東方偏執狂~ブタオの幻想入り~   作:ファンネル

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第三十二話 白玉楼エピローグ

 白玉楼の入り口付近にレミリア達と幽々子たちは対面している。

 互いの間にはチリチリと焼けつく様な殺気が漂い、まさに一触即発の状態であった。

 

「――ブタオはどこ?」

 

 端的にレミリアが問いただす。憤りを隠さないレミリアとは対照的に、幽々子は相手を馬鹿にする様な表情でとぼける。

 

「ブタオ? ふふ、誰かしらその人」

「とぼけるな。お前らの体からブタオの匂いがする。あいつの匂いが……ッ。その汚い体で私たちのブタオに触れたなッ」

「あらまるで犬の様……。天下の吸血鬼様ともあろう御方が、たかが使用人の情事にそこまでお怒りになるなんて、器が小さいと言うかなんというか……」

 

 幽々子の挑発に目尻を吊りあげるレミリア。その横にいるフランも、また他の者たちも歯ぎしりしながら怒りの表情を露わにする。

 

「お姉さま。私、もう限界……。あいつ等を壊したくて堪らない……」

「待ちなさいフラン。――幽々子。あんたはブタオの力を知っているの?」

「ええ。私も彼に誘惑されちゃった。素敵な殿方ね、ブタオさんは……」

 

 幽々子はわざとなのか、少女のように気恥ずかしく答える。

 

「そう……。ならもうお前らは正気じゃないわけか」

「今の貴女に言われたくはないわね、ふふふ」

 

 

 二者の間に走る殺気はまさに爆発寸前である。いつ誰が動いても不思議でないほどに。その中でレミリアは再度尋ねる。

 

「紫はどこにいる? なぜ姿を見せない」

「さぁ? 紫にも用があるの?」

「ブタオを攫った張本人だから。あいつは直にぶん殴ってやらなくちゃ気が済まないのよ」

「あらやだ、物騒ね」

「素直に紫とブタオを差し出すなら、貴女たちに危害を加えたりはしないわ。――これは今の私の最大の善意よ? 言う事を聞かないっていうのなら貴方達もただじゃ済まさないから」

「ジョークは時と場所を選ぶものですわ。人の屋敷に土足で上がり込んだ上、勝手な要求に、“はい分かりました”と素直に応えると本気で思ってるの? オツムの方も見た目同様に幼稚ねレミリア」

「……交渉決裂か」

 

 レミリアの体から膨大な魔力が溢れだす。その横でフランも戦闘モードに変わる。

 明らかに変わった雰囲気。妖夢は刀に手をやり、いつでも迎撃の出来る準備に入った。

 

「紫が姿を現さないのは気になるけど……。幽々子、まさかあんたら二人で私たちを止めようって言うんじゃないでしょうね?」

「そうだと言ったら?」

「舐められたものね。こっちは五人。お前たちは二人……。勝てると思ってるの?」

 

 レミリアの言葉に幽々子は不愉快そうに言い放つ。

 

「舐められてるのは私たちの方よ。ここをどこだと思ってるの? ここは冥界の入り口“白玉楼”。そして私はその管理者――西行寺幽々子よ。ここにいる亡霊たちはみんな私たちの味方……」

 

 何千何万という人魂が幽々子たちの前に顕現する。

 その圧倒的な物量にはレミリア達も目を見開き驚愕する。

 

「地の利も数の利も私たちの方が上よ」

「ふん。有象無象の雑魚が何万匹集まったって……」

「貴方とそこの妹さんには効果は薄いでしょうね。でも他の人達はどうかしら」

「――ッ!?」

 

 気付かれている。

 レミリアは何とかポーカーフェイスを保つ事が出来たようだが、パチュリーと咲夜美鈴の三人は額から冷たい汗が流れ出ていた。

 レミリア達にとっては実に嫌な笑みを浮かべながら幽々子は言った。

 

「この結界……。見事なものね。まさか白玉楼全体を世界から切り離すなんて。紫のスキマ対策のつもり?」

「……」

 

 レミリア達は答えない。しかし時に沈黙は事実を雄弁に語る事がある。

 

「やっぱりそうなのね。まぁ確かにスキマの使えない紫はあんまり強くないけど……。でもこの結界は――術者に相当な負荷がかかってるんじゃない?」

「……」

「世界そのものを切り離す結界。あの魔法使い一人じゃ無理ね。そこのメイドさんの能力も併用して使ってるのかしら? となると、そこの二人は結界維持のためにまともに戦う事は出来ない」

