私は教授じゃないよ。大袈裟だよ   作:西の家

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ももまんの滝よ金次君‼︎

キンジ視点ーー

 

ーー夕方。

クラスのバカどもからようやく解放された俺は、どっかりと自室のソファーに座りながら、ある資料に目を通していた。

それは俺の人生を180度変えた事件ーー『武偵殺し』についてだ。

『武偵殺し』ーー俺の兄である遠山 金一の仇。

ある日、逮捕されたニュースを知った瞬間、俺の中に湧き上がったのは安堵感、そして消失感だった。

もうこれ以上、兄さんのような武偵が被害者にならない。

自分の手で犯人をあげられなかった悔しさ。

複雑な感情が俺を襲った。そんな思いから逃げるように俺は『武偵殺し』の捜査から足を洗った。その後は、零と共に重大な事件や他愛のない事件なんかを追ったーー今、思えば複雑な感情から逃げたいが為にヤケクソになってたかもな。

しかし、今朝の零が発した言葉で『武偵殺し』を捕まえてやろうという感情が蘇った。

捕まったのは模倣犯ーー落ち着いて考えれば簡単な事だった。

兄さんを行方不明に追い込んだ犯人がそう易々と捕まる筈がない。『何事も疑って掛かれ』探偵科で習う初歩的な事だ。ニュースをそっくりそのまま信じた自分を殴りたいぜ。

ーーパラパラと一通り目を通し、考えるがピンと来るものがない。まだ、情報が足りないか......

 

(ああ、静かだ......)

 

今朝のカージャックが、ウソみたいだ。

あの件に関しては、セグウェイの残骸と廃車になった零の車を鑑識科が回収し、探偵科も調査を始めている。

一緒に捜査するのもいいが、俺はこの件は自分でカタをつけたい。

だからこうして......

 

ピンポーン

 

ドアチャイムの音で、ハッと我に帰る。

......いけね。どうやら思考に老けってたようだ。

ソファーから立ち上がり、マンションの部屋を渡り......ドアの覗き穴から、外を見た。

するとそこにーー零がいた。何でドアチャイムを鳴らしたんだ?朝もそうだったが、俺の部屋の合鍵は渡したハズだ。

ーーガチャ。

 

「零」

 

「ヤッホー金次君。遊びに来たよ」

 

ドアを開けると、零はヨッ!と手を上げて挨拶し、靴を脱いで遠慮なく入って来た。

いくらコンビを組んでるからって、ここは男子寮なんだぞ。女子がそれも生徒会長様が軽々しく来るなよ。また、変な噂を立てられるぜ。

零は上がって早々、一目散に部屋ーーリビングに向かった。

いかん!リビングには『武偵殺し』の資料が出したままだ。

俺は慌てて、リビングに向かうが時既に遅し。零は資料を手に取り、パラパラと捲っていた。

 

「あれ〜金次君。『武偵殺し』について調べていたんだね」

 

「お前には関係ないだろう」

 

「お兄さんの仇が、本当は捕まっておらず、模倣犯として犯行を行っていると知って、ワクワクしているのかい」

 

「そんなんじゃねぇよ。俺はただ......」

 

俺が1人で『武偵殺し』を捕まると決めたのは、他の誰かに『武偵殺し』を捕まえられたくないのと、相棒であるコイツを危険に晒したくないからだ。

『武偵殺し』は兄さんを追い込んだ程の凶悪犯だ。正直、無傷で何も失わずに捕まえられる保証がない。

零は頼りになる相棒だ。それは去年から知っている。一般中出身とは思えない行動力・類稀な頭脳・戦闘能力。どれを取っても頼りになる武偵だ。俺が『武偵殺し』を捕まえたいと言えば、喜んで協力してくれるだろう。

しかし、俺が追ってる犯人は危険なヤツだ。相棒であるコイツを......

 

「危険な目に合わせたくないって、顔をしているね金次君」

 

零が俺にズイと顔を近づけてきた。って、近っ!

