異世界の地下闘技場で闘士をやっていました   作:トクサン

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最後の平穏

 

「随分とまぁ、贅沢な装備を持った盗人さんね」

 

 セシリーが足元に転がった魔法人形を見下ろして呟く。不審者の襲撃から一夜明け、翌日。早朝からセシリーは父の執務室にて腕を組み、眉間に皴を寄せていた。

 

 現当主であるヴィルヴァ氏は二日前より国王の命により外交の任に赴いている為、代理として次期当主のセシリーが現時点でのアルデマ家トップを任されている。

 昨日屋敷内に侵入した盗人、その連中が置いて行った魔法人形。京が撃退した二人組であるが、その後の足取りは掴めていない。巡回の武官が音を聞きつけてやって来た時には既に毒が回って意識朦朧とした京と、砕かれた魔法人形だけが残っていた。

 

「最初からこうなる事が分かっていた……いいえ、万が一の保険、最初からコレを使い捨てて逃げるつもりだった、というところね」

 

 セシリーが調べた限り、この魔法人形は亜人の制作したものに人間が手を加えたものである。魔法人形とは魔力の浸透しやすいカルカトン樹を削り、人型にした後亜人の魔力を数時間掛けて全身に浸透させて出来上がる人間モドキ。簡単な指示には従えるし、ちょっとした戦闘にも耐え得るが、間違っても京と殴り合えるだけの性能は持っていない。

 

 京の拳を物ともせず、下手人が逃亡するだけの時間を稼げた理由は表面の魔法陣。これは人間が書き込んだモノで、内容は【魔法障壁】――簡単に言えば表面に魔力を薄く張り伸ばし、攻撃を防ぐバリアの様なモノだ。

 

 こう言った小細工は人間の魔法使い特有のものである、彼等亜人はその膨大な魔力にモノを言わせ、「技巧がナンボのもんじゃい」とばかりに巨大で派手な魔法を好む。それこそ人を探知する魔法や、形状を記憶する魔法など、何それ意味あるのと首を傾げるばかりだ。

 

 言うなれば人が最低限の労力で戦うために拳銃を作り上げたら、向こうは核爆弾で殴って来たというところか、亜人と人間ではそれだけ使用出来る魔力に違いがある。

 恐らく魔法人形に攻撃を防ぐ手段を与えるならば、亜人の場合その物質そのものを魔力で構成するだろう。つまり表面にチョロっとバリアを張るのではなく、体全体をバリアにしちまえと、そう言うやり方をするのが亜人だ。

 

「魔法人形一体だけでも金貨百、いえ二百は必要、更に魔法陣を扱える人材何て随分大きな組織……物品が狙いでは無かった様だし、一体何が目的だったのかしら」

 

 屋敷内に荒らされた様な痕跡は無かった、父の執務室にも立ち入った様子は無く、損失したモノも無い。態々屋敷内に潜入せず、外側からグルッと中を覗いて回った痕跡は残っていたが。

 

 まるで何かを探している様だった、或は情報の類か。屋敷内の見取り図を描いていた、もしくは物品――いや、外から見える場所に置いておく芸術品など大した値打ちは無い。そうなると人、誰かを探していたと言う可能性もある。

 生憎京は解毒中であり意識が無い、彼が復帰次第事情を聴くつもりではあるが、それまでは手掛かりも無く待機する他無かった。

 

「――まぁ、何にしても良い気分ではないわね」

 

 自分の守護者を傷つけられたのだ、セシリー個人としては万死に値する行為である。

 或はあの夜、もう少しだけ京の部屋に留まって居れば一緒に戦えたかもしれないと言うのに。当時のセシリーはリースの事ばかり考え、半ば飛び出す様な形で京の自室から退室してしまっていた。

 

 ふと、セシリーの脳裏に目の前の魔法人形とリースが重なる。もしやコレは、彼女が用意したモノなのではないかと、唐突にそんな事を考えた。無論、証拠も何もないただの勘である、聞く人が聞けば「まさか」と笑うだろう。

 

