―東方撞賢木― 『巫女と男の運命』   作:Veruhu

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"第三節"

「ひっ、ひっ、ひっ。お主には人のことを心配する余裕はあるのかね?」

 

「なにっ!?」

 

 

 突然なんとも奇妙な笑い声の後に、諭すような声が聞こえてきた。俺はずっと上の弾幕戦を見ていたので地面の警戒が全く疎かになっていたのだ。急いで周りを見渡すとそこには沢山の妖怪達が、浮遊あるいは足で立ち俺の周りを取り囲んでいた。その妖怪達からの距離は大体5m程度ある。だが俺はあまり冷静な判断をしていられなかった。霊夢は自身のことで精一杯だ。助けなども求められるはずがない。

 

 

「くそっ、お前らッ! 俺達に何をするつもりだ! 何が目的なんだっ!」

 

 

 俺はその妖怪等に向かって叫び、問いかけた。それと同時に何時如何なる攻撃にも対処できるように、持っていた刀を中段に構え剣先を丁度正面の敵に向ける。だがその妖怪達はいきなりどっと笑い始めた。そして一回り体格の大きいリーダー格らしい妖怪が口を開く。

 

 

「何って……、"喰らう"ことに決まってるじゃねえかあああああッ! かかれぇぇぇぇぇッ!」

 

『うらああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』

 

 

 その一言を合図に妖怪達は一斉に雄叫びを上げ、総勢40体ほどの妖怪達が俺に急接近し始めた。様子から察して、俺に対し殺意があることは明確だった。

 

 

――――――くそっ! 一か八かだッ!

 

 

 俺は一気に前に走り出し正面に居た2~3名に対し、"脇構え"の構えで接近する。俺も敵も走っているので攻撃可能距離までたどり着くのも一瞬だった。俺は攻撃可能距離の少し手前で腰を溜め、やがて"脇構え"から刀を前方左上に一気に薙(な)ぐ。

 

 

―――ヒュシュッ

 

 

 映画などで聞くような大きな音は鳴らなかった。ただ刀が風を切り、鋭く肉を切って、擦れる音だけが鳴る。

 

 

「「「うがあああああああああああああああああああああッ!」」」

 

 

 3体の妖怪達は叫び声を上げる。見ると上半身の大半が斬れていた。だが血は吹き出ていない。俺はその斬った妖怪達に右肩から体当たりをかまして押しのけた。妖怪達は弾け飛ぶ。俺はその作った突破口から一気に脱出した。敵の囲いから飛び出す形になる。

 

 

「くそっ! やり手だ! 油断するなぁぁぁぁッ!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 

 またリーダー格らしい妖怪が叫び、それに呼応して周りの妖怪達も雄叫びを上げた。

 

 俺はそのまま走り続ける。後ろからは囲いの陣形から半円の陣形にに変化した妖怪軍団が迫っていた。

 

 

―――くそっ! このまま逃げ続けたって殺られるッ!

 

 

 俺の祝詞が効くかもしれないっ・・・試してやるッ!

 

 

 「天清浄、地清浄、内外清浄、六根清浄と祓い給い清め給う事の由を八百万の神達諸共に小男鹿の八の御耳を振立て聞し食と申すッ!」

 

 

(てんしょうじょう ちしょうじょう ないげしょうじょう ろっこんしょうじょうと はらいたまい きよめたまうことのよしを やおよろずのかみたちもろともに さおしかのやつのおんみみを ふりたててきこしめせとまおす!)