あまりに近すぎる為、思わず零の顔をまじまじと見つめてしまう。

白いが健康だと分かる程よい赤みのある肌、キリと整えられた眉毛、ぷるんとした唇。息遣いまで聞こえてくる。

自分の中でジワと血が熱くなる。

や、やばい⁉︎ここでヒスったら⁉︎マズイ。

俺は慌て零から距離を置く。同時に血流が落ち着いてきたのが分かる。

 

「大丈夫かい?」

 

「あ、ああ。って、今ヒスらせようとしただろう!」

 

「ごめんごめん。君が私を除け者扱いしようとしたから、ちょっと揶揄ってみたくなってね」

 

「......俺が『武偵殺し』を1人で追うって、知ってたのかよ」

 

「まぁね」

 

そう言って零はボフンと近くのソファーに座り込んだ。

 

「ねぇ、金次君。去年の12月、私達は約束したよね?一緒に『武偵殺し』を捕まえようって」

 

「覚えてたのか......」

 

去年の事を思い出す。

12月上旬ーー俺はあの日、兄さんが乗り合わせた船の事故に巻き込まれて、行方不明になったと知らされた。

マスコミは事故を防げなかった無能な武偵と、兄さんを誹謗中傷した。そして、マスコミにかられた世間は身内である、俺までも追い込んだ。

有りもしない批難を浴びせられ、俺は武偵を止めようとした。

しかし、そんな俺を零は救ってくれた。武偵というモノに絶望していた俺をどん底から引き上げてくれた。

一緒に『武偵殺し』を捕まえようとも言ってくれた。

 

「俺の知る限り、『武偵殺し』は狡猾なヤツだ。替え玉を用意できる程、非常に頭も回る」

 

「おっ!私の分析と同じだね〜。あっ、続けて」

 

「『武偵殺し』を調べていくうちに、こいつはヤバイと思ったんだ。だから......」

 

「私を危険な目に合わせたくないと?まったく、君は......このバカ!」

 

ーードフッ!

零はソファーから立ち上がると、俺のボディに拳を叩き込んだ。

痛ってぇ‼︎思わず床に膝を着きかかるが、グッと堪える。

ボクシングをやっているだけに中々のパンチだぜ。

 

「ヤバイ犯人だからこそ、協力しないといけないじゃないか!金次君にとって私って何に?」

 

「そ、そりゃ相棒......だ」

 

「......他には?」

 

零は何かを求めるような目で見つめる。

少し頬を染め、こっちを眺めてくる顔はなんだか可愛い。

 

「意地悪な所はあるが、頭脳明晰で頼りになる相棒だと思ってる」

 

「最初の方は余計だよ。ま、まあ......そうだよね〜相棒だよね......」

 

零は顔を晒す。

どうした?何故、そこでズーンと沈んだ様な顔をするんだよ?こっちはお前の事を褒めてるんだぞ。

訳がわからないでいると、零は「ゴホンッ!」とワザとらしく咳をして、

 

「金次君。私だって武偵。危険は承知な上だよ。だからこそ君と一緒に捜査がしたい」

 

「いや....だからよ。俺は......」

 

引き下がらない俺に零はそっと手を当てる。

ボクシングで鍛えた手とは思えない、ふわふわした柔らかい手だ。

 

「まったく......男の子って、どうして意地を張るのかな。本当は不安なんじゃない?」

 

「どうしてそう思う?」

 

「一目見ればわかるよ。伊達にコンビを組んでないし」

 

零は呆れたように、やれやれと首を振るう。

確かに零の言う通り、多少の不安はあるーー俺の兄さんを行方不明に追い込んだ犯人だ。俺に勝ち目はあるのかと。

 

「前も言ったと思うけど、何も全て抱え込む必要はないよ。私もいるよ?」

 

「......今まで体験したことのない危険に直面するかもしれないぞーー命を落とすかもしれない。それでもいいのか?俺と違って、お前には両親だっているし」

 

