異世界の地下闘技場で闘士をやっていました   作:トクサン

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最愛を求めて

 リースは現在、地下闘技場から抜け出し都市部を散策していた。その恰好は旅人の様な軽装で、上にローブを羽織っている。腰にポーチを引っ提げ、その眼は剣呑な光を放っていた。

 

 オーナーとその闘士を軒並みフルボッコにし――特にオーナーに至っては私怨も込めて念入りにボッコボコにした――それでも口を割らなかったオーナーを捨て置いて、彼の部屋を三日三晩漁った。本当なら殺してやろうと思っていたのだが、彼の部下と馴染みの闘士が涙と鼻水を滝の様に流して救命を願い出たので見逃してやった。無論、挑んできた百名の闘士は皆殺しにしたが。

 オーナーを見逃したのは同情とか憐みとか、ましてや(ほだ)されたと言う訳でもなく、単純に他の面々に鼻水を衣服につけられたく無かったからだ。京のならば喜んで受けるが。

 それと万が一身請けした貴族が見つからなかった場合、もう一度ボッコボコにして聞き出してやろうという魂胆もあった。

 

 京を身請けした貴族が望んだのか、或はオーナーがリース対策で行ったのかは分からないが、部屋に情報資料は殆ど残っていなかった。それでも諦めてなるものかと、京への愛情を燃料に不眠不休で漁り続けた結果、オーナーが隠していた取引名簿を見つける事が出来た。部屋を探索中に床の凹みに偶然気付き、カーペットを捲り上げたところ隠し倉庫が存在していたのだ。

 取引名簿、その最新の取引相手、詳細は書かれていなかったが国内である事は分かった。

 そして、京が消えた翌日に来た男の言葉――「大分良いところの貴族様に引き取られたらしいよ」

 

 国内の、それなりに大きな貴族。

 少なくとも京の身請け金をポンと出せる程度の財力はある貴族、更には地下闘技場にも顔を利かせられる家柄。地下闘技場は言うまでも無く合法ではない、しかし違法かと言われれば違う。

 言うなれば灰色(グレーゾーン)、誰もが存在を知っているものの、しかし決して糾弾しない世界の暗黙の了解(裏の法律)、そこには表の有権者が入り浸る事もある、いや、寧ろ表の権力者であるからこそ裏でも権力が生きるのだ。

 そこから察するに、国内でも有数の大貴族だろう。下手をすれば守護者(シュヴァリエ)持ちであるかもしれない。

 

 リースは表通りを歩きながら、小さく舌打ちを零した。大貴族という事は相応の権力と義務を持つ、表立って大きな動きは出来ないはずだが、逆に言えばその権力と有り余る財力を使って京という一人の人間を世界から隠す事など造作もない。

 これがどこぞの中小貴族ならば単身乗り込んで京を強奪するという事も可能なのだが、相手が国の中枢に食い込む存在だと面倒な事この上ない。京と二人で危険な愛の逃避行というのも中々どうして魅力的な案ではあるのだが、不用な苦労を京に与えるのはリースの本意ではなかった。

 

 その苛立ちが周囲に伝わっているのだろう、体格から少女と見られてもおかしくはない彼女だが、周囲の人々はリースを避けて通っている。すれ違う人々の表情は蒼白だ、その纏う雰囲気が余りにも恐ろし過ぎる為。本来ならば人の喧騒で賑わっている表通りも、彼女の周囲はまるでお通夜状態だった。

 

「情報屋を雇うか、或はルドワーク(ゴミクズ)の顧客を総当たり――いえ、何なら他の貴族から情報を集めるのも手……焦らなくても良い、京が国内に居る事は分かっている、時間は敵じゃない、(むし)ろ味方」

 

 ブツブツとリースは睡眠不足の頭で考える。その姿は傍から見れば非常に不気味なのだが、当の本人は気付いていない。

 京と言う人間を隠しても、その活動の痕跡を完全に消し去る事は出来ない。外に出れば誰かの目に触れるし、人の口に戸は建てられない。ましてや貴族は噂好きだ、京は体格が良いし顔も世界一カッコイイ、非常に腹立たしい事だが貴族令嬢の一人や二人虜になっていてもおかしくはない。

 なら、その令嬢が彼の情報を流すのも時間の問題。

 

