「お、マジで? メリーも読んだことあんの?」
『はい! 裏・四天王が倒されて真・四天王が出て来たところの迫力は最高です。もうとにかく、ワクワクしちゃって……』
「おお、わかってるじゃん。まあ俺的には、四天王・改と戦った後にスカイキング・オブ・フォーが出て来たあたりが好みなんだけどな」
『わかります、あれも名シーンでしたねえ……』
話し始めて数日が経ち、俺とメリーはなんとなく気安くなってきて、結構話が弾むようになっていた。
今日の話題は、一昔前に連載終了した少年漫画である。ちょうど今、古本屋でまとめて買ってきた単行本を読み進めているところだったのでふと話題に出してみたら、案外とメリーが食いついてきたのだ。
「しかしメリー。お前、漫画とか読むんだな。こんなふうに一緒に漫画の話ができるとは思わなかったぜ」
『あ、あはは。……まあその、最近は電子書籍の時代ですから。スマートフォンでも案外と、書籍を読むには苦労しないものなのです』
「お前ホントに都市伝説か?」
電子書籍とかなんとか、オカルトとは真っ向から相反する気がするんだが。
なんか機械とか、オカルトの前じゃ壊れそうだし。
『いえいえアキラさん、私たち都市伝説というのは伝達と流布を介して存在するものですから。確かに機械そのものとの相性はあまり良くないですけど、ネット回線との相性は悪くないのですよ』
「なんかまたよくわからん話だな……まあ、歩きスマホには注意しろよ?」
『そのあたりは大丈夫です。私のスマートフォンは仮想展開型スマートフォンですので』
「お前は本当に都市伝説か!?」
なんだそのSF感漂う素敵デバイスは。世界観が違う。
なんかあれか、よくアニメとかで見るホログラム的なヤツだろうか。
「……ちょっと待て。え? 俺、今までお前と電話してると思ってたんだけど、今のお前、外見上は独り言しながら歩いてる人なのか?」
少々想像してみよう。
夏。燦々と太陽。陽炎の浮かぶ道路。歩く少女。麦わら帽子に白いワンピース。そして延々と独り言。……とてもじゃないが、お近づきになりたくない。
というかだ、それ以前にどうやって自撮りしたんだよ。
と、メリーがその疑問に答える。
『ああいえ、そうではなく。霊力で構成されているスマートフォンですので、仮想展開が基本ですが実体として取り出すことも可能なのです。超次世代型ウェアラブル端末といったところでしょうか』
「どの世代の次世代だよ。ジェネレーションギャップデカすぎだろ……。要するに、俺と話すときやら自撮りするときやらはスマートフォンを実体化させてんのか?」
『はい、そういうことですね』
どっちかというとオカルトってよりSFみたいな話だ。やりたい放題かよ。
つーかもはや人間の技術力を超えてるしな。この地球上で一番の知的生命体の座は、もしかしたらもはや人間のものではなく、怪異のものなのかもしれない。
「俺としちゃやっぱ、霊力といえば霊界探偵なんだけどな。メリーさんも霊力の使い手だったとは恐れ入った。お前も霊丸とか撃てんの? 羨ましいもんだ」
『いえ、私は戦闘タイプではないので。……というかアキラさん、霊力を使ってみたいのですか?』
と、そのメリーの言葉に俺は、がばっと顔をあげた。
「使えんの!? そりゃお前、使えるなら使ってみたいに決まってんだろ!」
『そ、そうでしたか……。先輩に聞いた、人間にも霊力を扱える方法がいくつかありますので、それをお教えします』
その言葉を聞いた俺は、ごくり、と唾を飲み込んだ。
これは。もしやこれは、俺の時代が来たんじゃないか……!?
具体的に霊力で何ができるのかは知らんがそんなもんは後だ。なんかよくわからんがぼんやりと光が灯ったりするんだろう。まずとりあえずは霊力を手に入れることが先決なのだ。
手にいれさえすれば後は霊力を鍛えるだけ。俺はもともと妹とかから『幽霊みたい』と陰口を叩かれているので、きっと、いや間違いなく霊力との相性はいいはずだ。いずれは当代最強の使い手として呼び讃えられることも視野に入る……!
