私は教授じゃないよ。大袈裟だよ   作:西の家

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ベランダでの一件から暫くしての話です。



ホームズ......いいえ教授の帰還です。

キンジ視点

 

女子寮前の温室にいた理子からアリア対策の為、アイツの情報を得た俺は自分のマンションに戻らず、零のいる女子寮に向かった。

以前話していた『武偵殺し』について解った事があるから情報交換をしようとの事だ。

男子の俺が女子寮に足を踏み入れるのは、気が引けるが兄さんの仇である『武偵殺し』を捕まえる為だ。ココはこらえよう。

 

女子寮に入り、途中ですれ違う女子達の痛い視線を無視しながら、俺は真っ直ぐと零の部屋を目指す。

3階の奥にある部屋のドアに到着し、ドアチャイムを鳴らす。

 

ピンポーン

 

「零。来たぞ」

 

「どうぞ 入って来たまえ 開いて ますよ」

 

ドアチャイムを鳴らし、声をかけると変な返事が聞こえてきた。

確かに零の声だが、少々おかしいーーまるでツギハギにしたような声だ。

疑問に思いながらもドアノブを捻る。

 

ーーガチャ

 

言われた通り、部屋の鍵は開いていた。

不用心だな。いくら武偵高の寮とはいえ侵入されたらどうするだよ。

俺はドアを開けて、部屋の中に入るとギョッとした。

零の部屋の中は植物園だった。

理子との待ち合わせ場所に指定した温室と同じような状態だった。

玄関で俺を最初に出迎えてくれたのは、モンステラと呼ばれるビル内の飾りとして見られる、びりびりに破れたデカイ葉っぱの観葉植物だった。

なんじゃこりゃ⁉︎前に来た時はこんなの無かったぞ。

よく見ればモンステラだけじゃない。

温室でよく見られる黄色い花が特徴のアランダ、「森のバター」と呼ばれる黒色の実のアボカド、花の後ろから垂れる距の部分が長い白い花のアングレカム・セスキペダレ、5弁の星のような花の夜来香。

 

色とりどりの花だけじゃなく、最初のモンステラのような植物ーー背が高く葉っぱが細長く幅は狭い棕櫚竹、白い糸のもじゃもじゃが特徴の滝の白糸、葉っぱの広がりがユニークなパキラ、細長い葉っぱのパピルス、ハート形の葉っぱのホア・カーリー。

 

ここはジャングルかよ。アイツはいつから探検家に転職したんだ?しかも、かなり暑いな。女子寮前の温室とはエライ違いーー温度差だ。

あまりに暑いので、上着を脱ぐ。

ガサガサと植物をかけ分けながら、零がいるであろうリビングを目指す。

 

「庭師が必要だな」

 

ーーコッコッ

ーーメェ〜

 

歩いていると植物の中から何かの鳴き声が聞こえてきた。

聞こえた方に俺は目を向けると、ニワトリとヤギがいた。

ニワトリは俺の前を横切って植物の中に消えて行き、羊は何かしらんが紙をムシャムシャと食べながら、ジーと俺を見つめている。

いつからココは動物園になったんだ......

 

「キンジ君のアホー、キンジ君のアホー」

 

呆れる俺の真上から間の抜けた声が聞こえてきた。

誰がアホだ‼︎

視線を上に向けると、そこには木に止まったオウムが目に付いた。

俺に発見されても気にも止めずアホと連呼する。

犯人はコイツか......しかもアホだと?零のヤツ、オウムにいらん言葉を覚えさせるなよ。

オウムを無視して再びリビングを目指した俺は、ようやくお目当の人物である零を発見した。

ソファーをベランダ側に向けて座り、俺の方に背を向けている。

 

「おい、零。来たぞ」

 

「よく見つけたね。感心したよ」

 

ベランダの窓に顔を向けて俺の方に目を向けてこない。

背中越しに見ただけだが、零から生気を感じない。

疑問に思った俺は、近づいてみると疑問の正体を知った。

零だと思ったソレは零じゃなかったーー零そっくりの人形だった。武偵高校のセーラー服を着せた人形をソファーに座らせただけだ。

どういう事だ?確かに零の声が聞こえた筈だが......

人形を調べてみると、人形の胸の部分に小型スピーカーが仕込まれていた。どうやらコレで話していたようだ。

俺が話しかけたタイミングといい、何処かで俺を見ているのか。

 

ーーバシュッ!