 問題は、どうやって京を取り戻すかだった。

 

 仮に相手が大貴族だった場合、屋敷の警備はそれなり以上に厳重だろう。リースも自分の能力に絶対の自信を持ってはいるが、潜入(スニーキング)は全くの専門外だ。彼女が得意とするのは真正面から入り込んでの索敵必殺(サーチ&デストロイ)、しかしそんな事をすれば第一級犯罪者待ったなしだ。

 そうなれば国外逃亡する他ない、この国の周囲は全て同盟国で固められているので、高跳びして遠方の――出来ればこの国と同じ程度の国力を持ち、外交関係の悪い国に逃げるしかない。折角高跳びしても、国家間指名手配などされて強制送還されたら目も当てられない、そもそもリースは兎も角、京は相手に顔を知られてしまっているのだ、素性が割れている以上国に留まるのは危険すぎる。

 しかしそうなると大陸を渡る事になるのだが――追手のある中での密航、かなりリスクの高い選択肢だ、頼るのは自然と非公式の船団になるだろうし、足元だって見られる。出来れば穏便に済ませたい。

 

 最善はリースの顔が割れずに、騒ぎになる事無く京を連れ出す、コレに尽きる。最終的に京が消えて騒ぎにはなるだろうが、正面切っての殴り合いで京を連れ出した直後に騒がれるよりは良い、一日か半日か、数時間だけでも構わない。それだけの時間があれば京を連れて距離を稼ぎ、海に出る事も出来るだろう。

 

 ――時間は味方だと先程は言ったが、リースの感情からすると時間は敵だ。何故なら身請けされた京がどんな扱いを受けているか分からないから。

 通常、闘士を身請けした貴族は自分の武官(ボディガード)か、或は愛人として扱う。

 武官として扱われるのならば良い、京は元々地下闘技場でも最強と名高い男だった、そう簡単に死ぬ人間ではないし、リースはその点に於いては彼に全幅の信頼を置いている。しかし後者は駄目だ、貴族のでっぷり太った(ババア)に購入されて毎日の様に可愛がられているなど考えたくはない、考えたくはないが――あり得る話なのだ。

 

 京は世界一カッコイイ、格好良いからこそ、あり得ないと否定する事が出来ない。

 もし後者だったら京を奪還するだけでは済まさない、この世の地獄を見せてやる、()の最愛を奪った人間の末路、生きていた事を後悔させてやらなければ気が済まなかった。

 考えるだけで(はらわた)が煮えくり返る、リースはギチッと握りしめられた拳に気付き、ゆっくりと深呼吸を行った。こんな所で怒りを抱いたって仕方がない、喚き散らせば京が戻って来るならそうするが、実際は何も進展しないのだから。

 

「……あった」

 

 そんな事を考えながら歩いていると、リースは目的の場所に辿り着いた。表通りにひっそりと建っている、他の建物と比較すると少々小さい雑貨屋。相当年季が入っているようで、壁には汚れや傷が見える。窓から店内の様子を探れるが、客が入っている様子はない。閑古鳥の鳴いている不人気の店、第一印象はそれだった。

 

 看板には【フロッグ雑貨店】の文字、猫を象った随分ファンシーな看板だ。

 リースは暫しの間店の外見を眺め、それから扉に手を掛ける。チリーンと客の来店を知らせる鈴が鳴り、カウンターに肘を着いた女性が声を上げた。

 

「いらっしゃいませぇ~」

「……」

 

 やる気のない挨拶だ、リースでなくともきっと同じ様に思うだろう。

 リースが店内を眺めると、スプーンや皿、コップといった物から子どもが遊ぶような木製の玩具まで幅広い品物が棚に並べられていた。随分ラインナップが多い、けれども売れている様子は無い。中には埃を被っている品物まである、掃除くらいはして欲しいものだ。

 リースは中々の綺麗好きだった。

 

「ごゆっくりどうぞ~、あ、でも夜まで居座るとかは勘弁して下さいね~、私六時には寝たいんでぇ~」

 

 女性は恐らくこの店の店員だろう、くせっ毛の茶髪に眠たげな目元が特徴的だ。服装は私服の上にエプロンを身に着けている。愛嬌のある顔立ちなのだろうが、リースにとっては京以外の人間など、どうでも良い事であった。

