だがこの二人には重大な問題が発生していた。熊埜御堂直彦に関係する記憶、そして四重結界についての記憶が一切欠落していたのだ。
峯野威と博麗霊夢は困惑する。だが戦いの後に訪れた静謐に、二人は身を預け気を休めた。ここに二人の平穏な日常が描かれる。
―
始まり、始まり
"第一節"
*第肆章*「闘争後の静謐」
「…………あー?」
俺は目覚めると
此処(ここ)は何処(どこ)だろうか。まだうまく回らない脳味噌(のうみそ)を回転させながら思惟する。
まず木造建築の建物であることは間違いないだろう。しかしこのような建物を俺は知らない。反対側はどうなっているだろうと思い、体を逆に捻った。
「すー、すー、すー。」
其処には布団の中で可愛く眠る女の子がいた。俺は顔の血の気が引く感覚を覚え一気に目が覚める。
オーケー、
まずい! 記憶が無いということは、まさか!! あれか!!!
酒を飲んだら抑制が効かなくなってそのまま女の子の家まで付いて行き、そこで朝までひと夏の思い出を作ったという……。
「や、やばい……。」
なにがやばいかってそりゃ、こんないたいけな女の子と……、"ヤッてしまったことだろうがあああああああああ"。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
「なッ! なんだなんだッ!!!」
まずい! 驚愕のあまり思わず叫んでしまった!! お母様に気づかれたか!! ど、どうする! このまま此処で待機しているか!? いや、そりゃまずい! 弁解の余地が無い!
糞! 仕方ない! このまま脱出を!!
そう考え俺は体を大きく捻って右手を基盤に起き上がろうとした。その刹那、右腕に途轍(とてつ)もない激痛が走る。
「いってえええええええええええええええええええっ!!」
「なんだ!! どうした!!」
あまりの痛みに叫んだその直後、障子が開けられさきほど驚いていたお母様らしき人がずかずかと入ってきた。
「……………あっ。」
俺は絶句してしまった。もう右腕の痛みなどどうでもいい。終わってしまったのだ。峯野威の人生が……。
これからは一生"ロリコン"呼ばわりされるハメになるのか……。いや、警察に捕まるのが先かもしれないな……。
「あぁー、終わったー……。」
俺はそう呟く。もうどうでも良くなってしまった。
世界のことなど……、日本のことなど……、"霊夢"の……。
――霊夢?
俺はこの単語を思い浮かべると瞬時に昨日の記憶を取り戻していった。
霊夢と人里に行ったこと、その後の帰り道での阿比留との戦いのこと、熊埜御堂 直彦(くまのみどう なおひこ)の……。
「おい、お前。……大丈夫か?」
「えっ?」
昨日の記憶を想起していると突然声が掛かった。俺は現実に引き戻される。俺に話を掛けたその人物は黒い装束、まるで魔法使いのような服を着飾り、髪は金髪色をして居た。
先ほどの女の子の母か? いや先ほどの女の子は霊夢であった。しかし母親の可能性はある。どちらにせよあまりよろしくない状況のようだ。
「えー、あのー。」
「右腕……大丈夫か?」
俺がどう説明したらよいか迷っていると突然そう話しかけられた。
「……はい、ちょっと寝ぼけていて折れたことを忘れていました。」
俺はそういい右腕を持ち上げる。だがその右腕には簡単なギプスが施され、固定されていた。俺はこの腕にギプスを巻いた覚えも無いし、巻かれた覚えも無い。誰かが巻いてくれたのだろうか。
「……あぁーそれは私が巻いておいたんだぜ。さすがにそのままにしておくのは良くないと思ってな。」
そう霊夢の母親かも知れない女性は告げた。しかし...
――だぜ? てな?
随分と男っぽい口癖をしているものだ。この人は。一見するとすごく若くて綺麗……。
「って、若すぎだろう!!」
「なっ? なに?」
この女性、良く見ると霊夢と同じような年齢に見受けられた。本当にこの人が母親なのだろうか……。
いや待て、そういえば霊夢と最初話していたとき、一人暮らしだといっていた気がする。しかも母は……。
だとするとこの人は一体……。
「おかしな人だなー。霊夢はどうしてこんな人と倒れていたんだ?」
その人はそう告げた。
――倒れていた?