 

空気を切れる音と共に背中に痛みを感じた。

痛ッ!何だ⁉︎

俺は背中に手を回してみると、細長いモノが手に触れた。抜いてみると、それは吹き矢だった。

スポーツ用品や玩具としての吹き矢ではなく、狩猟などで使われる本格的な細長い吹き矢だ。

どうして突然こんなモノが刺さってくるんだよ?毒とか塗られてないだろうな?

矢が飛んできた方向を見るが、そこにはココに来る途中で出会った羊が、相変わらずムシャムシャと紙を食べているだけだった。

 

「あーあ、金次君一回死亡」

 

今度は森林の中から零の呆れたような声が聞こえきた。

何処にいるんだよ?隠れんぼのつもりか。

 

「お前の勝ちだ。負けたよ」

 

俺は諦めてリビングの空いたソファーに腰を下ろす。

俺は隠れんぼをしにきたんじゃないんだぞ。付き合ってられん。

 

ーーバシュッ!

 

ソファーに座る俺に空気の切れる音ーー吹き矢の飛んで来る音が聞こえた。

痛ッ!今度は胸に刺さったぞ。

 

「ふふふ、驚いたかい?」

 

ガサガサと草を掻き分けて来た零の姿を見て、俺は飛び上がりそうになった。

零はバスタオルを一枚身体に巻いただけだった。

真っ白なバスタオルからは、零の綺麗な素足が丸見え状態だ。

暑い室内のせいか、バスタオルを巻いた胸部には汗が滲み出ている。

 

「何でバスタオル姿なんだよ⁉︎服を着ろよ!」

 

「いや〜、観賞用植物を飾る為に室内を温室にしていたら、汗を掻いちゃってね。軽くシャワーを浴びてきたんだよ」

 

「だったら早く服を着ろ」

 

「ヤダ。また汗掻いちゃう」

 

零はキッパリと言い切る。

バスタオル巻いた姿で威張るな。正直目のやり場に困る。

目をそらす俺を見た零は、ニヤッと悪そうな笑みを浮かべると、

 

「暫くしたら服を着てあげるよ。チラッ」

 

バスタオルの下部ーー太ももの奥武藤曰く、絶対領域が見えるか見えないかの絶妙な部分をピラッと捲ってみせた。

 

「馬鹿ッ!見せてくるな!」

 

俺は慌てて腕を前にして視界を遮る。

人前ではしたない事をするなよ。お前は痴女か!

 

「ごめんごめん!ほら、コッチを見て」

 

謝る零に俺はソーッと顔から腕を退かす。

 

「と見せかけて、ばぁーん‼︎」

 

「うおッ!」

 

掛け声と共に零はバァッ!と身体に巻いたバスタオルをとった。

俺は咄嗟にソファーから飛び上がり、零に背を向けた。

やめろ‼︎バスタオルを取るな!後ろを振り向くなよ俺。何があっても後ろを向くな。ある意味でコレはホラーな状況だ。後ろに貞子がいると思え遠山 金次よ。目を合わせたら死ぬ。

必死に背を向ける俺の後ろで「ププッ!ぷぷぷ」と零が笑いを堪えている。

 

「ごめん!ふざけすぎたね。コッチを見てよ金次君」

 

「誰が見るか。この痴女め」

 

「あー、まったく。ほら!」

 

「うわッ!」

 

背を向ける俺の前に零がやって来た。

バスタオルは巻いていなかったが、代わりに水着を着ていた。

去年の海水浴で着ていた真っ赤な水着だ。日焼けを知らない肌が水着を目立たせる。

本当にこいつは白いな。野外でも活動するから、少しは日焼けしてもいいんだが。

 

「驚かすなよ。寿命が1年縮んだぜ」

 

「私の水着姿を見たんだから、そこは1年伸びたと言いなよ」

 

「その格好でいられると迷惑だ。さっきも言ったが早く服を着ろ」

 

風邪を引いても知らんぞ。

 

「金次君。さっきも言ったけど温室にするのに室内温度を上げてるから、暑くて服なんて着られないよ」

 

零はオウム返し風に言葉を返してきた。

よほど暑いのか?首筋には汗が垂れている。

そんなに暑いなら何故部屋を植物園ーー温室にしたんだ?

