帝国建国記 ~とある休日、カフェにて~   作:大ライヒ主義

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いかにして古き二重帝国は新たなる王国を打ち破ったか?⑤

 

 だが、講義が終わる前にターニャはどうしても聞きたいことがあった。威勢よく手をあげ、大きく口を開く。

 

 

「教官、ひとつ質問をよろしいでしょうか?」

 

「なんだね?」

 

「なぜ、王国第2軍は戦場に現れなかったのでしょうか?」

 

 ターニャにはそれが不思議でならなかった。

 

(当時の戦況図は、前に図書館で見たことがある。王国第2軍が遅れた理由として一番考えられる原因は残りの2つの要塞からの妨害だが、全兵力を出してもたったの2万。王国第2軍12万に到底かなう数ではない……)

 

 あるいは「同盟」諸邦かイルドア方面から引き抜かれた別働隊がいた可能性もあるが、距離から考えて物理的に不可能だ。

 

 

 

 ―――では、誰が? どうやって?

 

 

 そんなターニャの疑問は、あっさりと教官の口から出た言葉によって氷解した。

 

 

「ああ、その事か。なに、単純な話だ―――帝国は虎の子である『魔導騎士団』を出撃させたのじゃ」

 

 

 魔術……それはターニャの元いた世界にはなかったものであり、この世界でも次第に過去の遺物として滅びゆく運命にある奇跡だ。

 

 この世界においても魔術を使える人間は多くは無く、ほとんどが生まれ持った素質で決まる。過去においては奇蹟として崇められたものの、近代以降の科学技術の発達によってその優位は揺らいでいた。

 

 

 そんな「時代遅れの骨董品」に強みを持つ国家ともなれば、それは大陸において二重帝国をおいて他にはない。古の「神聖ロマヌム帝国」時代から続く「魔術師」はやがて貴族の特権階級へと変質し、その中心地であったベーメン王冠領の主都“黄金の都”プラーグでは今なおかつての栄光の名残として『魔導騎士団』が残されていた。

 

 

 しかし科学技術の発達に従い、魔術はその神秘性を失っていった。伝説とされていた宝珠と王笏を用いた「奇跡」は、科学的に解析されてその神秘性を失って伝統芸能へと貶められる寸前であった。

 

 

「しかし二重帝国の魔導師たちはみっともなく過去の栄華に縋り、それを忘れることが出来なかった。誰が思いついたかは知らぬ。だが、その一人が科学的に解明された己の秘術を「演算宝珠」とすることで、魔術を再び現代に蘇らせようとしたのじゃ」

 

 

 

 中世の騎士のぶつかり合いならいざ知らず、電子機器や火器の発達した現代において魔導師からなる軍隊の戦闘力はまったくの未知数であった。

 

 魔導師たちは数において希少であり、科学技術の発達と比較して特別有利なわけでもなく、単純能力は「航空機よりも遅く、戦車よりも装甲が劣り、歩兵よりも数が少ない」と評される。

 

 

「だが、二重帝国の魔導師は生き残りをかけて詭弁を用いた。すなわち“航空機より自由に展開でき、戦車と比較されるくらいいには堅牢な防御力で、おまけに歩兵なみに万能屋”と」

 

 

 これが王国であれば、このような戯言は一蹴されただろう。

 

 近代科学技術と合理性の塊である王国軍参謀本部は、魔術師を前時代的なものだと考えていた。現に宗教や超科学的存在を否定するという立場を取っている理性の信奉者であるルーシー連邦においては「過去の遺物」として迫害の対象とすらなっている。

 

 

 

 だが、二重帝国は違う。

 

 

 ホコリ塗れの因習とカビ臭い伝統の支配する、遅れた封建国家である。そうした時代遅れに過去の遺物はかの国が十八番とする唯一のものだ。

 

 

 かくして旧態依然とした軍隊に温存された「魔導騎士団」は、国家の危機においてその真価を発揮した。

 

 過去の遺物でしかなかった魔道師たちは「空飛ぶ歩兵」として演算宝珠を用いて自由自在に戦場を動き回り、中世の騎士のごとく己の才能のみを武器として指揮系統も作戦も戦術もなく、各々がそれぞれの誇りと正義を胸にてんでバラバラに戦った。

 

 ある者は行軍中の敵兵を襲い、ある者は夜間に宿舎へ爆撃を仕掛けた。別の者はやっと届いた貴重な補給物資を空からの砲撃で焼きつくし、違う者はただ遠くから嫌らがせにヒット&アウェイを繰り返した。

 

 

 ターニャの元いた世界の言葉でいえば、ゲリラやパルチザンに相当する戦い方だ。もっともゲリラのように組織だったものではなく、ただの連携不足で統一された動きが取れなかっただけなのだが。

 

 

 

 されど魔導師たちの活躍により、王国軍第2軍はその兵力の大部分を温存しながら、士気の低下と物資不足、そいて行軍速度の低下によって貴重な時間の多くが失われた。

 

 

 もちろん最終的には系統だった戦い方を知らない魔術師たちは一人、また一人と王国軍の銃弾に倒れていくのだが、滅びの間際に古き時代の最後の栄華をこれでもかと見せつけて散っていった。

 

 

 己の人生と意地を賭けた、壮絶な嫌がらせ。それは王国軍を倒すことなど勿論不可能であったし、奪われた領土を一時的に取り戻すことすら出来なかった。

 

 ただ、敵に丸1日分の時間を浪費させただけ。

 

 

 最終的に王国第2軍は一日遅れでカールスグレーツに辿り着いているのだから、彼らが稼いだ時間は日数にすればわずか1日に過ぎない。

 

 

 しかしその3日は、後の歴史を変えてしまう価値をもった1日であった。

        




 そのための魔法

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