 リースの焦燥ぶりは良く知っている、魔法人形は確かに高価ではあるが京の身請け金を払うだけの財はあると言っていた。そして彼女は「商会」の人間だと口にしていたが、京が地下闘技場出身である事を考えれば当然嘘になる。

 そして――彼はリースを同室の戦友だと言っていた。

 つまり、彼女も闘士なのだ。

 

「京と肩を並べられる、戦友」

 

 当然、稼ぎも相当なものだろう。京の地下闘技場での稼ぎは知っている、あそこのオーナーから大雑把にだが聞いていた。だとすれば金貨の百枚や二百枚、当然の様に支払えるだろう。

 

 セシリーはリースを見た目通りの少女と判断していた訳だが、それが大きな誤りである事に気付いた。少なくとも京の居た地下闘技場でトップに近い位置に立ち、アルデマ家程では無いモノの平民が持つには余りにも巨額の富を持っている。

 

「仮に――仮に、彼女の立場に立ったとして」

 

 セシリーはリースの思考をトレースする。

 自分が知らない間に、パートナーが身請けされたとして。当然最初は売買人、この場合はオーナーに身請け先を聞くだろう。しかしリースは京の居場所を知らない様だった、どうやらオーナーは身請け先を明かさなかったらしい。

 セシリーは内心でオーナーに感謝の念を抱いた。仮に彼がリースに身請け先を話していたら、その日の内にアルデマ家にリースは乗り込んで来ていただろう。

 

 そして、身請け先が分からないのならば調べる必要がある。

 アルデマ家には独自の情報網があるが、地下闘技場で闘士を営む彼女に自前の情報網など無いだろう。ならばどうするか――自分の足で情報を集めるか、誰かを頼るか。

 

 地下闘技場のトップを身請けするには莫大な金額が必要だ、そこから貴族が身請けしたのだと予測したのかもしれない。思い返せばリースはセシリーが話しかけた時、非常に面倒くさそうな顔をしていた。しかしその後はセシリーに貴族界隈の噂を問うている、あの時から彼女は探りを入れていたのだ。

 彼女は自分の足で情報を集めていたのだろう、しかしソレだけでは限界がある。貴族の世界には情報屋が存在するが、一般街にもソレが存在している事をセシリーは知っていた。

 

「情報屋を雇った、それも多額の金で」

 

 アルデマ家に隠密を放つ意味があるかと聞かれれば、セシリーは否と答える。そもそも現在当主であるヴィルヴァは不在である為、暗殺の線は消えるし、単純な窃盗目的であれば何も盗られていないという点が納得出来ない。

 

 アルデマ家が仮に全滅したとしても、そもそもの話この家が無くなって得する奴など居ないのだ。十一家の一つが消えた所で国全体にはそれ程影響が無いし、多少貿易の数字が悪くなるだけだろう。他国からの刺客と言うのであれば分からないでもないが、それならばヴィルヴァの不在を狙った意味が分からない。

 

 強盗の下見? 地図の作成? だとすれば計画は失敗だと言えるだろう、強盗する前に危険分子の存在がバレてしまったのだ、警戒は引き上げられる。

 

 ならば目的が別にある筈なのだ、これまでアルデマ家に隠密が侵入した事など、少なくともセシリーが生まれてからは一度も無かった。つまり原因は内部にあるのではなく、外部にある。

 

 そして最近になって内部へと取り込んだ人物は一人だけ――他ならぬ京である。

 

「………」

 

 考え過ぎだろうか、セシリーは小さく溜息を吐き出す。しかし完全に的外れであるとも言えない、その可能性もある筈だ。この襲撃がリースの手によるものだと断定は出来ない、しかし同時に否定も出来なかった。

 

 彼女の執念は凄まじい、セシリーはリースの青白い顔の向こうにあった、狂っているとも言える偏愛を覚えていた。

 

「……渡して堪るものですか」

 

 その眼に業火の様な怒りを宿しながら、セシリーは自分の腕をぎゅっと握る。何年一緒に居ただとか、同じ環境で生き抜いてきたのだとか、セシリーにとっては関係ない。既に京はセシリーのものであり、守護者となったのだ。ソレを今更取り消す事は出来ない、その気も無い。

