薄暗い廃墟ビルに狂気に染まった男がいた。
迷彩柄のジャケットとズボンを着こなした男は擬態用のフェイスペイントを施しており、誰が見ても正常でないことは明白だろう。それが日本という戦争とは無縁な国なら猶更だ。
しかし、男は真面目だ。考える思考も計画性もあり、相応の技術も併せ持っている。
何より『切り札』を手に入れたことで抑え込んでいた思想が爆発したとも言えるだろう。
「今日こそが革命の時、勝利は『この手』にあるっ!」
意気揚々と、握り拳を高く掲げた時だった。
大きな物音が男のいる空間に響き渡る。
老朽化によるものや紛れ込んだ犬や猫などではない……明らかに故意的な、人間の手によって生じた音だ。
「侵入者か」と興を削がれた男が露骨に顔をしかめながら振り返る。
「暇人第一号、発見ってな」
奥から出てきたのは黒いパーカーとズボンの青年……端正な顔立ちだが口元には笑みを浮かべており、一見すると温厚で軽薄な印象を与える。
しかし、脱力したような言動とは裏腹に視線は鋭く何処か得体のしれない雰囲気すらもある。
「何者だ?」
「あー、そうだな……遊び相手を探していた暇人的な」
考えるような仕草をしながら告げた彼に男は増々苛立ちを強くする。
革命の時が迫っている中、それを邪魔するような存在が現れたことに不満を隠すことをしない。
それを知ってか知らずか彼は革命家の男に話を続ける。
「遊ぶ玩具も丁度完成したからさ、試運転がてら暴れても問題ない奴を探していたら孤軍革命を成し遂げようとするテロリスト君を見つけたってわけ」
真意は不明だが、どうやら彼にとって革命家の男は自分と同じ暇人だと認識したらしい。
それに気づいた男は青筋を立て、目の前にいる邪魔者を排除することを決めた。
「嘗めるなよ、政府に飼い慣らされた下民風情が……!」
屈辱に顔を歪ませながら、ポケットから何かを取り出す。
それは拳銃やナイフのような凶器ではなく、掌に収まる程度の大きさをした奇妙なレンズ。
澄んだ硝子と、堅牢ながらも薄い円形の奇妙なフレームで構成された道具だった。
正式名称『フェアリーレンズ』
電子機器や自然エネルギーの干渉を行える粒子に妖精としての名と姿を与えた極めて不安定な存在。
人類を狂わせる悪魔のハックツール、人と共に歩み寄れるシンギュラリティに目覚めた夢の人工精霊……在り方はレンズを知る人間の視点によって変わるが、共通する事実は一つだけ。
あらゆる兵器や道具を超越する『力』であることは確かだった。
「毒に苦しみながら、滅亡しろ!」
【マンティコア!】
フレームをずらした瞬間、蠍の尾を生やした紫色の獅子が飛び出す。
白目を剥く凶獣を象った粒子は咆哮をあげながら猛毒の尾を男に突き刺し、覆い被さる。
人体と粒子が混ざり合うと、その姿は異と化していた。
螺旋を描くように巻き付けた蠍の尾を右腕に纏わせ、全身を紫色に染め上げた細身のシルエット……頭部には体毛のような鬣を生やし、場違いとも呼べるモノクルが嵌め込まれている。
人とフェアリーの融合態に分類される『マンティコア・フェアリー』は自らの力を誇示するように右腕を振るうと、尾の先端から飛び散った毒液が地面と壁を溶かす。
あらゆる生命体を絶滅させてしまうほどの脅威へと変貌したマンティコアを前にしても、彼は笑っていた。
「良いねぇ。嫌いじゃないぜ、その悪意……パーティーの参加者にはもってこいだ」
彼が取り出したのは、バックルのような奇妙なデバイス。
第三者が見れば、それは検査器具に見えただろう。
白で装飾された機体は片手で持てるサイズ感でありながらも異質な雰囲気を漂わせる。
右側には円形のソケットが配置され、左側は赤黒いケースと大きめのスイッチが存在を強く主張する様は明らかに普通の道具ではない。
例えるなら仮面、それも昔の貴族が戯れで己の素性を隠す際に身に着けるドミノマスクの類を思わせるが、ソレ以外の言葉を当てはめるとすれば……血の涙を流す白い『悪意』。
【マスカレイドライバー!】
顔ではなく腰に当てられた道具がコール音を鳴らしながら、赤いエネルギーがベルトとなって腹部に固定される。
次に取り出したのはフェアリーレンズ。
紫と白に彩られたフレームに保護されたレンズには大きな旗を持った白い布の幽霊が封じられていた。
【デス!】
フレームをずらして起動し、フェアリーレンズを右側のソケットに装填する。
解放されたフェアリーは紫色の縫い目で補強された白と紫の布で全身を覆っており、子どものハロウィンに出てくるような愛嬌さえ感じられる。
薄汚れた黒い旗を掲げて浮遊する姿は、まるで大鎌で魂を刈り取る白い『死神』か障碍を破壊する紫の『道化師』か……。
「変身」
