徒歩で来るメリーさん   作:アッパーカット

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1にちめ メリーさんと電話。

 

 

 

 大学生の夏休みってやつは最高だ。

 二ヶ月ほども続く、自由に使える時間。部活で青春するも自由。サークルでだらけるも自由。友達と海に行くのも自由。もちろんバイトで恋愛のチャンスを探りつつ稼ぐのも自由だし、ビッグサイトであまりの人の多さにすごすご引き返すも自由、ひたすら環状線に乗って電車男を目指すのも自由、インドに行ってエキゾチックインドパワーを身につけるのも自由だ。

 夏の楽しみ方は人それぞれで、誰しもが思い思いの時間を過ごす。ただしここで注意しておかなくちゃならないのは、時間があるからといって何かをしなければならない義務があるわけじゃない、ってことだ。何をしていてもいい時間というのは逆説的に、何もしなくていい時間とも言える。即ち是れ、禅の概念である。

 

 というわけで俺は現在、この昼間っからエアコンをつけた部屋の中で寝転がり、積ん読していた漫画雑誌を適当にパラパラとめくっていた。

 およそ六畳のワンルーム、バストイレ付き。これはもう俺みたいな大学生がだらだらするためには最高の環境で、何をしていたって誰にも文句を言われない。外からは窓ガラス越しにセミがやかましく鳴き、俺の部屋の中では壊れかけのエアコンがガタガタうるさい。麦茶の氷が溶ける音だけが清涼だ。

 

 海、山、川。

 夏をエンジョイするのにはどれもいいところだし否定する気もないが、それでも俺としちゃ自宅に一票だ。素晴らしきかなマイルーム。たとえちょっと壁紙が破れていようと電灯が一本切れていようと換気扇から油のスメルがしようと、絶対的一人空間の安心感は何にも代えがたい。小さかろうとなんだろうと、自宅ってやつは一国一城なのだ。

 

 さて、そんな具合に夏休みを謳歌し始めていた、ある日の昼下がりのこと。

 その出来事は何の予兆もなく、唐突に起こった。

 俺一人しかいないはずの空間に鳴り響く電子音。なんとなく聞き覚えのあるようなないようなその音程は、よくよく考えるとやっぱり聞き覚えのない気がする。

 そう、それの指し示す事実はただ一つ。

 

 ──俺のスマートフォンが、鳴ったのだ。

 

「……地震かっ!」

 

 俺は一瞬にしてその可能性に思い当たり、バッ! と身を翻した。

 なにしろ俺のスマートフォンは購入してこのかた、家族からの連絡と緊急速報の時だけしか鳴ったことがない。家族からの着信は個別の音に設定しているわけで、ならばこの聞き覚えのない音は緊急地震速報以外にありえない。

 その的確かつ素早い論理的判断に従い俺はゴキブリもびっくりの速度でベッドの下に隠れ、次いでスマートフォンの画面を見た。

 

「……っ!?」

 

 と、しかし。そこで俺は驚愕に包まれることとなる。

 

「馬鹿な! 電話、だと……!?」

 

 そう──それはなんと、電話だったのだ。

 いやもちろん、だからなんだってのはわかる。一般常識的に言ってスマートフォンが電話を着信するのは当たり前だ。スマートだろうがなんだろうが、フォンと言うからには電話であることに変わりない。

 けれどもしかし、それは一般という常識の範疇の話である。そんなチンケな常識という枠を遥か踏み越えた位置に存在する俺のスマートフォンに限って言えば、その現象はほとんどありえないはずのことだった。

 

「あ、ありえん……! 俺のスマホの電話番号を知っているヤツがいるのか……!?」

 

 何しろ俺は、家族を除いて誰一人にも電話番号を教えた記憶が無い。格好良く言えば俺のスマートフォンは、家族のもの以外のほぼ全ての電話機器と事実上孤立した、独立機器(スタンドアローン)なのだ。……電話としちゃ無能としか言いようがないが。

