その後も一時、二人の戦闘は続いていたが。
「ひっ、ひっ、ひっ。お主には人のことを心配する余裕はあるのかね?」
「なにっ!?」
突然、下からそのようなやり取りが聞こえて来た。私は何事かと下の方を見やると、男の周りを多数の妖怪が囲んでいる。
「二人の戦いには進展が見られませんから、下の方を取材しておくとしますか。」
そう私は呟きこの者達の方へ接近した。
「何って……、"喰らう"ことに決まってるじゃねえかあああああッ! かかれぇぇぇぇぇッ!」
『うらああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
いかにも怖そうな妖怪達が一気に男に向かって、まるで飛び掛るように急接近した。
すると男は刀を構え正面から接近してくる妖怪に向けて走り始めるとこれを一閃した。
「「「うがあああああああああああああああああああああッ!」」」
斬られた妖怪達はそんな叫び声を上げた。どこぞの斬られ役だなと思いながらもその男はそいつらを押し退けさらに走り続けた。
「今の刀の扱いは達人とは言い難いですが、かなりの熟練者であることは確かですね。さらに一対多数の戦闘のやり方もある程度心がけているようにも見受けられます。」
一対多数の戦闘においてまず真っ向から立ち向かえば、その道の達人で無い限り確実に力負けする。ならばその多数の敵の一部分に対して集中的に攻撃を与えその一部分の仲間を怯ませるか、倒すかすることによって突破口を開き一旦脱出する。常套手段ではあるがこれはある程度の経験者か、その経験者から話を聞かない限り知れない戦術だ。
突破口から脱出した男はこれから先、どのような剣術を見せてくれるのかと思えば突然、何かを唱え始めた。
「天清浄、地清浄、内外清浄、六根清浄と祓い給い清め給う事の由を八百万の神達諸共に小男鹿の八の御耳を振立て聞し食と申すッ!」
(てんしょうじょう ちしょうじょう ないげしょうじょう ろっこんしょうじょうと はらいたまい きよめたまうことのよしを やおよろずのかみたちもろともに さおしかのやつのおんみみを ふりたててきこしめせとまおす)
「あやややや、いきなり祝詞(のりと)を奏上し始めましたか。しかし妖怪に祝詞は……。」
『がああああああああああああああああああああああああッ!』
「えっ。」
苦しみのあまりか妖怪たちは叫び声を上げた。真言とか修験道とか、密教とか、陰陽道でない限り妖怪に対して効力をなさないと思っていたがこれは誤りだったのだろうか。
「貴様ッ! まさか、"祓い屋"かああああああああああああああッ!」
妖怪集団のその長(おさ)らしい者が叫んだ。あの男は本当に"祓い屋"なのだろうか?
やがてまたその男は祝詞を奏上し始める。
「高天原に神留座す皇親神漏岐神漏美の命を以て天津祝詞の事を宣れ如此宣らば罪と云罪咎と云咎は不在物をと祓賜ひ清賜と申す事の由を諸の神等左男鹿の八の御耳を振立て聞食と申す!」
(たかまのはらにかみとどまりまします すめむつかむろぎかむろみのみことをもって あまつのりとのことをのれ かくのらば つみというつみ とがというとがはあらじものをと はらいたまいきよめたまうとまうすことのよしを もろもろのかみたち さおしかのやつのおんみみをふりたてて きこしめせとまうす)
私はこの男の祝詞を聞きながら、自身の少ない祝詞の知識を振り絞り、該当する祝詞を探した。多分これは、"最要祓"(さいようのはらえ)である。たしか非常に長い"大祓詞"(おおはらいのことば)を簡単に言えるように短縮したものであったはずだ。
『ぬああああああああああああああああああああああああああああああああッ!』
やはりこの妖怪達はダメージを受けるようだ。神道の祝詞とは確か自身や他人、周辺に漂(ただよ)う罪や穢(けが)れを祓うためのもので在ったはずだ。もしかしたらこの妖怪達の汚い罪や穢れに反応を起こしているのかもしれない。私はそう考えるとまたこの者達の戦闘に目を見やった。
「終いだなッ!!」
男はそう告げると刀を構え一気に敵に向かって走り出した。