 

(気付かれているか……)

 

 レミリアは苦虫を潰したかのような苦しい顔をしていた。幽々子の推理は見事にあたっている。

 こちらは五人。そうレミリアは言った。

 だがパチュリーと咲夜の二人は結界の維持でまともに動けない。万が一二人の身に何かが起きて結界が崩壊などすれば紫に逃げられてしまう。美鈴は二人の護衛に徹さなければならなかった。

 となるとまともに動けるのは、レミリアとフランドールの二人だけだ。

 

 しかし――

 

「まぁいいさ。気付かれるのは想定内だ。元々私とフランの二人でお前たちをぶっ飛ばす予定だった事だし」

 

 開き直ったレミリアの顔は、少女のものではなく悪魔のそれに似た禍々しいものへと変わっていた。

 そしてフランもまた同じだった。そんな姉妹の表情を見て、幽々子の脇に佇んでいる妖夢はその圧に気押され生唾を飲み込む。

 幽々子はそんな妖夢に優しく諭す。

 

「妖夢。怖気づく必要は無いわ。貴方は強い。自分に自信を持ちなさい」

「幽々子様?」

「それに見方を変えればこの状況はかえって好都合。ブタオさんを惑わす連中全てを始末できるし、この結果内ならどれだけ暴れたって外に露呈する事は無いわ。博麗の介入を気にする事もない。せいぜい利用してやりましょう」

「……はい」

 

 妖夢は肩にかけている刀を抜き出し構える。

 相手は過去に負けた相手。幻想郷でもトップクラスの戦闘力を誇る吸血鬼。

 だが負けはしない。負けられない。負けてしまったら愛する人を失ってしまう。それだけは嫌だ。

 これは弾幕勝負ではない。互いの大切なものを賭けた正真正銘の決闘。

 ならばこそ負けない。“スペルカードルールではないのならば負けはしない”。

 幾万ものあやかしを切り捨ててきた愛刀を手に妖夢は思う。

 

 妖夢が構えに入った瞬間――。

 幽々子の後ろに控えていた何千もの魂魄達がレミリア達を襲いだした。

 

 紅魔館と白玉楼のスペルカードルールを超えた本物の決闘が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 近場で大規模な爆発が起きて、建物内を大きく揺らす。

 

「――ぶひぃッ!?」

 

 ブタオは座布団に包まってブルブルと震えていた。

 外がどんな様子なのか。レミリアと幽々子たちは何をしているのか。

 見に行きたくとも体が震えて動けない。爆発と爆風により建物が揺れる事にブタオは強い恐怖を感じていた。

 

(ど、どうしてこんな事になったのでござるか……)

 

 怖いと思うと同時に、どうしてこんな事になったのか。ブタオの思考はそれだけに埋め尽くされていた。

 

 どうして。どうして。どうして。どうして。

 

 異性を強制的に愛させる洗脳能力があって、レミリア達も幽々子たちも洗脳されて自分に恋をして――。

 それで奪われまいと自分を巡って争っている。

 

「こ、こんなはずではなかったでござる。こんなの吾輩は望んでない……ッ。わ、吾輩はただ……」

 

 誰かに愛されたかっただけだ。

 

 新天地で素敵な出会いをして、相手が人を喰わねば生きられない人外の存在であったならば喜んでこの身を差し出すつもりだった。

 だけど慧音と出会い、レミリア達と出会い――。死にたいと思っていた感情はいつの間にか欠落していて……。

 慧音もレミリア達もみんな優しかった。醜い容姿なんて気にも留めず、普通の人間として扱ってくれた。

 今の自分ならきっと誰かに愛して貰える。生きる希望と自信が芽生えたと言うのに……。

 

 

 彼女達が優しかったのは洗脳されていたからだったなんて、あんまりな話じゃないか。

 

 

 優しくされて勘違いした。あんなにも美しい少女たちが醜い自分に優しくするはずがないじゃないか。

 そして洗脳された少女たちは、自分を巡って争っている。

 

あの美しい少女たちが洗脳され、こんなにも醜い男を巡って争って――。

 

「うッ……おぇ……」

 

 吐き気を催す嫌な感じだ。みんなに愛されたいと願ったがこんなんじゃない。もっと甘酸っぱくて切なくて――そんな恋を。

 少なくとも感情を強制する様なものではない。断じて洗脳なんかであってはならない。

 

 しかし――

 