その言葉を聞き、だんだんと鮮明に昨日の記憶が想起されていく。俺たちは阿比留と戦ってその後……て、あれ? 思い出せそうで思い出せない。まだ寝ぼけているのだろうか……。
「……あのー、私達の身に何があったのでしょうか?」
俺はその人にそう尋ねた。その人は突然のことで驚いていたが、う~んと顔を傾げる。やがて思い出したのだろうか、口を開いた。
「分からないぜ!」
「ですよねー。」
そもそもこの人は昨日の現場に居なかったのだろう。分かるはずも無い。
「私は上空を飛行してたらたまたまお前達を見つけたんだ。それでついでに拾って神社まで運んでやったんだが……。近くにはクレーターみたいなのも出来ていたし、何があったかなんてこっちが聞きたい。」
「なるほど……。」
その人はそう告げた。そうか俺たちはこの人に助けられたから此処に居るのか。俺は合点した。
「この度(たび)は助けて頂き、誠にありがとうございました。」
俺はたとえ相手が霊夢と同い年程度の子供だとしても礼儀は礼儀と思い、右手が骨折しているため不恰好であったが土下座をした。
「や、やめろって。な、なんか照れるじゃねえか。」
そうその人は人差し指で顔を軽く掻きながら、照れて嬉そうにした。これぞ礼儀の力!
「……と、所でさっきから思ってたんだが、その言葉遣いやめてくれないか?」
「え?」
「いや私とあんたじゃ、あんたの方が年上だし……、それにあんた男だし……。」
「あぁ……。」
確かに成人してる俺が15歳程度の相手に此処まで言葉遣いを良くするのもおかしいかもしれない。
「相分かった。」
俺はそう告げ頷いた。
「あぁーそれとその右腕、後で八意永琳(やごころ えいりん)の永遠亭に診察に行けよな。」
「八意永琳……?」
「あぁ。」
八意永琳とその人は話した。確か昨日も同じことを言われた気がする。しかし誰に言われたのかが全く思い出せない。
「その永遠亭とは何処にあるんですか、もとい。何処にあるんだ?」
「え? あれ? 知らないの?」
「あぁ。」
俺はそう告げた。その人はまた首を傾げて何かを考えている。
「お前あんなやばそうな戦いに参加しておいて、永遠亭の場所を知らないのか……。お前、外来人か?」
その人は呟きながらそう俺に尋ねた。
「まあ確かに俺は外来人だ。」
「まじかよ……。」
その人は俺の言葉に愕然としたようだ。顔に手を当て首を横に振った。
「永遠亭はー……。後で私が連れてってやるよ。」
「良いのか?」
「おう。」
その人はそう告げてくれた。ありがたい。
「所で、君の名前を教えてはくれないか?」
その人は意外なことを聞かれたという風に目を大きく開けた。
「え? あぁ、私の名前は霧雨魔理沙(きりさめ まりさ)だ。……お前は?」
「俺は、峯野威(みねの あきら)だ。よろしく頼む。」
「あぁ、よろしくな!」
そういって魔理沙は微笑んだ。
「んっ、んー? なによもう~。さっきからうるさいわねぇ……。」
突然横の布団から霊夢の声が聞こえて来た。俺と魔理沙は同時に霊夢の方を見やる。見ると霊夢が目を擦り半目でこちらを見ていた。
「んー? だぁれぇ?」
霊夢は俺を見てそう呟いた。魔理沙は「おう、起きたか霊夢。」と声をかけている。だが霊夢は俺の方を見続けやがて正気を取り戻した。
「…………。」
「…………。」
な、なんだろう。何か嫌な予感がする。
「いっ、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
「やっぱり俺と同じ反応かよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
俺と霊夢の叫びが神社に轟(とどろ)いた。魔理沙は訳が分からないという風に首を傾げる。俺は飛んできた枕を顔面に食らい、倒れ伏せた。
* * *
「落ち着いたか? 霊夢。」
「はい。すみません、峯野さん。」