 

 仮にこの襲撃がリースの手によるものだろうと、無かろうと、セシリーは覚悟を決めていた。どちらにせよ、近い内に対峙する事になるだろう。

 そんな事を考えながら彼女は、己の愛しき守護者が目を覚ますのをじっと待っていた。

 

 

 ☆

 

 

「アルデマ家――」

 

 リースはとある宿屋の一室で届けられた一枚の紙を眺めていた。

 室内は殺風景で、最初に案内された時から何一つ物品は増えていない。簡素なベッドとクローゼット、姿見とテーブルが置いてあるだけだ。

 

 紙は数日前に彼女が雇った情報屋が持って来たモノ。どうやら情報入手にかなりの労力を要した様で、追加料金で金貨五十枚を払うハメになった。リースにとって京の情報が手に入るならば安い出費であると割り切っているが、金は有限である、大事に使わなければならない。

 紙に書かれた情報は端的で短い、小さく折り畳まれたソレに書かれた文章は一文のみ。

 

『該当人物、アルデマ家にて発見』

 

 アルデマ家――当初、リースが考えていた通り国内でも有数の権力を持つ大貴族の一つである。王族に近しい十一貴族、その内の一家、それがアルデマ家だ。元々は商の才能に恵まれた一族だと聞いていたが、それならば京の身請け金をポンと出せるのも納得できる。

 

 リースは無意識の内に舌打ちを零した。

 大貴族だとは思っていたが、まさか此処まで大きい家だとは思っていなかった。王族に近いという事は、それだけ国の中枢に食い込む家柄と言う事。権力も財力も武力も、リース一人だけでは太刀打ちできない。恐らくオーナーもそれが分かっていて身請けを承諾したのだろう、何と言う事をしてくれたのだとリースは次彼に会ったら顔面を全力で殴ると心に決めた。

 

「面倒……」

 

 兎角、これで正面から問答無用で殴り込みを行うという案は消えた。或はリースならば可能かもしれないが、それをすれば最後、国に弓引いたと同じ事になる。最終的な結果は変わらないだろうが、単独で乗り込むにはアルデマ家は余りにも強大過ぎた。

 となれば、取れる手段は限られてくる。

 

 リースは紙に魔力を通し、音もなくソレを燃やした。パラパラと灰になって散る破片を眺めながら、これからの行動を考える。最終目標は京を奪還する事だ、彼に接触し、そのまま屋敷を抜け出せればそれで良い。

 

 或は何らかの方法で彼を外に呼び出されば良いのだが、現状京がどの様な扱いを受けているか分からない以上、考えなしに動けば此方が足元を掬われる。リースは幾つかの策を考えた。

 

 ――情報屋は京と交戦した事を隠蔽していた、そもそも人探しであると言うのに当人と戦ったと言っては依頼人の怒りを買いかねない、彼の状態も情報として売買できる価値があったが、情報屋は最低限の情報を売るに留まっていた――

 

 リースの考えた策。

 一つは隠密を雇って秘密裏に京へと接触、リースが呼んでいると京に知らせる方法。しかしコレは隠密が捕まれば情報が露呈する諸刃の剣、隠密自体に戦闘能力は期待出来ない、更に言うと京が監禁されていた場合は意味が無い、故に少しばかりリスクが大きい。

 

 もう一つは窃盗団を雇って突撃粉砕、金は掛かるだろうが元より覚悟の上だ。集団で傭兵やら盗賊を揃えてアルデマ家に特攻させる。金品を好きに盗んで良い、更に報酬も出るとなれば受ける集団は必ず居る。

 

 元々国外で活動する連中は何処かの国に指名手配されているのが殆どだ、であるならば今更ソレに一つ名が増えた所で気にする者もいまい。そして上手く京と接触できれば彼にリースが会いたがっていると伝えて貰えば良い、無論名前は出さず、それとなく分かる方法で。そうすれば京はきっと来てくれる筈。

 