 

 

 俺は"天地一切清浄祓"(てんちいっさいしょうじょうはらい)を走りながら短縮して叫び、唱えた。

 

 

『がああああああああああああああああああああああああッ!』

 

 

 気づけば苦しみの声が聞こえ、敵の追撃が弱まっていた。振り向くと妖怪小隊は次から次へと苦しみの声を上げやがて、空気に混じって消え去った。その様はまるで風で砂が飛び去り、消えてなくなる様に見えた。

 

 

 そして残っているのはリーダー格の妖怪と5名の妖怪だけ、つまり40体近かった軍団がたったの6体にだけになってしまっていたのだ。

 

 

「貴様ッ! まさか、"祓い屋"かああああああああああああああッ!」

 

 

 リーダー格の妖怪は苦しみながらそう叫んだ。俺は祓い屋では無いが、答える必要もないだろう。

 

 

「どうやら形勢逆転のようだなッ!」

 

 

 俺は新たに祝詞を上げるため精神を統一し、口を開く。

 

 

「待てっ……。やめろおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 俺が口を開く寸前、敵が中止を求める叫び声を上げた。だが俺は構わず"祝詞奏上"を開始する。

 

 

 

「高天原に神留座す皇親神漏岐神漏美の命を以て天津祝詞の事を宣れ如此宣らば罪と云罪咎と云咎は不在物をと祓賜ひ清賜と申す事の由を諸の神等左男鹿の八の御耳を振立て聞食と申す!」

 

 

(たかまのはらにかみとどまりまします すめむつかむろぎかむろみのみことをもって あまつのりとのことをのれ かくのらば つみというつみ とがというとがはあらじものをと はらいたまいきよめたまうとまうすことのよしを もろもろのかみたち さおしかのやつのおんみみをふりたてて きこしめせとまうす)

 

 

『ぬああああああああああああああああああああああああああああああああッ!』

 

 

 残りの妖怪達が苦しみ、藻掻き(もがき)、やがて先の妖怪達と同じように消え去った。だが一人だけ消えずに残っている奴が居る。

 

 

「ぐわぁっ! くそッ……! まだ……! まだ終わりじゃないぞおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 

 最後まで残ったのはやはり、リーダー格の妖怪だった。その妖怪は悲痛に顔を歪め、叫び声を上げる。だが足はもつれ体もボロボロ、もうとても歩けそうにも無かった。

 

 

「終いだなッ!!」

 

 

 俺は持っている刀を握り締め、八相の構えで構える。そして敵に向かい走り出した。

 

 

「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 妖怪は叫び続けた。だが俺はそれに構わず一気に距離を詰め、攻撃可能距離の手前で一気に止まり、敵の右の首を狙って一気に刀を振り下ろす。剣先が右上から左下に向けて線を切った。

 

 

「あっ、がっ、うっ、あぁッ!!!」

 

 

 刀は見事に敵の首の左の方に命中した。その刀身は首の左の方から左斜め下に切り進む。そしてやがて敵の胸の大半を切り払い、右の胸のなかほどから抜けて来た。

 敵は声にならない声を出し続ける。もう声帯に空気が届いていないのかもしれなかった。胸の大半を切られてしまったのだ、途中で気道や肺がやられていてもおかしくは無い。

 

 

 敵は最期まで断末魔を上げながら、やがてまた先の妖怪と同じように空気と混じりあい、消え去った。

 

 

 俺は周りを見渡し敵が居ないのを確認する。だが頭上では未だに霊夢と最初の敵との戦闘が続いていた。俺は戦っている間、緊張してそんなことも忘れていたのだ。俺は付いてもいない刀の血を、修練の時の癖で掃い鞘に収めると、深呼吸をし気を静めた。昔、戦地で何度か危険な目にも在ったし、人と戦って結局、殺してしまったこともあったが、命を賭けた戦いで精神を犯されないほど俺の精神は強くは無かった。

 

 気が落ち着くと俺は頭上を見上げた。空中戦となると最早、俺には対処の仕様が無い。それを俺は悔いながらも霊夢と最初の敵との戦いを観戦した。だが木々の葉群の所為で視界が悪い。

 

 

―――ボフッ!

 

 

―――バサ、ガサガサガサッ!

