―東方撞賢木― 『巫女と男の運命』   作:Veruhu

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"第三節"

「おい! 威! そろそろ慣れてきたか~?」

 

 

 魔法の(ほうき)で飛び始めて数十分後、魔理沙がそう問うてきた。

 

 

「い、いや! まだだ!」

 

 

 俺はそう返し、足を竦める。先日、霊夢に両手で抱えられながら飛行したが、あの時とはまた別の恐怖感があった。今、乗っているのは魔法の箒である。しかも横向きに座っているため、少しでもバランスを崩せば尻が滑って滑落(かつらく)してしまいそうで怖いのだ。

 

 その為、俺は魔法の箒の上だろうと安心できず、しっかりとした姿勢で座っていられるよう神経を研ぎ澄ませていた。

 

 

「まあそうだろうな。よし! 此処はひとつ、私が昔やった恐怖解消の訓練をやってみようぜ!」

 

 

 そう魔理沙は言い途端に箒の速度を上げた。

 

 

「ちょっ! ちょっと待て魔理沙! 今右手が使えないんだからあまり激しい動きは!」

 

「いっくぜ~!?」

 

 

 俺は叫んだが最早、魔理沙には届いていないようだ。魔理沙はにやりと笑う。

 

 

「まずは"横維持旋回"だ! 左に旋回するぞー!」

 

 

 そう魔理沙は俺に平然と告げると、箒は左に傾き左旋回し始めた。体と地面が近づき、俺は下の地面の状況が必要以上に見えるようになる。

 

 

「ひええええええええええええええええええ!」

 

 

 直下で俺を支えていた箒は後ろに移動した。つまり俺の全体重を支えられている物は無いということだ。俺は全体重に足りるだけの摩擦力を無くし、箒から滑落するだろう。

 

 

「落ちるうううううううッ!」

 

 

 俺はそう吐露(とろ)し叫んだ。

 

 

 しかし、何時になっても終わりはやってこなかった。

 

 

「おい威! なにやってんだ! 目を開けろ!」

 

 

 魔理沙にそう諭され、俺は恐る恐る頑固に閉ざされた(まぶた)を開いた。

 

 

「おぉぉっ、おおおっ、おおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 地面しか見えない、地面しか見ることが出来ない。それくらいに自身を含む飛行体はバンク(傾き)をとっていた。しかし自身の体は箒との摩擦力を失い、落下することは無かった。

 

 

「旋回すると遠心力が発生するだろ? それで体が箒に押さえつけられる。だからこのまま速度を落とさ無ければ、滑落することは無いぜ!」

 

 

 魔理沙はそう俺に(ろん)じる。確かにその通りだ。飛行体は旋回する時に、(重力)を発生させる。その発生するGが斜めの状態でも滑落しない程の強さで発生すれば、箒と体の接触面に生じる摩擦力が正常値に保たれ体は箒から離れない。つまり落ちない。

 

 

 そう俺は安心し冷静に自身の状態を観察すると、確かにGが発生し体が箒に押さえつけられていた。表現するならばジェットコースターで旋回する時である。さすがにあそこまで強く押さえつけれれて居るわけではないが、同じ現象であった。

 

 

「ナッ、ナルホドナー!」

 

 

 俺は納得し、そう魔理沙に告げたが声が上ずってしまう。

 

 

「威~ビビり過ぎなんじゃないかぁ~?」

 

 

 魔理沙はそう俺を(ろう)する。

 

 

「ビッ、ビビってねえよ!」

 

「嘘は良くないぜ~?」

 

 

 魔理沙はそう口にすると、さらにバンクをとった。

 

 

「ひえええええええええええええええええええええッ!」

 

「はははははははっ!」

 

 

 魔理沙はそう俺を嘲笑(ちょうしょう)する。

 

 

 くそっ! 情けない。男の俺があそこまで叫び、戦慄(せんりつ)を覚えるとは! 一生の不覚! 

 

 

 そう俺は思惟すると魔理沙に尋ねた。

 

 

「もう赦してくれ……。」

 

「ん? あぁそうだな。」

 

 

 魔理沙はそう呟くと箒のバンクを水平に戻し左旋回を中止して、直進を再開した。ちゃんと永遠亭を目指せているのだろうか。

 

 しかし魔理沙はまだ特訓をするつもりなのだろうか、抑揚なく告げる。

 

 

「よし! 次は宙返りだな!」

 

「やめてくれええええええええええええええええええええええええええええええッ!」

 

 

 俺はそう大声で叫んだがその訴えはまたもや魔理沙には届いておらず、新たな特訓が開始された。

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 

 箒で見事宙返りを決めた俺たちだったが、俺は叫び声しか上げられなかった。

 

 後から聞いた話しだが、この時の叫び声は博麗神社に居た霊夢にも微かに聞こえていたのだという……。

 

