「ハアァッ!!」ギィン!!
「オラァ!!」ギャィンギィン!!
人気のなくなった学校の校庭で、二つの影が激突を繰り返す。その度に数え切れない斬り合いが行われ、甲高い金属音が鳴り響いた。
「これがサーヴァント同士の戦い……。何て速さなの、動きが目で追いきれない」
その片方は敵サーヴァント、ランサー。最速の英霊に恥じない動きだ。いや、おそらくそれどころではない。最速の中の最速。そう言っても過言ではないほどの俊敏さ、それに加えて一撃で岩をも砕くであろうその過激さはランサーの中でも指折りの強さに見えた。
しかし、もう一人の方も負けてはいない。アーチャーは弓兵のサーヴァントゆえ近接戦では遅れを取ると思っていたが……ここまではランサーと互角の勝負を繰り広げていた。
「弓兵ごときが剣士の真似事かぁ! 舐めるんじゃねぇ!」
弓兵でありながら弓を使おうとしないアーチャーの態度に業を煮やしたのか、先ほどよりも一層疾く鋭く、ランサーの槍が縦横無尽に空間を駆け巡る。
しかしそれでもアーチャーの防御は崩れない。左右上下から繰り出されるランサーの攻撃を間一髪のところで防ぎきっていた。今のところ防戦一方ではあるが、あのランサー相手に決定的な隙を作らないだけでも賞賛に値すると言える。
しかし、基本ステータスの水準も低く、主武装の弓も使わずにどうやってあのランサーと彼は打ち合っているのか。
「てめぇ、マジで何者だ。黒い魔術を使う弓兵なんざ聞いたことがねぇ。それに弓兵にしとくには惜しい腕だ」
そう、戦いが始まると共にアーチャーの両手には黒い円盤が出現し、それらをもってランサーの猛攻を防いでいたのだった。先程は逃げるのに必死で視界に捉えることはできなかったが、ランサーの奇襲の初撃を防いだのもあれだろう。
おそらくは魔術によるものだが、見たことも聞いたこともような魔術で、その禍々しさはランサーの槍に引けを取らない。
ランサーの槍と打ち合っているその強度も驚きであるが……それだけでないような、そんな気がする。あの黒い魔術にはそれ以上の能力があるような気がしてならないのだ。ランサーもどこかでそう感じている顔である。
また、おそらくアーチャーは身体強化の魔術もかなりの高水準で扱っている。要所要所で発動することでランサーに本来の戦いをさせていない。
私が屋上から脱出した時のものと同系統のものだろうが、ノーモーションで発動しているし比較にするのも馬鹿らしい出力だ。
「そういうお前は分かりやすいな。これほどの槍使いは世界に数える位しかいない、それも獣のような獰猛さといえばおそらく一人。男なら誰もが憧れる英雄譚、そのヒーロー。
なぁ、アイルランドの光の御子さんよ」
「ほぉ、有名すぎるってのも考えものだ。ならいいぜ、見せてやろうか! 我が必殺の一撃を!!」
「ッ!」
アーチャーがランサーの真名を看破したにも関わらずランサーに動揺はない。むしろ、その顔はさらなる戦いを求めて殺気でひりつき、その姿は木々を燃やし尽くす炎のように猛々しかった。
ランサーの言葉と共にその手に持つ槍に魔力が充填され、その禍々しさが最高潮に達する。
「い、いけない、宝具を使うつもり!?」
宝具。
それはサーヴァントがサーヴァントたる所以にして必殺の切り札。彼らの名を語るにおいて決して無視することのできないそれは、時に敵を葬る最強の矛となり、時に自らを守る最高の盾となる。
ランサーの宝具は前者。おそらく……というか間違いなく、それが発動したが最後、アーチャーがその両足で地面に立っていること叶わない。
見ている限りアーチャーに動揺はないようだが、ランサーから距離をとって動かないのを察するにこちらからの指示を待っているらしい。それはつまり、判断を私に預ける程に信頼しているということなのだろうか。
宝具を使うか否か。
「(どうする……アーチャーにも宝具で対抗させるか、令呪を使うか……二つに一つ!)」
だが、アーチャーの宝具のことを知らない私としては令呪を使うというのが最も価値のある選択だった。でもこれは
私は迷っていた。
(ジャリッ)
「……ッ! 誰だ!」
私がマスターとして大きな選択を課せられていたその時、校庭の隅で物音がした。そこから一つの影が去っていくのが見え、雰囲気や姿形から一般人であることがわかる。
「チッ! アーチャー、一旦勝負はお預けだぜ」
それだけ言い残すと、ランサーはその人影を追って姿を消した。その目的はもちろん口封じだろう。そうなればランサーがやることは一つだった。
魔術師は自らと魔術の存在を世間から隠蔽する。そのルールに従い目撃された事実は揉み消すのが理である。通常の魔術師であれは記憶操作を主な手段としてそれを行うが、理から外れた存在たるサーヴァントたちにそんなことを期待するというのはお門違いだ。
「そ、そんな……! まだ生徒が校舎に残っていたっていうの!? こうならないように気をつけてたってのに……!!」
「でもこれで俺たちはなんとか初戦を生き残った、ってことになんのかね……って遠坂?」
アーチャーが私の様子の変化に気付いて首をかしげている。戦闘が終わってホッと一息、とでも思っていたのだろうか。だとしたら……わたしの考えに幻滅するかもしれない。
それにこんな考えが魔術師としても不合理だなんてことも分かってる。それでも私は―――遠坂凛はこんなことを望まない。
無関係な人間を魔術師の世界の都合で勝手に殺してしまうなんてことが正しいとは思わない。そんな簡単に人が死んでいいはずがないのだ。
「アーチャー―――」
私の過去に、私のせいで人が死んだなんていう汚点を絶対に残してたまるもんですか!