すでに両親を亡くしている俺とは違い、こいつには両親がいる。娘が死ねば悲しむだろう。死ぬ方と残される方。辛い思いをするのは残される方だ。それは俺がよく知っている。

 

「大丈夫さ。私は命を落とさないよ」

 

「どうしてそう言い切れる?」

 

「だって金次君が守ってくれるって確信してるんだもん」

 

零は「ふふふ」と笑いながら答える。

確信って、こんな不甲斐ない俺を信用しているのかよ。

 

「まったく......現場で四五六時中守れるとは限らないぞ。でもーーいいんだな?」

 

俺は零に最終確認をする。

 

「勿論さ。一緒に『武偵殺し』を捕まえよう」

 

「勝算がゼロでもか?」

 

「私と金次君が組めばゼロじゃないさ」

 

「お前、それ絶対にキメ台詞にしてしているだろう?」

 

「い、いいじゃないか!キメ台詞の一つや二つ......!」

 

零はぷんぷんと怒るが、最後は笑った。俺も釣られる形で笑った。

笑い声が部屋の中に響く。

まったく......零の言う通り、俺は意地を張ってたかもな。

 

「さて!気を取り直して早速、『武偵殺し』の捜査を始めようか」

 

ピンポーン。

 

「捜査って、まさか模倣犯が現れた時から始めてたって、言わないよな?」

 

ピンポンピンポーン。

 

「ふふふ、まだまだ探偵科としては甘いね〜。模倣犯=偽物とは限らないぞ。模倣犯=成りすまし犯とも思わないと」

 

ピンポンピンポンピピピピ!

 

「入学当初から探偵科伊達に疑い深いってか?」

 

ピポンピポンピピピピピポーン!

 

「ヒドイな〜。探偵科として当然の......」

 

ピポピポピポピピピピピンポーン!ピポピポピポピンポーン!

 

「「あー!うっせえな!」」

 

誰かがさっきから俺の部屋のチャイムを連射している。

あまりの喧しさに耳を塞いだ零と声がカブる。

 

「ちょっと金次君。誰か見てきてよ」

 

零に言われるがまま、玄関まで移動し渋々、ドアを開けるとーー

 

「遅い!あたしがチャイムを押したら5秒以内に出ること!」

 

びしっ!

両手を腰にあて、赤紫色のツリ目をぎぎんとつり上げたーー

 

「か、神崎⁉︎」

 

制服の 神崎・H・アリアがいた。

なんで コイツが ここに ⁉︎

 

「アリアでいいわよ」

 

言うが早いかアリアは靴を玄関に脱ぎ散らかし、とてててと俺の部屋に侵入してきてしまった。

 

「お、おい!」

 

俺はそれを止めようとしたが、するっ。ヤツの子供並みの身長のせいで、屈んでかわされる。

 

「待て、勝手に入るなっ!」

 

「トランクを中に運んどきなさい!ねえ、トイレどこ?」

 

アリアは俺の話なんか耳を貸さず、ふんふんと室内の様子を見回す。そしてトイレを発見すると、小走りに入ってしまった。

 

「金次くーん?誰が来たんだい?」

 

リビングから零の間延びした声が聞こえる。

......いかん。

今、リビングには零がいる。そして、トイレにはアリアが入っている。この2人はなぜか知らんが、非常に仲が悪い。今朝のカージャック然り、HR然りだ。鉢合わせしたら、どうなるか分からんぞ。

 

「てか、トランクって......」

 

玄関先にはアリアが持ってきたと思われる車輪つきのトランクがちょこーんと鎮座していた。小洒落たストライプ柄のトランクだ。

 

「あんたここ、1人部屋なの?」

 

トイレから出てきたアリアは、俺には目もくれず部屋の様子を窺っている。そしてリビングに侵入し......

