そして、理子ファンの皆さま。ごめんなさい!
口調が違うと思う人もいるかもしれませんが、ご了承ください。
理子視点
東京 成田空港・第2旅客ターミナルの3階ーー国際線出発ロビーにて
「れいれい遅いな〜」
あたしは旅行カートに腰を下ろして、足をプラプラさせながら零を待っていた。
これから私たちはアメリカに向かう。
表向きは武偵のクエストだが、裏では『教授』が関わっている。
これは『教授』からの命令だ。零の実力を図るための仕事。
玲瓏館・M・零
高校からの編入生で、入学してすぐに数々の未解決事件を解決している。中にはあたしの所属しているイ・ウーが関わった事件すら解決してやがる。
あの『教授』が自ら立案した計画すら暴き、そして解決した。
自分では動かず、他者に現場に赴かせて犯人を逮捕させている。自分はただ事件を解き、結果を伝えるだけ。
何故、自分の手柄にしないんだ?
「やあ、りこりん。お待たせ」
あたしなりに考えていると、ロビーの正面入り口から零がやってきた。
服装は武偵制服ではなく、黒のスーツを着ている。スラッとした身長の零には不思議と似合っている。
おまけに銀縁の眼鏡までかけて、肩まで伸ばした黒髪は後ろに上げて纏めている。
「どうしたの?その格好はイメチェン?」
「私の仕事着ならぬ仕事姿さ」
「それって、防弾性?」
「勿論さ。装備科の特注品だよ。スーツは戦闘服ってね」
「ふ〜ん......あっと、その荷物は何なの?多過ぎない?」
零の姿にも驚いたけど、特に目についたのは荷物の多さだ。
ボストンバック3個、キャリーバック3個、アタッシュケース4個
あたしはキャリーバック2個だけなのに、零の荷物の多さは異常だ。何なんだ?まさか全部銃器なんてオチはないよな?
「これらかい?私の秘密兵器さ」
「中身は何なの?りこりん気になっちゃうな〜教えて」
「それは向こうについてからのお楽しみさ。時間が迫っているよ?急ごうか」
零の言葉にあたしは腕時計を見る。時刻は10時30分。
マズッ!飛行機は11時に出発するから、30分前には乗り込まないと。
あたしと零は荷物を持って出国ゲートに急ぐ。零と話していると時間の感覚を失う。こいつの言葉は聞いていると、夢中になるというか集中せざるを得なくなる感覚に見舞われる。
まるで学校の教師が「テストの範囲はここですよ」というのを聞こうとするかのようだ。
「りこりん!待ってよ。もっとゆっくり走って〜」
あたしの後ろで重そうにカートを押していながら、零が話しかけている。
そんなに荷物を持ってくるからだ!カートからはみ出てるし!
「れいれい、おっさきー♪」
今は急ごう。もう搭乗案内中だ。あたしは海外慣れしているのに、まさか慌てるハメになるとは思わなかった。
ANA NH2 ワシントン行き
ギリギリで飛行機に乗り込んだあたしたちは、ビジネスクラスに座り込んだ。飛行機の旅は快適にしたいから、贅沢しないとね。
あたしは持ってきたお菓子をバリバリと食べていると、隣に座っている零はカバンからノートパソコンを取り出して、カタカタと当たり出した。
パソコンに何を打ち込んでいるんだ?
「れいれい、何やってんの?ツイッターかな?」
「個人的なスカイプだよ」
あたしが画面を覗き込んで確認してみると、なるほど、確かにスカイプだ。
誰と話をしているんだろう?相手のハンドルネームは......『ハンニバル』?ローマ史上最大の敵といわれる軍師の名前じゃん。
零のハンドルネームは......『数学教師』って、なんか似合ってるな。
「マイクは使わないの?キーボードオンリーとか疲れない?」
「キーの方がしっくりくる。私はこっちの方が好きだよ」
あたしと喋りながらカタカタと打っていく。早っ⁉︎情報科でもこんなに早く打ってないよ。しかも、すべて英文......相手はアメリカ圏か英国圏の人間か?