「――
「……ッ!! おうよ、任された!!」
今度は、私の中に迷いなど微塵もなかった。
次の瞬間、アーチャーの姿は忽然と消え、校庭に一人残される私。今頃、アーチャーはランサーの目の前に現れて先程以上の戦闘が再開されることだろう。なぜなら、私が彼に許可した全力―――それが
令呪も使った上に、こちらの切り札まで敵に晒してしまう。
「……ごめんなさい、父さん。あなたの娘は世界一の大馬鹿者です」
そして私は、校舎へと逃げていったまだ見ぬ人物を探しに走り出した。
「よ、さっき振りだなランサー」
「なんのつもりだテメェ……」
目の前には怒りを今にも爆発させようかというクランの猛犬がいる。何が彼の逆鱗に触れたのかは分からないが、その怒りの矛先が自分に向かうことだけは間違いなかった。
別にマスターを恨んだりはしない、いや、むしろその逆だ。
「いやなに、簡単なことだろ。お前はあの人間を殺そうとした、俺のマスターはそれをお望みではなかった、それだけだ」
出会ってから今日で三日目、俺は遠坂のことを『優秀な魔術師』なんだとばかり思っていた。それに値するだけの実力を彼女は兼ね備えていたし、彼女自身もそう思っていることだろう。
しかし、それは違う……俺の考えが甘かった。とんだ見込み違いだ。
先程の垣間見えた彼女の本性はそんなものではなかった。彼女は―――『遠坂凛』という人間は、そんなちっぱけでくだらない存在に収まるような人物ではなかった。
俺が見た彼女の眼は、覚悟は、心意気は、どこまでも気高く呆れるほどに自分を信じていた。彼女は理性では優秀な魔術師になろうと努力しているが、心はその衝動とは別の方向を向いていた。
「ハッ! 随分とお気楽な思考してんだなぁ、アァ!? 俺を足止めしようってか……出来るもんならやってみろよ!!」
猛然と襲いかかってくる稀代の英雄。恐れなどない。彼女のような人物が信じてくれているというのに、それに応えずしてなにが英霊か。
だから初めから本気だ。追い返すなどというつもりは毛頭ない。こいつは、ここで仕留める。
内なる力を意識しながら
そしてついに――――
「遠坂……最高のマスターだぜ、お前」
―――ついに黒い月がこの世にその姿を現した。
ルビの振り方が読みにくかったらすいません。あといつもよりちょっと短くなっちゃいました、お詫びに後書きをちょっと書きます。なんとなくで書いてたら大体五千字位いくんですけどなんででしょうかね。
あらすじにある通り、PSI=魔力として書いてます。型月世界でも超能力はあるみたいですけどそこと絡めるかはわかんないす。確か一代限りの突然変異な力で、根源に辿り着くようなものじゃないから無視されてる、みたいな感じだったような。魔術以上に情報が少ないので手を出さないのがベターですかね、やっぱ。
そして前回の話でも補足を少し。「結界を解読」と簡単に言いますが、あれは遠坂だったからこその芸当ですよね。だってあれ「英語を知らないけど英語で書かれた文章の内容と構成を理解した」ってことですからね。士郎のトレースを魔術そのものに対して行なったレベルでしょうか。本格的に研究すれば一ヶ月とかでマスターするんじゃないかな。化け物ですよね、率直に言って。
今回の話は短かったですけど実はお気に入りです。『暴王の月』初出の雰囲気を少しでも再現できた気がする。タイトルも回収できたし。
「退かなければ、消す」
あれはマジで格好良すぎた。ホント大好き。