 とりあえず地震ではなさそうなのでベッドの下からもそもそと這いでて、通話のアイコンをタップする。電話の奥から聞こえてきたのは若い……というか、幼い少女の声だった。

 

『……もしもし、もしもしっ!』

 

 聞き覚えのない少女の声──つまり、間違い電話だ。

 俺はふむ、と小さく唸った。間違い電話、間違い電話ね。……まあそりゃ、可能性としちゃあるよな。いくら俺の電話番号を誰も知らないと言ったって、番号自体は存在しているわけだ。間違い電話くらいはかかってきてもおかしくない。

 ……ならばともかくここはひとつ、間違い電話で狼狽えている少女に優しく接してやるのが大人としての風格ってやつじゃないだろうか。俺は小さく咳払いをして、優しげな声を繕って応えた。

 

「はいはい、どちらさん?」

『あのっ! 私、メリーさんと』

「ほいっと」

 

 ピ。

 通話終了のアイコンを押すと、そんな軽い音が鳴った。

 電話のいいところは、相手の顔を見ずに面倒臭くなったらすぐ中断できるところだ。田舎のばっちゃがそう言ってような気がする。たぶん言ってないが。

 

 スマートフォンを放り出し、ふぅ、と俺は息を吐き出した。

 知ってる。これはアレだ、メリーさんとかいう都市伝説のマネだ。

 察するに、夏休みで暇を持て余したどっかの女の子が、適当に番号を入力していたずら電話をしようとしたら、たまたま俺に繋がったってとこだろう。間違い電話ならともかく、年下の少女だろうが可愛いロリ声だろうが、イタ電に真面目に応対するほど暇じゃない。

 

 そんなわけで漫画本を拾い上げて読み直そうと寝そべると、またスマートフォンが鳴った。表示はさっきのと同じ番号だ。

 速やかに通話終了のアイコンを押すとスマートフォンは沈黙する。

 そのまましばらく漫画本を読みふけっていると、ピロン、と小さな音が鳴った。

 

 画面を見ると、立ち上がっているのは無料通話アプリだ。

 大学入学時のレクリエーションでふるふる機能を使って友達追加した後、一件もやりとりが存在せずにメモリを食う置物と化していたアプリが、いまさら何を受信したというのか。

 興味を惹かれて見てみると、やたらと長文がずらずらと書かれていた。

 

『夏の日差しが厳しい季節ですが、いかがお過ごしでしょうか。初めまして。私、メリーといいまして、都市伝説見習いというものです。突然、不躾なお願いになるのですが、もしよければ電話に出ていただけないでしょうか。もちろんお時間をとらせるつもりはないですし、話し相手になってもらおう、なんてそんな図々しいことを考えてはいません。とはいえその、最初の口上くらいは聞いていただけないと、メリーさんを目指す私としては、かなり精神的に苦しいものが……

 

(中略)

 

……それでそれで、私頑張っちゃおうかななんて! やっぱりメリーさんといいますと、この業界ではちょっとは名の知られた都市伝説ですから。だから私としても、頑張って見習いじゃなくて本物のメリーさんになりたいな、と思うのです。ですからその、もしご迷惑でなければ、電話に出ていただけないでしょうか……?』

 

「……」

 

 ……なんじゃこれ、が感想である。

 なかなかぶっ飛んでいる。赤の他人に自分の世界観を押し付けるというのはどうかと思うものの、こうも凝っていると遊びにしても上等だ。

 そんなことを思っていると、再びスマートフォンが鳴った。

 今度は出てみると、開口一番で怒涛のごとく喋られる。

 

『……あっ、繋がりましたやったー! あ、あのですね、名乗れないまま即切りされるのは、かなり精神的につらいのです。存在の意義がガリガリ削られるといいますか自分が世の中に必要とされない喪失感といいますか……。その、メリーさんといいますと、割と口上が本体みたいなところがあるのです! お願いです切らないでください!』

 

 ころころと情感豊かな少女の声は、最後らへんには泣き声混じりになっていた。

 俺はその少女の様子に、誠実な言葉を返した。

 

