私は教授じゃないよ。大袈裟だよ   作:西の家

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昨日、仕事を終えて家に帰宅してみると、どこで知ったのか弟から「この作品の武偵殺し編の続きを書いてよ!」って言われました。
まさか身近に読者がいたとは......突然の事で「えっ?」と目が点になる経験をしました。
「外伝を書いてからはダメ?」とついでに尋ねてみると、「外伝はいいから本編を書いて!」と言われちゃいました(苦笑)


アクロバット飛行は好きかい?

零視点ーー

 

現在、私はANA600便ーー『空飛ぶリゾート』と言われる、全席スィートクラスの超豪華旅客機に乗っている。

金次君からこの飛行機に乗るという連絡を受け、私は急いでタクシーを捕まえると走る車内で変装ーーキョウになり、空港に到着して早々、金属探知機そっちのけで機体に乗り込むと、タイミングを見計らったかの様に飛行機は滑走路に入り離陸してしまった。

 

「はぁー、なんでこうなったんだろう......」

 

普通の飛行機とは違うキャビン・デッキーー2階にある12の個室がある通路を歩きながら愚痴をこぼす。

金次君の飛行機に搭乗するという連絡を受けたからこそ、私はここにいる。

何故か?彼が『武偵殺し』とついでにアリアを始末する舞台に上がるのを阻止したかった?

いいや、阻止しようにも金次君は既に飛行機に乗った後だった。

そのまま放っておく事もできたのに......考え無しにーー突発的に行動し今に至る。

 

「これからどうしようかな......空港に引き返そうにも、ね」

 

機内を見渡しながら、これからの事を考える。

一度離陸した飛行機が引き返しorダイバートするには、大きく分けて3つ。

パターンその1・空港(滑走路)の閉鎖ーー航空機のトラブルや、滑走路の緊急補修(日本ではほとんどないが、海外でたまある)、大雪による除雪、火山噴火に伴う降灰でも閉鎖されることがある。

 

地上にいる誰かに指示して、目的地のロンドン空港を閉鎖させ最寄りの空港に着陸させようにも、今の私には連絡する為の手段がない。

改めて自分の装備を確認する。

ウェブリー Mk I×弾倉30発。

シングル・アクション・アーミー×弾倉20発。

右袖に仕込んだスリープガン一丁。

ワスプナイフ1本。

携帯端末×1つ。

そして愛用の仕込み杖。

 

うん、如何に自分が準備なしに現場に来たのかが分かるね。

果たして、これだけの装備で何処までやれる事やら......仲間なし、来たのは自分だけってね。

空港連絡に関してはコクピットに管制塔への通信装置くらいはある筈

連絡に関しては今は保留にしておこう。

 

パターンその2・航空機自体のトラブル、機内でのトラブルーー当然外部要因ではない、運航している航空機自身のトラブルで引き返しまたはダイバートする。

例えば機材が故障した場合。国内線であれば運航距離が短いため、途中でトラブルが発生した場合でも目的地まで飛行できたり、出発空港に戻るにもそう遠くない場合がある。乗員と航空会社のオペレーション担当との協議にもなるが、乗客の利便性や代替機材の有無、その空港で機材の整備が可能かどうか、といった観点から着陸空港が決められることが多い。

 

......機内でトラブルを起こす事はできるーーそれも飛びっきりのスーパートラブルをね。

チラッと床に視線を移す。

当初のプラン通りなら、この真下ーー貨物室に爆弾が仕掛けてある。飛行機どころか都市部を吹き飛ばせる2000ポンドの爆弾が。

適当な乗員に爆弾が仕掛けてあります!と伝えるか?又は貨物室に上手く誘導して爆弾を発見させるか?

爆弾騒ぎを起こせば一発で空港に引き返してくれるだろうが、その後が問題だ。

この爆弾はあくまで『武偵殺し』が仕掛けた物だという事にしなければならない。いや、そうあるべきなのだ。

『武偵殺し』が騒ぎを起こしてくれないと私が困る。

爆弾を有効的に使うには、まずは『武偵殺し』を見つけることから始めるか......

 

3・悪天候ーー突発的な悪天候や、予想を大きく上回る悪天候だった場合など、やむを得ず他の空港に向かうことがある。

 

台風も近づいているし、空港側もそれを考慮してANA600便の出発を平日より早く飛ばしている。

 

ガガン!ガガーン!

比較的近くにあったのだろうーー雷雲から、雷の音が聞こえてくる。

ガガーン!ガガガーーン!

今度のは一際デカイ。

おかしいな......今のは明らかにヤバかったよ。下手に直撃すれば墜落の危険性がある。

パイロットがわざわざ雷雲の側を飛ぶとは思えないが......

私が揺れる機内で疑問に思っていると、

 

パン!パァン!

 

突然、音が機内に響いた。

今度のそれは雷鳴でなく、武偵高に入学してから聞き慣れた音ーー銃声だ。

咄嗟に私は通路の物陰に身を潜める。

同時に銃声を聞きつけたのだろう。12の個室から出てきた乗客たちと、数人のアテンダントーー文字通り老若男女が、不安げな顔でぎゃあぎゃあ騒いでいる。

銃声のした機体前方を見ると、コクピットの扉が開け放たれている。

 

「おや、おや。見かけによらずパワフルだね」

 

そこにいたのは、これといった特徴のない小柄なアテンダント。

彼女が、ずる、ずる、と機長と副操縦士を引きずり出している。

2人のパイロットは麻酔で眠らされているようで、全く動いていない。

非殺傷とは優しいね〜。

どさ、どさ、と通路の床に2人を投げ捨てたアテンダントを、物陰に隠れながら見ていると、

 

「ーー動くな!」

 

アテンダントに拳銃を向ける人がーー金次君だ。やっぱり乗ってたか。

彼の声にアテンダントは顔を上げると、にいッ、と、その特徴の無い顔で笑った。

そして1つウィンクをして操縦室に引き返しながら、

 

「Attention Please.でやがります」

 

カージャック時、セグウェイが発した語尾を口ずさみながら、ピン、と音を立てて、胸元から取り出したカンを放り投げてきた。

 

「キンジっ!」

 

恐怖を押し殺した顔して部屋からアリアが、悲鳴を上げて出てくる。

ーー考え無しに出てくるなんて馬鹿なの?

シュウウウ......!