 この力があるからみんなが優しい。みんなが愛してくれる。決して否定できない事実。

 酷い嫌悪と罪悪を感じながらももう手放せない力。もう昔の自分には戻りたくはない。誰からも愛されず大声で馬鹿にされてきた昔に戻りたくない。

 

「わ、吾輩はどうすればいいのでござる……?」

 

 その呟きに答えてくれる者はいない。

 だがブタオの頭には一人の女性の姿が浮かび上がった。

 洗脳されていると分かっていながらも自分に気を遣い、そしてこの力を封じようとした女性――八雲紫だった。

 なんとも自分勝手で都合のいい話ではないか。彼女を拒否し突き飛ばしておきながら彼女に救いを求めている。

 

「ゆ、紫殿……紫殿なら……」

 

 変わらずこの力を手放したくはない。偽物の想いであっても、この力のおかげで彼女達は自分を愛してくれているのだから。

 だけど、自分を巡って彼女達が争うのは嫌だ。あんなに激しく争うほど自分は価値のある人間じゃない。

 何もかもが突然過ぎたのだ。落ち着ける時間が必要なのだ。この騒動、紫ならば止められるかもしれない。

 

「紫殿。紫殿はどこに――」

 

 幽々子が人魂を使って屋敷のどこかに運び込んだ。ブタオは震える足を何とか立ちあがらせ、小さな勇気を振る絞って紫を探そうと部屋を出る。

 

 そして障子を開けた瞬間――。

 

「ぶひいいいぃッ!? な、なんでござるかッこれはッ!?」

 

 ――戦争。

 率直に思った感想がこれだった。

 奥で鳴り響く爆発の轟音。吹きすさぶ様な爆風を伴いながら大きな火柱が立ちこめ、白玉楼の何万もの人魂が、その炎にめがけて向かっていく。

 レミリア達の姿は見えない。かなり離れた場所で戦っているのだろう。しかしそれでこの規模である。和の雰囲気が美しかった白玉楼の景色はもはやどこにもない。

 

「れ、レミリア殿達が戦っているのでござるか? あそこでッ?」 

 

 彼女達は人間ではなく、正真正銘の化物であると理解していた。しかし彼女たちの美しい容姿と年相応の可愛い性格に、ここまで本気で恐ろしい存在だとは思ってもみなかった。

 映画の様な迫力あるシーンに怯えながらも奇妙な興奮を覚えたブタオは、はっと我に返り紫が運ばれた部屋を探そうと動き出す。

 

「紫殿ッ。ど、どこでござるか――」

 

 白玉楼の屋敷は紅魔館と同様にかなりの面積を誇る。しかも屋敷の見取りが分からないから手さぐりに探す他なかった。

 あちこち探すが、紫の姿はない。

 探すのに夢中になっていたためか、ブタオは外の様子に全く注意を払っていなかった。

 ブタオが次の部屋を探そうと廊下に出ようとしたその瞬間――

 

「ぶひ?」

 

 一閃の赤い閃光が屋敷ごとブタオの体を貫いた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 かん高い金属音を鳴らしながら幾度の剣戟が交差する。

 フランと妖夢は互いに得物を持って競い合っていた。

 

「――ッ! な、何なのよその刀ッ! なんで壊れないのよッ!」

「ふん。幾千ものアヤカシを斬り伏せた桜観剣。たかが一人の妖怪の力で易々折れるわけないでしょうッ!」

 

 妖夢の剣撃にフランのレーヴァテインが斬り返す。両者は以外にも互角の戦いを繰り広げていた。

 妖夢とフランでは、スペック差に吸血鬼であるフランが圧倒的なアドバンテージを持ってはいるが、四方からやってくる人魂の対処に手を焼いている。

 多数対少数。剣士である妖夢にとっては少し気持ちの良いものではないが我儘を言っている場合ではない。負けたらブタオが奪われる。手段など選んでいられるものか。

 ただ目の前の敵を倒す。

 単純かつ明確な意思を持った妖夢はとても強かった。

 

「私は負けない! 負けられないッ! 私のお腹には、ブタオさんの赤ちゃんがいるかもしれないんだから! 絶対に負けないッ!」

「な、なんにいいいぃぃッ!? あ、あああ赤ちゃんッ!?」

「そうですよ。赤ちゃんです。私はブタオさんに“あんなこと”や“こんなこと”口では言えない恥ずかしい目に合わされたんですから。あの人には責任を取って貰わなくちゃいけないんです! 邪魔しないで!」