 いっその事、京宛てに手紙でも書いてやろうかと思ったが、あのオーナーが私の事を話さずに身請けさせるなどあり得ない。必ず自分を警戒している筈だと確信していた。龍種(ドラゴニア)の執着は並ではない、それこそ唯一無二の人ならば尚更。

 

「私の英雄(キョウ)、私だけの英雄(キョウ)

 

 リースは夢想する、その瞬間を、彼との再会を。

 己が龍種として生を受けて三百と八十九年、人間の年齢にして二十一歳の少女。龍種としては若輩で、人間としては余りにも長寿。

 

 龍種の殆どが己の本懐を遂げられずに死んで行く中、京という男に出会えたのは僥倖と言う他無い。他では駄目なのだ、彼でなければ駄目なのだ。三百と八十九年生きて来て、絶望の淵に沈んで漸く得られた光――京という名の英雄(救い)

 

 リースと言う名の(ドラゴン)、その物語の終焉を彩る英雄は彼でなければならない。

 

「その為なら、私は」

 

 リースは唯進む、その先に何があるかは――彼女のみが知れば良い。

 

 

 ☆

 

 

「不甲斐ない」

 

 京は自室で独り項垂れていた。

 ベッドの上で上体を起こし俯いている京、その巨躯はいつもの様な威圧感を感じさせない。例の襲撃から目を覚ました京であるが、その後にちょっとした事情聴取を果たした後自室にて療養の命令が下された。無論、命令を下したのはセシリーである。

 

 京が目を覚ましたのは襲撃から凡そ半日が経過した頃だった、随分意識を失ってしまったと自分でも思う。

 京としては体調も万全で――恐らく図体の大きさに対して受けた毒量が少なかったのだろう――今すぐにでも武官の仕事に復帰できる程度だったのだが、大事をとって休めと雇い主から命令されてしまっていた。

 雇い主には逆らえない、結果京は渋々自室で療養という名の暇を持て余す羽目になったのである。

 

「これでクビとかにならないと良いのだけれも……」

 

 京の仕事は武官、屋敷の警備とセシリーの身の安全確保である。今回の襲撃は辛うじて察知出来たが、もし仮に気付けなかったらと思うとゾッとする。幸い、今回は上手く撃退出来たし、京が戦った以外の賊は発見出来なかったと言う。屋敷内の品も特に損失したモノは無く、結果から言えば京は十全に仕事を果たした。

 

 欲を言えば犯人を捕えられれば満点だったのだが、その手掛かりとなる魔法人形は回収されている、アルデマ家の力を使えば今回襲撃を行った人物を見つけ出せるだろう。

 

 だがやはり、京としては不満が勝った。たかが賊二人組に後れを取り、魔法人形の正体を看破できず下手人を逃がしたのだ、京としては何らかの罰があってもおかしくない、そう思っていた。

 しかし、予想に反してアルデマ家の人々の対応は優し気だ。寧ろ流石だと言わんばかりの対応である、それが余計不気味に見えて、京は戦々恐々としていた。兎にも角にも、セシリーからも御咎め無しだったので今は安堵しているが。

 

「京、今良いかしら?」

「セシリーさん? 勿論です、どうぞ」

 

 コンコン、というノックの音。続いて扉の向こう側からくぐもった声が聞こえた、此処に来て聞き慣れた声、セシリーさんの声である。京が一も二もなく声を上げると、扉を開けた向こう側から笑みを浮かべたセシリーさんが現れた。

 

「調子はどうかしら? 痛みとか、気分とか」

「問題ありません、今からでも仕事に復帰できます」

「そう、なら良かった」

 

 暗に仕事させてくれと頼んでいるのだが、セシリーは笑って受け流す。言外に、仕事はまださせないと言っているのだ。

 

 ――最近、京はセシリーが変わった事に気付いた。それはちょっとした変化とも言えるが、しかし京としては「ちょっとした」で済ませるには少しばかり気になる変化であった。

 

 例えば今、京は武官としての仕事を免除され療養させて貰っている訳だが、京本人としては直ぐにでも動ける程回復している。亜人の医師からも毒物は完全に体内から除去されたと言われているのに、だ。

