理子視点
ワシントン ダレス国際空港ーー
アメリカ合衆国バージニア州にある国際空港。
メイン・ターミナルは、出発階、保安検査場階、到着階、地上交通階の4層からなり、すべての航空会社のチケットの発行、手荷物検査、手荷物の受け取りなどの機能を担っている。
天井の低いターミナルは、珍しくない。成田・羽田のような高いターミナルの方が珍しいくらいだ。あたしは見慣れているから驚きはしないが......
「おお〜見てご覧よ、りこりん!天井は低いし、おまけに薄暗い」
零は空港に到着して早々、はっちゃけた。アレよコレと見て回っている。
あたしが言える立場じゃないが、聞いていてうるさいよ!
何なの?学校でのクールなイメージがぶっ壊しじゃん!
アメリカ内外の観光客がチラチラと見てるし......
「れいれい、早く入国審査の列に並ぼうよ」
あたしが零に審査待ちの列に並ぶように促す。
このまま放っておいたら、1日が空港内で終わりそうだ。
入国審査を待っている人間は観光客だけじゃない。
商用で来ているスーツ姿のビジネスマン。出稼ぎに来た中国人。里帰りしてきた学生。厳ついスキンヘッドの男。お互い仲良く手を繋いだ男女。松葉杖をついた北欧系の女性。
指紋と顔写真の撮影で、蛇行する審査待ちの列で零は、
「入国審査なんてワクワクするネ。見てよ。審査官ーー白人の女性係員さんの目つきが怖いね。勿体無い......笑顔なら可愛いのに」
またしても、零ははっちゃけていた。お願いだから、静かにしてよ......あたしがそう思っていると、零は突然だんまりを決め込んだ。目を細めて、自分の前にいる入国審査待ちの列を眺めている。
どうしたんだ?
「どうかしたの?れいれい。あっ、もしかして、順番が回ってきたから緊張したのかな〜」
「あー、そうだね......国外なんて初めてだし......ここもまた、ワクワクする場所だ」
零はニィッと笑った。まるで新しいオモチャを見つけた子供の目をしてる。
何がそんなに面白いんだよ......
「おっと、私の番だ。それじゃ、りこりん先に行ってくるよーーこんにちは」
そう言うと、スナック菓子を食べている入国審査官の女性にパスポートを渡し、流暢な英語で挨拶している。綺麗な英語だ。日本語訛りが全くない。
「ーー入国の目的は?」
「戦争」
「......は?」
「......へ?」
零の発した言葉に、思わずあたしと審査官はマヌケな声が出た。
ちょっと⁉︎零ぉぉ!入国して早々になんて事を言ってんの!
「聞こえなかったんですか?」
「い、いや、聞こえましたが......もう一度お願いします」
審査官と零の視線がぶつかった。気のせいか?審査官は零に恐怖を抱いているように見えるぞ。
「ニカッ」と零が笑った。それは、微塵も悪意のない笑顔だった。
もし魔王が笑うのであれば、こんな感じなのかな......あたしはそんな事を考えてしまった。
「し、失礼しました......もう一度。入国の目的は?」
「仕事ですよ」
零は真顔になって、マスターズから発行された依頼書と入国要請書を差し出す。
本当は『教授』が発行したんだけどね。
「......」
しっかりとそれを熟読し......考えた挙句、カウンター上の指紋読取機に指をかざすように手で示した。さらに、デジカメで零の顔写真を撮る。
同時に宿泊先や滞在期間を尋ねられると、「ゴッサム・シティにいる同僚の家。仕事が済み次第帰ります」などと答えると、審査官は零にパスポートを返した。どうやら入国OKらしい。
はあ〜、よかった。一時はどうなることやら......思わずドキドキしちゃったよ。
そして「次の人」とあたしに声が掛かる。
入国要請場の先にてーー
開けたホールのど真ん中に零が待っていた。
あたしはズカズカと近づき、
「ちょっと、れいれい‼︎なんて事言うの!」
「なんて事とは?」
「戦争だよ!なんで戦争なんて言うの⁉︎下手したらテロリストと思われるじゃん!」
「あー、アレね。ちょっと審査官を分析してみたんだよ」
分析って、何で審査官を?なんだか今日は「何で」と質問してばかりな気がしてきたよ。
「彼女が胸に付けていたネームプレートはピカピカだった。あれは新品ーーこの空港に配属されたばかりの新米。目の下にクマーーナイトクラブに出入りしている。過食症の兆しがあるーーストレス気味。最後に運動不足ーー彼女は来年、肥満体質になるよ」
零はその後も自分の分析結果を語った。
空港内ーー審査官、観光客、清掃員など、あの場にいた人間についてあたしに語る。
嘘でしょう......入国審査の僅かな時間で空港内の人間を分析したっていうのか⁉︎
こんな芸当ができる人間をあたしは『教授』くらいしか知らないぞ。
まさかとは思うけど、零は『教授』と同等の能力があるのか?