 

「何でアンタが此処にいんのよ!」

 

零と鉢合わせした。

零を視界に入れたアリアは、ぐるる〜と犬歯を剥き出しにし唸る。お前はイヌか⁉︎いや、小ささから必死に威嚇する子猫に見える。

 

「私は金次君の相棒だからさ。なんか文句ある?」

 

威嚇された零は喧嘩口調で話す。

こちらはぶわと広がった黒髪で顔に影ができ、おまけに目が座ってるーーゴミを見るような目だ。その姿はまるで前足を上げて威嚇する毒蜘蛛のようだ。

 

「今すぐ出てけ!」

 

「君が出ていけ。3秒以内に」

 

バチバチとお互いの目から火花が散る。

俺はゴシゴシと目を擦るが、未だに火花が見える。幻影じゃないのか⁉︎疲れているから幻を見ているだけだよな?

 

「金次君に何のようだい?此処に来た限り、金次君に用があって来たんだろう?」

 

「そ、そうだったわ!アンタに構ってる場合じゃなかったわ」

 

アリアはリビングの一番奥、窓の辺りまで来ると。

くるっーと。

その身体を夕陽に染め、アリアは俺に振り返った。

 

「ーーキンジ。あんた、あたしのドレイになりなさい!」

 

「.....」

 

「ーーはぁ?」

 

無言が支配する空間に第一声を投じたのは零だった。

投じた声は今まで聞いたことのないような声をしていた。怒りと憎しみを込めた感じだ。

 

「君は意外と前頭葉が発達していないようだね」

 

「何よ?話があるなら5分だけくれてやるわ」

 

「ありがとう。では早速......いきなり部屋に上がり込んで来て、金次君にドレイになれとは一方的な馬鹿な要求をするもんだな〜と思ってさ。ねぇ、金次君?」

 

「あ、ああ......ドレイってなんなんだよ。どういう意味だ」

 

「強襲科であたしのパーティに入りなさい。そこで一緒に武偵活動するの」

 

一緒にって、俺は探偵科に転科した上に零とコンビを組んでいる。アリアとコンビを組むことはできん。『武偵殺し』を追いたいしな。

 

「それって、私から金次君を奪うって捉えていいのかな?私の相棒をさ」

 

零。言葉に気をつけろ。奪うって、変な捉え方をされるぞ。

 

「アンタの事聞いたわよ。玲瓏館・M・零。探偵科所属Aランク。一般中からの編入生でありながら、超新星の如く現れ数々の難事件を解決した。事件の中にはプロの武偵ですら手を焼く未解決事件すらね。そこのキンジとも」

 

アリアは俺に視線を移した。

そこのは余計だ。確かに俺と零は未解決と呼ばれる事件も解決したが、あれは殆ど零が解決に導いたようなモノだ。

 

「ロンドン武偵高でも噂は聞いてたわ。最初、会った時はわかんなかったけど、まさかあんたが『天才(ジーニアス)』とは思わなかった」

 

「ロンドンまで名前が通っていて嬉しいよアリア」

 

「ほら!さっさと飲み物ぐらい出しなさいよ!無礼なヤツね!」

 

ぽふ!

盛大にスカートをひらめかせながら、アリアはさっき俺が座っていたソファーにその小さなオシリを落とした。

 

「コーヒー!エクソプレッソ・ルンゴ・ドッピオ!砂糖はカンナ!1分以内!」

 

無礼者はそっちだ。

てか、エクソプレッソでルンゴ・ドッピオって、零が勧めてこないヤツじゃねぇかよ。

 

「金次君はそのままアリアの相手をして。コーヒーは私が出すから」

 

「何よ?アンタ、コーヒー出せるの?だったら早く出しなさい。さっきも言ったけど」

 

「ご心配なく。エクソプレッソのルンゴ・ドッピオで御座いますよね。オキャクサマ」

 

零はそれだけ言うと、キッチンにあるエクソプレッソマシンへと向かう。そして1分もしないうちに戻って来た。

 

「はい、金次君の好きなリストレットだよ」

 

ソファーに座って待つ、俺に零はコーヒーを差し出してくれた。

カップをテーブルに置く際、物音も立てず静かに差し出す、その姿はウェイターの様だ。

丁度良かったぜ。俺もコーヒーが欲しかったところだ。

 

「はい、アリアもどうぞ」

 

ガチャ!

