謝罪するにしてもまずは彼女を起こさなければならない。
それにはやはりキス!!
だが、これまでの人生においてキスなんて経験がないラウラはクラリッサからの言葉だけではヴィジョンが浮かばず、もう一度クラリッサに電話を入れると、キスの練習の為、なにかお薦めの映像は無いかと尋ねた。
すると、クラリッサは自分が好きな日本アニメをラウラに紹介した。
IS学園は半ば閉鎖的な学園でもあるので、そこに在籍する生徒の為にある程度の娯楽もちゃんと用意されており、ラウラはアニメディスクが貸し出されている視聴覚室へと向かった。
そこでラウラは、
「むっ?」
「あっ‥‥」
生徒会長そっくりの女子生徒と出会った。
一瞬生徒会長かと思ったがよく見ると生徒会長である楯無とは若干違う箇所がある。
よく見るとその生徒はタッグトーナメントにてイヴの相方を務めた女子生徒だった。
一方、ラウラと鉢合わせした簪は何故此処にラウラが居るのか不思議に思った。
クラスは異なるが見るからにお堅い軍人にしか見えないラウラが歴史映像や戦争映画の棚ならともかくアニメのディスクがある棚の所に来たのだ。
不思議に思っても不自然ではない。
だが、それ以前に簪はラウラの事をやや敵視していた。
彼女のVTシステムが発動しなければイヴは意識不明にならずに済んだのに‥‥
それに彼女は鈴も傷つけた。
好印象を抱けと言うのには無理がある。
ラウラも簪に対して色々迷惑をかけたのだと自覚はある様で、簪に対して深々と頭を下げて謝罪した。
勿論、謝って済む問題でない事ぐらい分かっている。
でも、何もせずにはいられなかったのだ。
ラウラからの謝罪を一応受けた簪は何故ラウラが此処に居るのかを聞いてみた。
すると、ラウラは一枚の紙を差し出した。
その紙にはアニメのタイトルが書かれていた。
ラウラ曰くドイツに居る部下がある事の参考になると言ってくれたアニメらしい。
簪はその部下の人とは何となくだが仲良くできる様な気がした。
ただラウラの言う「ある事」については気になったが、タイトルを見ると全て恋愛系のアニメで血生臭い戦闘アニメではないので、それがますます不思議に思える。
(まさか、この人あの織斑百秋かシャルル・デュノアに恋でもしたのかな?)
この学園に居る男と言えば用務員(理事長)の轡木十蔵。
織斑先生の弟であり、世界初の男性操縦者でもある織斑百秋。
そして、最近になって見つかったとされるフランス代表候補生のシャルル・デュノアの三人だ。
まさかラウラが父親か祖父ぐらいに年の離れた用務員(理事長)に恋をしたなんて考えにくい。
しかも彼は既婚者であり、IS学園の生徒と浮気なんて事がバレたら社会的に抹殺される。
そう考えると百秋かシャルルのどちらかに恋愛感情を抱いたと言えば普通に見える。
そしてラウラはこの紙に書かれているアニメを探している最中だと言う。
先程ラウラは自分に謝ってくれたしアニメ好きに悪い奴は居ない筈だ。
そう思った簪はラウラが探していたアニメを探してあげた。
「すまない。世話になった」
「ううん。別にいいよ‥その‥‥頑張ってね?」
「ん?あ、ああ‥ありがとう」
ラウラが最初、簪の言う「頑張ってね」の言葉の意味が理解できなかったが、思い返してみて簪はきっと自分がイヴを目覚めさせることが出来るように激励してくれたのだと思い彼女に礼を言った。
視聴覚室からアニメディスクを借りてきたラウラは早速部屋でそれらのアニメを視聴した。
「むっ?こ、これは‥‥」
今までの軍隊生活において愛だの恋愛だのとは無縁の世界に居り、ラウラ自身もこれまでは愛だの恋愛だのとほざいている輩は軟弱者だと思っていたのだが、こうして恋愛アニメを初めて見てみると、それもなかなか良いモノだと思えてきた。
「こ、これは相手の口の中に舌を入れているのか?」
ディープキスのシーンをジッと見るラウラ。
「やはり、恋愛と言うモノは激しいモノだ‥‥そうするとやはりキスも激しいモノでは無ければならないのか?」
うーんと考え込むラウラ。
そして大量の恋愛アニメを一晩で消化したラウラは翌日、目に隈を作り、普段の彼女らしからぬミスを連発した。
まず最初に朝食を食べ損ねた挙句にHRに遅刻して千冬から出席簿アタックを食らい、次に寝不足がたたったのか授業中に居眠りをしてやはり千冬から出席簿アタックを食らった。
クラスメイト達もラウラの行動を見て、
「ボーデヴィッヒさんどうしたんだろう?」
「まだ体調不良なんじゃない?」
という声も上がっていた。
そんな中、ラウラは休み時間に千冬に集中治療室への入室許可を求めた。
「なんだ?お前もか?」
「『も』?私の他にもいたのですか?」
「百秋が昨日、入室許可が欲しいと言ってきた」
「教官の弟が!?」
(まさか、アイツも彼女の唇を狙っているのか?)
