Jack the Ripper ~解体聖母~   作:-Msk-

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ALO_MR:02

 ジャックと絶剣のデュエルは、意外な形で実現された。

 

 どうやらアスナが絶剣に自ら進言したらしい。「私よりも強い人がいるんだけど戦ってみない?」と、軽い調子で。

 

 最初はうんうんと唸っていた絶剣だが、アスナが言うならということでデュエルをすることになったのだが……いつも通りの定刻に開始するデュエルではない。ギャラリーが身内のみのお忍びデュエルなのだ。

 

 絶剣の方はギャラリーに関して特に何も言わなかった。いてもいなくても結果は変わらないからと。

 

 ジャックがギャラリーを嫌がったのだ。

 

 勝つにしろ、負けるにしろ、たくさんのギャラリーがいればその分だけ早くALO中に知れ渡る。そしてその反応として自分にデュエルを申し込まれるのが嫌らしい。

 

 しかし、本当のところはそうではない。

 

 ただ単に見世物になるのが嫌なだけなのだ。

 

 そして。

 

 ジャックと絶剣のお忍びデュエルがこれから始まろうとしていた。

 

 

「それ、使うんだ」

 

 

 シノンはジャックの腰に収まる六本のナイフに一瞬視線を向け、すぐにジャックに戻した。

 

 

「まぁな。――あの状態を見たら嫌でも手が抜けない」

 

 

 そう言ったジャックの視線の先には、闘気を幻視させそうなほどに気合を入れて集中している絶剣――ユウキがいた。

 

 

「OSSは最後の手段だ。使うまでもなく俺が勝つ。だが勝負は何があるかわからない」

 

 

 ジャックがギュッと拳を握り込む。

 

 

「最初から最後まで本気で行かせてもらう。慢心、油断は一切無しだ」

「……それでも全力を出さないのね」

「俺が全力を出す時は命がかかった時とお前に危害が加わりそうな時だけだ。――そう決めた」

「そう……。なら言うことは一つだけね」

 

 

 シノンはジャックの顔を両手で包み込んで、しっかりと目を見つめて言う。

 

 

「――いってらっしゃい」

「あぁ、行ってくる」

 

 

 よし、と言ってシノンはジャックの顔から手を放すと、背中をポンと叩いて送り出す。

 

 その顔は少し嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

✝ ✝ ✝

 

 

 ジャックの前に立った絶剣ことユウキは、彼が今まで戦った誰よりも強いことを本能的に感じ取っていた。

 

 この時ユウキは初めてジャックのことをしっかりと視界に入れた。そして彼の異様な雰囲気を肌で感じ取った。

 

 今まで何度も強いプレイヤーとデュエルしてきたユウキだが、その中でもずば抜けて強い。そう確信できるナニカがあった。

 

 本人自身、そもそもこのデュエルには乗り気ではなかった。

 

 少し前にアスナという、自分もパーティーメンバーも納得することのできるプレイヤーが、自分たちのパーティーにボス討伐の間だけ加入することが決まったのだ。

 

 正直言えば、それでもう満足だし、これ以上望むことはない。早くボスを討伐する為の準備をしたいところなのだが……。

 

 あのキリトにぞっこんなアスナが、キリトよりも強いと断言した相手が気にならないはずがなかった。

 

 恐らくだが、アスナはキリトの(かたき)をユウキに取らせようとしてる。そしてそれをユウキはなんとなくだが感じ取っている。

 

 それでもよかった。

 

 自分が戦ってきた強者たちが、こぞって「彼は強い」と言うのだ。

 

 戦ってみたいに決まっている。

 

 

「初めまして、ジャック。ボクはユウキ。(ちまた)では絶剣なんて呼ばれてるよ」

「ジャックだ。よろしく」

「うん、よろしくね」

 

 

 こうして会話をすることで、ユウキはジャックが本当に男なのか疑いたくなった。

 

 肩まで届くか届かないかぐらいまで伸ばされた銀髪に、大きな碧色の瞳。肩から膝までを隠すように羽織ったボロ布から覗く手足にはびっしりと包帯が巻かれているが、それでもわかるほど華奢な手足。

