Jack the Ripper ~解体聖母~   作:-Msk-

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GGO編最終話です。


GGO:05

 シノンこと朝田詩乃はGGOからリアルに戻って一息ついていた。

 

 これから彼女には、ジャックに対して様々な質問をぶつけるという重大な任務が待ち構えている。彼を前にしてあたふたしないためにも、ベッドで横になって頭を整理していた。

 

 詩乃がジャックに聞きたいことはそれなりにあった。

 

 SAOをプレイしていたのか。

 

 SAOをプレイしていたとしたらどんな生活をしていたのか。

 

 どうしてGGOをプレイしようと思ったのか。

 

 どうしてGGOで一番初めに自分に声をかけてきたのか。

 

 そして一番聞きたいのは――。

 

 どうして、自分なんかと恋人の関係になったのか。

 

 人として最大の禁忌とも言える■■■をしてしまった自分と、どうして綺麗なあなたが……。

 

 ぐるぐるぐるぐると色々な感情が渦巻くが、それを無理やり振り払ってベッドから立ち上がる。そして部屋の明かりをつけた。

 

 簡易クローゼット、ベッドの下、バスルーム。その三つを確認して思わずしゃがみこんでしまう。

 

 キリトが言っていた死銃(デス・ガン)がいないことがわかってほっとしてしまったのだ。

 

 ――ピンポーン。ピンポン、ピンポーン。

 

 

「――っ!?」

 

 

 シノンはドアチャイムの音に過剰に反応した。

 

 それもそのはず。

 

 よく彼女の家に来るジャックはドアチャイムを使わずにドアをノックするのだ。それもドアをノックする前にちゃんとメールやら電話やらで連絡もしてくれる。

 

 それがないということはジャック以外の人物がドアを挟んだ向こう側にいるということ。

 

 宅配便は頼んでない――よって排除。

 

 キリトが来た――可能性はゼロではない。

 

 ジャックが来た――どんな状況でも冷静な彼が連絡をしないはずがない排除。

 

 どれも可能性が低くてあてにならない予想ばかりだ。

 

 しかしこうも連続でドアチャイムが鳴らされてはたまったものではない。

 

 シノンはどうするか悩んだ末に一つの結論を導き出した。

 

 ――ドアチェーンを掛けて応答しよう。

 

 単純なものだがこの状況を打破するには最適な答えだ。

 

 ドアチェーンがしっかりとかかったのを確認した詩乃は、玄関ドアの鍵を開錠する。

 

 瞬間、勢いよくドアが引っ張られ、チェーンが伸びきってドアが完全に開かれるのを阻止した。

 

 

「ひ――っ」

 

 

 短く悲鳴を上げて尻もちをつくシノン。

 

 恐怖からガタガタ震える体を両腕で抱き、どうにかして落ち着こうとする。

 

 ――そう、そうだ。ジャックに来てもらおう。

 

 そう考えたシノンは、ポケットに入っていたスマートフォンを取り出して、一心不乱に電話帳をスクロールする。

 

 ジャックの連絡先を探しているこの間にも、ドアは開けたり閉めたりされており、一層彼女の恐怖心を煽った。

 

 どんな人が外にいるのか気になったシノンは、顔を一瞬上げてしまった。

 

 

「――やぁ、朝田さん」

 

 

 そこにいたのは、同じ学校に通っている少年。よく見知った少年だった。

 

 GGOでもよく会話を交わし、フレンド登録までしている。

 

 彼の名は――

 

 

「シュピーゲル……。い、え……新川、くん……!?」

 

 

 名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、ドアを挟んだ向こうにいる少年――新川恭二はニコリと笑った。

 

 

「優勝おめでとう。お祝い持ってきたんだ。ここ、開けてくれないかな?」

 

 

 ニコニコと笑った顔と有名ケーキ店の小箱が詩乃の目に映し出されるが、彼女は一切動けないでいた。

 

 まさか友達がこんなに怖く感じるなんて思っていなかった。

 

 初めての経験に詩乃の体がなかなか動かない。

 

 ――誰か……助けて……!