俺は輝かしい未来のために、電話の向こうから聞こえてくるメリーの声に耳を傾けた。
『ええとですね、まず下敷きを用意してください』
「下敷き? ……これでいいか」
その辺に転がっていたものを適当に手に取る。
『次に、下敷きを布などで激しく擦ってください。この時は裂帛の気合を込め、気持ちが入っていればいるほど効果が高いそうです』
「うおおオォォォォオ! 燃えろッ、俺の
ガシュガシュガシュという擦れる音が響き渡る。
これほどの熱意、通じぬということはあり得まい。
『そして立ち上がり、下敷きを携えて鏡の前に立つのです!』
「なるほど! 次に!?」
『下敷きを、頭上にかざしてみてください』
「う、うおおっ……! こ、これは──!?」
なんということだろう、俺の頭頂部に生えている髪の毛が下敷きへと吸い寄せられ──へにょっと張り付いているではないか!
今はまだ、髪をちょっと持ち上げる程度の小さな力に過ぎない。しかしこれから研鑽を積み、力の拡散や収束といった訓練の日々を重ねていけば、いつかは……!
「……ってただの静電気だろチクショウ!」
俺は怒りのままに下敷きを床に叩きつけた。フローリングにぶつかって立てるぺちんという音が物悲しい。がくりと膝をつく。
いや、まあね?
俺だって馬鹿じゃない。思ったさ。どう考えてもこれは違うよなって。静電気だよねって。
でもメリーを信じて実行したらご覧の有様だよ!
『ご、ご不満なのですか……!?』
「不満しかねえよ! 今は夏だから空気が湿って静電気の強さもイマイチだしさぁ! もっと大きな夢を見せてくれよ!」
『で、では筋肉の微弱電位を束ねて大電力とする技法を……』
「霊力じゃなくて電力って言っちゃってんじゃねーか! つーかそれ
どこの来訪者だよ。バルバルと効果音が聞こえてきそうだ。
メリーを責めると、何やら言い訳をしてくる。
『で、でも……! 私、先輩からなんかそういうふわっとしたやつが霊力だって聞きましたよ!? 人間に聞かれたらこうやって教えろ、と』
「先輩に首を洗って待っていろと伝えておいてくれ」
いたいけな人間の心を弄ぶとは……! これこそがつまり、いともたやすく行われるえげつない行為……! 吐き気を催す邪悪……!
俺はメリーの先輩とやらに復讐を誓った。
「無念……! 無念だ……ッ!」
『な、なんだか期待に添えなかったみたいですみません……』
「もういいけどさ……」
しょせん、俺は一般人なのだ。だいたい、霊力とかに目覚めても敵もおらんのにどうしろと。特に残念に思う必要もない。掌がぼーっと光ったから何だってんだ。蛍と似たようなもんだろ。そんな力、別にいらん。
……く、悔しくなんかないんだからね!
「……仕方がない、許してやろう」
『ありがとうございます……』
メリーの声はまだしゅんとしている。
俺はため息をつき、話をもとに戻した。
「で、なんの話だったっけ?」
『ええっと……あ、漫画のお話しをしてましたね』
「そういやそうだった。……俺、あの漫画まだ、読み切ってないんだよな。ちょっとだけ先の展開を教えてくれよ」
『え、ええっ!?』
と、メリーの反応がおかしい。
そんなに変なことを言っただろうか。
「なんだよ、別にネタバレしてくれってんじゃないぜ? ただちょっとだけ、アニメの次回予告みたいな感じに聞きたいんだよ。城之内が死なないレベルで」
『……じ、実はですね。まだ私も、読みきっていないのですよ』
「え? さっき話してたとこまでしか読んでねーの?」
『そ、そうなのです。いやー、偶然ですね偶然。世の中には不思議がいっぱいです』
「おい、なんか怪しくね?」
『〜♪』
口笛を吹き出しやがった。しかも結構上手い。
……怪しい。あからさまに怪しい。
あのなんだろう、冷や汗のダラダラ垂れてそうな声からして、なにかしら後ろめたいことがあることはまず間違いない。暴かねば……!