「お、おおおおうおおぉッ! ここここのドロボウ猫ッ! 体でおじ様をたぶらかして……。絶対に許さないこのクソビッチッ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 互角の戦いを繰り広げていたのは彼女たちだけではなかった。幽々子とレミリアもまた拮抗した戦いを繰り広げていた。

 いや、少し焦り気味のレミリアに対し余裕顔の幽々子の方が客観的には有利に見えたかもしれない。

 

「ほらほら。どうしたの? ボーっとしてると亡霊と蝶があの三人を襲いだすわよ」

「――ちぃッ」

 

 幽々子は幾万もの人魂に加え、同じだけの数の死蝶を召喚しレミリア達に襲いかかっていた。

 まさに数の暴力。その圧倒的な手数にレミリアはイラつきと狼狽を覚えていた。 

 幽々子の繰り出す亡霊と死蝶は、数こそ多いが一つ一つは大したことは無い。レミリアのグングニルならば一瞬で掃討出来る。

 しかし、それは亡霊と死蝶の全てがレミリアに向かっている場合の話だ。

 幽々子はあからさまに動けないパチュリーと咲夜の二人を狙っていた。美鈴が何とか二人を守ってはいるが、さすがの彼女もこの数は相手にできない。

 

 そう。レミリアはまともに相手などされていなかった。幽々子はレミリアを適当にいなし、狙いをパチュリー達に絞っている。その事がレミリアを大きく苦しませ苛立たせていた。

 

「この卑怯者ッ! 動けない奴らを狙って……ッ! 正々堂々と戦いなさいよッ!」

「無法者に合わせる礼儀など持ち合わせておりませんわ。ほら、あの子たちも苦しそうよ? 結界が解けたら紫も自由に動ける。そうすればブタオさんの行方も消えちゃうわね?」

「くッ!」

 

 悔しがるレミリアとは対照的に幽々子は余裕の表情だ。

 しかし内心、幽々子は誰よりも焦っていた。

 紫の能力を封じる為のパチュリーの結界。だが彼女達が最も警戒している紫はもういない。この手で暗い闇の底へと落としてやったのだから。

 

 知られるわけにはいかない。すでに紫がいない事を。

 

 レミリアだけでも厄介だと言うのに、その従者たちまでもが戦いに加わったら勝ち目がない。

 故にレミリア外の三人を執拗に狙い、レミリアの注意を逸らし、少しずつ攻撃を加えていく。

 常人が触れれば命を奪われる“死の概念”そのものであり、あの紫を卒倒させた幽々子の死蝶。

 直接触れなくとも、近づくだけで体力は奪われる。

 徐々にレミリアたちの体力は落ちていく。彼女達が落ちるその瞬間まで、幽々子は緊張をとぎらせることなく、機械的に目的にそって動いていた。

 

(もう少し。もう少しであいつ等は落ちる。そうすれば私たちの勝ち……)

 

 

 

 

 しかし、幽々子の勝利を徹底させたこの戦術が、追い詰められつつあるレミリアに短絡的な思考を呼び起こしてしまった。

 

 

 

 

「美鈴ッ! 二人を何が何でも守りなさいッ! すぐにこいつをぶちのめしてやるからッ!」

 

 短期決戦。

 美鈴たちの体力がなくなる前に、目の前の死蝶と亡霊を薙ぎ払い、一気に幽々子を追いこもうとレミリアは強大な魔力を手のひらに収束させる。

 

「――なッ!?」

 

 その魔力量は、対峙していた幽々子を唖然とさせるほどのものであり、そんな力が解放されれば白玉楼は微塵に吹き飛んでしまう。

 幽々子は、慌てて叫んだ。

 

「ま、待ちなさいレミリアッ! 分かってるのッ!? ここにはブタオさんが居るのよッ! ここでそんな力を解放すれば、白玉楼は――ッ!」

「やかましいッ! 隠れてる紫ごと吹き飛ばしてやるッ!」

 

 激昂した様子でレミリアは叫ぶが、彼女は冷静だった。

 白玉楼を吹き飛ばすほどの力を込めて幽々子にぶつける。その余波で屋敷内にいるであろうブタオもただでは済まない事くらい彼女も理解している。

 

 だがレミリアは八雲紫が健在であると思い込んでいる。

 

 レミリアは知らない。白玉楼での紫と幽々子のいざこざを。紫がすでに幽々子の手に落ちている事を。

 

 故に彼女はこう思ってしまった。

 

 

 ブタオなら紫が守るだろう(・・・・・・・・・・・・)、と。

 

 

「ま、待ってッレミリアッ! あそこには――ッ」

 