これはーーガス缶だね。

探偵科で習った毒ガスの知識を頭の中で検索をかけるが、当てはまる物がない。

刺激臭・目眩・吐き気とうなしーーだだの煙幕だ。

 

「ーーみんな部屋に戻れ!ドアを閉めろ!」

 

アリアを部屋に押し込めるようにしながら、金次君が叫ぶ。

積極的でヤバいシチュエーションぽいけど、なんか見ていてイラっとしてくるな〜。

そんな私の気持ちとは裏腹に、ばたん、と扉を閉める一瞬前にーー飛行機はグラリ、と揺れ。

ばちん、と機内の照明が消え、乗客たちが恐怖に悲鳴を連ねた。

暗闇はすぐに、赤い非常灯に切り替わった。

煙幕が晴れるのを待ち、私は物陰から非常灯に照らされた通路に出る。

 

「さてさて、金次君にアリア、他の乗客は部屋に篭っちゃたし、『武偵殺し』は何処かに消えちゃったーー機内にいるのは確かだけど」

 

床に投げ捨てられたパイロット2人に近づき、容態を確認する。

2人とも脈はあるし、呼吸もほぼ正常。やはり眠らされてるだけだった。

私が容態を確認し終えるとーー

ポポーンポポポン。ポポーン。ポポーンポポーンポーン......

ベルト着用サインが、注意音と共に点滅をし始めた。電気系統をバックしたか。

 

「これは......和文モールスだね。何々......オイデ オイデ イ・ウー ハ テンゴク ダヨーーオイデ オイデ ワタシ ハ イッカイ ノ バー ニ イルヨ、か。明らかに金次君とアリアを誘ってる。あの2人なら挑発に乗りそうだ」

 

2人が篭っている部屋を目を細めて眺める。

暫く部屋の前に立っていると、

ガガーン!

再び雷鳴が聞こえてきた。

耳の鼓膜を破るような音を拾った瞬間、一つの疑問が浮かぶ。

現在、この飛行機は誰が操縦している?

前方の操縦室に視線を移すと、開いていた扉はいつの間にか閉ざされている。

『武偵殺し』の共犯者が操縦?奴は単独を好むからその線はなし。

となると、オートパイロットか?いくら、パイロットがいないとはいえ、こうも雷雲側を飛行するだろうか?偶然にしては変だ......まるで故意に飛行しているかの様に。

操縦室に移動すると案の定、扉は堅く閉ざされている。

どうやら『武偵殺し』が姿を消す際に閉ざしたようだ。

 

「律儀に閉めたってワケじゃないし、ここには何かあるみたいだネ」

 

倒れている機長と副操縦士から非接触ICキーを拝借し、私は操縦室に入る。

ーーガチャ!

入室と同時に誰かがキャビン・デッキーー個室から出てくる気配が......!

慌てて操縦室の扉を閉じ、通路が見えるよう少しだけ開けると、金次君とアリアが部屋から出てくるのが見えた。

どうやら1階のバーに向かうようだ。

2人の後を追いかけたいが、今はこっちを調べてからにしよう。

追う気持ちをグッと抑え、操縦室を調べ始める。

 

「ふふふ、これは面白そうなモノがあるよ」

 

操縦席にはセグウェイの銃座にも似た機会が置かれていた。

ザッと見た限り、これで飛行機のオートパイロット機能をハックして、遠隔操作できるみたいだ。

ガガーン!ガガガーーン!

雷光が操縦室を真っ白に照らす。

 

「ーー今夜は嵐の夜になりそうだ」

 

 

金次視点ーー

 

ゆかに点々と灯る誘導灯に従って、俺とアリアは慎重に一階へと下りていく。

1階はーー豪奢に飾り立てられたバーになっている。

その、バーのシャンデリアの下。

カウンターに、足を組んで座っている女がいた。さっきのアテンダントだ。

彼女は、武偵高の制服を着ていた。

それも、ヒラヒラな、フリルだらけの改造制服だ。

 

「随分と、ノロノロ来やがりましたねえ」

 

言いながら......ベリベリっ。

その顔面に被っていた、薄いマスクみたいな特殊メイクを自ら剥いだ。

 

「ーー理子⁉︎」

 

「Bon soir」

 

ぱちり、と俺にウィンクをしてきたのは、理子ーーだった。

この異常な状況に、俺は愕然とする。

俺と台場で別れてから、コイツもーーこの飛行機を追っていたというのか?

 

「アタマとカラダで人と戦う才能ってさ、けっこー遺伝するんだよね。武偵高にも、お前たちみたいな遺伝系の天才がけっこういる。その中でも......お前の一族は特別だよ、''オルメス''」

 

「ーー!」

 

理子に言われた単語に、アリアは電流に打たれたように硬直した。

オルメスーー確かホームズのフランス語読みだったよな。

アリアの家の名を何故、コイツがわざわざフランス語に訳す?

 

「あんた......一体......何者......!」

 

眉を寄せたアリアに、にやり、と理子が笑う。

 

「理子・峰・リュパン4世ーーそれが理子の本当の名前」

 

リュパンだと?

確か、あれか。探偵科の教科書に載っていた、あのフランスの大怪盗。

零が熱心になってプロファイリングしていたからよく覚えている。

理子はあの、アルセーヌ・リュパンの......ひ孫だってのか⁉︎

 

「お前がリュパンのひ孫で、そんで『武偵殺し』か。最強の組み合わせだな」

 

「『武偵殺し』?ああ、あんなのプロローグを兼ねたお遊びだよ。本命はオルメス4世ーーアリア。お前だ」

 

じろ、と、理子がアリアを見る。

その目は獲物を狙う、獣の目だ。

 

「100年前、曽お爺さま同士の対決は引き分けだった。つまり、オルメス4世を斃せば、あたしは曽お爺さまを超えたことにを証明できる。キンジ......お前もちゃんと、役割を果たせよ?」

 

「俺の役目だと......?」

 

「オルメスの一族にはパートナーが必要なんだ。だから条件を合わせるために、お前をレイから引き離して、アリアとくっつけてやったんだよ」

 

俺にワトソンになれってか。

理子は再びいつもの軽い調子に戻って、くふ、と笑った。

 

「キンジのチャリに爆弾を仕掛けたんだけど、レイに邪魔されて仕方なく、レイの車からわっかりやすぅーい電波だけ出してあげたの」

 

「......あたしが『武偵殺し』の電波を追ってることに気付いていたのね......!」

 

「そりゃ気づくよぉー。あんなに堂々と通信科に出入りしてればねぇー。でも、アリアてば爆弾が仕掛けてあると勘違いして、レイの車をスクラップにしゃったよねぇー」

 

車1台で2人を不仲にし分裂させたってのか......⁉︎

こいつに、兄さんは......!