 

「この植物は何だ?園芸家でも目指しているのか?」

 

「よくぞ聞いてくれたね。これを見てよ」

 

そう言って零は、植物の一角をガサガサと漁りだし、ナニかを取り出した。

零が取り出したソレは、小型スピーカーとボウガンの付いたーー銃座のようなモノだった。

 

「何だよコレ?」

 

「2日前の『武偵殺し』が使っていたオモチャーーセグウェイを覚えているかい?」

 

零の言葉に2日前の朝の出来事を思い出す。

『セグウェイ』ーー無人で、人が立って乗るべき部分にはスピーカーと1基の自動銃座がついたタチの悪いアレか。

 

「コレはそのボウガンバージョンだよ。大破したセグウェイを回収して調べて同じようなモノを作ってみたんだ」

 

「よく作れたな」

 

「コレは中々面白いよ。遠隔操作ーー特定の電波で自由自在に操作できる。スピーカーで脅迫できるし、カメラを搭載すれば高みの見物と洒落込みながら、武偵を襲える」

 

零の手にはいつの間にかスイッチのようなモノが握られており、カチッと押した瞬間、

 

ーーバシュ!

 

銃座に取り付けられている吹き矢から矢が飛び出した。

飛んだ矢はそのまま壁にズン!と突き刺さった。

 

「金次君の身体に刺さっている矢は、刺さっても画鋲程度のダメージしかないけど、今、放ったコレは威力を上げてある。矢は銃と違って、銃声もしないからこんな森林で使えば効果覿面だと思わないかい?」

 

銃座に付いたボウガンをコンコンと叩きながら尋ねてくる。

矢は銃と違い単発で外せば、装填に時間が掛かるが、それは対象と面と向かって相手取る場合だ。

こんな視界の悪いーー何処に潜んでいるか分からない空間で使えば、仮に外しても危険は少ない。

銃と違い銃声もしないから、居場所を特定され難い。おまけに、同じような装置を複数設置しておけば、相手に戦力を把握されない上に誤認させる事もできる。撹乱や暗殺にはもってこいだな。

 

「それで?こんな装置を使って俺に危機感を持ってほしかったのか?」

 

「まあ、それもあるね。仮に『武偵殺し』が暗闇やこんな森林で同じような事をしてきたらどうだい?今、金次君に刺さってる矢は画鋲程度ーー吹き矢だけど、このボウガンや前日のセグウェイに装備されていたUZIだったら、今頃お陀仏だよ。言ったよね?一回死亡って」

 

零の言葉に俺は思わず、背筋がゾッとした。

確かに零の言う通りだ。前日は白昼堂々の犯行だったから良かったものの、『武偵殺し』が零のようなスタイルで襲ってきたら、俺は今頃お陀仏だっただろう。

 

「君はまだまだ危機感が足りてないね〜」

 

「......すまん」

 

俺は一言謝る。

これじゃ、どっちが守られているか分からんな。昨日の巻き込みたくない発言を取り消したいぜ。

 

「君が危機感の足りてない間、私は研究で忙しくてね〜。羊の副腎からホルモンを抽出したり、この独創的な装置を考案したり、しかもその間に我が武偵人生で、最も重要な事件についての捜査も進めていたのだよ」

 

気落ちする俺の側に零はやってくると、それまでの経緯を語りだした。

研究って、あの不気味なキッチンでまた変なモノでも作っていたのかよ。羊やニワトリが部屋にいたのはその為か。

 

チューチューチュー

 

植物に隠れた一角ーーキッチンの方から何かの鳴き声が聞こえてくる。

 

「おっと!目を覚ましたか」

 

零はその鳴き声で思い出したのか、キッチンの方に歩いていく。

俺も気になったので後に付いていく。

 

「よーし、みんな生きが良くて宜しい」

 

キッチンのテーブルにあったのは、瓶詰めの生きたネズミだった。よく実験なんかで見られる毛色の白いネズミだ。

一、二匹どころじゃない。ざっと見た限り十匹はいるぞ。

 

「このネズミ達は何だ?お前のペットか?だとしたら増やすなよ。知っているだろうが、ネズミは繁殖力がバカにならん」

 

「違うよ。コレはエサだよ。あと、新薬の実験も兼ねて眠らせていたけど」

 

エサ?飼っている本命のペット用か?