 

 瞑った目の端から涙が滴り落ちる。

 

 

「お、お前――!!」

 

 

 バッと顔を上げて目を開く。

 

 焦ったような恭二の声とは別に、今もっとも聞きたかった声が聞こえてくる。

 

 

「――おい。人の女をそんなに怖がらせるなよ」

 

 

 それは紛れもなくジャック本人の声だった。

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 ジャックこと霧崎(きりさき)士郎(しろう)は、恋人である詩乃におみやげグレネードの件を問いただすために詩乃の借りているアパートへ来ていた。

 

 別にメールや電話で聞いても良かったのだが、なんとなく実際に顔を顔を合わせて話をしたかったのだ。

 

 それが功を奏した。

 

 アパートに着き、意気揚々と詩乃をどういじってやろうか考えていた彼の目に映ったのは恭二が詩乃の部屋のドアを何度も開けたり閉めたりしている姿だった。

 

 尋常ではないその行動に、思考を入れ替えた士郎はすぐに警戒対象へ近づいていった。

 

 

「――おい。人の女をそんなに怖がらせるなよ」

「あ……? お、お前が……お前か――ァ!」

 

 

 そう叫びながら右手にどこからか取り出した注射器を構えて突進してきた恭二に、士郎は溜息を一つ吐いた。

 

 恐らく戦闘処女なのだろう、あまりにも拙い突進に士郎はつまらなさそうに対応する。

 

 

「クソクソクソクソクソクソが――ァ!!」

 

 

 叫びながら突き出される注射器の針を全て躱し、

 

 

「――そら」

 

 

 そんな掛け声と共に注射器が握られている手に手刀を落とした。

 

 手刀を落とされた腕の持ち主である恭二は、腕を抑えてうずくまる。その腕にはうっすらと紫色の痣が浮かび上がっていた。

 

 地面に転がっている注射器を拾い上げた士郎は、中に込められている透明な液体を眺める。

 

 透明な液体という情報だけでは液体の名称を特定することはできないが、ただの水が入っていないことだけはわかった。

 

 さて、恭二を縛り上げて尋問でもするかと振り返ったその時だった。

 

 

「ざまぁみろ!」「士郎!」

 

 

 士郎の腹に注射器を刺した恭二と、それを見て彼の名前を呼んだ詩乃の叫び声が重なって聞こえた。

 

 まじまじと腹部に突き刺さる注射器を見た士郎は、次いで注射器のガスケットが目一杯まで押し込められているのを確認した。

 

 

「こ、これでお前も終わりだ! やっと僕はシノンと一つに――ぐほぉぁ!?」

 

 

 歓喜に震えて言葉を紡いでいた恭二の顔を、士郎は容赦なく殴りつけた。

 

 錐揉みして吹き飛んでいった恭二を一瞥し、下に落ちた注射器を拾い上げた士郎は、注射器に血が付着していないのを確認して一息ついた。

 

 

「シノン、部屋に入って警察を呼んでくれ。鍵はしっかりとかけろよ。俺はこいつを縛り上げるから」

「わ、わかった! そ、その……お腹、大丈夫なの?」

「ん? あぁ、問題ない。ライダースーツの下にプロテクターを着こんでたからな。それが注射器の針を抑えてくれたらしい」

「そう……よかった。気をつけてね」

「あぁ、任せろ」

 

 

 詩乃が部屋に入り、しっかりと鍵を施錠する音が聞こえたことを確認した士郎は警戒しながら恭二へ近づいていった。

 

 だが恭二が気を失っていることを確認し、すぐに過剰な警戒をやめる。

 

 腰のポーチからバイクを施錠するためのチェーンを取り出し、恭二の両手首と両足首を纏めて巻き付け鍵をかけた。

 

 それから数分後、警察の到着を知らせるパトカーのサイレンの音が士郎の耳に届いた。

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 詩乃の家へ恭二が襲撃をしてから数日が経ち、各々が日常を取り戻し始めていたある日。詩乃はキリトからダイシー・カフェへ来てほしいと連絡を受けていた。

 

 もちろん、簡単に了承できるものではなかった。

 

 正直、面倒だったのだ。

 

 指定された日は平日。学校帰りに行くには割と距離がある場所に態々行くのは気が進まなかった。

 

 何より詩乃には放課後は士郎とデートをするという新しい日課ができていたのだ。

 

 そこで詩乃はキリトに妥協点を出した。

 

 ――ジャックも連れて行っていいなら行くわ。

 

 士郎を足として使うついでにキリトたちにジャックの正体を教えてやろうと思ったのだ。

 

 もちろんこれをキリトは了承し、詩乃は士郎を連れてダイシー・カフェに行くことになった。

 

 そのダイシー・カフェに行く日が今日だ。

 

 詩乃とは違う学校に通っている士郎が詩乃の学校の校門前まで迎えにくる手筈になっている。

 

 なっているのだが……。

 

 

「あ、朝田さん! どういう知り合い?」

「もしかして彼氏?」

「「ふぁぁ……!」」

 

 

