「その体は、きっと腐った鉄で出来ていた」

以前、pixivに投稿したエミヤ・オルタのSSです。

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嗤う鉄心

「ここか……」

 世間を騒がしている宗教団体の総本山へ辿り着く。

 ここは入信する信者がことごとく自殺している。調べた結果、原因は現宗主が原因と聞く。

「鬼が出るか蛇が出るか……」

 物理的にも魔術的にも仕掛けがないことに訝しみながら、門を開け境内に入る。

「なっ!?」

 そこには想像を絶する光景が広がっていた。

 死体――屍体――斃体の山が積み重なり、まさに地獄絵図と化していた。

 ただの死体の山というなら見慣れている――が

「笑っている……だと!?」

 これは今まで見たものと明らかに異なり、みな幸せそうに息を引き取っていた。

「あら、お客様でしょうか? それとも入信希望者ですか?」

 本殿から尼僧が現れた。

「貴様が現宗主か?」

 感情を押し殺し、冷たい言葉で訊ねる。

「正確には私は父から破門されたので宗主というわけではないのですが、おそらく貴方の目的の人物に相違ありません」

 尼僧は聖母のような微笑で答える。

「貴様はここで何をしている。何が目的だ」

「目的、ですか? 見ての通り衆生の救済です」

 死屍累々の境内を見渡して、そしらぬ顔で答える。

「これのどこが救済だ! 全ての者が自身の首を絞めつけ自滅していく……こんな地獄に救いなどあるものか」

「そうでしょうか? 皆さん幸せそうではありませんか」

「ああそうだな、だが本人が幸せそうだから本当に幸せという訳でもあるまい。麻薬の常習者が脳にダメージを受けてまで刺激を求める行為が正しい幸せの在り方とでもいうのか」

「ふふふ、私は麻薬ですか」

「いや、それ以上の魔性(なにか)だ」

 双剣を投影(トレース)して尼僧に斬りかかる。

「人に三魂七魄(さんこんななはく)あり。すなわち十種の神宝(とくさのかんだから)なり。

 汝、己が仏性を悟らんとするなら、内なる悪を見据え、もって涅槃に至るべし。

 オン アビラウンケン ソワカ」

「むっ!」

 尼僧の魔術により拘束され身動きがとれない。

「ふふふ、強引に襲うなんて気が早いのですね。私好みではありますが、今の私では分が悪いので退散しますね」

「行かせるか!」

 拘束を解き追いかけるが、そこに壁が立ち塞がる。

 否、壁ではない。彼女に付き従う信者たちがどこからともなく現れ、雪崩のようにこちらへ押しかける。

「退け! お前たちに危害を加えるつもりはない」

 しかし信者たちは虚ろな目でこちらに向かう。

「ちぃ」

 仕方なく信者を斬る、斬って、斬り殺す。

 多少の犠牲は仕方がない。100の命を救うためなら10の命を切り捨てる覚悟はある。

 今回は間違いなくソレだ。あの女を生かしておいたら、どれほどの人間が死ぬか想像すらできない。

「そこを退けぇぇぇ!!」

 斬っても斬っても、人の波は収まらない。

 次第に剣が折れ、新たに投影し、また切り殺す。

 斬る、折れる、投影する――

 それを何度か繰り返した後、ふとある疑問が頭をよぎった。

 ――自分はいま何をしているのか、と。

「(そんなことは決まっている……あの女を殺すために邪魔な信者を殺しているだけだ)」

 ――何故、あの女を殺さなければならない?

「(多くの人が死ぬからだ。彼女の信者になった者は……あ、れ?)」

 そこで気づいてしまった――いま自分は救うべき人を殺しているという矛盾に――

「私は……くっ!」

 剣が鈍った瞬間、信者の一撃を受けてしまう。

「このっ!」

 返す刀で信者を斬る。そして剣が砕ける。

 次第に剣の強度が下がっている気がする。

 気が付くとただの一合で剣がダメになる。

「(考えてはいけない。でなければ……)」

 自身の基本骨子が保てない。

 戦えなくなってしまう。

 ふと、視界に短機関銃が目に入る。

 自分が用意したものか信者の誰かの持ち物かは分からない。

 だが――

「(これなら、剣よりも楽に殺せるな)」

 理想(けん)を振りかざすより、心を殺して引き金を絞る方が効率はいい。

 ただただ、思考を停止して信者たちを屠った。

「さあ、あの女を追わなくては……」

 新たに出来た、苦悶の表情を浮かべる死体の山を背に本殿を去る。

 