 

「どんなヤツに食わせるんだよ?蛇か?」

 

「蛇じゃないよ。''彼女''にだよ」

 

零がヒューイ♪と軽く口笛を吹くと、ガサガサとキッチンの入り口の草を掻き分け、ソレは姿を現した。

正体は蜘蛛だった。それもただの蜘蛛じゃない。胴体は緑と紫と赤が入り乱れ、長い足は毛むくじゃらで、まるまると太っている。

大きさは丁度、俺の手の平くらいだ。

零はガサガサと張ってくる蜘蛛を手のひらに乗せ、

 

「彼女の名前はマダムと言ってね。前にホテルを経営している知人から貰ったんだ」

 

俺の方にグィと差し出しながら紹介する。俺の姿を捉えた蜘蛛ーーマダムは複数の単眼で怪しく俺を睨む。

正直言って、見せないでほしい。よく蜘蛛なんて触れるな。とても俺には触れられん。

知人から貰ったと言ったが、蜘蛛をプレゼントするなんて変わった知人だな。見るからにコイツは毒蜘蛛だろ。危ねえぞ。

 

「頼むから籠に入れてくれよ。絶対にソイツ毒持ってるだろう」

 

「コラッ。金次君、レディに対してーーソイツと呼んだら悪いよ」

 

俺の言葉に機嫌を損ねたのかーーマダムは前足を上げ、シャーと低く唸り俺を威嚇する。

まさか、さっきの言葉が気に入らないーー人間の言葉を理解しているのか?

 

「彼女は非常に賢いーー人間の言葉を理解できるくらいにね。それと金次君の言う通り、強い毒を持っている。次に彼女の機嫌を損ねたら、ガブリとやられちゃうよ」

 

零は手に乗っているマダムを撫でて宥める。

 

「コ......マダムはお前のペットか?だとしたら変わってるな蜘蛛をペットにするなんて」

 

「蜘蛛をペットにしている人は沢山いるよ。あっ!それと、訂正するけどマダムーー彼女は私のペットじゃない」

 

「お前が飼っているんだからペットだろう?」

 

「違うよ金次君。彼女はあくまで私の同居人だよ。私に懐いている訳じゃないから、油断すれば私もお陀仏だよ」

 

そう言って零は瓶詰めにされているネズミを一匹取り出すと、マダムに差し出した。

尻尾を持たれ逆さ吊りになったネズミはもがくが、抵抗虚しくマダムに首筋を噛み付かれた。

キュッ!と短い悲鳴を上げ、ネズミは暫く暴れるが直ぐに動かなくなった。

 

「マダムは獲物を襲う際、一度で仕留めず毒で弱らせ様子を見た後、倒せるーー食べられると判断してから捕食するんだ」

 

「本当に賢いんだな」

 

「まったくその通りだよ。それと彼女はグルメでねーー食物はしっかりと選ぶ」

 

零はそう言って、ネズミを捕らえたマダムをテーブルに置いた。

 

「レディの食事をジロジロ見るものじゃないよ。私達は別の部屋に移動しようか。あんまり見ているのは彼女に失礼だよ」

 

マダムをキッチンに残して、リビングに戻る。

 

「放っておいて大丈夫なのか?いきなり襲ってきたりしないだろうな?」

 

「大丈夫。マダムには私から襲わないようーー相手を教えてあるから。勿論、その中には金次君も含まれているよ」

 

「相手を識別できるのか」

 

「うん。襲わない相手、その付添人なんかは襲うなってね」

 

「......なぁ、まさかとは思うが、放し飼いにしてないだろうな?」

 

「おっ!よく分かったね。その通りだよ」

 

やってんのかよ⁉︎キッチンに現れた時に怪しいと思ったが......