「電波悪いせいかな。なに言ってるか聞こえねーや。……切るわ」

『き、聞こえていないのですか!? ど、どうして……!? はっ、もしや通話料が……!? そんな、そんなことって……!』

「クッ……なんか聞こえる気がするが微妙に聞こえない。これが磁気嵐か! おのれ磁気嵐! ……確か最新の学説によると、磁気嵐に有効となる声の音波形は恥ずかしいけどお兄ちゃんに甘えてくるクーデレ義妹風の口調だったか……?」

『へっ!? え、えーと、えと…………きょ、今日は出かけするのではなくて、私と一緒にお話ししませんか? ……その、私はもっと、あなたのことが知りたいのです』

「80点。上出来だ」

『えへへ、ありがとうございます。……いえ、絶対最初から聞こえてましたよね? というよりもそれ以前に、わざわざ義妹である意味とは……?』

「馬鹿か実妹だと萌えらんねえだろ。で、誰?」

 

 尋ねると少女は、沈痛な声で答えた。

 

『……メ、メリーさんは挫けないのです。え、えっとですね、こほん。私は、メリーさん見習いのメリーといいます。今回、あなたを標的として定めることになりました。よろしくおねがいします』

「へー。……若そうな声だな」

『見習いですのでっ!』

 

 えへん、とばかりに言い放ったメリーとやら。

 威張ることじゃないと思うんだが。

 

「そっかそっか見習いか。……で?」

『へ? なにがです?』

「いや、メリーさん見習いですって言われても。そこからどうするんだ?」

 

 ……ここで一つ、白状しよう。

 正直なことを言えばこの時の俺は、全くもってこの少女をバカにしていた。ちょっと、いやかなり電波な少女が、夏休みの暇を持て余して電話を使ったイタズラをしているのだろうと。その妄想に付き合って、からかいたおしてやろうと思っていたのだ。

 が。その侮りは、次の瞬間に完全に覆されることになる。

 

『……? 決まっているではないですか。私はメリーさん見習いですから、あなたのところに行くのですよ。ええと、萩村アキラさん』

「なっ……!?」

 

 俺は何も言えない。……当たり前だ。なぜならそれは、俺の名前だったんだから。

 アキラって名前はありがちだからともかく、萩村なんて名字はあてずっぽうに一発で当てられるものじゃない。なら、知り合いか? 俺がこの少女を忘れているだけか? ……いや、それは無い。話し方からしてこんなに強烈な少女を忘れるはずがない。

 俺の友達から番号を聞き出して電話してきた……はないか。俺、友達いねーし。

 

『アキラさん、でいいでしょうか?』

「いや、待て! ……お前、なんで俺の名前を知ってる」

『え? ……だって私、メリーさん見習いですし』

「いや、そんなの」

 

 あるはずないだろ、と言おうとした俺の言葉は遮られた。

 

『あっ、もしかして信じていませんか? ……ふふふ、でしたらメリーさんの力を見せちゃいます! 怪談目都市伝説科メリーさん属の怪異、由緒正しいメリーさんの見習いであるメリーの力、相手の素性を見抜く千里眼を!』

 

 怪異ってそんな生物系統みたいな分類できんの? というツッコミを入れる隙もなく、メリーは喋り始めた。

 

『ふむふむ。アキラさんの生まれは北海道ですか。まだ行ったことはないですけど、やっぱりメリーさんとしては一度くらい足を運ぶべきところだと思います。……そしてえーと、家族構成は両親とアキラさんと妹が一人ですね。あ、なるほど。ですから実妹では嫌だと……?』

「これほど余計なお世話を久しぶりに聞いたぜ!」

『中学、高校と優秀な成績で進み、今は青森県の国公立大学に在学中、と。……青森、ですか』

 

 と、ここでメリーの声が少し引きつった。

 ちょっとムッとした俺は反論する。

 

「青森が悪いか? いいところだぞ青森。人は少ないし土地は広くて家賃も安い。それにりんごとさくらんぼ超うまいぞ。めちゃくちゃ住みやすいぜ」

『へっ!? そ、そういうわけではなくて……いえ、これは後にします。それで今は、と……へ、変態! 変態変態変態!』

「!?」

 