(いや、それ以前にあの夢で奴はあんな悍ましい事をしていた‥‥もし、現実に奴も同じことをしていたとしたら‥‥あの人の貞操が危ない!!)
ラウラは百秋もイヴの唇‥すなわちキスをして起こそうとしているかと思ったが、彼が画策したのはラウラが思っている事と同じだったが、ラウラは彼の陰謀が楯無の出現で未遂になった事を知らない。
もし、ラウラが百秋の行動を知ったら、八つ裂きにしていただろう。
(お、おちつけ‥だが、彼女は未だに眠ったままだ‥とすると、奴はまだ彼女の唇を奪っていない可能性もあるな‥グズグズはしてられん!!)
「お願いします教官!!」
ラウラは千冬に頭を下げて入室許可を出してくれと頼む。
「お前はアインスに何の用がある?」
「今回の事は私が引き金とも言えます‥‥たとえ眠ったままでも彼女に直接謝罪をいれたくて‥‥」
「ふむ、随分と殊勝な心掛けだな‥よかろう」
「ありがとうございます!!」
こうしてラウラは集中治療室への入室許可を得た。
そして、放課後‥‥
鈴と本音、簪の三人は再び集中治療室で眠っているイヴの見舞いへと訪れた。
その最中、
「あれ?あの人‥‥」
「ラウラ・ボーデヴィッヒじゃない」
「‥‥」
簪達の前をラウラが歩いている姿を見つけた。
すると、ラウラは集中治療室の中へと入って行く。
「アイツ、まさか!?」
「イヴイヴに何かをする気じゃあ‥‥」
「きっとそうよ!!アイツ、以前イヴにボコボコニされた事を根に持っているんだわ!!それで眠って動けないイヴをボコボコにする気なのよ!!そうに違いないわ!!」
「イヴイヴが危ない!!」
「で、でも医務の先生もいるし、それは無いんじゃないかな?」
ラウラがイヴに何か危害を加える気なのだと思っている本音と鈴。
しかし、簪は医務の先生もいるのだからそれは無いだろうと言うが、
「医務の先生を気絶させた後やるかもしれないじゃない」
「そうだよかんちゃん!!」
(いや、流石に医務の先生を襲ってその後イヴを襲ったりしたら退学になるんじゃないかな?)
やはり、ラウラに事を信用していない二人は集中治療室へと急ぐ。
簪は少々呆れながらも二人の後を追う。
取り越し苦労で終わるのだから急いでも無駄なエネルギーの消費にしかならない。
「こ、コラ!!此処は許可が無いと入れないのよ!!」
医務の先生を押しのけて集中治療室の中へと入る本音と鈴。
「すみません。あとでちゃんと許可申請をしますので‥‥」
「更識さんまで!?」
簪はあとの姉に事後処理を押し付けて二人の後を追う。
すると三人が目にしたのはイヴに襲いかかろうとしているラウラの姿ではなく、眠っているイヴにキスをしようとしているラウラの姿だった。
「あ、アンタ!!何しているのよ!?」
その光景を見て鈴が思わずラウラに叫ぶ。
「何ってキスに決まっているだろう?見て分からんのか?」
一旦キスの体勢を解いたラウラが鈴たちに平然と自分が何をやろうとしたのかを説明する。
「き、キスってアンタ、何考えているのよ!?」
ラウラの行動が理解できない鈴は尚も声を上げる。
「「うんうん」」
簪と本音も鈴同様、ラウラの行動が理解できなかったのか二人して頷く。
ただ、三人共恥ずかしいのかほんのりと顔を赤く染めている。
「知らないのか?愚か者め、昔から眠れる美女を起こすにはキスだろ?‥‥と、副官が言っていたぞ」
「その副官クビにしなさいよ」
鈴がラウラに間違った知識を植え付けた副官(クラリッサ)を更迭しろと言う。
((私もその方が良いと思う))
口には出さないが本音と簪も鈴と同意見だった。
「キスの方法ならば問題ない!!昨日、アニメを借りてそれら全てを見て勉強済みだ!!」
「いや、そうじゃなくて‥‥」
(ボーデヴィッヒさん、だから昨日あんなに沢山のアニメを‥‥で、でもキス‥イヴにキス‥‥い、いいかも‥‥)
ラウラの行動は理解できないが、それでも眠れるイヴにキスをすると言うシチュエーションはアリだなと思う簪。
鈴とラウラの二人が言い合っている隙に簪はイヴに近づき、彼女の唇に自らの唇を近づける。
しかし‥‥
「待てぇぇい!!」
簪の行動は直ぐに見つかった。
「簪、アンタも何やっているのよ!?」
「貴様、抜け駆けは許さんぞ!!」
「いえ、私は決してそのつもりではなく、状況を鑑みるに何やら硬直状態が長くなりそうなため、一つの打開案としてやや強硬な姿勢をとってみてはどうかな?と思ってみたものの自分の意思を人に押し付ける訳にもいかず、道徳的観点から‥‥」