 クラスメイトの女子二人にそう囁かれた詩乃は、余計なことを考えないように校門前で停めたバイクにもたれかかって空を見上げている士郎の元へ歩いていった。

 

 

「ちょっと! 確かにここを指定したのは私だけど何でこんな……もうっ!」

「悪い、車にすればよかったか?」

「そういう問題じゃない!」

 

 

 士郎からヘルメットをひったくるように奪った詩乃はさっさと被ってバイクの座席に跨った。

 

 それを苦笑いして見ていた士郎も手早くヘルメットを被ってバイクに跨った。

 

 詩乃が腰に手を回したのを確認した士郎は、慣れた様子でスロットルを開けてバイクを発進させた。

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 ダイシー・カフェで詩乃と士郎を待っていたのはキリトとその彼女であるアスナ、リズ。そして店主であるエギルがいた。

 

 軽く互いに自己紹介をした後、キリトは――キリトたちは本題を切り出した。

 

 まず口を開いたのはアスナだ。

 

 

「あのね、朝田さん……詩乃さん。この店に来てもらったのには理由があるの」

「理由?」

 

 

 続いてキリトが言う。

 

 

「シノン。まず、キミに謝らなきゃならない。俺、キミの昔の事件のこと、アスナとリズに話した」

「え……?」

「どうしても、彼女たちの協力が必要だったんだ」

「え……?」

 

 

 詩乃は自分のあまりにも黒すぎる過去を知られたことに戸惑いが隠せない。

 

 だがそんな彼女を無視してアスナが言う。

 

 

「詩乃さん、実は私たち、以前あなたが住んでいた街に行ってきたんです」

「なん、で……。そんな、こと……」

 

 

 音を立ててイスから立ち上がり、逃げようとした詩乃の制服の袖をすかさずキリトが掴んだ。

 

 

「それはシノン、キミが会うべき人に会っていない、聞くべき言葉を聞いていないと思ったからだ。キミを傷つけるかもしれない。でも俺は、どうしてもそのままにしておけなかった」

「会うべき……人……? 聞くべき、言葉……?」

 

 

 そんなことどうでもいいとんばかりに詩乃は士郎に向かって助けて欲しいと目で訴える。

 

 助けを求められた当の本人は、目を瞑って沈黙を守っていた。どうやらここから詩乃を連れ出すつもりはないらしい。

 

 でも、だからこそ詩乃は少し冷静になれた。

 

 いつでも自分のことを一番に考えてくれる優しい彼。そんな彼が自分を連れ出そうとしないということは、私にとってこれから合う人はそれほどまでに重要な人なのだろうと。

 

 店の奥から、人が二人現れた。

 

 女性と少女だ。

 

 イスに再び座った詩乃は、少しだけ冷静になって二人を見つめた。

 

 女性が頭を下げると、少女もそれを見習って頭を下げた。

 

 

「あの……あなたは……?」

 

 

 詩乃の消えてしまいそうな声で放たれた問いに女性がしっかりと答える。

 

 

「初めまして。朝田、詩乃さん……ですね? 私は大沢幸恵と申します。この子は瑞枝、四歳です」

 

 

 四歳、という歳に何かが引っかかる。

 

 

「この子が生まれる前は、郵便局で働いてました」

「あ――」

 

 

 詩乃の脳裏に、当時の記憶が蘇る。

 

 あれはそう――カウンター越しで強盗に銃を向けられていた女性。

 

 髪は少し伸びているが、目の前にいるのは確かにあの女性だった。

 

 

「ごめんなさい……。ごめんなさいね……詩乃さん。私、もっと早くあなたにお会いしなきゃいけなかったのに……。謝罪も、お礼すら言わずに……」

 

 

 女性の目から涙が零れ落ちる。

 

 目じりを指で押さえ、涙の後を消した女性は少女の頭に手をのせた。

 

 

「あの事件の時、私、お腹にこの子がいたんです。だから詩乃さん、あなたは私だけでなく、この子の命も救ってくれたの。本当に、本当にありがとう」

 

 

 再び女性が頭を下げる。それに倣って少女も頭を下げた。

 

 

「命を……救った……」

 

 

 呆然とする詩乃に、キリトが言う。

 

 

「シノン、キミはずっと自分を責め続けてきた。自分を罰しようとしてきた。それが間違いだとは言わない。でも、キミには同時に、自分を救った人のことを考える権利があるんだ。そう考えて、自分自身を許す権利があるんだ。俺は、それをキミに……キミ……」

 

 

 キリトの拳が震える。

 

 でも詩乃にはそれ以上にこちらへ来た少女が気になった。

 