 

アリアの方ーーカップを差し出す際、物凄い音を立てながらテーブルに置いた。僅かにカップからコーヒーが溢れた。

俺とは扱いが全然違う。

 

「もっと静かに置きなさいよ!ていうか、キンジと扱いが違うし!アンタわざとやってるでしょう⁉︎」

 

「さーて、ナントコトカナ?わかりませんね〜。ほら、入れてやったらんだら早く飲めよ。冷めちゃうよ」

 

「まあ、いいわ。飲んでやるわよ......ずず」

 

文句を言いながらもコーヒーをすすり、

 

ブゥーーーー‼︎

 

盛大に吹いた。漫画でしか見たことない光景だ。

うわっ‼︎汚ねぇ!俺の方に吹くな!

 

「これルンゴ・ドッピオじゃない!リストレットだし!おまけに砂糖が入ってない!」

 

「あっ!ごっめーん。間違えて金次君と同じ、リストレットを入れちゃった♪」

 

「間違えて入れるワケないでしょう!絶対わざと入れたわね!思いっきり苦味を凝縮して入れてるのが証拠よ。言い逃れなんて許さないから!」

 

「お〜、勘だよりの武偵さんにしては考えたね。前頭葉が発達していないと言って悪かったね。前略撤回するよ」

 

「馬鹿にして......!前頭葉が発達していないのはアンタの方よ。もし、本当に入れ間違えてたなら、頭の中を見てみたいわ。こんな初歩的なミスをする頭をね」

 

「私は君の舌の作りを調べてみたいな。砂糖なしコーヒーで吹くようなお口の中をね」

 

俺を挟んで、2人の美少女が嫌味を言い始めた。

頼むから、俺の部屋で発砲騒ぎに発展しないでくれよ。

 

「あたしはアンタの感性を知りたいわね。こんな緩いコーヒーを平気で客に淹れるなんてね」

 

アリアはカップを手に取り、ヒラヒラと見せびらかす。

そうか?俺は丁度いい熱さだと思うが......

零の方を見ると、額にビキッ!とM字状の青筋が浮かんだ。

 

「そうだね〜。転校生ちゃんはこんな緩いコーヒーは飲まないよね。ゴメンゴメン。淹れなおしてくるよ」

 

アリアのカップを手に取ると、再びキッチンに戻っていった。

その横顔は笑っていたが、目は一切笑っていない。俺には分かるーーアレは怒っている顔だ。

待つこと1分ーーキッチンから零は出て来た。

 

「はい、お待ちどうさま」

 

ガチャ!

 

ミトン手袋をした手でカップをテーブルに置く。

カップのコーヒーはボコボコと泡立ち、凄まじい熱気で湯気が立っている。あまりの熱にカップはガチャガチャと振動して、今にも割れそうだ。

なんじゃこりゃ⁉︎熱いにも程があるぞ。ガスバナーで炙ったのか?

 

「さあ、冷めないうちにどうぞ」

 

満面の笑みを浮かべ、アリアに飲むよう勧める。飲めるものなら、飲んでみろと顔で言っている。

 

「そ、そうね。これくらい熱くないとね」

 

と、両手で左右から持ったカップを顔に近づける。

おい、本気で飲むのかよ。カップを持ってる手が真っ赤だぞ。

 

「ずず......ま、まだ......ずず。ちょ、ちょっと緩いわね」

 

本当は熱いのだろう。顔を真っ赤にしながらもコーヒーをすする。

痩せ我慢全開で出されたコーヒーを飲み干した。

そんなアリアの様子を零は驚きながら見ていた。まさか、本当に飲めるとは思わなかったようだ。

 

「おなかすいた」

 

アリアはいきなり話題を変えつつ、ソファーの手すりに身体をしなだれかけさせた。

 