 

「何もかも......お前の計画通りだったってワケかよ......!」

 

「そうでもないよ。予想外のことばっかりだったもん。チャリジャックは失敗、バスジャックもレイに邪魔されたし」

 

バスジャックもこいつがやったのか。零の読み通りだったな。

 

「キンジの腕時計を狂わせたのに、その当日に隠されるし。おまけに自分から目覚まし時計を送りつけて、キンジ、お前をバスに乗り遅れさせないようにしやがった」

 

理子の口調が段々とバカ理子からキレた理子に変わる。

腕時計ーー理子が温室で俺の腕時計を壊したのは、わざとだったのか。

零はそれを見透かして、俺にあの目覚まし時計を送りつけたのかーー電気ショックは余計だったがな。

 

「それだけじゃない。バスジャックで散々あたしの邪魔しやがった。スパイダーに爆弾仕掛けるわ、伏兵使ってドローンを潰してきやがる。正直言って、あそこまでイライラしたのは初めてだよ」

 

ボニー&クライドによる遊撃、ビルからの狙撃の事を言ってるのか。

零よ先の先を読む行動は大したモノだーー理子がイラつくのも無理はない。

 

「零がいつ、あんたの邪魔したってのよ。バスジャックの時、邪魔したのはキョウだったじゃない」

 

「......ねぇ、キンジ。アリアに話してないの?理子、不安になってきたよ」

 

アリアは未だにキョウの正体が、零だと気付いていないご様子。

そんなアリアを見て、理子は大丈夫なのか?と、不安げだ。

アリア......いい加減に気づけよ。

 

「まぁ、いい。忌々しい零もいないし、今度から気兼ねなくやれる」

 

再び獲物を狙う、獣の目で俺とアリアに向ける。

ここでおっぱじめるつもりか......!

衝動的に、俺がベレッタを握る右手に力を込めた瞬間。

 

パチパチパチパチ

 

「はいはーい、ちょっと待ってもらえるかなー?」

 

バーカウンターの後ろから拍手をしながら、バスジャックの時に遭遇した金髪碧眼の美少女が姿を現わす。

 

「ッ!」

 

見間違いようがない。あれは零の変装した姿ーーキョウだ。

声も変声術であの時と同じ声にしている。

おまけに持ち手に『M』と刻印された愛用の杖を持って。

来てくれたのか......!

 

「キョウ......!あんたも来てたの⁉︎」

 

「まぁ、ねぇー。金次君から熱〜いメッセージを受けたからには、駆けつけないワケにはいかないでしょう?」

 

アリアは突然のキョウの登場に驚いている。

そんなアリアの様子がおかしいのか、キョウは変装マスク越しに頬が釣りあがっている。

あっ、絶対に笑いを堪えてやがるなコイツ。

 

「おいッ。てめぇ......その姿はなんのつもりだよ?あたしを、馬鹿にしてんのか⁉︎」

 

キョウの姿で、自分の計画を散々邪魔された記憶が蘇ったのだろうーー理子がキレた。

対してキョウはどこよ吹く風とばかりに受け流して見つめているが、俺には何処か残念なモノを捉える目に見えてしかたない。

 

「別に馬鹿になんかしてないさ。ただ、私はりこりん。君の事を思ってこそ、この姿で来たんだよ」

 

「ああ?」

 

「この姿の方が燃えるでしょう?ーーリベンジ的に」

 

その瞬間、理子の顔から表情が消えた。

いいや、消えてない。浮かび上がったのは、憤怒の表情だ。

完全にキレたようだ。

 

「ふ......ふ、ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

雄叫びとともに小ぶりな拳銃ーーランサーP99を構えた理子がキョウに突進してきた。

その姿はまるで、獅子のように。

 

「おっと......!」

 

キョウはスカートのポケットから、携帯端末を取り出すと、ピッ、と一押して、突然その場に杖を突き立てしゃがんだ。すると、

ーーぐらっ。

零がしゃがむ場所とは正反対ーー俺とアリア、理子が立つ場所がガクンと下がる形で、機体が大きく左に傾く。

 

「キャッ......!」

 

「アリア......!」

 

俺は咄嗟に宙に投げ出されそうになるアリアの手を掴むと、空いた手でバーカウンター席を掴んでどうにか耐える。

逆に宙に投げ出される形となった理子は、距離を詰め飛び掛かったキョウに蹴りをお見舞いされた。

 

「ぐぅぅ......!」

 

腕をクロスさせガードするが、小柄な理子はサッカーボールのように蹴り飛ばされ、バーカウンターに背中を打ち付けられる。

理子はカウンターを掴んで身体を起こすが、

ーーぐらっ

再び機体が揺れる。

今度は飛行機全体が回転し、左翼が真下を向く形で止まり、天地が横にズレたかのような錯覚に襲われる。

同時に、バーカウンターにあった酒類がガラガラと音を立て、何本も床に転がり落ちる。

 

「どうしてさ......⁉︎この機体はあたしがコントロールしてるのに......!」

 

「オートパイロットのプログラムを書き換えさせてもらったよ。この機体がこれからどう機動するのか、私だけが全て知っている」

 

バーカウンターにしがみ付いて耐える理子に対し、キョウは余裕の表情で、いつ移動したのか機内の壁に両足をつけて、状況を説明してみせた。

 

「オイ、オイ‼︎いつの間にそんな事をやったんだよ⁉︎」

 

飛行機のプログラムを書き換えたって、ホイホイできるモンじゃないぞ。

 

「他の乗員・乗客はどうした⁉︎俺らはともかく、こんなアクロバット飛行についていけねぇぞ」

 

「それなら大丈夫。ここに来る前に乗客に『シートベルトを締めて、部屋から出ないでね』と''命令''してきたからさ」

 

「やるんなら、やるって言いなさいよ!このバカキョウ‼︎おかげで、ふ、服がめくれちゃったじゃないの......!」

 

文句を言い放つアリアは、制服の上着がペランとめくれちゃってる。

めくれた上着の下からはトラプン柄の、し、下着が丸見えだ!

 

「こ、このバカキンジィィ‼︎見てんじゃないわよ‼︎」

 

腕を掴むアリアから爪を立てられる。

痛てぇ!バカ、やめろ⁉︎落としちまうだろうが!