 と、いきなりメリーが変態と連呼しだした。

 わけがわからん。

 

「……どうした、変態が現れたのか? ならとりあえず逃げろ。間違っても戦おうとか考えずに逃走に徹しろ。この夏の時期、暑さに頭をやられた変なのも増えてくる季節だ。ひとまず通話を切って110番を……」

『ち、違います! あなたですよ変態はー!』

 

 ……んん? 首をかしげる。

 これはもしや、俺が? 俺が変態と呼ばれているのか?

 この真摯な紳士である俺が? まったく、冗談キツいぜ。

 

「おいおい、何言ってんだメリー? よくわからんがなんでいきなりそんなことを」

『その手に持ってる本はなんですか! こんな昼間から! ……へ、変態です!』

 

 その声に従って、俺はつい直前まで読んでいた漫画雑誌に目を落とす。

 ふむ。表紙にはなかなか際どい姿の女性の姿が載っている。……確かにまあ、硬派とは言えないが、売り上げを伸ばすためにはわりかしよくあることだろう。普通だ。

 ちょっとばかり中身をパラパラとめくると、ストーリーに沿った人間ドラマが描かれている。そりゃ漫画だからな。これもまた普通。……今のところ変なところは無いな。

 巻末の宣伝ページなんかには、ちょっとばかりいかがわしい内容のものもあったりする。まあ確かに子供には刺激が強いかもしれないが、けれどもこの程度の内容、雑誌にはつきものだ。普通だろう。

 

 俺は漫画雑誌を閉じ、やれやれと肩を竦めた。

 いやはや、言いがかりもいい加減にしてほしい。……しかしまあもしかしたら、年若い少女にはこんな雑誌でも刺激的なのかもしれないな。ちょっと過敏に反応してしまったからといって、あんまり責めてやるのも可哀想かもしれない。そんなことを考えながら俺は最後に背表紙を見て、題名を心の中で読み上げる。

 『月刊ハイパーエロス』。……ふむ、エロ本だ。

 

 必死に言い訳を考えながら、反論を試みる。

 

「いやお前、これ別にエロ本じゃねーし。エロいとか言う奴がエロいんだし」

『い、言うに事欠いて私のせいに!』

「つーかアレだし。まあ、これがもし仮に、万が一、億が一エロ本だとしても? エロ本を読むのは別にエロくねーし。だってほら、購入されるために売られてるわけだろこういうのは。人類が生まれてより数百万年、ようやくたどり着いた発展の境地、高度な経済活動の結果にエロいとかエロくないとか、そういう観点を持ち込むのはどうかと思うぜ俺は」

『人類のたどり着いた境地がそこなのですか……!?』

 

 メリーの声に絶望感が漂った。

 安心しろメリー、俺もおんなじ気分だ。

 必死に頭を回転させ、違う切り口を探し出す。

 

「いやいやメリー、ちょっと考えてみろよ。むしろそれは反対だ。『エロいものを昼間っから見ている』じゃなくて、『エロいものを昼間っから見れるわけがない』だろ? つまり逆説的に考えて、これはエロいものじゃなく芸術なんだよ。見ろよこの、生々しくも瑞々しい生衝動を描き切った性描写を」

『わぁこの人、無茶苦茶なことを言ってます!』

「無茶苦茶じゃない。古来から芸術ってのは言ってみればエロだ。エロが芸術を作った。素直な心で考えろ、ミロのヴィーナスもミケランジェロのダビデ像も全裸だ。つーか昔の絵画とか全裸ばっかだ。その必要があるか? ……たぶん当時の人間は、エロ本がわりに絵画を飾っていた。それが今じゃ芸術だ。つまり、このエロ本だって千年経過すれば芸術なんだよ。そう考えるとだな、俺がこれを読んでるってのはいわば、未来の感性の先取りに値するわけだ。……わかるか?」