「あら、随分早い到着ですね」

「…………」

 血に濡れた男の前で、尼僧は変わりない微笑で出迎える。

「私は以前、貴方のような人を求めていた時期がありました。

 病床で臥せる私をただ憐れむのでなく、手を差し伸べて助けてくれる王子様を……」

「…………」

「ですが、今は必要ありません。

 自身の欲望も持たない者など、なんの魅力もありませんもの」

「…………」

「ふふふ、少し顔つきが変わりましたね。何かを抑えつけているような。

 考えないようにしているのでしょうか。結論が出てしまうと、自分が自分でなくなってしまうから」

「…………」

「貴方が殺した信者は幸せそうでしたか? 私の呪法で亡くなった方とどちらが良かったですか?」

「…………」

「いいのですよ。悩まなくても……快楽に溺れること、欲望に忠実になることを受け入れましょう」

 彼女は魔術を行使する。

 それはあまりにも危険で使用が禁じられたコードキャスト――万色悠滞――

 他者の精神と魂を自在に読み取る呪法。

「私は貴方を受け入れました。さあ、貴方もこの悦楽に身を委ねて」

 副作用として、使用者はあらゆるドラッグを上回る多幸感・安心感を得て、意志の弱い者は現実に戻ってこれなくなる。

 その禁呪を女は男に譲渡する。

「他者の心に土足で這入り踏みにじる、か……いいだろう」

 男は口を歪ませて、女の行為に応じる。

 男は万色悠滞を使い、女の(せかい)に侵入する。

「ええ、そうです。溶け(あいし)合いましょう」

 聖女の如き魔性は微笑む。

 今までの信者と同じ。苦しい現実に打ちのめされたものは甘い虚実に堕ちる。

 男の理念を打ち砕き、絶望に落とす。その上で快楽を与え、さらに堕落させる。

 女の(せかい)に這入ったものは皆死ぬ。この男も例外ではない。

「ああ、いい! もっと! 私を感じさせ……え?」

 女の腹から剣が生える。

「ああ、感じさせてやる……死の味をな」

 体内のあらゆる場所から剣が生えて、女を貫く。

「こ、れは……?」

「固有結界だ。本来なら心象風景で世界を塗りつぶすものだが、今の私ではそれだけの力はない」

 魔力は十分にあるが、その心象(せかい)を保つ精神がない。

「精々、君の身体を突き破るのが限界だろう」

 周囲一面を塗り替えることはできないが、人の身体程度には展開できる。

 万色悠滞で女の(せかい)に這入り、そこで固有結界を展開した。

 その結果、男の心象(せかい)に内包された剣が女の身体を突き破ったのだ。

「さあ、これで終わりだ」

「かはっ、ふ、ふふふ」

 女は吐血しながら、不気味に笑う。

「何が可笑しい? 気でも触れたか」

「気なら、既に狂って、いますとも」

 息も絶え絶えに女は言う。

「ただ、まだ終わりでは、ありませんから」

「……っ!?」

 気付いた時には遅かった。

 女のやったことはとても単純、先程男がやったことと同じことをしただけだ。

 即ち――

「う、うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 女は男の中へ這入り、その心を侵す。

 お互いにパスが通り、切断しようにも手段がない。

 万色悠滞を開発し、凄腕の魔術師である彼女であれば、男の心を喰い尽くすことも容易だ。

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 段々、男の心は浸食され、女の腐った欲望に包まれる。

 切り抜ける方法はない。唯一の打開策はあるが――

 いや、迷っている時間はない。

「私は、俺はまだ、終われない! 世界を救わなくてはいけない!」

 男はその瞬間、世界と契約した。あらゆる時代、場所で、人類を救うためだけの守護者(はぐるま)になると。

 今の自分の在り方を守るためにはこれしかなかった。

 邪悪に侵されても、世界を救うには――

『取り返しのつかないことをしましたね』

 胸の内で声が聞こえる。

『守護者になろうとも精神は永遠ではありません』

「いい……例え心が擦り切れて、自分が何者か判らなくなったとしても」

『生涯……いえ、死後も貴方が目指すものには……』 

「俺は正義の味方に……」

『なれません』

「なる!」

 かつて聖女と呼ばれたモノに銃口を向け、引き金を絞る。

 女は脳漿を撒き散らして、今度こそ完全に絶命する。

 そして男はその場を離れ、次の目的地へ向かう。

 幽鬼のような生気のない瞳で、なりたかったモノへ向かって足を動かした。

  

 

 

 その後も何人も殺した。

 罪を犯した者、罪なき被害者、救いようもない悪者、救うはずだった善人、みな手にかけた。

 殺したはずの女の嗤い声が聞こえる。

 心は次第に腐っていった。

 投影した剣の精度が落ちてきた。

 動けなくなった身体は抑止の力が突き動かした。

 胸には金の(きずあと)ができ、身体を侵食していった。

 つい先程まで何をしていたか思い出せない、記憶の欠落が日に日に多くなる。

 ある日、男は死んだ。何があったかは覚えていない。男を疎む者に殺されたのか、不運な事故で亡くなったのか、発狂の末に自殺したのか、何もかも分からない。

 だが、それでいい。感傷など不要、理想など目的遂行の為には何の意味もなさない。

 さあ、世界を救おう――そうしろと声が聞こえるから。

 人理を守ろう――それ以外の全ては見捨てろと身体を操られる。

 私は、俺は何者なのだろうか――分からない、解らない、判らない。

 嗤い声が聞こえる。あの女のものにも聞こえるし、男を突き動かす力の声かもしれないし、男自身が嗤っていたのかもしれない。

 嗤い声は続く――いつまでも、いつまでも。

 ふと、別の声が聞こえた。

 目の前にいる少年、いや少女かもしれない。

 耳を澄ませると、彼または彼女が自分を呼んでいることに気付く。

 『正義の味方』と――

 その言葉の意味は分からなかったし、それは明らかに自分のことではないと思ったが――

 なんでか、妙に泣きたくなる。

 

 

 

 おわり

 

 


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