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
妖怪集団の最期の一人、リーダー格の妖怪が悔しさのためか声を張り上げた。
急接近した男は見事、刀で首から胸の大半を切り裂く。
「あっ、がっ、うっ、あぁッ!!!」
斬られた妖怪はそんな喘ぎ声を出しながら、やがて空気に混じって消えて行った。見事なものである。
男は付いても居ない刀の血を払う。多分癖だろう。そうして刀を鞘に納めた。
私は戦闘が終えたこの男からは大して興味を無くし、今も尚、上空で戦闘を続けている霊夢と最初に矢を放ってきた射手との戦いに目をやった。
一時すると、霊夢に射手の弾丸が命中した。霊夢は墜落し、木々の中へ舞い戻る。
「霊夢ッ!」
男は叫ぶと、霊夢が落下するであろう地点に向け走り出し、やがて落ちてきた霊夢をぎりぎりの所で受け止めた。ナイスキャッチ! 私は脳内で男にエールを送る。
霊夢を抱き抱えながら男はなにやら二人で話していた。だがやがてそれを妨害するかのように頭上から声が響いてくる。
「美しいっ! 実に美しいねぇ、アキラ君?」
何処の悪魔だよ! と、内心突っ込みながらも、アキラ君という言葉に意識を傾けた。多分アキラとは、男の名前だろう。メモ、メモっと。
「二日間、一緒に過ごした程度の人間の為に、命を懸けるほどの情を持てるものなのかなッ!? そんな奴、放っておいて逃げれば良いじゃないかッ! 君の感情にはつくづく理解出来ないよ~! 最初の捨て身の挺身行動といいねぇ!!」
「人を助けたいと思うのは普通の事だろうが!」
「ハハハッ! 本当に面白いことを言うねぇアキラ君? 気に入ったよ! 人を助けたいと思うのは当たり前? 普通のこと? 他人を助けてそれでその助けた人間になんの得が在るっていうんだい!?」
「"優しさは人の為ならず"とか、"自己犠牲"って言葉が人間には在るんだよ! たとえ自身が戦で敗れ地面に倒れ伏そうとも、何かの為、誰かの為に死ねるのならばそれで良いと、本望だと思えるんだッ! 思うことが出来るんだッ!」
「自己犠牲ねぇ……。以下にも日本男児らしい言葉じゃないか? だけど犠牲になった人間になんの得が在るって言うんだい!? 死ねばそこで終わりなんだよっ!?」
「自身が死んでしまっても、そのお蔭で誰かが・・・、何かが助かったと思えるのはきっと幸せな事なんだよ! そこまでして赤の他人でさえも身を滅ぼし護らんとする人間はこの世界に山ほどいる。特に自己犠牲を華々しく思う日本にわな! 犠牲になった人間の気持を聞く方法なんて俺は知らない・・・。だがな! 俺はその人達が犠牲になった上で、嫌な気持ちになったとは到底思えない。少なくとも自身から挺身するような人間は絶対にだ! 死ねば必ず霊になる! そこで助けた人間が健在な事を知れれば、それだけで十分に幸せに思えるはずだ! 幸せになれればその人は十分に得しているだろう・・・。 俺はそれを信じて止まない!」
「……黙れ。……黙れ威。それ以上、口を開けばお前も"殺す"ぞ。」
「……お前等の勝手な思想の所為でな……! あの子は……。」
「あの子が私を守って幸せになれた筈が無い・・・。あの子はまだこの世で何も達成出来ていなかったし、私はあの子に何もして上げられなかった。絶対にあの子は私を守って死んだ事に後悔している! 何が自己犠牲だっ! あの時私なんか放って逃げてくれていれば良かった・・・。 私があの子の代わりに素直に殺されていれば良かったのにっ! 私はあの時なぜッ・・・。」
「「それがッ!!」」
突然、霊夢とアキラが同時に声を発した。
「それがっ……! それが、あんたの自己犠牲心じゃないの!? …………あんたは自己犠牲の事を散々に馬鹿にしているけどね!あんた自身がその子の為に殺されれば良かったのにって思っているじゃないのっ! それが自己犠牲じゃないのッ!?」
そして霊夢がアキラの代わりに射手に対して諭し始めた。