「あと、私が戦争と言ったのは、分析がしたかっただけじゃない。入国時間を伸ばすーー後ろにいた人間たちを遅らせたかったからだよ」
「どうして?嫌がせのつもり?」
あたしの問いに零は「NO」と返してきた。
「私たちの後方の列ーー後ろから7番目にいたスキンヘッドの男。奴は国際指名手配の凶悪犯ーー公共施設専門の爆弾魔ってヤツだ。武偵と警察の両方から追われた。中々ガッツがある。私は御免だがネ。6年前に死亡した事になっているが、それはフェイク。おそらく、替え玉の死体を使って逃げたんだろう」
零はパソコンを立ち上げ、あたしにくるりと、画面を見せてきた。
そこには犯人のデータが載っていた。飛行機で見せてくれた項目とは少し違ったが、顔写真・本名・国籍・所属・手口・家族構成・経歴などが事細かに記されている。他にも知らない犯罪者の名前もあった。
零......これはリストだよ。多分、FBIやCIA、武偵庁が把握してない犯罪者なんかもチラホラある。
チラッと見た限り、殺し屋・スパイ・政治家・テロリストぽい人もいるし。
「それってヤバくない?早く逮捕しないとさ」
「今、私たちはゴッサムでの事件を担当している武偵。私たちが出張る必要はない。さっき地元の警察に連絡を入れた」
ロビーで待っていたのは、警察に連絡を入れていたからか。。それなら安心.......
「が、取り合ってはもらえなかったよ。いや〜参ったね。私って信頼がないのかな」
じゃなかった。「ははは」って、ちょっと待ってよ零、それって笑い事じゃないよ‼︎
「代わりに武偵には連絡は入れたよ。匿名でね。奴が化学兵器を持っている事と、共犯者、犯行現場について話してあげたら食いついてくれた。ヒーローに手柄を取られたくない、という私欲もあっただろうが、アメリカの武偵は仕事が早くて助かる」
零はチラリッと、ロビーの奥を眺めた。
誰かいるのか?あたしも見てみるが、そこには誰もいない。
「どうやら、残念な事に地元の武偵の皆さんは、ヒーローに手柄を取られるようだ。さあ、行こうか?りこりん。ここから先は''彼と愉快な仲間たち''に解決して貰おうか」
彼と仲間たち?どういう意味だ?零とあたしたちが見ていた場所には誰も......いや、前にイ・ウーでアメリカが光学迷彩マントとかいうモノを開発したって、ココが言っていたぞ。
まさかとは思うけど、それを使って隠密活動している奴らを零は見破ったとでも?
改めて、ロビーの奥を見るがやはり何も見えない。
「ヒーローなんて、コミックだけの存在かと思っていたが、いるもんだネ。さて、地元の武偵さんも加わって大混乱にならなければいいけど」
「うん?それはどういう意味なの?れいれい」
「何でもないさ♪」
やばいリアルが忙しい!
最近になってトリコを読み出したら、メテオガーリックが食べたいと思ってきました。