―東方撞賢木― 『巫女と男の運命』   作:Veruhu

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"第六節"

  博麗霊夢 視点

 

 

 

 …………終わりはまだやって来ないのだろうか。私は寸前で目を閉じてしまったから今、視界が全く無い。……もしかしたら痛みも無く斃(たお)れてしまったのかもしれなかった。だがそれを確認するには目蓋(まぶた)を開くしかないだろう。私はおそる、おそる目蓋を開いていった。

 

 

 ……私は上を見上げていた。見えたものは、相変わらずそこに存在し続ける面倒な土埃だけだった。その砲弾によって生じた土埃が私の体に少しずつ降りかかって、全身を汚した。少しずつ少しずつ点々と土が降りかかる感覚を覚えながら、私は生きているということをやっと自覚する。なぜ、私は死なずに生き残っているのだろうか……。

 

 

 

 

 

「―――霊夢ッ!!! 大丈夫か!!! 霊夢ッ!!!!!」

 

 

 少しの間が立つと突然、土埃の向こう側から峯野さんの声が聞こえてきた。

 

 

――――――あぁ、そうか……。またしても私は峯野さんに……。

 

 

 目頭(めがしら)に力が入り、やがて熱くなって視界を歪め、顔を濡らし始めた。

 

 

 

 

 

 

 私は……、泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ひっ……くっ……うっ……。」

 

 

「おい!!! 霊夢ッ!!! 返事しろッ!!!!! 霊夢!!!」

 

 

 峯野さんがひっきりなしに私の返事を求めて叫び掛けて来ていた。心配してくれているのだろうか・・・。

 

 

「うぅっ……、い、生きてるわよぉっ!!!」

 

 

 何と情けない声を出しているのだろうか・・・、私は。だけど止めようにも涙は止まらず、かといって無視すれば峯野さんが阿比留に集中出来ないだろう。だから私は情けながらも、叫び返していた。

 

 

「良しっ!!! 霊夢ッ!!! 生きているんだなッ!!! 後もう少しの辛抱だ!!! 待ってろっ!!!」

 

 

 峯野さんはそう、土埃の向こう側から叫び返してきてくれた。私はそれだけで嬉しくて嬉しくて、眼(まなこ)から涙を流し嗚咽を出し続ける。

 

 

 

 

 

 …………だが何時までも此処で峯野さんを待っているわけにはいかなかった。私は立ち上がり抑えきれない涙を少し抑えつつ、峯野さんの声が聞こえてきた方へ少しずつ歩み始める……。

 

 

 

 

 

   *                  *                  *

 

 

 

 

 峯野威(みねの あきら)視点 

 

 

 

 

 

―――ヒュゥゥゥゥ

 

 

 

 

 

「間に合えッ!!!!」

 

 

 俺は一心の思いに叫んだ。その刹那、阿比留の両手から発射された砲弾が空中で炸裂する。

 

 

「…………間に合った、のか?」

 

 

 俺は状況を理解出来ぬまま砲弾の爆発を見届けた。だが砲弾の爆発は明らかにおかしい。薄い青色と赤色で出来た四重結界の中で爆発したためか、正方形の箱の中に綺麗に煙が納まっていた。

 

 

「成功だっ!!! はぁっ、はぁっ、はぁっ、成功したんだっ!!!」

 

 

 上空には薄い青色と赤色で出来た四重結界が浮かんでいた。だがその内部には煙が充満していて、阿比留(あびる)が捕らえられているかどうかはまだ判断が付かない。

 

 

 しばらくすると煙がだんだんと空気に混じって薄くなり、結界内部の状態も視認出来るようになってきた。俺は阿比留がしっかりと捕縛(ほばく)出来ているかどうかを見定める為、しばらく目を凝らした。

 

 

 すると、内部の方からかすかに咳き込む音が聞こえてくる。俺はさらに四重結界に近づき、内部を確認した。

 

 

「くそッ、何が起こったって言うんだ!!! げほっ、げほっ、げほっ。」

 

 

 近づくと明らかに結界内部より、阿比留の声が聞こえてきた。内部では砲弾の爆発と煙で息が苦しいのか、激しく咳き込んでいる。

 

 

「げほっ、げほっ、げほっ、あぁ? これは……? ……あぁ、結界か……、畜生……。」

 

 

 やがて阿比留は自身の状態と状況に理解が出来たのか、そう呟いた。

 

 

 結界内部の視界が回復し、阿比留の姿も確認出来るようになってくる。阿比留は正方形の四重結界の底の方で座っていた。

 

 

「……アキラ君だよね? 其処(そこ)に居るんだろう?」

 

 

 俺が近くに居ることを察知、或いは予想したのか、阿比留が俺に話しを投げ掛けた。俺は応答するが迷うが、やがて応答することにした。

 

 

「…………あぁ、居るぞ。」

 

 