あんなオッカナイ蜘蛛が部屋に放し飼い状態だと思うとゾッとするぜ。番犬ならぬ番蜘蛛だなアレは。

 

「蜘蛛に部屋の番をさせるよりも、防犯カメラの方がよほどいいと思うぞ」

 

「私は自分の部屋ーープライベートな空間には監視装置の類は置きたくないんだよ。なんて言えばいいかな......カメラがあると推理に集中できないんだよねー。監視されてる感があって」

 

零はリビングのソファーに座ると足を組んだ。

水着姿でそんなポーズを決められると、なんだか変な感じがするな。

 

「まあ、それはさて置き......前に約束した『武偵殺し』についての捜査状況を話そうか」

 

零は思い出したかのようにソファーから立ち上がると、別室に向かった。

別室ーーそこは前に零が事件の関係性を調べるために作成したーー事件の関係図、通称蜘蛛の巣がある部屋だった。

相変わらず、ここは一段とゴチャゴチャとしているな。天井や壁一面には地図が貼られ、おまけに地図にはそこで起きた事件の情報ーー新聞記事・現場写真・聴取一覧が赤い糸で結ばれている。

 

「ドリンクでも飲みながら話そうじゃないか......温いけど。『武偵殺し』を捕まえる前祝いだ。私と金次君が挑む大事件となるだろう」

 

「相変わらず見事な関係図だこと」

 

「金次君の目の前にあるーー蜘蛛の巣を辿ってごらん」

 

俺は言われた通りに目の前の関係図を辿っていく。

 

「では質問。イギリスーーロンドンの武偵を巻き込んだバイクジャック。アメリカーーニューヨークの武偵車両のカージャック事件。そして日本ーー浦賀沖でのシージャック......その共通点は」

 

辿っていくと、兄さんを巻き込んだシージャックに行きついた。

浦賀沖事件.....俺に『武偵殺し』を追うきっかけを作った例の事件か。

更に辿って行くと『イ・ウー』というワードにたどり着いた。

 

「お前が作った関係図によると、『イ・ウー』と『武偵殺し』は関係しているとあるが」

 

「『イ・ウー』ーーこれは個人を表すのではなく、組織名だと私は考えているんだよ」

 

「組織?仮にそんなのが存在するとして、俺たちの追っている『武偵殺し』はそこに所属していると?その事を立証する証拠はあるのか?」

 

質問すると零は「これだよ」と言い、別の壁ーー蜘蛛の巣に貼られた新聞記事をトントンと指し示す。

それは『武偵殺し逮捕』と書かれた記事だった。

 

「これはアレだろう。『武偵殺し』が替玉として他人を身代わりにした記事じゃねぇか」

 

「それだけだと思うかい?この蜘蛛の巣を辿ってごらん」

 

零の言われるがまま、俺は再び関係図を辿った。

コレが何になるってんだ?

渋々、辿って行くと『武偵殺し』の事件だけじゃなく、ヨーロッパ全土で勃発した誘拐事件、超能力者ーー通称『超偵』の謎の失踪事件にぶつかった。

 

「スケープゴートにされた人物には『武偵殺し』だけじゃなく、今辿って貰った事件にも関与した容疑がかかっているーー個人でね。これらの件で懲役864年が課せられているよ」

 

零の言葉に、俺は目を丸くした。

864年って、殆ど終身刑じゃねぇか。

 

「1人の人間が単独で世界中でこれだけの犯行を、同時に行えると思うかい?私の計算では、これだけの犯行を世界中で行うのに、最低でも200人近い共犯者が必要にはなるがね」

 

「確かにな......よく見れば、別の事件と他の犯行時刻が同時刻のモノもあるじゃねぇか。どう考えても単独では無理だ」

 

「これだけの事件ーー罪を''個人''に被せるのには''単独犯''では無理だ。組織的な犯罪集団が関わっていると見て間違いないよ」

 

「これらの事件には『イ・ウー』ってのが関わってるのか。この犯人たちも『イ・ウー』の一味か」

 

「そういう事だよ」

 

一つの記事から組織犯罪を立証してみせた。

こいつの頭の良さには感服するぜ。しかし、組織名『イ・ウー』をどうやって知ったんだ?

 

「記事を見て分かるけど、これには逮捕された犯人ーースケープゴートについて殆ど書かれていない。詳細が故意に隠されている。ただ単に逮捕としか書かれていない」

 

「故意にだと?記者が......或いは政府が関わっているのか?」

 

「私も気になってね。実は今日の昼休みに容疑者が留置されている新宿警察署に行ってきた」

 

警察署って、替玉の勾留場所まで特定していたのかよ。道理で昼休みに見かけなかったワケだ。

 

「面会したのか?」

 

「できなかったよ。警察曰く、『身内か付添人以外はお断り』だそうだよ」

 

ーー手がかりなしか。

 