「ながーい!!長いわりに理屈っぽい!!」
「かんちゃん‥たっちゃんみたいに見苦しいよ」
「ガハッ!!」
鈴よりも本音の一撃がグサッと来る簪。
その隙にラウラがイヴへと迫り‥‥
「んっ」
ラウラが眠っているイヴの唇に自らの唇を重ねる。
「「「あああぁぁぁぁ~!!」」」
ラウラの行動を見て思わず絶叫をする三人。
三人の絶叫など何処吹く風でラウラはその後も行為をエスカレートしていく。
(確か舌を‥‥)
「んっ‥‥んっ‥‥」
ラウラは唇を重ねるだけでなく、舌でイヴの口をこじ開けて彼女の口中を自らの舌で蹂躙する。
集中治療室にピチャピチャと卑猥な水音が辺りに小さいながらも響く。
「「「あわわわわわ‥‥」」」
ラウラのディープキスを見て三人は顔をトマトのように真っ赤にして見ている。
「何の騒ぎですか?」
其処へ、医務の先生が騒ぎを聞きつけて駆け付けた。
「なっ!?」
そして医務の先生もラウラの行動を見て言葉を失う。
「ぼ、ボーデヴィッヒさん!!貴女、何をしているんですか!?」
「むっ‥‥ちゅぅ~」
医務の先生の出現とやっとラウラもイヴの唇から自分の唇を離した。
「ぷはっ‥‥ハァ‥ハァ‥ハァ‥‥コレが‥‥キス‥‥」
キスを終えたラウラも顔を赤く染めて自らの唇を指で撫でる。
「ちょっと、ボーデヴィッヒさん!!」
医務の先生がもう一度声をかける。
「むっ?」
「貴女、アインスさんに何しているのよ!?」
「目覚めのキスだ」
「は?」
医務の先生もラウラの言動に言葉を失う。
意識不明の患者がキスごときで起きるものなら医者なんて必要がなくなる。
「兎に角、皆さんここから出て‥‥」
医務の先生が皆を此処から出る様に言いかけた時‥‥
「うっ‥‥ん?」
イヴが反応した。
「「「「えっ?」」」」
イヴの声に反応してその場にいる皆がイヴを見る。
すると、イヴは身をよじりゆっくり目を開け始めた。
「そ、そんなバカな‥‥」
医務の先生は信じられなかった。
たかがキスごときで意識不明だった患者が起きるなんて‥‥
それは簪、鈴、本音の三人も同じだった。
(そ、そんな‥ボーデヴィッヒさんのキスで‥‥)
(それなら私がやりたかった!!)
(鈴とボーデヴィッヒさんが邪魔しなければ私が‥‥)
簪はこの光景を見て物凄く悔しがった。
「うっ‥‥此処は‥‥?」
イヴは寝ぼけ眼で此処が何処なのかを尋ねる。
「此処はIS学園の集中治療室よ」
「集中‥‥治療‥室?」
医務の先生がイヴに此処が何処なのかを説明する。
「‥‥」
しかし、まだ起きたばかりのイヴは状況を理解できていない様子だ。
でも、無事に目が覚めた事によりもう集中治療室からは出ても問題はない様だ。
その日の内にイヴは集中治療室から普通の医務室へ移動となった。
イヴが目を覚ました事によりラウラは改めて彼女に謝罪と感謝をする為、ラウラはストレッチャーに乗せられて医務室へと向かうイヴに連れ添った。
そして医務室のベッドで横になったイヴに
「イヴ・ノイシュヴァンシュタイン・アインス」
「ん?」
「その‥‥すまなかった!!」
ラウラは深々と頭を下げてイヴに謝罪した。
「織斑百秋を釣る為とは言え、お前の友人を傷つけた事‥そして今回、お前自身に多大な迷惑をかけた‥‥私自身、そしてシュヴァルツェア・レーゲンを助けてくれた事に感謝する。ありがとう」
「‥‥」
「だが、何故私を助けた?私はお前の友人を傷つけたのに‥‥」
「鈴を傷つけた事は確かに許せないけど、あの時の決着をつけるためにどうしても貴女と戦いたかった‥‥ラウラ・ボーデヴィッヒと言う一人の人間と‥‥」
「‥‥」
「あの時‥黒いドロドロに飲まれるときの貴女もISも恐怖、不安、悲しみを宿していた‥‥だから私はどうしても貴女を助けたかった‥‥私と貴女の決闘をあんなモノに邪魔されたくはなかった」
「‥‥」
「今度は邪魔者なしで戦おう」
「あ、ああ。ただし私は負けるつもりはないぞ」
「私もだよ」
ラウラは口元を緩め憑き物がとれたような表情で医務室を出て行った。
イヴが目を覚ましたと言う知らせは楯無の下にも届いていた。
ただその目覚めた経緯も彼女の耳にも入っていた。
それを聞いた楯無は、
「よろしい‥ラウラちゃん‥‥戦争よ!!」
その足で楯無はイヴの居る医務室へと向かった。