 

 どっからどうみても女の子だ。少女なのだ。

 

 

「ルールはライフを全て削り切った方が勝ち――でいいかな?」

「かまわない」

 

 

 あまりにもそっけない返しに少しだけ戸惑うユウキ。

 

 見た目の可愛さと口から吐き出される言葉が合わなさ過ぎて違和感がもの凄いのだ。

 

 

「それじゃあ――始めよう!」

 

 

 ユウキの宣言と共に、デュエル開始までのカウントダウンが始まる。

 

 10――両者が武器を鞘から取り出し、ユウキは細剣を、ジャックはナイフを両手に構える。

 

 9――ユウキの表情が楽しそうに晴れる。

 

 8――ジャックの口元がほんの少しつり上がる。

 

 7――ユウキの体から無駄な力が抜ける。

 

 6――ジャックが目を瞑る。

 

 5――互いに体が一時停止する。

 

 4――ユウキが瞬きをする。

 

 3――ジャックの両腕がだらりと垂れ下がる。

 

 2――細剣を握るユウキの手に力が入る。

 

 1――ジャックの目が開く。

 

 0――二人がその場から弾かれるように走り出した。

 

 先手を取ったのはジャックだった。

 

 常人では捉えられない速度でユウキに向かっていき、寸前でしゃがんで一気に伸びあがって首を狩りに来た。

 

 だがそれを易々とやらせるユウキではない。

 

 真正面から迫りくるナイフを細剣でパリィしようと腕を動かさ――なかった。

 

 ユウキは今までの行動を全て無理やり止めてその場にしゃがみこんだ。

 

 次の瞬間、彼女の首があったであろう空間に()()()()()()()()()()()()()

 

 

「いい判断能力だ」

 

 

 まるで褒めるかのようにジャックから放たれた言葉に少しだけ腹が立った。

 

 しかしそんなこともすぐに忘れさせられるほど素早い追撃が放たれた。

 

 ユウキはジャックから放たれた追撃を細剣でパリィし、彼から距離を取るべくソードスキルのモーションに入りながら思いっきりバックステップをした。

 

 

「――っ!!」

 

 

 ユウキの顔が驚愕に染まる。

 

 不意を突いたはずのジャックは退避についてきたのだ。

 

 一、二、三、四、五――。二桁に届くか届かないかの剣同士がぶつかる金属音聞こえたあたりで、一際大きい金属音が響く。それと同時に二人は弾かれるように離れた。

 

 ここでユウキはあることに気づく。

 

 自分は結構いっぱいいっぱいで戦っているせいか、息が乱れてきている。しかし、ジャックは一切息が乱れた様子がない。

 

 そして何より、

 

 

「どうして隙があったのにソードスキルを使わなかったの?」

 

 

 絶好のチャンスにソードスキルをぶち込まれなかったのが気になっていた。

 

 勿論、自分が意図して作った隙ではなく、アスナから聞いてイメージしていたジャックの動きとのズレが原因で偶然できてしまったコンマ五秒ほどの隙。

 

 彼ほどのプレイヤーならその時間でソードスキルを使って仕留めに来てもおかしくはないはずだ。

 

 そして。

 

 そのソードスキルに対応して、自分が勝つはずだった。

 

 

「俺が対人戦でソードスキルを使う確率は1%以下だ」

「……どうして?」

「溜めが長いし、行動が読まれやすいから」

 

 

 なるほど、と思ったのと同時に、先ほど自分がやろうとしていたこともわかっていたのか、とユウキが苦笑いをする。

 

 

「うん。強いね、キミ。ボクの想像以上だよ」

「それはよかったな。だが俺は――期待外れだった」

「む……」

 

 

 期待外れという一言。

 

 たった一言でユウキは全力を出すことを決意した。

 

 

「じゃあ見せてあげるよ。――ボクのOSSを」

「見せてくれ、お前のOSSを」

「うん!」

 

 

 ユウキの構えた細剣に紫色のエフェクトがかかる。

 