 幽々子の叫びもむなしく、レミリアは全てを打ち抜く“神槍”を投げ出した。

 

 

「“神槍”――グングニルッ!」

 

 

 解き放たれた“神槍”は白玉楼を埋め尽くしていた亡霊と死蝶を薙ぎ払い――

 その予波はブタオのいる屋敷を爆散させた。

 

「あ、あ、あああああああぁぁッッ!!?」

「――ッ!?」

 

 終始、余裕の表情を浮かべていた幽々子は血の気の失せた真っ青な顔で叫んだ。

 そのあまりにも甲高いヒステリックな叫びに、レミリア達も。その横で戦っていた妖夢やフランも手を止め、驚愕の目で幽々子を見る。

 戦いに集中していた妖夢も事態を呑み込んだ。彼女の目に映るのは跡かたもなく破壊された白玉楼のお屋敷の光景。ブタオのいる屋敷の――。

 途端に、言い様のない恐怖感が彼女の胸中を貫いた。

 

「う、うわああああぁぁッ! ぶ、ブタオさん! ブタオさあぁんッ!!」

 

 持っていた桜観剣を投げ捨て、絶望的な表情をしながら妖夢は屋敷に駆けだした。いきなり逃亡されたフランも呆気に取られて茫然と佇んでいる。

 しかし妖夢の不吉をはらんだ叫びは、フランにも“思いたくもない事態”を連想させた。

 

「ま、まさか……。おじ様?」

 

 ふとブタオの名を呟く。フランは恐る恐るとレミリアの方を見た。

 レミリア達は蒼白し微かに震えている。目は見開き額からは大量の汗が流れ出ていた。

 

「そ、そんな……。なんで? あ、あああそこには紫がいるはずでしょう? なんであんなに壊れて……」

 

 レミリアは震えていた。今にも泣きそうな表情をしながら震えていた。

 

 あってはならない。今思っている事が現実であってはならない。そんなはずない。

 

 どれだけ否定しても、彼女の視線の奥には、自身が破壊した白玉楼の屋敷の姿がある。

 そして微かに香る生臭い鉄の匂い。彼女はこの匂いを嗅いだ事がある。満月の日のあの素晴らしい夜の時に――。

 

「ね、ねぇ? お姉さま? コレ……血の匂いだよね? この匂いさ、私……知ってるよ?」

 

 フランもまた震えながら絶望した表情になった。血の気は失せ、色白の肌は蒼白となり、額からは嫌な汗が流れ出る。

 レミリアの絶望した表情は、結界を維持していたパチュリー達にも伝染した。

 パチュリーも咲夜も美鈴も。顔面が蒼白となっていた。

 そしていつの間にか結界は消えていた。

 

 レミリア達は幽々子たちの後を追った。彼女達は破壊された屋敷の前で泣きながら叫んでいた。

 

「いやああああぁッ! ぶ、ブタオさん! うわああああぁぁんッ!!」

「嫌だ嫌だああぁッ! ブタオさんお願いします! 目を開けてくださいッ! ブタオさんッ!!」

 

 彼女たちの前で横たわっていたのは、狂おしいほど愛した男の姿。

 

 

 

 

 その彼の体は――『右半分が無くなっていた』

 

 

 

 黒い血とがドクドクとブタオの体から流れ出る。腸がうどんの様にずるりと流れ出る。

 パチュリーはめまいを覚えその場にへたれこみ、咲夜も立っていられずにその場で膝をつく。美鈴は信じられないと震えた表情で佇んでいる。

 

「ぶ、ブタオ……?」

 

 レミリアは半分だけになったブタオに声をかける。

 返事は返ってこない。目をつむったままブタオは何も答えない。

 

「わ、私……私のせいじゃ……。あ、ああ――」

 

 フルフルと首を振りながら目の前の現実を否定するレミリア。だが現実に目の前にブタオはいて――

 

「ああああぁぁぁぁッッ!! ああああぁぁぁッ!!」

 

 彼女は生まれて初めて悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後――

 

「――号外~! 号外だよおぉッ! うっひゃひゃっほおおぃッ! 大スクープの号外だよおぉッ!」

 

 カラス天狗の射命丸文は興奮気味に嬉しそうに新聞を幻想郷中にばらまいていた。

 いままで取材してきた中でも最大の特ダネに彼女のブン屋魂は燃え上がり、即日に原稿を書き纏め新聞を発行した。

 彼女の新聞はいつも胡散臭いゴシップ記事だったが、内容が内容だけに新聞を手にした読者たちは皆興味深そうに彼女の記事を読みだす。

 