【Joker invited you "Shall we dance with eternal."】
左側のスイッチを押し込んだことで死神の仮装をした布お化けが同調・呼応する。
彼の身体を布が覆い、それは頑丈なスーツとなって再構築されると同時に縫い目がエネルギーラインとなって補強していく。
取り残された旗を手に取ると黒い布を首に巻き付けることで風を靡かせるマフラーとなり、変身が完了した。
【Kamen Rider Reatheft Eternal logic conclusion】
大鎌が象った右目のモノクル、充血を思わせる赤く染まった丸い複眼……ライダースジャケットの如き紫と白のスーツ。
ドライバーから告げられた音声に従って、変身した姿を名付けるのなら。
「『仮面ライダーリーセフト』。さぁ、踊ろうぜ!」
声高々に宣言した戦士が地面を蹴る。
強化された脚力が一瞬の内に距離を詰め、続けざまに放たれた蹴りがマンティコアを大きく仰け反らせた。
先制攻撃を受けたマンティコアが唸り声をあげて応戦する。
猛毒こそ主な攻撃だが獅子を象っていただけに直接的な戦闘も劣ってはいない。尾から垂れる毒を牽制として使いながら拳と蹴りがリーセフトに迫って来る。
軍式めいた動きは確実に相手を粉砕し屈服させるための格闘術、自らの主張を強引に通すための暴力的手段。
素人には防ぐので精一杯の攻撃を、白い死神は涼しい顔で捌いていく。
飛んでくる拳は受け流し、脚を破壊する蹴りを軽快なステップで躱し、逆に自分の攻撃をマンティコアに浴びせる。
その動きは武闘に非ず、自分が楽しみリードする舞踏のようだが油断も慢心も感じられない。
飛び散る猛毒は最小の動きで躱しており、相手の手の内を理解した上で戦っている。
マンティコアにとって、それは許し難い屈辱だった。
『……おおおおおおおおおおおおっ!!』
己の思想に酔いしれたテロリストが吠える。
命の奪い合いを必要な犠牲と割り切る彼にとって、目の前にいる戦士は誇りを汚す害悪なのだと。
大きく後退したマンティコアが右腕に巻き付いている蠍の尾を動かす。
それは意思を得たかのように蠢き、獲物を見つけた蛇のように尾の先端から毒を垂らしながらリーセフトに狙いを定める。
その一瞬だった。
風を切る音と共に蠍の尾が直進する。
凄まじい速度で、敵意を乗せた勢いのままに、毒を凝縮させた鞭の如き軌道を描く。
それは対象に突き刺さり、内側から瞬く間に溶かして痕跡も残さずに仕留める……はずだった。
「どうやら切り札は、お前に勝利を運ばなかったな」
『あ、あぁ……!?』
猛毒の鞭は、呆気なく防がれた。
難なく片手で尾を掴まれたまま、気づけばマンティコアの身体は宙を舞い、地面へと叩きつけられる。
自分が投げ飛ばされたのだと理解する間もなく、リーセフトは伸び切った蠍の尾を両手で掴み直すと渾身の力で引っ張り上げた。
『あぎぃぃぃやぁああああああああああああっ!!?』
激痛が伝わり、手足をばたつかせる。
千切れた尻尾からは猛毒が零れ、投げ捨てられた部位が使い物にならなくなったことを証明する。
手札を全て出し尽くしたマンティコアに、リーセフトが告げる。
「これで決まりだ」
再びスイッチが押し込まれる。
瞬間、左側の赤いカバーが輝くと同時に音声が鳴り響く。
【Death! Thirteen Requiem!】
炎と風が右脚に灯る。
複眼を光らせ、死神がマンティコアへと走る。
標的が起き上がった頃には、既に行動は完了していた。
跳躍し、エネルギーを纏わせた蹴撃が毒を持つ妖精の胴体に叩き込まれ、大きく吹き飛ぶ。
『がっ、あぁぁぁああああああああああっ!!』
マンティコアが絶叫と共に爆発四散する。
気絶して倒れたのは革命家を気取った哀れな道化と、コントロール権限を失くして砕け散ったマンティコアのフェアリーレンズのみ。
残存する粒子はリーセフトのドライバーにある赤いカバーへと収束されていく。
「性能は上々。後は……『こいつら』の覚醒を促すだけだな」
満足そうに頷いた彼はいつの間にか手に持っていたアタッシュケースを開く。
その中に入っていたのは色分けされた二色のフレームを持ったフェアリーレンズ……そのどれもが来るべき運命を待ち望んでいるように淡い光を放っていた。
「楽しみだ……人とフェアリーが混ざり合った先にある未来が」
変身を解除しながら彼は笑う。
引き寄せられる運命のまま、ドライバーとフェアリーレンズをアタッシュケースに戻し、その場を後にするのだった。
この場をお借りして改めてお礼申し上げます。
仮面ライダーシャルロックという自分のライダー観を広げてくれた大島海峡様、そして最後まで読んでいただいた皆様方、本当にありがとうございました。