と、そこで俺は気がついた。
俺が読んでいたのは、ちょっと前に連載終了した少年漫画である。であるからして当然、最終巻が出版されてから結構時間が経っている。
普通、漫画ってやつは、週間で追っているか、単行本で一気読みしているかじゃないだろうか。それなのにまだ読みきってなく、偶然にも俺と同じところまでしか読んでないってことは、もしや……。
俺は片手で顔を隠して背中をそらし、バァァン!とポージングを決め、言い放った。
「メリー、貴様ッ! 『見て』いるな……ッ!」
『な……』
「次の瞬間、お前は『なんでそのことを知って……!?』と言う」
『なんでそのことを知って……!? ……はっ!?』
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……!
勝ったな。そう確信させる擬音が(脳内で)響き始める。
俺はドヤ顔で解説を始めた。
「簡単な理屈だ……夏の日に靴下のニオイを嗅げば思わず顔をそむけたくなるのと同じくらい当然の理屈だ……もう完結している物語、それも完結してから時間のたっている物語を、わざわざ途中で読むのを止めている必要などない。それもちょうど、俺の読んでいるところまで! そんなことがあるとすれば──そう!」
俺はビシィッ!と空中に指を突きつける。
「お前は俺とともに、『一緒に読んでいた』のだ……! メリーさんとしての特殊能力、『千里眼』を使ってなァァーッ! ……何か申し開きがあるか?」
『
完全勝利である。
俺はひとしきり高笑いをあげ、勝利感を楽しんだ後、メリーに理由を聞いた。
「で? なんでそんなことを?」
『お、怒らないのですか?』
「いや別に、怒りやしねーよ。友達と一緒に漫画読むのとおんなじようなもんだしな。ただ、なんでわざわざってんのが気になるんだよ」
『友達……えへへ』
「メリー?」
『ひゃいっ!? あ、いえ、その。すみません。……理由を言っても、笑いませんか?』
「笑わねーよ」
促すと、メリーは恥ずかしげに理由を話した。
『あなたと、一緒に話せる話題が欲しかったのですよ。もっともっとお話ししたくて……』
最後は消え入りそうな声だった。
……なんつーかな。
そう、これは、アレだ。……照れる。
「お、おう。まあ、そうか……」
『……そ、そうなのです』
沈黙。
……いや、だってさあ。俺とか彼女以前に友達すらいねえわけじゃん? それがこの状況で、なんか気の利いたことを言えって? 無理に決まってんだろ。
と、どうしていいのかわからなくなっていたその時。俺はあることに気づいた。
「……んん?」
『どうされましたか?』
「いやいや、んー? ……ちょいと気づいたんだけどよ。お前、俺と一緒に他の漫画も読んでたんだろ?」
『え、ええ、はい。実は』
「ってことは、だ」
俺はやれやれと小さく肩を竦めた。
「お前も俺と一緒に、エロ本……あ、間違えた。芸術作品を読んでたってことだよな」
『へっ!?』
「メリー。先達としてここで一つ、アドバイスをやろう」
『な、何です……?』
「……自分を偽る必要はないぞ」
俺は菩薩のような顔でそう言い、頷いた。
なるほどな。ま、そういう年頃だ。
電話の向こうから『違います!』とか『そ、それはそういうのを読んでいる時は見ないように……!』とか雑音が聞こえるけど知ーらね。
「メリー、別に恥ずかしいことじゃないんだぜ?」
『あなたが恥ずかしいのです!』
「何を言っているんだメリー。俺は自然のエネルギーを感じ取るために部屋にいる時は常に全裸だぜ? 千里眼で漫画を読んでたってことは、当然のことながら一緒に俺の裸体も目に入れてたってことだろ。あーあーやだね。ったく、これだからむっつりしたヤツは困るんだ」
『う、嘘つかないでください! 服、いつも着てるじゃないですか! 今も!』
「フ……言葉ではなんとでも言えるよな……。俺の部屋の扉を開けるまでは本当に俺が全裸かどうかなんて分かんねえってのにな」
『その嘘をつくことでアキラさんに得があるのですか……!? 得るものは裸族の称号だけですよ!?』
「おいおい、そんなに必死になって誤魔化さなくてもいいだろ。大丈夫だ、俺の前では本当の自分をさらけ出していいんだ」
『だからー!』
その後ちょっとの間、メリーは口をきいてくれなかった。