"第一節"
第参章
【始まりを告げる夢】
―――――――へぇ~。紫が連れてきた有望な無能力者、峯野 威(みねの あきら)君か。面白そうな子だねぇ? ついでに神社にも泊まって霊夢と同棲とは。紫は一体何を考えているのかな? …………ふっ、まあいい、悪いがお前も道連れだ。恨むなよ?
「―――くっ!!!」
――――バサッ
俺は布団から跳ね起きる。金縛り状態だったのだ。呼吸が荒くなり、心臓が半鐘(はんしょう)のように早打されていた。
「はぁ、はぁ……。くそっ! なんなんだ……一体ッ!」
俺は憤慨し言葉を吐き捨てる。今の夢はなんだったんだ。いつもなら直ぐに忘れている夢の言葉を、未だにくっきりと覚えている。金縛りなんて久しぶりだ。畜生。
俺は今の時間が気になり時計を見た。丁度、朝の六時を指す所だ。予定の時間より少し早かったが、もう気味が悪くて寝れやしない。布団を蹴飛ばし起き出した。持参した和服を取り出し着つけ、外に出る。もう既に太陽が水平線から顔を出しているのだろうか、外は薄明るかった。
完全に冴えた頭で、確認しておいた箒の場所まで向かう。俺は置いてあった箒を手に取り掃除を開始した。
半分ほど境内の掃除が終わった頃だろうか、時刻は大体7時30分頃だと思うが、霊夢が外に出てきた。
「布団そのままにしてどこに行ったのかと思ったら、此処に居たんですね。」
霊夢は俺を見つけると第一声にそう言った。
「あっ、悪い、焦ってて忘れてた……。もう片付けてしまったか?」
「はい、片付けました。……しかし何に焦っていたんですか?」
霊夢は疑問に思ったのだろうか。だがどう説明したものか、俺は思惟するが全く分からない。
「まぁ、ちょっとね……。」
俺はそう言葉を濁した。まぁ所詮、金縛りだ。きっと昨日の精神的な疲れがきたした物だろう。あまり気にしないことにする。
「そうですか。…………ところでどうして掃除をしてくれているのですか?」
霊夢は半分掃除された境内を見渡す。俺はその視線の先を追いながら返した。
「恩には報いるべきだろう? つまりはそういうことだ。」
そういって俺は掃除を再開する。霊夢は納得したのか頷いた。やがて霊夢は振り返り、元来た道を戻っていく。しかし、一時すると霊夢は戻って来た。手に箒を抱え。
「……霊夢良いよ、全部俺にやらせてくれ。」
俺はそう言った。だが霊夢は。
「神社の掃除は本来、この神社の主である私の仕事です。怠ける訳にはいきません。」
霊夢は掃除を再開する。まああの口調だと、何言っても止めてくれないだろうな。俺は「そうか。」と言って霊夢と一緒に掃除を再開した。
「…………そういえば峯野さん。和服持ってきていたんですね。」
暫くすると霊夢は口を開いた。
「あぁ、まあな。紫さんに向こうに行っても恥かしくないように持って行けって言われたものでな。」
俺は自分の和服を見下ろす。これは家の箪笥から引っ張り出してきた物の一つだ。あと二つ在るのだが、そのどちらも絹で出来ているらしく汚してしまいそうであまり使いたくない。だがこれは羊毛で出来ているので汚れても洗濯できる。まあ普段着としては最適な物だろう。
「…………おかしくないか?」
少し俺は心配になった。
「えぇ、おかしくないですよ。普通です。」
霊夢はそう言って作業を再開する。俺も安心して作業を再開した。
* * *
8時頃であろうか。俺達は境内の掃除をやっとこさ終わっていた。
「……大変だな。これ全部掃除するのは。」
俺は箒を持ち替えた。霊夢も疲れたのだろうか、息を吐きながら返す。
「私の苦労が少しは分かってくれましたか?」
霊夢は少し微笑む。
「あぁ、良く分かったよ……。」