 

「……別に、雑貨を買いに来た訳じゃない」

 

 どこか間延びした口調の女性を相手に、リースは淡々と告げる。女性は首を傾げ、リースは懐から一枚の金貨を取り出してカウンターに置いた。

 その瞳は仄かに危険な光を発し、声色は氷の様に冷たい。

 

オーダー(注文)――エンヴィ・キョウ・ライバット、身長百九十七センチの大柄な男、元地下闘技場選手、数日前に貴族に身請けされた、かなり高位の家柄、彼の居場所が知りたい」

 

 リースがそう告げると、女性は驚いたような表情を貼り付け、それから納得した様に頷いた。

 

「あ~……ソッチ(裏側)のお客さんでしたか、そりゃまた失礼しました」

 

 そう言って置かれた金貨を手早く回収し、「手数料、確かに頂きました~」と口にした。それからカウンターの裏から紐で綴じられた分厚い紙束を取り出し、パラパラと捲り始める。恐らく情報屋としての商売道具だろう、此処は表でこそ雑貨店を営んではいるが、裏では情報屋として名のある店であった。

 リースは店の奥から微かな殺気を感じ取る、用心棒か、或いは傭兵か。どちらにしても情報屋としての備えは万全らしい。

 

「えぇっと、男性で体格が良い、地下闘技場の選手で大貴族に身請け――年齢と、あと何日前の事か教えて頂けますかぁ~?」

「……歳は十六、身請けされたのは三日――いや、四日前」

「ふぅん~……」

 

 パラパラと何枚もの紙を捲って三十秒ほど、女性は難しい顔をしたまま紙面を見つめる。膨大な情報の中から合致するモノを見つけ出すのは一苦労だろう。しかし幸運な事に比較的早く情報は見つかった、彼女の手がとある一枚で捲る手を止めた。

 

「――三日前に『一等貴族地特別入居許可証』が発行されていますねぇ~、普通の貴族が申請するものではなく、市民以下階級を住まわせる為の」

「特別入居許可証の発行……それは確か?」

「国民管理官には此方(こちら)に情報を売ってくれる優しい方(バカ)が多くいらっしゃるのでぇ~、確かですよぉ~」

「そう……」

 

 京の入居許可証かもしれない、そうリースは考える。しかし決めつけるのは早計だ、もし他の貴族が何らかの理由で申請していた場合、無駄足になってしまう。裏付けが必要だ、少なくとも動くに足る情報が。

 

「他には?」

 

 リースは女性に問いかける。パラパラと再び紙束を捲る女性、しかしその表情は優れない。どうやらコレといった情報は無いらしい。

 

「ん~……貴族地に向かう馬車は幾つか確認されていますが、行先はバラバラですねぇ、何か目立った情報も無いですし、そんな大きい男性の目撃情報もなし――個人依頼(プライベート)なら確実に何か掴んで来ますけど、どうしますかぁ~?」

「料金は?」

「前払いで金貨百枚(百万円)からです~」

「――分かった」

 

 リースは一言で承諾し、懐からパンパンになった麻袋を取り出した。

 普通ならローブの中にも入らないようなモノだ、無論最初から持っていたモノではない。彼女の魔法を利用した物体転移である。女性は差し出された麻袋を手に取り、それから中身を確認した。中に入っていた金貨を一枚無造作に取り出すと、何やらジッと見つめだす。

 

「警戒は不要、全部本物」

「……どうやらその様で、いやぁ、すみません、余りにも簡単に支払うから驚いてしまってぇ~――ともあれ、毎度ありがとうございますぅ、情報は二日から三日後に届きますので、もう一度足を運んで頂くか、指定された場所に此方の者が出向きますのでぇ~……」

「なら、この区の宿屋『フリープの宿』に人を寄越して、部屋は203」

 

 わっかりましたぁ~と声を上げる女性。リースは既に用はないとばかりに踵を返し、雑貨店を後にする。チリーンと再び鈴が鳴り、人々の喧騒が響く表通りに戻って来た。その背後に「またのお越しを~」と間延びした声が掛かる。

 

「……待っていて、京」

 

 リースの手は、確実に迫っている。

 

 

 


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