 

「ああ、ごめんねー。それよりも可愛らしい下着してるネ〜。それって、ナニ?君の趣味かい?」

 

「余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ!」

 

バーカウンターから理子がワルサーを構える。

狙いはキョウの頭部だ。危ねぇ!

俺が叫ぼうとした、その時、

ーーグン!

又しても、機体が大きく揺れた。今度は水平飛行になり、天地が元戻りになったが、突然の変化に理子はついて行けず、身体が大きく揺れる。

パァン!パァン!

キョウの頭に向かって発砲したつもりが、彼女の右こめかみ横をすり抜けるだけに終わった。

 

「どうしたんだい?首がガラ空きだよ」

 

キョウはバーカウンターに背を預ける理子に向かってダッシュし、距離を縮まると腰からナイフを抜き放ち、首を狙って刺すが、理子は床を這う形でキョウの背後に回り、体勢を立て直すと、同時に理子を狙って刺したキョウのナイフは、彼女がいたバーカウンターに深々と突き刺さる。

 

「今のって明らかに9条違反よね?」

 

「あ、あぁ......」

 

バーカウンターで戦闘を眺めて、俺たちは愕然とした。

さっきのキョウの攻撃は明らかに9条違反だ。

しかも、あのナイフは殺傷能力抜群のワスプナイフじゃねぇか。

人間に使えば、刺した箇所が氷菓子のように粉々になるぞ。

 

「れ......いや、今はキョウって呼んでやるよ。さっきのは9条破りバリバリ待ったなしだぞ」

 

「だだの脅しだよ。りこりんなら躱してくれると分析済みさ」

 

ググゥと腕に力を入れ、バーカウンターに深々と突き刺さったナイフを抜こうとするが、抜ける気配はない。

抜けないと悟ったキョウは、ナイフから手を離し、改めて理子の方を向いた。

理子をジッと見つめるその目はまるで、彼女を構築する全ての情報を紐解くようにも見えた。

 

「さて、りこりん。私から提案があるんだけど、イイかな?」

 

右手で頭を掻きながら、理子に話しかける。

 

「何だよ?大人しく捕まれっての......」

 

理子が話し終えようとした、その瞬間、

パァン!

一発の銃声がバーに響き渡った。

 

「......ッ......!て、てめぇ......⁉︎」

 

ガクッと腹部を抑え、膝を付く理子に向かって、キョウは右手をピンと伸ばしていた。

理子に何をした?

よく見ると、キョウの右袖から細い煙が上がっているのが分かる。

袖口から見えるのは、スリープガンか⁉︎

どうやら会話で理子の不意を突き、アレで防弾制服越しに彼女の腹部を撃ったようだ。

 

「ノン。ノン。'余裕ぶっこいてちゃ、ダメだぞりこりん''」

 

「〜〜〜〜〜ッ‼︎」

 

ワザとらしく、それも理子本人の口調に似せて煽る。

完全にご立腹な理子は、もう一丁、ワルサーP99をスカートから取り出し、ばんっ!と床を蹴ったかと思うと、2丁拳銃を構えて襲いかかる。

いける、と判断したのだろう。キョウの火器を見て。

常に防弾制服を着用している武偵同士の接近戦では、拳銃弾は一撃必殺の刺突武器になりえない。打撃武器なのだ。

となるとモノを言うのは、装弾数となる。

あの広いスカートの中に、弾が20発でも30発でも入るUZIを隠し持たれていたら不利たが、ワルサーP99には通常16発までしか入らない。それが2丁あるから、最大32発。

対するキョウのウェブリー Mk Iは6発。シングル・アクション・アーミー通称ピースメーカーも6発。

2丁合わせても、最大12発しかない。そう12発だ。

リボルバー最大の弱点ーー装弾数の少なさで、圧倒的にキョウが不利だ。

向かってくる理子に、キョウは太もものホルスターから、右手にウェブリー、左手にピースメーカーを抜いて構える。

迎え撃つ気だ.....!

バリバリバリバリッ!という音を上げて、理子はキョウを至近距離から撃ち始めた。

 

「このッ......さっさとくたばれ!」

 

「えー、やだよ」

 

理子はキョウを至近距離から、拳銃で撃とうとせめぎ合うが、キョウは余裕の表情を崩さず、理子の腕を弾く。

 

「キョウのやつ、一発も撃とうとしないじゃない」

 

「たぶん、あいつは弾を温存するのが狙いなんだろう」

 

バッ!ババッ!

バリバリバリバリッ!

問答無用で撃ってくる理子に対して、キョウは射線を避け、躱し、相手の腕を自らの腕で弾くだけで、戦闘が始まってから、一発も発砲する気配がない。

リボルバーは装弾数の少なさもそうだが、リロードするまでが長い。弾切れを起こせば、隙を突かれかねないーー理子がソレを見逃すはずがない。

 

「このッ......!撃ってこいよコラッ!」

 

「はっはっはっはっは。そんなに怒ってどうしたのさ?可愛いい顔が台無しだよ」

 

バリバリバリバリッ!

ヘラヘラと可笑しそうに笑って、さらに理子を煽って、ワルサーをガンガン撃たせる。

挑発させ、先に弾切れを起こさせるつもりか。

拳銃でお互いを撃とうたせめぎ合う中、キョウが弾いた衝撃で、理子のワルサーの銃口がアリアに向く。

ーーバァン!

 

「アリア、伏せろ‼︎」

 

「って、ちょっと......!」

 

アリアを庇うようにして押し倒すーー間一髪だった。

放たれた銃弾はバーカウンターの酒ビンに命中し、ビンを粉々にして中身を床にぶちまけた。

 

「ーーよっと!」

 

理子が弾切れを起こした次の瞬間、キョウはその腕で理子の両手からワルサーを叩き落し、続け様に右手に構えたウェブリーを3発撃ち放つが、

しゅら......しゅるるっ。

銃をなくした理子の、ツーサイドアップの、テールの片方がーーまるで神話にあるメデューサの髪のように、動いてーー

シャッ!

背後に隠していたと思われるナイフを握り、キョウに遅いかかった。

その、ありえない、不気味な光景に。俺は目が離せずにいた。

なんだ......あれは⁉︎

 

「......!」

 

これには対峙するキョウも驚き、一撃目は避けたがーー

ザシュッ!