文章を見てみると、えーっと......人喰いレクター、アート、音楽、作品、内臓、分解、心理、調理、食べる、敬まわない、人は物.、神も人を殺す.....意味がわかんない。暗号か?
「この『ハンニバル』って、どんな人なの?はっ、まさかれいれいの彼氏とか⁉︎遠距離恋愛だ!」
「違うよ。『ハンニバル』とは......意見交換の仲かな?彼女は精神外科医をやっていてね。心理学などでアドバイスなどを貰っているんだよ」
ふーん......女で精神外科医ね。零って、意外と外との交流関係が広いね。
武偵高校だけでなく、個人的なネットワークがありそうだ。これは、さらに調べる価値がありそうだね。
画面を眺めていると、写真が出てきた。どうやら相手が送ってきたようだ。これは......料理かな。
写真には、見るからに美味しそうな料理が写っている。
魚の内臓かな?内臓はプルプルだけど表面に程よい焼き目が付いている。血の滴る感じが伝わってくる。
「懐石料理じゃん。うわー、美味しそう。これって、『ハンニバル』が作ったの?」
「だろうね。『ハンニバル』は料理が趣味でね。古今東西、様々な料理を作っては写真を送ってくれるんだよ」
「彼女とは直接会ったことはあるの?」
「いいや。まだ会ったことはないね。でも、近い将来会うよ。必ずね」
どうしたんだ?まるで会うことがわかっているような言い草だ。
気のせいか?あたしにはワクワクしているような顔に見えるぞ?まるで心理戦を楽しむような知能犯のようだ。
あたしが疑問に思っていると、零はスカイプの画面を閉じた。
「あれ?れいれい、もういいの?他にも話すこととか無いの?」
「うん、ある程度の意見を聞けたから十分だよ」
そう言って零は新しい画面を開いた。今度はなんだ?スゴイ勢いでキーを叩いていく。パスワード画面だ......あたしが見ていても、零は何も言ってこない。見られても構わないってか?
「これって......何なんだ」
暗号を打ち込んで、零が開いた画面を見てあたしは驚いた。
そこには犯罪の分布図ーー犯行現場、犯人像、容疑者の写真、事件の関係者、犯行手口、逮捕した武偵などのデータが纏められている。
中にはイ・ウーや蘭幫の関わった事件もある。これは......パトラが関わった事件だ。こっちのは夾竹桃の事件、ってカツェとココまであるじゃん⁉︎
「リストと言えばいいかな。部屋以外でも目を通せるようーー私なりに犯罪者のデータを纏めてみたんだよ」
「これも協力者のおかげ?入学して数ヶ月でこれだけの情報を集めるなんて......誰にでもできることじゃない」
「そんな事はないさ。人との繋がり......なんと言えばいいかな〜。今、私はりこりんを見ている。りこりんは私を見ているね」
なんだ?突然、零は私の両頬に手を添えた。
その手は気のせいか......触れられていると安心する。
「お互いが見ている光景は違う。ここまで言えばわかるね?」
「何なの?りこりんにはわかんないよ」
「いずれ分かるさ」
そう言って零は画面にいくつかのデータを打ち込んだ後、「ふぁ」と大きく欠伸をした。
「ごめん......りこりん。着いたら起こして」
「あっ、うん。いいよ、お休み〜」
チャンスだ!零は人一倍、脳が疲れやすい。
『脳の疲労』これは衛生科で手に入れた確かな情報ーー確か一度、眠りにつくと簡単には起きない。今なら荷物を物色できる。
イ・ウーの事を何処まで掴んでるのか調べてやるぞ。
あたしは零のカバンをガサゴソと漁った。パソコンの中身が一番に気になるが、どんなトラップが仕掛けられているかわからないので、保留にしておこう。
荷物の中にはパスポートと財布、万年筆に『家庭栽培』の本など、どうでもいいものばかりだ。
あたしがガッカリしていると、フッと零のスーツの内ポケットに入っている赤い手帳に目が止まった。なんだ?
抜き取って開くと、中にはたくさんの数字の配列が書かれている。
これも暗号か?あたしにはわからないが、『教授』ならわかるかも。