『わかりませんよ!? 芸術界に喧嘩を売りたいのですか!?』

「……ああああーうるせぇぇえ! だいたい俺は大学生! エロいもん昼間から読んだからなんか悪いか!? ああ!? ええ、どうなんだよ人様の性癖を覗き見するのが好きなメリーさん見習い! 見るか!? じっくりと拝見するか!? この舐め回したい右足の中指の感じとか最高だよな!」

 

 逆ギレしてバッ! とエロ本を空中に見せつけると、電話越しに『ひぅっ』という小さな声が聞こえた。

 

『わ、わかりました私が悪かったのです! 人の生活を勝手に見た私が悪かったのです! だ、だからその、わ、猥褻物を隠してください……』

 

 その声に免じて、俺もエロ本を布団の下に隠す。

 

「……まあ、ムキになりすぎた。悪いな」

『い、いえ。その、もともと勝手なことを言った私が悪いので……』

「言われてみればその通りだな。勝手なことを言ったお前が悪い。……なんだよ、謝る必要なかったじゃねーか。ったく俺は人生で百回しか謝らないと決めているのに」

『少なっ! まともに社会生活を送るつもりが無いのですか!?』

「これまでの人生で九百五十六回謝ってる。内訳は母親が百二十一回、父親が九十六回、妹が五百三十三回、他人が二百三回だ」

『信念ボロボロじゃないですか! そして妹さんにどれだけ謝っているのですか!? ……うー、まあいいです。私がメリーさん見習いだということを信じてもらえましたか?』

 

 その声に俺は、ちょっと悩んだ。

 俺の個人情報はまあ、やりようによっちゃ調べることはできるだろう。しかしながら俺がついさっきエロほ……芸術作品を鑑賞していたなんてことが、そう簡単に調べられるとも思えない。この部屋を現在絶賛盗撮中とかだったら見張ることもできるかもしれないが、そこまでされるような何かが俺にあるとも思えない。

 つまりはこの少女、もしや本当にメリーさん見習いとやらなのではないだろうか?

 

「まあ、そうなのかもしれんが……」

『よかった、信じてもらえて……』

「……だがここは一つ、お前がメリーさん見習いだという証拠を見せてもらおうか!」

『しょ、証拠っ!?』

 

 動揺したメリーさん見習い(仮)に、俺はビシッと要求を突きつける。

 

「メリーさんというのは美人だと聞いている。つまりメリーさん見習いのお前も美少女でなければならない。ここまではいいな?」

『……あ、あれー? メリーさんってそういう都市伝説じゃないんですが……。それは確かに、もともとが西洋人形ですから見苦しいということはないでしょうけど』

「美人に決まってんだろ! ついこの前、俺はそういう設定のssを見たぞ!」

『空想と現実の区別がつかないタイプの大学生さんでしたか!?』

「それ、メリーさんとかいう都市伝説を名乗るお前が言っちゃ駄目だろ……。まあいい、とりあえず、今の日付や時刻が一緒に写り込んだ自撮りを送ってくれ。そうでもなければ、なんらかの悪徳商法かなんかだという疑問が捨てきれん」

『用心深いのですね……』

「大学生の一人暮らしなんざ用心深くなって当然だ。世知辛い世の中だぜ」

『そ、そうですか。……えっと、都市伝説組合の決まりで写真への顔出しはNGなのですけれど、いいでしょうか?』

「……まあ許してやろう」

 

 そう答えると、わかりましたーと言って一旦電話が切れた。

 と、一分ほど経ってから無料通話アプリに写真が送られてくる。

 

『どうですか?』

「アレがお前?」

『そうです。よく撮れていますか?』

「ん、そうなんじゃねえの?」

 

 それからさらに一分後にかかってきた電話に応えながら、写真を思い返す。

 一緒に写り込んだ紙切れに書いてあったのは今の日付と時刻で、今撮られたものだということを証明していた。

 白いワンピースに麦わら帽子と、いかにも夏の少女といった出で立ち。前かがみになって眼の部分を手で隠しながらも、僅かに微笑む口元。正直いかがわしい写真にしか見えなかったがそれはともかくとして、俺にはわかる。アレは美少女である。