反対のテールに握られたもう一本のナイフが、鮮血を飛び散らせた。

 

「イッ......!」

 

キョウがーー真後ろに飛び距離を置こうとするが、そうはさせないと理子は髪で押しのけるようにして、キョウを突き飛ばした。

あの髪、よほど怪力なのだろうか。キョウは驚くほどに易々と吹っ飛ばされーーたが、空中でくるっと回転し、見事に着地してみせる。

しかし、側頭部を斬られている。血が、紅く、紅く、ほとばしる。どう見ても偽物じゃない、本物の血だ。

あいつが血を流す所なんて初めて見た。

 

「へぇー、二刀流とはやるね。カッコイイ〜」

 

「お前に褒められても、ちっとも嬉しくねぇよ」

 

キョウは側頭部を手で押さえながら、嘘か本当か、自分に一撃をいれた理子を褒める。

理子は再びスカートに手を入れると、新しい2丁のワルサーP99を取り出してみせた。

まだ、拳銃を隠し持ってやがったのか⁉︎

拳銃・ナイフ。どちらも二刀流。あれじゃ、まるでアリアのようじゃないか。

 

「一体そのスカートの中には何丁の銃が入っているのかな?」

 

「さあね......当ててみろよ!」

 

理子が掛け声と共にキョウに再び突進した。

向かってくる理子にキョウがダン!と、床を踏み鳴らした瞬間、

ーーギイィィン!

又しても、機体が大きく揺れた。今までの比じゃないぞコレは!

体感でザッとだが、機体が8の字の軌道を描くように飛行している。

 

「ちょ、ちょっとぉぉぉぉぉ、離さないでよキンジィィ!」

 

振り子のように投げ出されそうになるアリアが必死に俺の手を握る。

俺は離してたまるかとばかりに、アリアの手を握る力を強める。

 

ーービリビリビリ

 

「〜〜〜〜〜〜ッ......‼︎」

 

強烈なGにより、理子は床に這い蹲って身動きが取れずにいた。

 

「自分の思い通りに動けない気分はどうだい?」

 

チャキと身動きができない理子に2丁の銃口を向けて、見下ろすキョウはその指を引き金にかけ、

パァン!パァン!パァン!パァン!

今度は4発続けて発砲した。

 

「当たらないよ!」

 

その場で理子は身体を捻って、ゴロゴロと床を転がる形で銃弾を躱す。

理子が躱すと同時に、機体は水平飛行に戻った。

 

「......チ。『小休止』のプログラムか。ここまでは君を倒して、東京に戻れると計算してたんだけど。まぁ、いいか。間もなく、次のプログラムが始まる。りこりん、君は常に風下で......立つ場所は常に私より下。もう一度言うけど、どうだい、''自分の思い通りに動けない気分は?''」

 

鮮血で顔を染めて、最後にニィと笑ってみせる。

キョウいや、零は自分が常に絶対的優位に立つ事に関しては天才的だ。

勝負事に勝つ鉄則は......敵が最も嫌がる事をやり続ける事。

そのために必要な要素・パラメーターは、類い稀なる『頭脳』。

こいつが味方で本当によかったぜ。こうも、カンに障る事をやられてたら、俺やアリアは一発でダウンだ。

 

「......ケッ、精々余裕ぶっこいてろよ」

 

キョウに睨みを利かせながら、ペッと床に唾を吐き捨て、理子が立ち上がる。

 

「うん?どういう意味だい?」

 

「お前には時間がないんだろう?あたしには分かる。そろそろ眠くなってきたんじゃないか?」

 

「......さーて、何のことかな〜」

 

キョウの瞼がウト、ウト、と、今にも閉じようとしている。

理子は俺やキョウと同じ探偵科に在籍していたから、知っていて当然か。

キョウもとい零にとって最大の弱点ーー『脳の疲労』。

あいつは類い稀なる頭脳を持っているが、同時に異常なまでに疲労しやすい。

今のような激しい戦闘、緊迫した状況下では短時間でしか行動できない。

理子のヤツ......キョウに激しい戦闘をさせて、疲労して動けなくなった所を狙う気か......!

 

「ちょっとキンジ!どうしたっていうの⁉︎キョウったら、今にも眠ちゃいそうな感じなんだけど......!」

 

「うぷぷぷぷ、ほらほら、そのまま眠ちゃいなよ!眠りにくいなら、あたしが手伝ってやるよーー永眠のな」

 

瞼だけでなく、頭までもガク、ガク、と上下に揺れて、必死に踏ん張りを効かせる足は、ふらふらと揺れて頼り甲斐がなく、今にも倒れそうな雰囲気が濃厚だ。

まずい、そろそろ活動限界か。

加勢に入ろうと、近づく俺をキョウは手を広げて止まるーー来るな、と言っているのか?

俺がその場に立ち止まっていると、

ーーカラカラ

傾斜になっているのか、数本の酒ビンがキョウと理子の方に向かって、転がっていくと、その内の何本かが、ちょうどキョウの足元に到達し止まった。

 

「寝る前にアレが見たいなー」

 

「アレって何さ?最後の言葉として聞いてやるよ」

 

理子はチャキとキョウの額にワルサーを構える。

 

「アレだよ。アレ......えーっと何だっけ?ああ!そうだ」

 

その言葉と共に、突然、キョウは足元に転がった酒ビンの一本を理子に向かって、思い通り蹴っ飛ばした。

パリン!と音を立て、酒ビンは理子の額に命中。中身の酒が理子のハニーゴールドの髪を濡らす。

不意を突かれ一瞬、理子の足がフラつくが、持ちこたえてみせた。

 

「この......舐めたマネしやがって!さっさとくたばれ‼︎」

 

「あっ!やめておいた方がいいよ」

 

キョウの忠告を無視し、理子がワルサーの引き金を引いた。その瞬間、

バァン!ゴォォオォオォォォ‼︎

理子の顔、正しくはハニーゴールドの髪が真っ赤な炎に包まれた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼︎」

 

突然の事に理子はパニックを起こし、ワルサーを床に落としバタバタと手を振り回すが、それでも炎は消えない。

 

「ああ〜、言わんこっちゃない。さっき君が浴びた酒は、スピリタスといって、ポーランド原産のアルコール度数95度のきつ〜い酒だ。そんな酒を浴びた状態で、発砲したら銃の火花で引火するのは目にみえてるけど」

 

理子が放った銃弾を至近距離で躱したが、掠めたのだろうーーキョウの側頭部から、さらに血が、ドク、ドク、と水のように垂れ流し状態だ。

 