 ジャックはそれを見て口の端を少しだけ釣り上げた。

 

 

「はぁぁぁぁぁ!」

 

 

 気合と共にユウキが駆けだす。

 

 そんな彼女にジャックは真正面からぶつかっていく。

 

 紫色のエフェクトを纏った細剣がジャックに向かって突き出される。

 

 その速度はトッププレイヤーでも視認が困難なほど速い。現にアスナもこのOSSの餌食になっている。

 

 故に今回もこれで決着――しなかった。

 

 ライフを削り切る気で絶好のタイミングとスピードで放ったユウキの十一連撃のOSSは、全て躱されてしまった。

 

 

「うっそぉぉぉ……」

 

 

 これにはユウキもぽかんと口を開けてしまった。

 

 頭、胴体、腕、脚、フェイント――と、ジャックの動きを誘導するように放ち、最後の一撃で心臓を一突きしてライフを全損させる予定だった。

 

 頭を狙えば、ほんの数センチ首を曲げて紙一重で躱され。

 

 胴体を狙えば、ナイフの腹で受け流され。

 

 腕を狙えば、体を回転させて躱され。

 

 脚を狙えば、バク転で躱され。

 

 フェイントを入れても視線はズレない。

 

 ユウキにとって、ジャックは間違いなく今まで戦った誰よりも強く、誰よりも規格外だ。

 

 だからこそ。

 

 

「まだまだ行くよ!」

 

 

 心の底から楽しくて仕方がなかった。

 

 まだ互いにライフは半分以上ある。

 

 これならまだまだ彼を戦える。

 

 そう思ったユウキの表情はとても晴れやかなものだった。

 

 対するジャックの表情は――少しだけ柔らかかった。

 

 

「そうか、お前……()()()

「え……?」

「お前、■■■■■■■■■■■■だろ」

「あの黒い人もそうだけどさ、なんで……わかっちゃうかな……」

 

 

 ジャックに言われたソレは、自分のリアルを示すもの。

 

 だがそれ以上に気になったのは彼がいった「同類か」という一言。

 

 

「もしかしてキミもそうなの?」

「違う。……いや、正確には()()()()()と言うべきか」

「だった……ってことは今は違うの?」

「あぁ。お前とは用途も違う。俺の理由は四肢の動きのデータ取りだ」

「なるほどね……じゃあキミは――」

「それ以上は言うな」

 

 

 ジャックの顔が強張る。

 

 それ以上、そこから先は言葉にするなと訴えてくる。

 

 

「おしゃべりもここまでだ。――行くぞ」

「うん!」

 

 

 両者は弾かれるようにぶつかり合う。

 

 ユウキが細剣をジャックの心臓目がけて刺突する。

 

 ジャックはその細剣を左手のナイフでパリィし、更に一歩踏み込みユウキに肉薄。右手のナイフを心臓目がけて一突き。

 

 その一突きをユウキは細剣の鞘で叩き落とす。

 

 これは流石のジャックも予想外だったのか、動きが一瞬固まる。

 

 

「やぁぁぁぁぁ!」

 

 

 ここぞとばかりにユウキが固まったジャックを目がけて細剣を振るう。

 

 ジャックがニヤリと笑った――ように見えた。

 

 ユウキはバク転をして後ろにさがった。

 

 なびく髪にジャックのナイフが横薙ぎに振るわれる。

 

 通過位置はやはり首がある辺り。一撃で確実に仕留めに来ていた。

 

 もし、あのまま攻めていたらカウンターをくらってライフがゼロに――死んでいただろう。

 

 だが結果としてユウキは回避に成功していた。

 

 

「……厄介だ」

 

 

 ジャックがぼやくように言った。

 

 

「へへーん! ボクだってやるときはやるんだよ!」

 

 

 ジャックを煽る様にユウキは言った。

 

 それを少し面倒そうに受け流したジャックは続けて言った。

 

 

「これだから戦闘中に成長するやつは嫌いだ」

 

 

 戦闘中に成長とジャックは言った。

 

 