「しかし、成果が無かったワケじゃないよ。容疑者には身内がいる。その自分はスケープゴートにされた容疑者仮にKとしよう。初審に有罪が言い渡されたK氏を無罪にする為に『イ・ウー』による犯行を立証しようとしている。自ら真犯人達を追ってね」

 

「ソイツは警察か武偵なのか?だとしたら、凄いな。個人にこれだけの罪を着せることができる存在ーー組織を相手取るなんてな」

 

「まったくだね。惚れ惚れするよ」

 

零は本当に関心しているのか満足気だ。

コイツが見たこともない相手を、ここまで褒めるのは珍しいな。

 

「その人物には味方がいるみたいだよーー弁護士がね。どうやら、犯行を立証するために二審・最高裁まで引き延ばしてくれてるみたい。でも、いつまでも引き延ばしは効かない。その人物は焦っているだろうーータイムリミットは刻一刻と過ぎていく」

 

「......なあ、零。もし俺とお前で『武偵殺し』を捕まえたら、この替玉にされた人を助ける事はできるのか?」

 

「おや?正義の味方の血が騒ぐのかな?」

 

零が俺に尋ねる。

正義の味方って、そんなんじゃねぇよ。ただ......気に入らないだけさ。『武偵殺し』もソレに関わってる『イ・ウー』とか言う組織もな。

 

「まぁ、助ける事はできると思うよ。私の計算上、『武偵殺し』の罪122年分はチャラにできる」

 

「122年って、無罪にできないのかよ」

 

「そりゃそうさ。『武偵殺し』の罪は無罪にできても、後の冤罪742年が残っている。ゼロにするには他の事件の真実ーー真犯人を裁判所に引っ張ってこないとね」

 

助けるには、他の事件を解決しないと無理ってワケか。

 

「もし金次君が本気でK氏を助けたいと思うなら、私も全面的に協力してあげるよ」

 

零は部屋の隅に置かれた、ガラスの容器と2つのグラスを手に取ると、容器に入った水のようなモノをグラスに注ぎながら言った。

 

「いいのか?『武偵殺し』の件は兎も角、他の事件は関係ない事だぞ」

 

「私はね金次君。この『イ・ウー』がどうも気に入らなくてネ。正直、存在自体がムカつくんだよ」

 

零が俺の目にも分かるくらいに怒りを露わにした。

今日は本当に珍しい事ばかりだな。ここまでコイツが怒りを他人に見せる事なんて無いのに。

零も武偵だし、他人に冤罪を着せてのうのうとしている組織が許せないって、ワケだな。

 

「いいかい。コレは影を追う戦いだよ。猫と鼠、教授と探偵、マントと短剣」

 

「蜘蛛とハエじゃないのか?」

 

俺は零の言葉を訂正する。

こいつを動物に例えるなら蜘蛛が似合っているだろう。張り巡らせた巣にハエーー犯罪者がかかるのを巣の中心で待ち。かかった瞬間、一気に食らう。

 

「悪くない例えだね」

 

零は自分のグラスーー水のようなモノを注いだグラスに口をつける。

俺の分も注いでくれていたようなので、遠慮なく手に取る。

丁度よかったぜ。こうも暑いと喉が乾く。

飲もうとグラスに口をつける際、刺激臭がした。何だ?

フッと側にある容器に目が止まった。

ラベルが貼ってある......名前は『ホルムアルデビド』とあった。

 

「おいっ‼︎これは死体の防腐液じゃねぇか!」

 

「そうだよ。君も飲みなよ。暑い時には最高だ」

 

俺を無視して零はグィと飲み干す。

『ホルムアルデビド』ーー人体へは、濃度によって粘膜への刺激性を中心とした急性毒性があり、蒸気は呼吸器系、目、のどなどの炎症を引き起こす。皮膚や目などが水溶液に接触した場合は、激しい刺激を受け、炎症を生ずる。発癌性があると警告されている。

 

「それ以上飲むな。死ぬぞ」

 

「異常かな?」

 

「ああ、文句なしでアブノーマルだ」

 

「放心状態?」

 

「病気だ。鎮静剤が必要だ」

 

それを最後に暫く沈黙が続く。

まさかとは思うが、コレを使って料理なんてしてないだろうな?これは調味料じゃないからな!