「落ち着いて説明してる場合か⁉︎」

 

「早く消すわよ!キンジ、その上着脱ぎなさい!」

 

アリアはバーカウンターから飛び出ると、水割り用のミネラルウォーターを片手に、炎に包まれ、床でのたうち回る理子にぶっかけた。

火は鎮火するかと思えたが、まだ微かに燃えている。

俺は制服の上着を脱いで、バサバサと理子の髪を叩いてやると、ようやく火は消えた。

 

「えーっと、この場合はなんて言うんだっけ......峰・理子・リュパン4世ーー」

 

「ーー殺人未遂の現行犯で逮捕するわ!」

 

「......私のセリフを取らないでよ」

 

キョウはじっと目でアリアを睨むが、本人は理子に2丁のガバメントの銃口を向けるだけで相手にしない。

 

「......(やり過ぎじゃないか?)」

 

理子のハニーゴールドのツーサイドアップは真っ黒に焦げて、メデューサの髪のように蠢く様子はない。

髪だからよかったもの、顔の場合、下手したら一生火傷の痕が残っていたぞ。

理子は黙って俯いたままだったが、

 

「ひどいねー、キョウたら女の子の髪に火をつけるなんて、今時、学校のいじめっ子でもやらないよ」

 

「いやー、ごめんね。最初はやるつもりはなかったんだけど、りこりんが問答無用で発砲してくるもんだから、ビビって思わずやっちゃった。顔は無傷だし、許してね」

 

キョウが顔を指差すとーー理子は......にやぁーー、満面の笑みを浮かべて俺とアリアを交互に見た。

 

「アリア、キンジ。キョウにすっかり出番を取られちゃったね。本当ならアリアと戦いたかったのにーーアリアったら、キンジに引っ付いてばかりだったし」

 

「う、うるさいッ!それは、このバカキョウが飛行機をメチャクチャに動かしたら......!」

 

「金次君、りこりんに手錠を」

 

「あ、ああ......峰・理子・リュパン4世。お前を逮捕する」

 

キュウの指示に従い、俺は理子の腕を掴んで、その手に手錠をかけようとした。その瞬間ーー

 

「ぶわぁーか」

 

憎憎しげに言うと、理子は焦げた髪を......わさわさっと全体的に蠢かせた。

その異様な光景に、対応が遅れる。

ーー髪の中で......何かを操作している⁉︎

 

「金次君‼︎取り押さえるんだ!」

 

キョウが叫ぶ。

俺は理子を取り押さえようとした。その、瞬間ーー

 

ドドオオオオオンッッッ‼︎

 

轟音と共に、今までで一番激しい振動がANA600便を襲った。

突風や落雷とは明らかに違う、機体を巨大なハンマーで2発殴られたような衝撃。

 

「ばいばいきーん」

 

次の瞬間、理子は脱兎の如く俺たちの間を抜けて、バーの片隅ーー窓に背中をつけた。

俺たちは詰め寄ろうとするが、

 

「くふっ。みんなー、それ以上は近づかない方がいいよー?」

 

にい、と理子が白い歯を見せる。

壁際に理子を取り巻くようにして、丸く輪のように粘土状のものーーおそらく、爆薬ーーが貼り付けてあった。

いつの間にか仕掛けたんだ⁉︎

 

「ご存じの通り、『武偵殺し』は爆弾使いですから」

 

俺たちが歩みを止まるのを見て、理子はスカートをちょこんとつまんで少しだけ持ち上げ、慇懃無礼にお辞儀してきた。

 

「ねぇキンジ。この世の天国ーーイ・ウーに来ない?1人ぐらいならダンダムできるし、連れていってあげれるから。あのね、イ・ウーにはーーお兄さんも、いるよ?」

 

「......仮に兄さんに会えるとしても、俺がイ・ウーに行くなんてことはあり得ない。俺は武偵としてやっていく。今も、これからもずっとな!」

 

俺はハッキリと宣言してみせる。

理子の話が本当だとして、兄さんがイ・ウーにいるなんて......何か思惑があっての事か?

兄さんの事は凄く気になるが、武偵として必ずこの疑問を解いてやる。

 

「ふぅ〜ん、そんなに真っ直ぐな目をするなんて、そこにいるキョウのおかげかな?」

 

理子は視線をキョウに移す。

キョウは血の垂れる側頭部を手で押さえている。

 

「そこからスカイダイビングでもするつもりかい?」

 

「逃げようたって、そうはいかないわよ!」

 

今すぐ取り押さえたいが、理子の背後には爆弾が仕掛けてあり、不用意に動けない。

 

「そんなに吠えなくても改めて決着をつけてやるよ、オルメス。あとキョウ......いや、レイ」

 

獣の目で、キョウーー今度はハッキリと零の名前を呼ぶ。

 

「『教授』はお前を高く買っているぞ。自分の仕掛けた事件を解決出来るか、試させる程にな......」

 

『教授』ーー話の素ぶりからして、イ・ウーの頭目の事か?

 

「へぇー......そういう事だったんだ。じゃあ、その『教授』に伝えてよ。『アナタを破滅させられるなら最高だ』ってね」

 

「くふっ!そういえば『教授』から伝言を頼まれてたよ。レイがそう言ってきたら、こう返してやれて『悪巧みは止せ。近いうちに破滅するよ』って」

 

理子を介して『教授』と呼ばれる第三者が、この場にいるかのようだった。

 

「ちょっと待ちなさいよ!2人して何を話してるのよ⁉︎『教授』って、それにレイってどういう事よ⁉︎」

 

「あー、もう。横からキャンキャンうるさいな〜。じゃあね、キンジ。あたしたちはいつでも、みんなを歓迎するよ?ーーレイ以外はな」

 

ドウッッッ!!!

 

いきなり、背後に仕掛けていた炸薬を爆発させた!

 

「ーーーー!」

 

壁に、丸く穴が開く。

理子はその穴から機外に飛び出ていった。パラシュートも無しでーー!