 

 頭上で突然何かが人に命中した音がした。その後、木々の葉群の中を落ちてくるような音が鳴る。良く見ると上から人が木々の中を抜けて落ちて来ていた。

 

 

「霊夢ッ!」

 

 

 落ちてきているのは赤い服を纏った霊夢だった。

 

 

 霊夢は沢山の生い茂った枝や葉に衝突しながらも落ちて来ていた。このままでは重力に引かれ続けやがて、地面と衝突してしまう。俺は必死に落下予想地点まで走ると葉群を突破して落下して来た霊夢をギリギリで受け止めた。

 

 その後、霊夢を抱きかかえながら体の状態を確認する。体中に沢山の打ち身があり、傷だらけであった。

 

 

「ご、ごめんなさい……。やられてしまいました。峯野さん……。」

 

 

 霊夢は意識があったのか、口を開く。だがその意識は薄い。目の焦点があっていなかった。

 

 

「謝るな、霊夢ッ! お前はあれだけの間、俺の所為で飛び続けていて疲れていたんだ、仕方が無い! もう喋るなッ、体に障る!」

 

 

 俺は霊夢を抱きかかえながら叫んだ。だが霊夢には聞こえていないのか、あるいは無視しているのか、話を続ける。

 

 

「あ、アイツはルールを無視して……殺しに来ています……。最大の狙いは私です……。私を置いて早く……逃げて……。」

 

「馬鹿野郎ッ! お前を置いて逃げられるかッ!!」

 

 

 俺は霊夢に叫びかける。だが既に意識を失っているのか、もはや返事はなかった。

 

 

「美しいっ! 実に美しいねぇ、アキラ君?」

 

 

 頭上からまるで、舞台の役者のような声が響いてきた。それは最初に弓矢で狙撃してきた挙句、霊夢をこんな目に合わせた奴だった。

 

 

「二日間、一緒に過ごした程度の人間の為に、命を懸けるほどの情を持てるものなのかなッ!? そんな奴、放っておいて逃げれば良いじゃないかッ!」

 君の感情にはつくづく理解出来ないよ~! 最初の捨て身の挺身行動といいねぇ!!

 

 

 そう言って嘲笑う。だがその口調や言動は最早、狂人としか思えなかった。

 

 

「人を助けたいと思うのは普通の事だろうが!」 

 

 

 俺は怒気に声を張り上げながら、葉群の向う側に居る敵に叫び掛けた。

 

 

「ハハハッ! 本当に面白いことを言うねぇアキラ君? 気に入ったよ!」

 

 

 そう言って敵は声高らかに笑った。俺は怒気が高まり眉を吊り上げる。

 

 

「人を助けたいと思うのは当たり前? 普通のこと? 他人を助けてそれでその助けた人間になんの得が在るっていうんだい!?」

 

 

 やがて妖怪は口を開き、それを問うた。

 

 

「"優しさは人の為ならず"とか、"自己犠牲"って言葉が人間には在るんだよ! たとえ自身が戦で敗れ地面に倒れ伏そうとも、何かの為、誰かの為に死ねるのならばそれで良いと、本望だと思えるんだッ! 思うことが出来るんだッ!」

 

 

 俺はそう敵に叫び掛けた。だが俺はあまりの怒気のあまり抱き抱えていた霊夢の体を、強く握ってしまっていた。霊夢は気を失っていたのか何も反応しなかったが、体には軽く赤い後が残る。

 

 そんな中、俺はこれからどう行動すべきかを頭を限界まで回して考えた。

 

 

――――――すぐさまここから霊夢を担いで離れるか? いや無理だ。敵は飛翔出来るのだ。追撃するのはあまりに容易いだろう。ならば一か八か決戦を挑むか? いや霊夢でも勝てなかった相手にどう戦うというのだ。それにこの戦いはなんとしても霊夢を助けなければならない。霊夢が絶対に助かる状況にならない限り、決戦を挑むのは野暮だ。

 

 

「自己犠牲ねぇ……。以下にも日本男児らしい言葉じゃないか? だけど犠牲になった人間になんの得が在るって言うんだい!? 死ねばそこで終わりなんだよっ!?」

 

 

 敵は口を開くが、後半は口調を変え切実に訴えているようにも聞こえた。その意図は理解できない。

 

 