「ボク、まだ強くなってるの……?」

「……自覚無しか。あぁなってる。アスナとデュエルした頃のお前だったらさっき死んでた」

「そっか……。へへっ……」

 

 

 ユウキは嬉しかった。

 

 もう()()()()()()()()()()()()()自分が、この短時間でさらに強くなれたことが。

 

 このままジャックと戦って強くなれば、あの目標も達成できるかもしれないと。

 

 

「だがまぁ――終いだ」

「え――」

 

 

 次の瞬間、ジャックがユウキの目の前に現れた。

 

 まるで転移やワープをしたような速度で現れたジャックに一瞬驚くが、すぐに立て直して細剣で刺突を放つ。

 

 だがジャックを捉えることは敵わない。

 

 右、左、上、下とジャックの行方を探し、見つからないと頭で理解した瞬間前に飛び込んだ。

 

 

「――チィ」

 

 

 ユウキの背後からジャックの舌打ちが聞こえた。

 

 そして比例してユウキの心臓の音が大きくなるように感じた。

 

 

「このままじゃあ無駄に伸びるだけだな。――使うか」

「――ッ!?」

 

 

 ジャックがそういった直後、ユウキは言いようのない悪寒に襲われ、反射的に彼から距離を取った。

 

 

「絶剣――いや、ユウキ。喜べ、お前がこのOSSの記念すべき第一被験者だ」

「え……?」

「俺が開発したわけではない。でも俺の――()()()()()()()()ソードスキルだ」

 

 

 ジャックの纏う空気が変わった。

 

 

「誇っていい。お前は俺に厄介だと思わせた」

「そ、それはどうも……って違うよ!」

 

 

 別にキミに認められなくても、とユウキは思わず声を荒げた。

 

 文句の一つでも言ってやろうかと口を開こうとするが、ジャックの次の言葉がそれを無理やり止めた。

 

 

「そしてこれが最後の攻撃になる」

「――っ!」

 

 

 ジャックの姿が、体の輪郭が歪む。

 

 いや、正確に言えば体の輪郭が歪んだように見えた。

 

 特に魔法の詠唱をしたわけでもない。それなのに彼の体の輪郭が歪んでみえる。その理由を探ろうとして、すぐに止める。

 

 何故なら今はデュエルの最中。

 

 一瞬でも気を抜けば、目の前の狩人に殺されてしまうのはわかりきっている。

 

 

「サヨナラの時間だ」

 

 

 ジャックの言葉でユウキの体が強張る。

 

 今まで聞いたどの言葉よりも響く「サヨナラ」の四文字。

 

 嫌な考えが頭をチラつくがすぐに振り払って臨戦態勢を取る。

 

 それを見たジャックがおもむろに言葉を紡ぐ。

 

 

「――此よりは地獄」

 

 

 ジャックの言葉に呼応するかのように、辺りにうっすらと灰色の霧が現れた。

 

 それを確認したユウキは魔法だと判断してジャックとの距離を詰める。

 

 自分の知らなない魔法でも一撃必殺のものはなかったと判断したからだ。

 

 

「――“わたしたち”は炎、雨、力」

 

 

 ここでもう一度、一瞬だけユウキは考えた。

 

 ――魔法の詠唱は日本語ではできないはず。

 

 ということはアレ自体は魔法ではない、と判断したユウキは、最後に放たれるであろうOSSの対処方法を考え――ずに先に攻撃をして潰すことにした。

 

 

「――殺戮を此処に…… 」

 

 

 ジャックまでの距離は3mちょっと。

 

 時間にして約一秒半。

 

 ユウキは先手を――先に攻撃を当てて勝つためにOSSのモーションへ移る。

 

 そこでふと気づく。

 

 辺りに灰色の霧が満ちていることに。

 

 この超近距離にいるジャック以外のものは全て灰色に染まったことに。

 

 まさか、と思うが――今さら気づいてもすでに遅かった。

 

 

「――解体聖母(マリア・ザ・リッパー)

 

 

 最後にユウキが見たのは、ジャックにとてもよく似た少女たちの幻影だった。

 




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