 彼女の新聞を読んだ読者たちは、それぞれ各自に反応を示す。

 

 

 

 

 ――永遠亭では。

 

「し、師匠! た、大変……大変ですッ!」

「なにが大変なの優曇華。少しは落ち着きなさい」

「お、驚かないで聞いてください! あの……あの紅魔館の吸血鬼と白玉楼のお姫様が本気でヤり合ったって……。弾幕勝負じゃないですよ? スペルカードルールに則らない本気の殺し合いをですって!」

「……ふ~ん」

「あれ? 師匠、驚かないのですか?」

「驚いてるわよ? でもだから何だって話。私たちには関係のない話じゃない」

「そ、それはそうですけど……。でもその動機が一人の男性を巡っての痴情のもつれだとかなんとか……。ねぇ師匠。この話ってもしかして例の患者さんの事じゃ……」

「レミリア達が凄い剣幕で連れてきたあの男性の事? ――優曇華。間違ってもその話は姫様にしちゃ駄目よ。あの患者は絶対安静なんだから。姫様に話したらきっと興味を覚えられるから」

「は、はい」

 

 

 

 

 

 ――守谷神社では。

 

「なぁ早苗、見なよ。射命丸の書いたこの記事を」

「はい? ――え、ええ? あの吸血鬼と亡霊のお姫様が殺し合い? しかも一人の男性を巡って? 何と言うか恐れ知らずなゴシップ記事ですね」 

「そうだな。普段だったら気にもしない内容だけど……」

「はい? 何か気になる所でも?」

「二人を魅了する男性が実際にいるとしてだ。一体、どんな御仁なのかなと思っただけさ」

「きっと相当なイケメンなんでしょうね。何せあの二人が奪い合うほどなのですから」

「もしくは洗脳に似た凶悪な力を持っていたりして……」

「あのお二方が洗脳? ははっまっさかぁ」

「ふふ。冗談だよ。でももしも、彼女達みたいな化物を洗脳出来る存在がいたとしたらだ。私たちの信仰の上昇に利用出来たりしないかな?」

「……恐ろしい事考えないでくださいね神奈子様」

 

 

 

 

 

 ――人里では

 

「たっだいま~。――ん? 慧音どうしたんだ? 新聞なんか見て」

「……」

「ん? ああ、その記事か。はは。凄い内容だよな。あの二人が痴情のもつれで争うとか。確かその間男の名前は……」

「……ケタ」

「でも嬉しいよ。慧音が他の事に興味を覚えてくれるようになって――って何か言ったか、慧音」

「見つけた……ブタオ……」

 

 

 

 

 

 ――命蓮寺では。

 

「大変です聖ッ! 新聞を読みましたか!?」

「ええ。吸血鬼と亡霊の姫君の決闘の事よね? 一人の殿方を巡って争うなど愚の極みです」

「真偽は不明ですが、内容が内容だけに信徒たちの間でも不安が広がっております。彼らの力は幻想郷のパワーバランスを崩しかねないほど強大ですから……。如何しましょう?」

「真偽の定かでない情報に惑わされてはいけないと。仏の教えに乞えばおのずと不安は消え去ると。優しく諭してあげなさい」

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

 ――地霊殿では。

 

「お姉ちゃん、地上に遊びに行ってくるね」

「……早めに帰ってきなさいね」

 

 地底までは新聞が届かなかったから、特に変わりなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――その他、落ちていた新聞を拾った一匹の妖怪は。

 

「なんだこの内容。ははっ。完全にガセだな……。いや――もしもガセでなかったら、この幻想郷をひっくり返すことが出来るかも……ふふ」

 

 

 

 

 

 

 

――そして博麗神社では。

 

「お~い。霊夢ぅッ! 見たかよこの記事……って、どこかに行くのか?」

「あ、魔理沙。――ええ。今回の件でレミリアと幽々子たちに話を伺いにね。あいつ等、幻想郷のルールを破ったわけだし、それなりの制裁をね」

「動機は痴情のもつれとか書いてあるぜ。本当かなぁ」

「……それも確かめるわよ」

 

 

 

 

 各々の思惑が交差する。

 

 

 

 

 




ようやく白玉楼編終了しました。長かった・・・
これでようやく次にいける

ブタオさんは、体半分無くなっちゃいました。
でも大丈夫ですよね。幻想郷にはあの天才がいるんですから(ゲス顔)

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