俺は頷く。霊夢はこれを毎日やっているのだろうか。仕事とはいえ、大変なものだな。正直辛いが、また明日もすることにしよう。
そう考え俺と霊夢はその場を後にした。
家に戻る途中、俺は拝殿の前で立ち止まった。
「なぁ霊夢。中に上がってもいいか?」
俺はそう聞いた。出来れば中に上がって祝詞(のりと)を奏上(そうじょう)してみたい。
「はい、良いですけど?」
俺は頷き、4段の階段を昇って中に入っていく。中には様々な神具が置いてある。まず一番手前、拝殿の方には、沢山の紙垂(しで)を垂らした、大きな木の棒。本殿の方には、外側から真榊、灯篭、御神鏡が置かれていた。
俺はそこに跪き、正座をする。
「なぁ霊夢、祝詞(のりと)を上げてもいいか?」
「はぁッ?」
霊夢は一時呆気にとられていた。が、口を開く。
「…………祝詞、上げられるんですか?」
霊夢は目を見開きながらそう言った。俺は頷きながら返す。
「あぁ、神道には切っても切れない縁が昔からあってな。ある程度は上げられるよ。」
「なるほど。…………神主候補?」
「え? 何か言った?」
霊夢が何か言ったように聞こえたが。
「いえ、なにも。」
「そうか?」
俺は正面の本殿を見据え二礼した後、天津祝詞を奏上し始めた。天津祝詞とは戦後、GHQが言論統制の為、一部都合の悪い詞を排除し身禊大祓(みそぎのおおはらい)へと改変したものである。元の天津祝詞は封印されたが、俺はそれをある筋から手に入れていた。その後、六根清浄大祓(ろっこんしょうじょうのおおはらい)、三種大祓(さんじゅのおおはらい)、天地一切清浄祓(てんちいっさいしょうじょうはらい)、一切成就祓(いっさいじょじゅのはらい)、五元之神を拝む辭(ごげんのかみをおがむことば)を奏上する。最後に、神傳をしへの一言(しんでんおしえのひとこと)を奏上し祝詞を締める。その後で、此処に住む事になった経緯を説明し終了した。
「全部暗記ですか? 凄い物ですね……。」
「まぁ、ね……。引いたか?」
俺は後ろを振り向く。霊夢はそこに正座していた。
「いえ、信仰心が厚いんだなって関心しましたよ。」
霊夢は微笑む。俺も少し安心して微笑んだ。
その後、俺達は朝飯を食べる為、神社の家に戻った。
幻想郷での一日が、始まるみたいだ。
* * *
さて午後になると紫さん"達"が来た。
「はぁああ~い?」
「帰れ。」
紫さんは突然、居間にスキマを開き神社への道を開いた。霊夢は視線もあわせず、冷たくあしらう。
「まぁ、冷たいものね。」
そう紫さんは俺に微笑んだ。
「ど、どうも。」
俺も微笑み返す。やはり来たか。
「お邪魔します。」
するとスキマの中からもう一人の到底人間とは思えない、狐のようにも見える妖怪が入ってきた。太い尻尾が何本もあり、その毛は一つ一つが綺麗な黄色に輝いている。頭には上方に二つ伸びるように作られている帽子が乗っていた。その妖怪は入ってくるなり、敬愛礼をする。
「珍しいわね。貴方もついてくるなんて。」
霊夢はすこし驚いたのか、その妖怪に視線を向け湯のみを置いた。
「まあ、ちょっとそこの方に会いたくてね。」
その妖怪は俺を見る。
「え? 俺っ?」
俺は目を見開き、自分を指差した。
「そうよ、威。いろいろと紹介やらプレゼントやらをしてあげようと思ってね。まずこの妖怪の紹介をするわ。」
そう言ってその八雲藍という妖怪を見た。その妖怪は改めてお辞儀をする。乗っている帽子が揺れた。
「私は紫様の式神、八雲 藍(やくも らん)と申します。威様のご事情は全て紫様よりお聞きしております。以後、お見知りおきを。」
「あ、どうもご丁寧に。私は峯野 威(みねの あきら)と申します。」
俺も釣られてどこか不自然なお辞儀をした。しかし事情か。俺が紫さんの子供だということは知っているのだろうか?