「なんか食べ物ないの?」

 

「あん饅ならあるぞ」

 

下のコンビニで買ったあん饅をキッチンに置いたままにしていた。

相棒の零が好きなんだよな。よく張り込み捜査の時、よく囓ってた。

そのせいか?俺も思わず考えなしに買ったが俺は肉まんが好きだ。

 

「あん饅?ももまんはないの?」

 

ももまんーー一昔前にちょっとブームになった、桃の形をしただけの要するにあん饅。

ももまんもあん饅も大して変わらんだろう。

 

「ももまん〜?何、君ってあんなモン食べるの?」

 

零はももまんが嫌いだ。前に頼まれてあん饅を買いに行ったら、無かったので代わりにももまんを買ってきたら、右ストレートパンチが飛んできた、アレには俺でもK.Oしかけたぜ。

 

「ももまんが好きで悪い?あっ、分かったわ!アンタ、ももまんが嫌いなんでしょう。食べて下痢になったクチね」

 

「...,...何でそう思うんだい?」

 

「勘よ‼︎」

 

「何が『勘よ‼︎』だ!もっと具体的に述べたらどうですか〜?」

 

「アンタ、一瞬だけ狼狽した上に言葉が詰まったでしょう。それが証拠よ。動揺しまくりで分かりやすくて助かるわ」

 

「はぁ〜?相手の態度を見ただけで分かるスキルが君にあるんですか〜」

 

零よ。お前なら相手の顔を見ただけで、一発で分かるだろうーー相手を構築する情報全てを。

 

「アタシには分かる。あんたは過去に、ももまんを食べて下痢になった。ももまんを嫌ってるのが証拠よ!」

 

「嫌ってるのは認めよう。しかし、食べて下痢にはならないよ」

 

零は最後まで食い下がらない。

すまんな零。アリアの話を聞く限り、そんな気がしてきたぞ。

コイツのももまんの嫌い感はハンパない。明らかにももまんで何かあったのは明白だ。

 

「じゃあ、証明してやるわ‼︎キンジ、そこの松本屋のももまんを買ってきなさい。コイツに食わせてやるわ」

 

アリアは俺の方にととんと歩いてくると、う、おい、近いよ、と思うぐらい顔を近づけて命令してくる。

 

「やめろーー⁉︎コイツの命令に従うな!行かないで金次‼︎」

 

零が大声を上げ、俺を引き止める。イヤイヤとばかりに目を涙を浮かべる。

あっ、零。お前、認めたな。

 

「ハッ!」

 

自分の失敗に気づいたのかーー零はアリアの方を見る。今の零は、まるで探偵に「犯人は貴女だ!」と、名指しされた犯人のようだ。

アリアは勝ち誇った様子で、

 

「それは肯定と捉えていいわね。ほら、見なさい!やっぱりももまん食べて下痢になるじゃない」

 

ニィと勝利の笑みを浮かべ、零をビシッと指差す。その姿はまさに名探偵さながらだ。

 

「あー!そうですよ!下痢になりますよ!何か文句ある⁉︎」

 

零が暴露した。ヤケクソだな。

 

「私の勘が当たった。覚えてるわよね?今朝の事を!」

 

今朝ーーあれか、零がアリアの勘を馬鹿にして、次で勘で何か当てたるか、事件を解決したら土下座して謝るってヤツか。

 

「私の勘を、一族の勘を馬鹿にされた、怒りを、苦しみを、悔しさを、アンタにも思い知ってもらうわ。やりなさい。やれーー‼︎レイーー‼︎」

 

半沢直樹かよ⁉︎アリアは最終回のセリフを少し弄って大声で叫ぶ。

お前も見た事あるのか?あの最終回の名場面を。

零の方に視線を移すと、

 

「ああぁぁぁぁ!ああ......あ、あああぁぁぁ......‼︎」

 

某常務さながら膝に手をつけ、必死に土下座を拒絶する。しかし、プルプルと膝が床に触れる所で、

 

「って、やるわけないでしょうが‼︎このピンク頭‼︎」

 

アリアに飛びかかった!