「あんたはその子を守るために犠牲になれなかった自分自身を一番憎んでいるんじゃないのっ!? 自分が守るべき子どもに守られた自分自身をッ!…………自身の子の為に死ねなかったこの死に損ない! 己の恨みを晴らす為、無関係な人間を殺めるのっ!?」
「無関係などではないッ!」
突然頭上の射手はそう叫び霊夢達を唖然とさせた。やがてその射手は会話の主導権はこちらにあるというように、一気に捲くし立て始める。
「あたしの子を殺したのは……、お前の高祖母。つまり四代前の博麗の巫女なんだよッ!」
「そんな……。まさか貴方ッ!?」
霊夢は何かに気づいたような声を上げた。
「気付いたのかい? 私は"阿比留 菊理(あびる くくり)" 。何百年も前、博麗の巫女に息子を殺されたその母親だよっ!」
そう射手は名乗った。阿比留 菊理、メモメモっと。
さてこの三人組は中々に面白い話を繰り返しているが、その中でいろいろ分かったことがある。まずはアキラの性格だ。アキラはどうも自己犠牲を重んじる性格をしているようだ。確かに最初、矢から霊夢を護ろうと霊夢の前に立ち塞がった。あれを考慮するとかなり武士道が浸透しているようにも見受けられる。
次に阿比留菊理の性格。すこしクールな男っぽさを演じようとしているように見受けられる。だが頭に血が上れば怖い性格に変化する。また感情の起伏が激しい。そしてどうも自身の子供を何年も前の博霊の巫女に殺されているらしい。私の記憶で該当する事件は、"博麗 帆純(はくれい ほずみ)の狂乱妖怪討伐事件だ。あの事件の最中、確かに博麗帆純は妖怪の子供を殺したが、それは事件の首謀者である妖怪を祓おうとしたときに突然その妖怪の子供が前に立ち塞がったためである。博麗帆純は望まぬ子殺しを引き起こしたが、その相手は所詮、妖怪。大して問題にはならないはずなのだが博麗帆純は自身の罪を悔やみ、狂乱妖怪事件の首謀者である妖怪を逃がしてしまった。が、運が良かったのかその逃した妖怪はその後、大した事件を起こさず消息を絶っている。その時の妖怪が彼女、"阿比留 菊理"なのであろうか。
「……あの渡された巻物に書かれていた事は事実だったてことね。」
私が脳内で思惟している間も会話は続いていた。
「へぇー、あいつがそんな物をねぇ? 訳の分からないことをするなぁ。自身の過ちを後世に伝えてどうするのかね?」
「違う。高祖母はそんなことだけを伝ようとしていた訳じゃ無い……。」
「ハァ?」
「あの巻物には……、家伝書、幻想博麗録、第五拾参代目(だいごじゅうさんだいめ)博麗 帆純(はくれい ほずみ)、第十弐話(だいじゅうにわ)妖怪ノ母親ヲ護リシ勇敢ナ子ノ話には! 貴方の子供の魂を降ろして聞き授かった言葉が綴ってあったのよ!」
そう霊夢は告げた。妖怪ノ母親ヲ護リシ勇敢ナ子ノ話か。そして幻想博麗録。そのような書物の存在を私は知らない。これは調査する余地が在りそうだ。
「巫山戯るなッ!! そんなこと出来るはずがない! 全て戯言だろう!?」
「それが出来るのよ! 私は修行不足の出来損ないで紫に馬鹿にされたけど……。でも出来るのよ! 死者や神の魂を地上に降ろして話をする事が! 一般に神降術とか、神降ろしとか言われるわっ!!」
「そんな馬鹿げた事が出来てたまるか! あいつのただの自己満足だろう!?」
「そんなことはないわ! あの家伝書に書かれていた事は本当よ! 高祖母はあの書物を貴方に渡せないでいて嘆いていたらしいわ! だからあの書物を家伝書として私達の代に授けたのよ!」
「黙れえええええええええええええええええええええええええッ!!!」
やがて阿比留が遂に我慢出来なくなったのか叫び声を上げた。
「……もういい、分かった。実は血縁関係でしかないお前を殺すことには多少の迷いがあったのだが・・・、もういい。やはりお前は死体決定だッ! 死して息子に赦しをを乞えっ! この糞巫女野郎がああああああああッ!」
―――襲符ッ 虎襲爆裂撃ッ!(しゅうふ こしゅうばくれつげき)
阿比留が別れの言葉を告げ、同時に新たなスペルを読み上げる。だがスペルカードを見せていない時点で、殺意が在るのは火を見るより明らかだ。