「威には随分と礼儀正しいのね。なぜ?」
「紫様がえらく威様を気に入っていてね。」
そうその妖怪、藍さんは誤魔化す。
「はい、はい。それじゃあ、プレゼントを上げるわ。」
紫さんは藍さんに目で合図する。
「はい。分かりました。」
藍さんは開いたままのスキマに手を居れ何かを取り出した。それは綺麗な模様を刺繍(ししゅう)された縦に長い袋、そしてそれの3分の一程度の長さの袋が二つ。しかも中に何か棒の様なものが入っているように見受けられる。これはどう見ても……。藍さんはその内の長いほうを紫さんに手渡した。紫さんはそれを受け取ると、両手で俺に差し出した。
「これを、貴方に授けるわ。」
俺はその差し出された刀を入れた刀袋を受け取る。非常に綺麗な刀袋だ。様々な模様が刺繍されている。
「中身を取り出しなさい。」
俺は言われた通り、刀袋の紐を解き中の刀を取り出した。やはり中からは刀が出てきた。柄巻(つかまき)も鞘もどちらも黒色で作られており、非常に美しい鞘であった。俺はそれを両手で抱え眺める。
「それは"小豆長光"(あずきながみつ)という刀よ。」
「小豆長光……。」
俺は袂から手拭を取り出す。そして刀を少しずつ引き抜き、汗で錆を付けてしまわぬよう手拭で刀身を持つ。刀文が綺麗に波打っており、まさに芸術品であった。
「それはね、大昔に"拾った"ものなんだけど。使いもしないから整備も面倒になってしまって。」
紫さんは"拾った"の部分を強調した。嘘だろうな……。
「だから貴方に授けるわ。貴方、剣術の段位を取っていたわよね。」
「はい。確かに取ってますけど。」
子供の頃から、古武道に取り組んでいたから、刀はある程度使いこなすことは出来る。
「じゃあ大丈夫ね。此処(幻想郷)は外界よりも物騒だから、外を出歩く時はそれを帯刀しておきなさい。少しはましになるはずよ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
俺はそう言った。だが紫さんはもう一本の短い方の刀袋も藍さんから受け取り、また俺に差し出した。俺は今持っている刀を下に置き少し前に押しやった後、差し出された刀袋をまた両手で受け取る。これは多分、脇差だろう。俺はまた刀袋の紐を解き、中の刀を取り出す。これもまた黒一色であるがまた美しい。
「その脇差の名前は風鎮切光代(ふうちんぎりみつよ)と言うらしいわ。それもまた"拾った"のよ。」
「へぇ……。」
嘘だろ。嘘だな。俺は頭の中で勝手に合点する。紫さんはもう一本の刀袋もさらに俺に差し出す。同じように俺はそれを丁寧に受け取った。中の鞘と柄巻は同じく綺麗な黒色で塗られていた。
「その短刀は三本切吉光(さんぼんぎりよしみつ)という名前よ。またもや"拾った"のよ。」
「ふ~ん……。ありがとうございます。」
もう俺は紫さんを疑いの眼差しでしか見れない。だがこんなに素晴らしい刀を三本も授けてくれたのだ。もう感謝しか出来ない。
「随分とまた、可愛がるのね。」
霊夢が口を開いた。
「だって、ねぇ?」
紫さんは意味ありげに俺を見る。もう俺は愛想笑いしか出来ない。
「ふ~ん?」
霊夢は頷きながら腕を組んで首を傾げた。
「取り敢えず。紫さん藍さん、この度は誠にありがとうございました。」
俺はその場に綺麗に土下座した。
「いいのよ。全部"拾った"ものだからね。」
「いや、嘘でしょ。」
霊夢は我慢出来なくなったのか、即座に突っ込む。俺達の間には少しの間だけ笑いが沸き溢れた。
さて紫さんと藍さんは暫くの間、他愛の無い話をすると、スキマに入り帰っていった。
「失礼しました。」
「じゃあね~。」
「紫さん帰るんじゃないんですか。うわッ、頬を揉むのは止め……うぶッ。」
「帰れ。二度と来るな。」
最後は霊夢にほぼ蹴りを入れられて、スキマにしぶしぶ入っていった。
「冷酷な紫があそこまで変質するとわね……。貴方何者ですか?」
「はっ、ははははははは……。」
乾いた笑いしか出せなかった。