 

 これは他ならぬセシリーの命令だった、襲撃のあった日と翌日は絶対安静。魔法というトンデモ治療法が確立されていると言うのに、セシリーの命令は過保護とも言える。更に京はトイレと風呂以外での外出は禁じられており、食事は給仕が持ってくる始末、まるで重病人の扱いであった。

 

 しかし、直接「仕事に復帰させてくれ」と言えば、セシリーは暗い面持ちで、「貴方は怪我をして、更に毒を受けたばかりなのよ? ……余り、我儘を言わないで」と悲しそうに目を伏せる。

 

 これだ。

 

 悪意のある対応ならば京も相応の態度で臨めるが、セシリーのソレは純粋に京の身を案じての事だった。故に強い態度で出る事も出来ず、渋々彼女の言葉に従って床に伏せるしか出来ない。

 まるで軟禁されている気分だった、地下闘技場での生活を思い出す。京を外に出さないようにと、鎖で繋いでいるかの様な――

 

 京が苦笑いを浮かべると、彼女が手にバスケットを持っている事に気付いた。京の視線を受けた彼女は、バスケットを目線の高さまで持ち上げ、「お見舞いよ」と口にする。

 

「そんな、自分に見舞いの品など……」

「良いのよ、これは私が望んだ事なの、さ、一緒に観ましょう?」

「……観る?」

 

 トコトコと靴音を鳴らしながら入室した彼女は、京の部屋にあるテーブルへとバスケットを置く。上に被さっていた白い布を取り払うと、中から球状の何かが顔を覗かせた。パッと見は水晶玉に近い、しかし硝子の様に透明という訳でも無かった。

 

「一体これは……」

 

 京は首を傾げる、今までの生活では目にした事が無いモノだった。セシリーは何処か自慢げに胸を張ると、「暇だと思って持って来てあげたのよ」と笑った。

 暇だと思うなら仕事に復帰させてくれと、心の底から思ったが口には出さない。

 

「これは映像再生器と言うのよ、予め保存されている映像を魔力で再生するの、再生するのに魔力が必要だから使うたびに補充が必要だけれど、私が居るから問題ないわ」

「……成程」

 

 要するにテレビとプレイヤーが一体化した様な道具なのだろう、中に入っている映像は一本だけ、使用するには魔力と言う名の電力が必要と。京はマジマジとテーブルの上に置かれた映像再生器を見た。

 映像を映す道具がこの世界にも存在するとは、少々驚きである。

 

「かなり値の張る道具だから、見た事が無いのも仕方ないわ、父の私室から拝借して来たの、何個も並べられていたから適当なモノを一つ取って来たわ」

 

 それはかなりマズいのではないでしょうか。

 京はこの時点で何か嫌な予感を覚えていた、後から無断拝借が露呈して怒られるという未来を予見したともいう。魔力はセシリーが補充できると言うので、別段バレる要素があるという訳では無いのだけれども。このお嬢様なら何かボロを出して露呈しかねない、恐らくする、絶対する。

 

「えっと、襲撃者の追跡は――」

「京から話を聞いた後、アルデマ家の情報官を動かしているわ、貴族同士の情報網もあるし、今は待機中、要するに手持ち無沙汰なのよ」

 

 成程、粗方仕事は終えているらしい。つまり暇になったから此処に来たという事なのだろう、京は諦めてセシリーに付き合う覚悟を決めた。自分に決定権があったのかは兎も角。

 

「さぁ、京、一緒に鑑賞しましょう、何が再生されるかは分からないけれど、娯楽用の映像再生器だもの、オペラとか劇団の映像だと思うわ」

 

 セシリーが映像再生器をテーブルの端に置き、軽く手で触れる。するとポゥ、と音が鳴って表面に青白い光が奔った。それを確認して、セシリーは京のベッドに腰かける。本当なら椅子を勧めようと思っていたのだが、ここぞとばかりに京の腕を掴んだので諦めた。

 