 少女は肩にかけていたバッグからクレヨンで絵が描かれた紙を差し出した。

 

 その紙には、「しのおねえさんへ」の文字がしっかりと刻まれている。

 

 詩乃は少女から差し出された絵を受け取った。

 

 

「詩乃お姉さん、ママと瑞枝を、助けてくれて、ありがとう」

 

 

 手紙を持つ手に力がこもる。

 

 目から熱い何かが滴り落ちる。

 

 ありがとう――。

 

 簡単な言葉だ。

 

 誰でも言える感謝の言葉だ。

 

 それでも。

 

 今の詩乃には響いた。

 

 少女が詩乃の右手に触れる。

 

 

「あ――」

 

 

 詩乃は驚きから体を跳ねさせる。

 

 

「ふふっ」

 

 

 だが、少女の笑顔を見て、詩乃も同じく笑顔を零した。

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 詩乃が救った二人がダイシー・カフェからいなくなった瞬間、詩乃は思わず士郎に抱き着いてしまった。

 

 それを士郎は受け入れ、優しく頭を撫でた。

 

 しばらくして、詩乃は満足したのか士郎から離れて行った。その顔は少しだけ赤くなっていた。

 

 さて、と息を吐いた士郎は、キリト、アスナ、リズ、エギルの方を見た。

 

 

「俺がここに来る許可が出たってことは俺にも言いたいことがあるんじゃないか?」

 

 

 その言葉にキリトは意を決したように言う。

 

 

「お前は……SAOにいたのか……?」

「あぁ、いたよ」

 

 

 続いてアスナが言う。

 

 

「あなたは第1層の地下迷宮で私とキリトくんに会ったよね?」

「あぁ、そんなこともあったな」

 

 

 リズが言う。

 

 

「あんた、私の店でオーダーメイド品を頼んだわよね?」

「あぁ、確かに頼んだ」

 

 

 エギルが言う。

 

 

「お前さん、馬鹿みたいにレアなアイテムをウチの店に売りに来たよな?」

「あぁ、行ったな」

 

 

 それがどうしたと言わんばかりに士郎は淡々と答えていく。

 

 そんな士郎を不安そうに詩乃は見つめる。

 

 視線に気づいた士郎は詩乃の頭を一撫でした。

  

 

「――結局、何が聞きたいんだ?」

 

 

 面倒だと言わんばかりに本題を切り出せとの要求にキリトが答える。

 

 

「ジャック……お前はレッドだったのか……?」

 

 

 不安そうに、だが確かな声音で問われたそれは。

 

 士郎の――ジャックの秘密に迫るものだった。

 

 

「レッドになった覚えはない。……あぁ、なるほどな。GGOで見せた俺の戦闘方法の秘密が気になるのか」

 

 

 はっはっは、と士郎は笑う。

 

 

「そうだよな……。SAOを7()5()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「「「――っ!?」」」」

 

 

 士郎の言葉に四人が息を飲んだ。

 

 そしてすぐにキリトが口を開いてまくし立てた。

 

 

「ま、待てよ……。SAOは第75層でヒースクリフを倒してクリアになったはずだろ!? ALOに強制的にコンバートされたプレイヤーもいたけど、確かに全員――まさか……」

 

 

 キリトは気づいたようだ。

 

 ジャックの、士郎の身に起きたことを。

 

 

「お前たちがSAOから脱出、もしくはALOに強制的にコンバートされた後も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 

 沈黙が場を支配した。

 

 そんな可能性、誰が考えただろうか。

 

 SAOがクリアされ、未だに目が覚めないプレイヤーがいたのはもちろん知っていた。何せ、キリトの最愛の少女であるアスナがそうだったのだから。

 

 詩乃はあまりその辺は詳しくないのだが、大切な人が体験したことを知りたいという気持ちが大きくなった。

 

 

「ね、ねぇ士郎……。その時の話、聞いてみたいんだけど……。だめ?」

 

 

 詩乃は伝家の宝刀である上目遣いで士郎におねだりをした。

 

 

「……まぁいいか。知られて困るようなこともないし――お前たちも興味あるみたいだしな」

 

 

 SAO生還者(サバイバー)である四人も大きくうなづいた。

 

 

「そうだな、じゃあ第75層が突破されてからの話をしようか――」

 

 

 それから士郎は語った。

 

 そして詩乃たちは聞いてしまった。

 

 士郎が、たった一人残された鋼鉄の城でどんなことをしていたのか。

 

 ――その地獄の日々を。

 




タグにシノンを入れていたので察していた人は察していたでしょう。

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