 

「この嘘つき!土下座しないよ‼︎」

 

グッグと取っ組み合いが始まった。

 

「うるさーーい‼︎土下座するのはお前の方よ!私の愛車をボロボロにしやがって......‼︎」

 

「あんなアマガエル廃車も同然よ!それに廃車にしたのはアタシじゃない!」

 

お互い組み伏しながら、ゴロゴロとリビングを転げ回り暴れる。

転げ回る際に、俺の部屋の家具ーーテーブルやソファーが倒れる。蹴り倒されたテーブルから、カップが床に落ちて割れた。

 

「フロントガラスをバカスカ撃ち抜いてよく言えるわね!この悪魔!」

 

「悪魔はアンタの方よ!嘘つき腹黒女!」

 

「君って、絶対に推理が苦手でしょう!勘に頼らないと何もできないヘボコ武偵!」

 

「そういうアンタはガチガチに考えてからじゃないと、行動に移せないでしょうが!ビビり武偵!」

 

「お、おい!落ち着けよ2人とも」

 

「むぎーー‼︎」

 

「うがーー‼︎」

 

2人はゴロゴロと転がり、リビングの一番奥ーーベランダに出た。

ベランダまでくると、2人は立ち上がり態勢を整え、取っ組み合いが再び始まった。

アリアは零の顔を捻り、零はアリアのツインテールを引っ張り始めた。幼稚園児の喧嘩かよ。それとベランダで喧嘩するな‼︎危ねぇぞ。

 

「このウナギみたいなツインテールかば焼きにしてやる!」

 

「その蜘蛛みたいな面ひっぺ剥がしやるわ!」

 

ベランダの手すりに背中を預け、アリアのツインテールを引っ張りる。アリアは零のほっぺを両手で抓る。

ベランダの外ーー真下には海が広がっている。

 

「ロンドンでアンタの作戦立案を見たけどね、どれもこれも古臭いのよ!よくこんな作戦で生き残れるって、感心しちゃったわ!」

 

「はぁ⁉︎私の作戦の何処が古いのよ!感心しちゃったって、絶対に嘘でしょうが!嘘が下手過ぎ!」

 

「あーー‼︎もう最悪よ!最初、アンタの作戦ーー『囲い』は素晴らしいと思ったわ。アタシも参考にしたのに!でも、まさか考えた武偵がこんなヤツだったとはね!」

 

「あんただったのねーー‼︎私の作戦パクったの!このパクリピンク頭‼︎」

 

零はアリアの言葉に思い当たるものがあるか、一際態度を改め怒りを露わにした。

ツインテールを引っ張る手に力が入る。

 

「パクって何かいないわ!それ言うながらアンタの方こそ!」

 

アリアも零の言葉に思い当たるものがあるか、犬歯をむき出しにして怒る。

零の頬を抓るアリアの手にも力が入る。

 

「うるしゃーーいッ!パクったでしょうテメェー‼︎よくも自分の手柄にしやがったな!なーにが、最優秀学生武偵だ!」

 

「あたしが解決したんだからもうパクりじゃないわ!」

 

ベランダで死闘?を繰り広げる2人は足を縺れさせ、バランスを崩して、

ーーズル!

 

「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼︎」」

 

甲高い悲鳴を上げながら、真っ逆さまに落ちていき、

ドッボーーン!

海に落ちた‼︎何やってんだあの2人は⁉︎

俺は慌てて、水面を見るがボコボコを水泡が上がるだけで浮いてくる気配がない。

居ても立っても居れず、俺は2人を助ける為に海に飛び込んだ。




とある浮世絵にてーー
2人の美少女と1人の年若い男が描かれている。
小学生ほどの緋色のツインテールをなびかせる少女と、肩まで伸ばした真っ黒な髪をした少女が、取っ組み合いしている。
その2人を止めようとする少し根暗ぽい男子。

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