 映像再生器の真上に光が集まり、それが徐々に映像を形作る。どうやら立体映像の様なモノらしい、下手をすると前世より技術が進んでいるのではないだろうか。尤も科学と魔法という根本から異なる分野ではあるが。

 

 そうして始まった映像、最初は何やら男女が抱き合うシーン。もしや恋愛(ロマンス)の劇か何かだろうかと思った次の瞬間、男が服を脱ぎだした。

 

「えっ」

「アッ」

 

 セシリーと京の声が重なる。そこから更に女性までも服を脱ぎ始め、何やらベッドの上で怪しげな雰囲気を醸し出す。無論、映像に修正等が加えられている筈もなく、その行為は京の下半身を刺激した。

 

 これは恋愛物ではない、その先と言うか下というか。

 女性と男性が真っ裸になり、互いに接吻を交わしながらベッドにダイブ。

 大変に気まずい、とても気まずい。

 京は恐る恐るセシリーを見た。

 

「………」

 

 ガン見である。

 顔を赤らめ涙目になりながら、しかし確りとした視線で映像を見据えていた。慌てて映像を消そうとしたり、顔を背ける様な素振りは無い。まさかの続行である、本気なのかセシリーさん、これを鑑賞するというのかセシリーさん、一人ならばまだしも二人で見ると言うのかセシリーさん。

 これは駄目な奴、お父さん秘蔵の奴、ヴィルヴァ様何故(なにゆえ)この様な映像を並べて置いたのですか、隠しておいてくださいよ、ベッドの下とかに。

 

 京は何も言えなかった、何を言えば良いのか分からなかったとも言う。こんな時、どんな声を掛ければ良いのか『女性はこう口説く!~東の幼女も西の熟女も、これで貴方にメロメロ~』には書いていなかった。

 

『アッ、イイッ!』

 

 映像の中での行為は更にエスカレートする、男のアレを女性が手でアレしていた。京は極力映像に目を向けない様にそっぽを向きながら、しかし下腹部に熱が蓄積するのを自覚した。

 流石のセシリーさんも、ここまで直接的ならば目を逸らすだろう。

 しかし予想に反してセシリーさんは映像をガン見、そして何やら震える手を突き出し――

 

「…こっ……こう?」

「セシリーさんッ!」

 

 これは学習教材ではありません、真似しないで下さい。京はそれらの気持ちを込めてセシリーに叫んだ、しかし一向に止まる様子は無い。

 顔を真っ赤にしながら涙目で、しかし懸命に行為を鑑賞する貴族様。何がそこまで彼女を駆り立てるのかは分からないし、恐らく京には一生理解出来ない。

 

 更に行為はエスカレートし、今度は胸で男性のアレをアレし始めた。それは余りにも生々しく、音声まで付くと赤面不可避だ。うわぁ、これヤバイって、ヤバイって、と内心焦りながらも流石にコレはとセシリーに視線を向ける。

 彼女は自分の胸を見下ろし、何かを挟む様に寄せて上げていた。

 

「こ……こうね……?」

「セシリーさんッ!?」

 

 恐るべしセシリーさん。

 一体彼女には何が見えているのか、まるで見えない何かを擦る様な動き。

 

 京は段々と自分が汚れた男に思えて来た。当たり前だが雇い主を押し倒すなど不敬にも程がある、クビになるどころか物理的に首が飛ぶ。しかし男の性が首を擡げているのも事実。何と言う生殺し、何と言う試練、おぉ審判者()よ、何故自分にこのような試練を与えたのか。

 目を瞑りながら頭を抱えて唸る、どうしてこうなった、どうしてこうなった――現実は常に無情である。

 

『もうダメェ、アナタの×××を私の×××に××××でぇ、一杯××××て、お願い、×に×××ぇ!』

「……も、もうだめぇ、あ、あなたの、ちっ、ちん――」

「セシリーさァんッ!?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「何だか、凄く不快」

「………?」

 

 国の郊外、貴族地から大分離れた位置にある一棟の建物。元は亜人の経営する病院だったらしいのだが、地区の過疎化に伴い移転したらしい。それ以来、この建物は誰の目にも触れず爪弾き者の住みかと成り果てていた。