俺は手近な窓にしがみつくようにして、外を見た。

そこにはーーくるくるくるっ、と宙を舞うようにして遠ざかる理子が見えた。

ばっ。

理子が背中のリボンを解くと、スカートとブラウスがパラシュートになっていく。

そして最後には、下着姿になった理子がこっちに手を振りながら雲間に消えていった。

 

「用意周到だネ〜、リュパンか彼女は......って、実際にリュパンだったね」

 

窓にしがみつき、消えていった理子をキョウは静かに眺める。

 

「くだらん事を言ってる場合か。早く窓から離れろ」

 

室内の空気が一気に引きずり出されるようにして、窓に向かって荒れる。

キョウを窓から離れさせ、床に据え付けられていたスツールにしがみつくと、天井からは自動的に消化剤とシリコンのシートがばらまかれてきた。

とりもちのようなそのシートは空中でべたべたとお互い引っ付き合い、理子が開けた穴に蜘蛛の巣を張るようにして詰まっていく。

 

「これで機内の気圧減少は防げたね。これからどうしようか?」

 

「それよりもアンタ、大丈夫なの?さっきから血が止まらないんだけど」

 

アリアの指摘通り、キョウの側頭部からは未だに血が流れてるままだ。

 

「あっ......忘れ......て......た」

 

ドサッ!

緊張が解けたのか、キョウは床に力無く仰向けにぶっ倒れた。

 

「オイッ!キョウ!しっかりしろ......目を開けるんだ!」

 

肩を叩いて意識確認をしてみるが応答がない。

おそらく『脳の疲労』も合わさって、完全に気を失っているのだろう。

気を失っているキョウのこめかみの上、金髪のカツラの中には、深い切り傷がついていた。

まずいーー側頭動脈をやられている。

 

「しっかりしなさい......傷は浅いわ!」

 

武偵手帳に挟んであった止血テープを塞ぐ時、俺はふっと手を止める。

キョウの顔は特殊マスクだ。マスク越しでは傷をうまく塞ぐ事ができない。

 

(すまん、キョウいや、零)

 

心の中で零に謝罪を入れ...,...ベリベリッ。

その顔面に被せていた、特殊マスクを剥いだ。

中からは出てきたのはーーずっと見慣れた零の顔があった。

 

「......ッ!こいつ、レイじゃない⁉︎キョウがレイって......理子が言ってたのはそういう事だったのね‼︎2人してあたしを騙して......!」

 

「あー!気持ちは分かる。本当に分かるから今は黙っていてくれ」

 

キョウの正体を知ったアリアを黙らせ、零の傷をとにかく塞ぐ。

しかし、その場しのぎにしかならない。

 

「ちょっとキンジ!レイたら、息してないわよ」

 

零の口に耳を当て、呼吸を確認するアリアが血相を変えて叫ぶ。

俺も零の口に耳を当て、呼吸を確認するが...,.息をしていない。

 

「頭を押さえてくれ。心臓マッサージする」

 

セーラー服の胸元に、俺は手をかけてブラウスのジッパーを乱暴に下ろし、左右に開けた。

 

「うお......」

 

あの、過激で真っ黒な下着が露わになった。

真っ白な肌。薄布一枚で守られている、凛々しい、女の子の胸。

ときん、と俺の胸が跳ねる。

 

「いやらしい目でジロジロ見てんじゃないわよ!」

 

キーン!と耳元でアリアに怒鳴られ、ハッと我に返る。

こんな時に不謹慎も甚だしい。

でも、ああ、チクショウ。

 

ーーグッ!グッ!グッ!グッ!

 

心臓マッサージを間を空けず40回繰り返すが、意識は戻らない。

簡単に死ねると思うなよ......!

再び心臓マッサージを開始する。

 

「戻ってこい......!オイッ!戻ってこいよ!聞こえてるんだろう⁉︎このバカヤロウ‼︎」

 

思わず怒鳴らるが、零は目を閉じたまま動かない。

ーーグッ!グッ!グッ!グッ!

 

「ちゃんと聞こえてるんでしょう!返事しなさいレイ‼︎」

 

アリアも叫ぶが、零からは応答はない。

クソたれ......これで終わりなのか。一緒にイ・ウーの壊滅を見ようって、約束したじゃねぇかよ。

心臓マッサージする手を止めようとした時、俺の頭の中である出来事が思い浮かぶ。

 

「ーー進級祝いだ......!」

 

俺は半なヤケクソ気味に、武偵手帳のペンホルダーに指を突っ込んだ。そこから、『ZERO Razzo』と書かれた小型の注射器を取り出す。

 

「それラッツォ?あたしが知ってるのとは違うみたいだけど」

 

「零が俺にくれたモノさ」

 

一般のラッツォと違いーー零特製のコレは彼女曰く、羊の副腎から抽出したホルモンと牛の肝臓で作った復活薬らしい。

効果に関しては、彼女の部屋で直接、目の当たりしている。

 

「打つだけよ。ヘンなことしたら、風穴あけてやるんだからね」

 

ラッツォは心臓に直接打つ薬だ。これは必要悪だ。

零の真っ白な肌に、震える指を乗せる。

綺麗な白いキャンバスのような胴に指を這わせ、胸骨を探し当てる。

そこから指二本分、上ーーここが心臓だな。

ぐさッーー!

殴るように、注射器を突き立てた。そして......

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎ああ、あああ?うおぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

がばっ!

ゾンビ映画のように飛び上がり、悲鳴を上げながら機内を走り回る。

 

「ああ、ヒドイ夢だった......君がアリアとレストランで、ナイフとホークを持って、私のお腹に乗って襲ってくるんだ......私に何を打ったんだい?」

 

落ち着いてきたのか、零はその場に座り込んで息を整えている。

そんな零に俺は、

 

「進級祝いさ」

 

空になった注射器を見せてやる。

まさか、自分で作った薬を、自分に試すことになるとは夢にも思うまい。

 

「誰か胸の上で踊ったでしょう⁉︎」

 

興奮気味の零に俺は冗談半分で「俺だよ」と言ってやる。

 

「......私にバカヤロウって言ったでしょう?言ったよね⁉︎その顔は絶対に言った‼︎」

 

俺を指差し、聞いてるこっちの耳が痛くなるような大声で叫ぶ。

バカヤロウって、お前やっぱり意識があったんじゃないのか?

俺に言いたい事が空になったところで、

 

「......ねぇ、アリア。ちょっといい?」

 

アリアに顔を向けて、何か言いたげだ。

どうしたんだ?

 

「何よ?言いたいことがあるなら、ハッキリと言いなさいよ」

 

「......騙していて悪かった」

 

「‼︎」

 

俺は夢を見ているのだろうか⁉︎

あの零がアリアに、''謝罪しただと''⁉︎

 

「な、何なのよ突然......あんた、頭でもおかしくなったの?」

 

アリアは動揺している。

当然だ。あの零が本当に申し訳ない態度で面と向かって、自分に謝罪を入れてきたのだから。

 

「それと、車での一件もごめんね。私もその......言い過ぎた」

 

「本当にどうしちゃったのよ!あんた、き、き、気持ち悪いわよ......!」

 

ゾワゾワ!