あれから一時して俺と霊夢と魔理沙は卓袱台を中心にして座り直していた。さすがに布団の上じゃ、まともな話も出来ないと思ったからである。霊夢は魔理沙に着替えさせられたのだろうか、布団に入っていた時から浴衣を着ていた。
そしてその霊夢は昨日の記憶の一部を取り戻し、俺との関係も思い出す。だがやはり記憶の一部が欠落しているようであった。
「……しかし霊夢も昨日の記憶を一時失っていたのか。何が在ったっていうんだよ。」
魔理沙はそう問うた。しかし俺たちも一部の記憶が消えているため、なんとも説明し難い。
「阿比留菊理(あびる くくり)という女の妖怪と戦っていたのは覚えているんだけど、それ以外の記憶がどうも曖昧で。」
霊夢はそう告げ溜息をついた。俺はそれに頷き同意する。
「阿比留菊理か。聞いたことの無い名前だな。」
魔理沙は眉を顰(ひそ)め首を傾げた。
「まあ今はその事について無理に話してくれなくてもいいや。私が聞きたいのは霊夢と威の関係だぜ!」
魔理沙はそう告げ、面白そうに俺たちを交互に見やった。
「関係って言われても……。」
霊夢はそう呟き言葉を濁す。確かに関係と言ってもまだ互いに知り合って二日、三日ほどしか経っていないのだ。さらにその理由も紫さんが大きく関係してくるため説明が難しい。
「やっぱり……、これなのか!」
魔理沙は右手小指を立て俺たちに見せ付けて来た。
「ち、違うわよ!」
「違う!」
俺と霊夢は同時に叫んだ。誤解されるのはこれで何度目だろうか。
「なーんだ、違うのか。てっきり霊夢に恋人が出来たのかと思ったんだが。」
魔理沙は面白そうに頭の後ろで腕を組んだ。
「じー。」
霊夢が俺の方をじっと見つめて来る。
「な、なんだ?」
俺はそう霊夢に問う。霊夢は「別にっ。」と言って目を外した。魔理沙は「ふ~ん?」と言ってまた面白そうに笑う。
「霊夢にはその気があると……。」
「魔理沙っ!」
霊夢は少し怒ったのだろうか、顔を赤らめ魔理沙を怒鳴る。俺は訳が分からず首を傾げた。
「……ま、この話は置いといて。威……お前何処に暮らしているんだ?」
魔理沙は腕を頭の後ろで組みながら視線を俺に向けた。
「何処って……。」
俺は正直に答えてよいか分からなくなり、霊夢の方を見やる。霊夢は一瞬俺と目を合わせたが直ぐに逸らして顔を伏せてしまった。
「……此処だ。」
「…………。」
「…………。」
俺は正直に答えるか虚言を吐くかで迷い、やがて事実を答えた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!?」
魔理沙は今まで頭の後ろで組んでいた腕を下ろし、驚愕の眼差しで俺を見やる。
「同棲してるのかよ!!」
「……。」
「……。」
魔理沙はそう叫んだ。俺と霊夢は最早、何も答えられない。
「訳が分からないぜ……。」
魔理沙はそう呟き、目を伏せ頭を振った。
「ま、まぁちょっと言えない事情があってだな……。あまり深く詮索しないでくれ。」
俺は目を瞑り頭を下げて頼む。魔理沙は軽くあきれているようであったがしぶしぶ頷いてくれた。
「ここ(幻想郷)に紛れ込んだ外来人に居候させてあげてる。こんな感じでいいか?」
「うん……。」
魔理沙は霊夢を見やる。霊夢は頷き答えた。
「分かったぜ。これ以上深い詮索はしないことにする。」
「ありがとう。」
魔理沙は案外話しの分かる奴のようだ。真面目な顔で頷いてくれる。俺はそれに感謝した。
「……良し、じゃあ威。そろそろ永遠亭に行こうか。」
魔理沙は突拍子に聞いて来る。
「あまり骨折したまま放っておくと、変な形で繋がってしまうかもしれないだろ? あそこの医者なら意図も容易くそれを治してくれる筈だ。急いだ方が良いと思うぜ?」
「そうか。」
魔理沙はそう俺に提案してくれる。俺はそれに納得し、頷いた。
「ちょっ、ちょっと待って!」
だが突然霊夢が制止の声を上げた。俺と魔理沙は霊夢の方を見やる。
「どうやって行くつもり?」
霊夢はそう真剣に問うてきた。
「そりゃー、飛んでいってじゃないのか?」
魔理沙は首を傾げながら答える。だが魔理沙は重大な問題に気づいていない。