 

 元は待合室だった場所、等間隔で並べられたソファー、窓口、僅かに汚れが目立つか住めない程では無いと言う程度。リースはそこで十人程の男達と対峙していた。男達は擦りきれた安物のローブを羽織り、全員が布で口元を覆っている。

 

 突然電波を受信したリースであったが、「何でもない」と言って首を振る。目の前の男は不思議そうにリースを見ていたが、気を取り直す為に咳払いを一つ行った。

 

「兎も角、依頼は承った――襲撃先はアルデマ家、報酬は前払いの金貨一億枚、追加報酬はアルデマ家の金品強奪、目的はエンヴィ・キョウ=ライバットにアンタの情報を渡す事、だな」

「そう、彼に指定の場所を教えるだけで良い、間違っても戦っては駄目」

「依頼人の対象人物を傷つける気は無ねぇよ」

 

 男は肩を竦めて笑う、その顔は戦ったら自分が勝つと信じ切っている表情だ。リースは戦闘に成った場合、確実に男が殺されると分かっていた為に警告したのだが、恐らく意図は伝わっていないだろう。

 まぁ、最悪一人二人殺されても、残りが京に接触するだろうとリースは無言を貫く。別段、彼女は男達の身を案じている訳では無いのだ、仕事さえ果たしてくれるのならば何人死のうが関係無い。

 

「前払いで料金も貰った、屋敷の地図もな、後は俺達が突っ込んで屋敷の金品を奪うだけだ――武官は全部で五十人足らずなのだろう?」

「駐在が三十、離れの宿舎に二十、交代は十時間ごと」

「楽勝、俺達の団員は百人を超える、貰えるだけ貰ってドンズラするさ」

 

 リースの前に立つ男達は大陸の向こう側から指名手配されている犯罪者集団、どんな事も金次第で請け負うならず者達。本来ならば一億程度で国の中枢に食い込む大貴族に強盗紛いなど請け負う人間は居ない筈だが、どうやら彼らは違うらしい。余程運営資金に難儀している様にも見える、それに貴族の屋敷ならば高価な装飾品の一つや二つ、強奪も容易だろう。

 リースにとっては実に都合の良い集団であった。

 

「実行は明日の深夜――後悔しねぇな、嬢ちゃん?」

「後悔……?」

 

 男の言葉に、リースは顔を顰める。

 後悔、後悔か。

 

 もし自分が後悔するとするならば――京がその命を落とした時くらいなモノだろう。

 それ以外は全て等しく塵であり、何ら悔やむ事等ではない。例え全て失おうが、国を敵に回そうが、京以外の全人類が死に絶えようが、亜人が消え去ろうが、どうでも良い。

 

「後悔なんて、あり得ない」

「……そうか」

 

 男はローブを着込み、フードで顔を隠した目の前の少女に言い表せぬ恐怖を抱く。それは男の直感と言うべきか、それに従って男はそれ以上何か言葉を重ねる事を辞めた。

 

 

 




  (☝ ՞ਊ ՞)☝ウィィィィイイィィィ↑



 無事完結まで執筆を終えたハイテンションで失礼します。

 遂に一話が一万字を越えてしまった。
 そろそろ物語も終わりに近づいて参りました、プロットも何も無く、布団の中の妄想が此処まで翼を広げるとは私も予想出来なかった、人の妄想ってスゴイ。

 さて、残りとしては後数話、遂に二人が修羅場を迎えます。
 此処が書きたくて投稿し続けていたのです、長かった……。

 あぁヤンデレが書けて満足、大満足、もうヤンデレの満ち溢れた綺麗な空気の中で深呼吸したい、そしたらもう体のあらゆる悪いところが治っちゃう、ブラボー。
 皆さんも一日一ヤンデレ、毎日欠かさず行っていると思いますが、更なるヤンデレ神からの加護がありますよう祈っております。

 ヤンデレと神は常に貴方を見守っています。
 有り難い事ですね。



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