 俺は阿比留に分かるように声を発した。

 

 

「あぁ、やっぱり君の仕業だったのかい。凄いねぇ。君はどうしてあの土埃の中から私の位置を掴めたんだい?」

 

 

 阿比留はそう問いかけた。多分これが阿比留の中で最大の疑問なのだろう。

 

 

「土埃の中から脱してその外からお前を狙ったんだよ。だから俺が此処に居るんだろ?」

 

 

 俺はさも当たり前のように話した。だが俺の声音(こわね)には怒気が混じっており、明らかなる敵意と殺意が込められていることに阿比留自身もきっと気づいているのだろう。

 

 

「そうかい……。ということは、俺が今まで攻撃していた相手は!?」

 

 

 阿比留は何かに気づいたかのように突拍子(とっぴょうし)に聞いてきた。だが阿比留の様子を見ると、もう既に予想が付いているようにも見える。

 

 

「……霊夢だ。霊夢は自身を囮(おとり)にまでして、俺を前に行かせたんだ。」

 

 

 俺は本当の事実を告げた。

 

 

「そうかい……。」

 

 

 阿比留はつまらなさそうに空を見上げた。その様子は最早、負けを悟り黄昏(たそがれ)ているようでもある。

 

 

「―――霊夢ッ!!! 大丈夫か!!! 霊夢ッ!!!!!」

 

 

 俺は阿比留が最早、抵抗することを諦めていることを悟ると即座に霊夢の安否確認を大声で行った。土埃の向こう側へ向け、大声を発する。だが霊夢からの応答が無い。

 

 

「おい!!! 霊夢ッ!!! 返事しろッ!!!!! 霊夢!!!」

 

 

 俺は何度も霊夢が潜んでいると思われる土埃の方向に向けて叫び掛けた。だが霊夢からは応答が一向に無く、やられたかと思ったその時。

 

 

「うぅっ……、い、生きてるわよぉっ!!!」

 

 

 突然霊夢から泣き声交じりの応答が聞こえた。

 

 

「良しっ!!! 霊夢ッ!!! 生きているんだなッ!!! 後もう少しの辛抱だ!!! 待ってろっ!!!」

 

 

 俺は霊夢が無事であることに安堵し、もう少しの辛抱だということを伝えた。それから応答が無かったが、きっと疲れてあまり声も出せないのだろう。俺はそう判断し阿比留に向き直った。

 

 

「…………お前が馬鹿にして来た、自己犠牲。その行いは今でも馬鹿げている、間違っていると思うか?」

 

 

 俺はそう慎重に阿比留へ疑問を問うた。阿比留は視線を下げ思惟(しい)する。そしてやがてその口を開いた。

 

 

「……あぁ……、馬鹿げているね。誰かの為に自身の身を滅ぼそうなんて考え方、武士でもない私には到底理解不可能だよ。当然それを行う者の心理なんて理解出来ないし、理解したくも無い。…………例えそれが自分の子供でもね。」

 

 

「……そうか。」

 

 

 阿比留はそう告げ、またさらに視線を下げて顔を伏せた。最早、阿比留はこの状況に絶望し生気を失っているのかもしれない。

 

 

「…………だけどね。」

 

 

 一時すると阿比留は顔を少し上げ、また口を開いた。

 

 

「―――その行い…………、間違っては居なかったんだって……思えたよ……。」

 

 

 阿比留はそう俺に告げた。俺は声に出して返答することを躊躇(ためら)い、無言で返答する。

 

 

 それから少しの間、俺達は互いに無言であった。阿比留はもう話したい事も無くなってしまったのだろう、相変わらず上空を見上げている。またその空ももう殆(ほとん)ど日が沈んで暗くなってしまい、星空を映し出していた。俺自身はと言うと本当は話したい事があるのだが、その事をどうしても話す事が出来ず、ただ阿比留を見上げて佇(たたず)んでしまっていた。

 

 

「……ねぇ、アキラ君?」

 

 

「……なんだ?」

 

 

 先に口を開いたのは阿比留の方だった。俺はその話に耳を傾ける。

 

 

「…………この勝負は、私の負けだよね?」

 

 

「……お前が其処(そこ)から脱出、出来ないのならばな。」

 

 

 俺はそう受け答えした。阿比留は「じゃあさ……。」と言いこちらに体を向ける。俺と阿比留は上と下とで正対した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――どうして止めを刺さないんだ?」

 

 

「……っ。」

 

 

 

 

 

 

 阿比留は俺が聞きたかった話に近い話を問うてきた。俺達がやってきた戦いは間違いなく生命を賭(と)した決闘だ。阿比留は俺達を殺す心算(つもり)で襲ってきた訳であり、この戦いの勝者は必然的に相手を殺害する権利を保有する。またそうしなければこの決闘は終了しない。幻想郷は外界、日本の法律なぞ通用しない筈だ。よって過剰防衛などという法律は存在せず、俺達を襲ってきたこの妖怪、阿比留 菊理(あびる くくり)の運命は間違いなく死であろう。