アリアの全身に悪寒が走るのが見てわかる。

その気持ちは俺にも分かるぞ。

こいつ、本当に零か?まさか、誰かの変装じゃないだろうな?

思わず零の顔を抓っりたくなるが、止めておく。

 

「本当にごめんなさい」

 

ぺこりと、零が頭を下げてきた。

あぁ、本当に夢に思えてきたぞ。

 

「もう分かったわよ!許してあげるわ!だから、頭を上げなさい。もう十分だから」

 

アリアは零の謝罪を受け入れた。いや、これ以上受け取りたくない気持ちが大きい。

 

「......あたしの方も悪かったわよ。あんたの愛車ーーポルシェだっけ?風穴だらけにして......理子に払わせたい所だけど、ふ、不本意ながらあたしの方で弁償してあがるわ」

 

「ふん!」とそっぽを向いて、もう何も話したくないご様子。

そこは素直になってもいいのにな。

微笑ましい光景を眺めていると、ゴソゴソと零がスカートのポケットに手を突っ込んで何かを操作している。

ーーピッ!

ん?この電子音は聴き覚えがあるぞ。

これは......ボイスレコーダーの停止音に類似しているな。さては......

 

「今の発言に二言はないよね?」

 

「......どういう意味よ?」

 

「何でもないさ♪」

 

イタズラが成功したようなお茶目な顔をしてアリアの質問を晒す。

こいつ......さっきのアリアとの会話をちゃっかりと、録音してやがったな。

アリアにキッチリと弁償させる為に、ボイスレコーダーまで用意するとは、本当に抜け目ない。

アリアは未だに何が何だか分からない顔だ。

後で後悔するなよ。

俺がアリアの未来を案じていると、いきなり零はスッと立ち上がって、

 

「さて、冗談はこのくらいにしてと......これからどうしようか?」

 

「オイッ⁉︎すぐに立ち上がるな。まだ、ジッとしてろ」

 

慌てて俺は零の肩を掴んで床に座らせようとするが、嫌とばかりに零は抵抗を続ける。

ええい!大人しく座ってろ。また倒れては堪らん。

 

「いやだー金次君に襲われるー」

 

「三文芝居をやってないで大人しくしろ!お前は怪我人なんだぞ」

 

「あんた達......あたしの前でイチャイチャしてんじゃないわよ‼︎」

 

ゲシッ!ゲシッ!

俺らのやり取りが気に入らないのか、アリアが俺と零の脛に渾身の蹴りをお見舞いする。

イテッ⁉︎ピンポイトに蹴りやがって......

あまりの痛さに俺と零は脛を抑えて、その場に蹲る。

アリアが床に伏せる俺らを見下ろすようにして、

 

「そこのバカレイの言う通り、これからどうするか行動に移すわよ」

 

「アリア......よくも蹴ったね。お父さんにも蹴られたことないのに」

 

ーーだからお前はもう黙って座ってろ。

そこは殴られた事ないのにだろうが。って、俺は何をやってんだ。

 

「まぁ確かに、アリアの言う通り行動に移そうか」

 

おふざけがウソのように突然、零が真面目になり、指で床をトントンと叩き、何かを思考にしている。

 

「もうアリアも気づいているよね?この飛行機は......」

 

「奇遇ね。あたしも同じ事に気付いていたわ」

 

ガックン

2人の会話を待っていたとばかりに、急に飛行機が揺れる。

いや、揺れだけじゃない。下に、下にと、急降下しているのだ。

 

「まさか......あの一番激しい振動の正体は......!」

 

俺は立ち上がり、窓から祈るような気持ちで翼の方を見た。

悪夢のような連動を受けながらもーーANA600便は、何とか持ちこたえていた。

翼は2基ずつある左右のジェットエンジンのうち、内側を1基ずつ破壊されていたが、外側にある残りの2基は無事だ。

辛うじて飛んでいるが、このままではいずれ墜落する。

 

「早く操縦席に行くわよ。キンジ、付いてきなさい。レイはそこで大人しく待機!」

 

指示を飛ばして、アリアはコックピットのある2階に走る。

俺も後を追って走ろうとすると、グッと零が制服の袖を掴んできた。

 

「どうした?何処かまだ痛むのか?」

 

「そうじゃないよ......その......えーっと」

 

モジモジと言葉が口の中に留まって、肝心の台詞が出てこない。

おまけに、ペタンと女の子座りして上目遣いで、俺の目をジッと見て逃さない。

か、可愛い......こんな零は見た事がない。

ーードクン。

体の中心がむくむくと強張り、ズキズキと疼くような、この感覚。

灼けたように熱いそこから、堪えきれず、何かがほとばしりそうな気がする。

おい、こんな時にヒスるのか⁉︎

 

「早く学校に帰ろう。このデカブツを地上に下ろしてからね。大丈夫、金次君ならできるさ」

 

「あ、あぁ、無事に下ろしてやるから大人しくしてろ」

 

鼻を押さえて、逃げるように零を置いてコックピットに急ぐ。

後一歩でヒスるところだった。

 

 

 

その後、ANA600便は盛大に燃料漏れを起こしていることが発覚する。

羽田に引き返そうとするも、ハイジャックの報道を聞き付けた防衛省により、空港は封鎖。

防衛省に言われて、海上に出て千葉方面に向けて操縦桿を切ろうとしたアリアの手を握って止めた。

その際、口論になり誤ってアリアの口を、俺は。塞いだ。口で。

そしてこれは、諸刃の剣でーー過去最高のヒステリモードに生まれて初めてなった。

また、騒ぎ出すかと思ったが、それはなく脱力しきっていたので、アリアに海に出たら、撃墜される、むこうは嘘をついている事を説明し、ヒステリモードの機転で横浜を飛び越え、東京都に入り学園島ーー空き地島に緊急着陸することを決行。

地上にいる武藤たちの協力の下、着陸を実行ーー成功した。

 

 

着陸後に分かった事だが、ANA600便の貨物室のハッチが誤作動なのか開いており、中に積まれていたと思われた荷物類が全て無くなっていた事が判明。

 




爆弾の件は次回に持ち越しにしました。
一万字を超えた......書こうと思えば書けるものですね。

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