「自身が死んでしまっても、そのお蔭で誰かが・・・、何かが助かったと思えるのはきっと幸せな事なんだよ! そこまでして赤の他人でさえも身を滅ぼし護らんとする人間はこの世界に山ほどいる。特に自己犠牲を華々しく思う日本にわな! 犠牲になった人間の気持を聞く方法なんて俺は知らない……。だがな! 俺はその人達が犠牲になった上で、嫌な気持ちになったとは到底思えない。少なくとも自身から挺身するような人間は絶対にだ! 死ねば必ず霊になる! そこで助けた人間が健在な事を知れれば、それだけで十分に幸せに思えるはずだ! 幸せになれればその人は十分に得しているだろう……。 俺はそれを信じて止まない!」

 

 

 俺はこれまでで一番大きな声で敵に叫び掛けた。

 

 

「……黙れ。……黙れ威。それ以上、口を開けばお前も"殺す"ぞ。」

 

 

 

 だが敵は一度沈黙したかと思うと突然、これまでの余裕さを忘れさせる様に殺気を含む低い声で話した。

 

 

「……お前等の勝手な思想の所為でな……! あの子は……。」

 

 

 敵は顔を歪め視線を落とし嘆いているようにも見えた。

 

 

「あの子が私を守って幸せになれた筈が無い……。あの子はまだこの世で何も達成出来ていなかったし、私はあの子に何もして上げられなかった。絶対にあの子は私を守って死んだ事に後悔している! 何が自己犠牲だっ! あの時私なんか放って逃げてくれていれば良かった……。 私があの子の代わりに素直に殺されていれば良かったのにっ! 私はあの時なぜッ……。」

 

 

 敵は最早、人間に対する侮辱ではなく自身に対する怒りをあらわにしていた。その姿は最早、悲憤慷慨しているようだ。だがこいつはまだ、重大な過ちに気づいていない。

 

 

 

「「それがッ!!」」

 

 

 俺は先ほどの脅しにも屈せず力強く言葉を発した。だが口を開いたのは俺だけでは無かった。 

 

 

「霊夢……。」

 

 

 霊夢が目覚めていた。霊夢は憤慨しているのか俺の腕から勢いよく降り、敵を睨む。

 

 

「それがっ……! それが、あんたの自己犠牲心じゃないの!?」

 

 

 霊夢は今までの怪我を感じさせない様子で強く怒鳴った。だがそれはただ憤慨しているだけには見え無い。その姿はまるで敵の為に怒っている様にも見えた。

 

 

「あんたは自己犠牲の事を散々に馬鹿にしているけどね!あんた自身がその子の為に殺されれば良かったのにって思っているじゃないのっ!」

 それが自己犠牲じゃないのッ!?

 

 

「っ……。」

 

 

 敵はその様子に気圧されたのか、息を呑んだ。

 

 そしてそのまま霊夢は怪我を負っているのにも関わらず、敵方へとゆっくりと歩みだす。

 

 

「あんたはその子を守るために犠牲になれなかった自分自身を一番憎んでいるんじゃないのっ!? 自分が守るべき子どもに守られた自分自身をッ!」

 

 

 霊夢はさらに敵の直下に少しずつ歩み寄りながら叫び続けた。敵は返す言葉も無いのかただただ口を閉じ続ける。俺はそれを見守り続けた。

 

 

「自身の子の為に死ねなかったこの死に損ない! 己の恨みを晴らす為、無関係な人間を殺めるのっ!?」

 

「無関係などではないッ!」

 

「はっ?」

 

 

 今まで閉口しきっていた敵が突然叫んだ。霊夢はそれに驚いたのか唖然とする。それはどこで自分が関係していたのかを考えているようにも見えた。それは俺も同じであっただが、この敵との関係性など皆目、見当もつかない。そもそも俺はこの敵を知らない。

 

 

「あたしの子を殺したのは……、お前の高祖母。つまり四代前の博麗の巫女なんだよッ!」

 

「そんな……。まさか貴方ッ!?」

 

 

 霊夢はなにかに気が付いたのだろうか声を上げた。

 

 

「気付いたのかい? 私は"阿比留 菊理(あびる くくり)" 。何百年も前、博麗の巫女に息子を殺されたその母親だよっ!」

 

 

 敵は叫んだ。まるで悲痛に苦しみながら叫ぶ様に。

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