 

 

 殺(あや)めようと思えば簡単だ。ただ俺の作ったこの四重結界を縮小して圧殺すれば良い。だが俺は阿比留がたとえ妖怪であろうとも殺めたくはなかった。何故ならばこの妖怪は非常に人間味があり、さらに俺達を襲撃した理由も自身の子供の仇討ちの為だったからだ。

 

 

「……ねぇアキラ君、もう私にこれ以上、生き恥を晒(さら)させないで……。一思(ひとおも)いに……

 

 

 

 

 

――――――殺して。」

 

 

 

 

 

 

 阿比留はそう淡々と俺に告げた。俺はその言葉に衝撃を受け、体中の血の気が引き何も考えられなくなってしまう。だがやがて一時の無我(むが)の境地から俺は戻ってくると、動揺しながらも今の言葉の意味を反芻(はんすう)した。

 

 

 

 

――――――生き恥……、一思いに、殺して……。

 

 

 

 

 一聞すると素晴らしく立派な最期の言葉に聞こえる。だがこの阿比留は今、此処(ここ)で死して本当に満足なのであろうか。子を殺められ仇討ちも失敗に終わって、本当に杭のない満足な人生だったと思うことなんて出来るのであろうか。俺は何度も思惟するが阿比留にとって少しでも幸せな最期など考え付きもしなかった。

 

 

「…………本当に良いのか?」

 

 

 だが決定は下さなければならない。俺はそう阿比留に問うていた。

 

 

「……あぁ……、やってくれ。」

 

 

 阿比留は最期の覚悟を決めたのか目を瞑(つむ)った。俺自身も納得が行かぬが、これも世の常(つね)、定(さだ)めと考え四重結界の構成に意識を傾けた。

 

 

 が、その刹那。

 

 

 

 

 

 

―――ガサガサガサッ

 

 

「待ってッ!!!!」

 

 

 

 草々を掻き分ける音が聞こえると突如(とつじょ)、霊夢の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

   *                  *                  *

 

 

 

  博麗霊夢 視点

 

 

 私は涙を流し嗚咽を漏らしながらも、一心の思いに従って歩き続けた。この戦いはただのスペルカード戦闘ではない。これは命を賭けた決闘なのだ。つまり決闘の最期には両者どちらかの死が確定しなければならない。峯野さんも阿比留もそこの辺りは重々承知している筈だ。つまり後少しの間で両者どちらかが死亡する可能性がある。最早私には力は残っていない。だが峯野さんがやられるところをみすみす見捨てようとは思えない。まただからといって阿比留が死ぬところもみすみす見捨てようとは思えない。阿比留はまだ・・・

 

 

――――――自身の子供の神霊(しんれい)が世に降ろした言葉を知らない。

 

 

 阿比留の言い草には絶対に納得できない。また阿比留の行動にも絶対に納得できない。よって和解する余地も無い。だが阿比留の子供が阿比留のために降ろした言葉を、本人に伝える事が出来ないのはまた納得できない。私はこの思いを噛み締めながら闇の中を、峯野さんと阿比留の会話の声に導かれながら進んだ。

 

 

 しかし、闇の中を歩くのは非常に難しい。峯野さんと阿比留の会話の声が薄らと聞こえる御蔭(おかげ)で方向は誤らずに済みそうだが、目前にある木々やちょっとした地面の窪(くぼ)み、浮き出た木々の根などに足を引っ掛けながら歩くのは非常に辛かった。だが自身がゆっくりと移動して居る為だろうか、それに足を躓(つまづ)いて転倒することは無い。私はその事実に安心しながらも本来は急ぐべきであろうと自身の考えに鞭(むち)を打ち、歩度を速めた。

 

 

 

 

 暫(しばら)く歩き続けると、だんだん峯野さんと阿比留の会話の声量が大きくなってくる。やがてその会話の内容もくっきりと認識できるようになってきた。そして気づけば目前には綺麗に輝く四重結界と、その中に捕えられた阿比留、そしてその阿比留と会話をしている峯野さんが居た。

 

 

「……ねぇアキラ君、もう私にこれ以上、生き恥を晒(さら)させないで……。一思(ひとおも)いに……殺して。」

 

「…………本当に良いのか?」

 

「……あぁ……、やってくれ。」

 

 

 峯野さんと阿比留はこう会話していた。まずい、このままでは阿比留が殺されてしまう。せめて死ぬ前に伝えなければ! 私は最早、大半の力を喪失(そうしつ)した体を必死で動かすと、一気に阿比留達の真横へ飛び出した。

 

 

 

 

―――ガサガサガサッ

 

 

「待ってッ!!!!」

 

 

 

 

 私の必死の大声が付近に響き、闇に木霊(こだま)した。

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