 

「まあ、さて置き......『イ・ウー』の壊滅をこの目で見る。そして、邪悪な陰謀が広がるのを必ず阻止する」

 

零が話題を変えてきた。コイツめ......はぐらかしたな。

 

「『イ・ウー』は何をするつもりなんだ?目的は一体何なんだ?」

 

「馬鹿な事を......いいかい。悪者が罪を犯すのに理由などないんだよ金次君。誰も、警察も、政府も、『イ・ウー』も......」

 

「俺たちが止める、だろう?」

 

俺はグラスを差し出す。

 

「これを飲めば一緒に捕まえられるのか?」

 

「絶対とは言い切れないけどね♪」

 

「はぁー、その間にお前が身体を壊さない事を祈るよ」

 

ーーカァン!

 

そう言って乾杯する。

俺は飲む振りをするが、零はまた飲んだ。コイツの身体はどうなっているんだ?そもそも味覚の方が心配だ。

 

「ところで気になっていたんだけど、腕時計はどうしたんだい?いつも手につけていたのに」

 

「ああ、ここにくる途中で理子に壊されてな」

 

「女子寮前の温室ーーバラ園でだね」

 

「俺はバラ園で会ったとは言ってないぞ」

 

「この金次君から僅かに漂ってる香り......やわらかな杏色の花を咲かせる香りの良いアンティークタイプのバラ『アンドレ・ル・ノートル』。

フランスの造園家と同じ名を持つ薔薇があるのは学園島でココーー武偵高のバラ園だけ。香り具合からして、そこまで時間は経っていない。よって必然的にバラ園にいた事になる」

 

零は俺に近づき、クンクンと匂いを嗅ぐ。

香り具合って、よく刺激臭が漂う中で分かるな。

 

「探偵科で情報怪盗の異名を持つりこりんに何を調べさせたのかな?」

 

「聞かない方がいいぞ」

 

俺の答えに零は首をコテンと曲げる。

俺は2日前ーー自分の部屋でも出来事を思い出す。

目の前にいる零はりこりんに調べさせた相手ーー『神崎・H・アリア』と取っ組み合いになった挙句、ベランダから海に落下した。

俺が慌てて海に飛び込んで助けにいくと、2人は懲りず水中でも取っ組み合いを続けていた。

意地なのか?お互い相手よりも先に水面に上がるのが嫌で息が切れるまで喧嘩していたな。

 

「まぁ、別にいいよ。それで壊れた時計はどうしたんだい?」

 

「理子がお詫びに直してくれるってさ」

 

「ふーん。成る程ね......ならさ、それまでの間、私の時計を使いなよ。丁度余っているからさ」

 

「あのクラシカルな懐中時計か?アメリカのオークションで買った」

 

「違うよ。金次君が使っているタイプと同じ腕時計だよ。後で貸してあげるよ」

 

貸してくるなら有難いぜ。

携帯でもいいが、咄嗟に時間を確認するのに腕時計は必須だからな。

 

ーードサッ

 

部屋の入り口で何が倒れる音が聞こえた。

目を向けると、羊が倒れていた。さっきまでムシャムシャと紙を食べていた羊だ。

 

「あの羊に何をした?」

 

「トウゴマを加工した紙を食べさせた。果実は非常に毒性が強いからね」

 

『トウゴマ』ーートウダイグサ科トウゴマ属の多年草。別名、ヒマ。 種子から得られる油はひまし油として広く使われており、種にはリシン という毒タンパク質がある。

俺はヤギに近づき様子を見るが、呼吸が弱くなってきている。

 

「おいっ!このままじゃ死んじまうぞ......!」

 

「これは絶好の機会だ!」

 

何かピンときたのか?零は突然部屋を漁りだし始めた。

そしてお目当の品物ーー小型の注射器を見つけると、

 

「この特効薬を......!」

 

ぐさッーー!

 

羊の心臓部に注射針を突き立てた。

 

「副腎から抽出したホルモンと牛の肝臓で作った復活薬を試してもいい?」

 

「遅い。やる前に言え」

 

俺が呆れていると、さっきまで弱っていたのが、ウソのように羊が飛び起きた。

 

「おい。急に元気になったぞ」

 

「うん。そうだね」

 

「よかったらくれよ。もしかしたら、必要になるかもしれん」

 

「いいよ。進級祝いにあげる」

 

零は「はい」といって注射器を渡した。

俺は有難く受け取った。

 




生レバーネタ......あれを見たことがある人はきっと分かるかな。

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