 そして美少女ならばこの世の出来事の99%は赦される。だってほら、なんなら多分タバコとかだって、パッケージを萌え絵の美少女にして『吸ってぇ……。お願い、私を吸ってぇ……』とか喘いでる感じにしたら俺は買うもん。そういうもんだし。

 つまりは実在すら怪しいメリーさんという都市伝説のさらに見習いとかいうよくわからんものであっても、存在が赦されるわけである。

 

「まあいい、認めてやろう。……フッ、俺も甘くなったもんだぜ。尖ってた昔の俺なら、お前が嫌がろうとどうしようと、無理矢理に俺好みのポーズを強制して羞恥に塗れた表情を撮らせていただろうよ。フニャフニャになった俺に感謝するんだな」

『フニャフニャにってもうちょっと言いようは無いのですか……? というか昔のアキラさん、それただの危ない人じゃないですか。ほとんど犯罪です』

「まあ、実際に強要したらめっちゃ嫌われたんだけどな」

『やったんですか!? 誰に!?』

「妹に」

『だから謝りまくっているのですね……』

 

 なんとも形容しがたい沈黙を漂わせるメリーに、俺はチッチッチと指を左右に揺らす。

 

「メリーよ、人生ってのは綺麗事じゃない。人を好きになることもあれば人に嫌われることもある。必要なのは、嫌われることすらも人間関係の一環と捉える度量だ。そして、土下座すら厭わない高潔な精神性だ」

『そこは厭ってください! ちょっといいことを言ってると勘違いしちゃったじゃないですか!』

「わかるぜ。俺にもそういう時期があった。人の言うこと全てがくだらなく聞こえる時期ってのがな。……だが、歳を経るごとに気付くんだよ。くだらないことのために行動できなかった俺が青かったんだなって。大人ってやつは、くだらないことをくだらないことだとわかってて、それでも行動できる奴を言うのさ」

『青春小説のラストみたいなセリフですね』

「……フッ、まだメリーには早かったか」

 

 俺がそんな感じに話を締めくくると、何やら『私はこの人を相手にどうすればいいんですか……!?』と呟いているのが聞こえた。

 

 と、ここで俺はふと思った。

 ちょっといくらなんでも、初対面の相手にふざけすぎだろうか。

 実のところ俺は、人を相手にするのが下手らしい。いや、別に俺自身は口下手なつもりはないしそんなに変なことを言っている自覚もないのだが、実際として友達が一人もいない現状を鑑みれば、やはり人づきあいが下手なのだろう。

 要するに俺は、適当と不適当の境がよくわからないのだ。うちの妹の言うには空気の読めない男、つまり英語で言うところのノーリーディングエアーマンであり、そして大学ではエアーマン。それが俺という人間であるらしい。

 

「すまんメリー。充電切れそうなんでな、とりあえず切るわ」

 

 というわけで気を遣ったつもりでそう言うと、『ええー!?』と聞こえてきた。

 

『も、もうちょっとお話ししませんか……?』

 

 ……なんとも意外なことに、その声には本当に残念だという感情がこもっているような気がして、ちょっと驚く。

 だがまあ、一度言ってしまった手前、『今いきなり充電百パーになりましたァ!』とか言うわけにもいかない。

 

「今日はひとまずな。……まあ、明日またかけてきてくれりゃいいさ。暇だったら相手になってやる」

『ほ、本当ですか!? やったー! それなら明日、またこの時間にかけます!』

「お、おう?」

『それでは、失礼します』

 

 小さな『頑張って歩くぞー! おー!』という掛け声を残して、電話は切れた。

 

「歩く? ……結局なんだったんだ」

 

 首を傾げながら思う。結局、何がしたかったのかよくわからん。

 俺はとりあえずメリーからの写メを保存し、ついでにメリーの番号を電話帳登録し、夏の昼下がりの読書に戻るのだった。

 

 

 


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