 

 

 

 

 *                  *                  *

 

 

 

 

「もう特訓はこりごりだ……。」 

 

 

 魔理沙による突然の恐怖解消の特訓は終わりを告げられ、俺たちは箒に乗って再び永遠亭を目指していた。

 

 

「はははっ! でもこれで怖くは無くなっただろ?」

 

 

 魔理沙はそう笑いながら俺に()く。

 

 

「まぁ、確かに……。」

 

 

 俺はそう零した。もう箒に乗って飛んでいても最初のような恐怖は感じない。今は風が体で感じられて心地がいい。そして魔理沙はそれに良かった良かった笑いを零した。本当に魔理沙は豪快な女である。俺はそう心の中で思った。

 

 

「…………昔、霊夢と修行してた時のことを思い出したぜ。」

 

 

 突然、魔理沙はそうぽつんと呟いた。俺はそれ唖然としながらも尋ねる。

 

 

「昔? 霊夢とは昔からの仲なのか?」

 

「あぁ、子供の頃からな。」

 

 

 魔理沙はそう(なめ)らかに告げた。確かにその位の仲が無いと倒れていた俺たちを神社まで運び、その上に介抱までしてくれる筈が無いだろう。

 

 

「修行ってのは一体何をしてたんだ?」

 

 

 俺はそう魔理沙に尋ねた。魔理沙は微笑む。

 

 

「今、威にやったような事をだ。もちろん術の修行もしたけどな。」

 

 

 そう言い魔理沙はぼんやりと流れる風景に目を移した。

 

 

「なるほどね。魔理沙と霊夢は昔からの修行仲間で"親友"であると。」

 

 

 そう俺は呟き微笑んだ。だが魔理沙はそれに首を振った。

 

 

「あぁ、私はそう思ってるけど。……霊夢はどうなんだろうな。」

 

 

 魔理沙はそう零した。俺は咄嗟(とっさ)にかけるべき言葉が思いつかず、無言で返す。

 

 

「私は霊夢に……友達だと言われた覚えが一度も無いんだ。」

 

 

 魔理沙はそう吐露(とろ)項垂(うなだ)れた。

 

 

「…………俺にはさ、女の世界の仕来(しきたり)りは分からない。だけど男の世界ではな?」

 

 

 俺はそう切り出し始める。魔理沙はこちらの様子を少し窺った。

 

 

「本当の本当の親友に俺たちは友達だとは言わないんだよ。言わなくても互いに分かってるからな。それに恥ずかしいし。」

 

 

 俺はそう告げ微笑んだ。魔理沙はこの話に興味を持ったのか、こちらに視線を向ける。互いの視線がぶつかり合った。

 

 

「女の世界の考え方が男の世界と同じだとは思わない。……だけど恥ずかしいってのは両世界共通なんじゃないか?」

 

 

 俺はそう魔理沙に告げる。魔理沙はそれを聞き一時、沈黙していたが急に笑顔になって、その唇に笑みの形を描いた。

 

 

「お前、面白い奴だな!」

 

 

 魔理沙はそう途端に声を張り上げてそう言う。

 

 

「確かにその通りかもしれないぜ。あの霊夢が面と向かってそんな事を言えるとは思えないし。」

 

 

 魔理沙はその冷たくなった表情を元の明るい表情に戻した。俺はそれに安堵し微笑んだ。

 

 

「ありがとな! 威!」

 

「いや大したことは言ってないよ。」

 

 

 俺はそう言った。魔理沙は満足そうな表情を浮かべると、また視線を前方に戻して魔法の箒を少し加速させた。風が体中に当たり風きり音が増す。

 

 

「…………変わってないね。威君。」

 

「えっ?」

 

 

 魔理沙が何かを(かす)かに呟いた。だが俺は何を言ったのかが分からずに聞き直す。

 

 

「何でもないよ~だっ!!!」

 

「……?」

 

 

 しかし魔理沙はそれには答えずに誤魔化した。俺は訳が分からずに首を傾げる。しかし今まで見たことの無い魔理沙の女の子らしい面を見れた気がした。その時の表情は横顔を少ししか捉えられなかったが、今までに無いくらい清々(すがすが)しい笑顔を浮かべているような気がした。

 

 

 俺たちはその後も他愛の無い話を続けながら、永遠亭を目指し続ける。

 

 

 

 

 *                  *                  *

 

 

 

 

「よし、迷いの竹林に到達だぜ。」

 

 

 魔理沙はそう告げた。確かにいつの間にか視界が森林から竹林へ変貌(へんぼう)()げている。

 

 

「この竹林は無茶苦茶迷い易いんだ。事故無く進めばいいな。」

 

「頼むよ……。」

 

 

 魔理沙は周りを見て自身の位置を確かめるように進んだ。時折地上の竹林に出来た獣道(けものみち)等を参考にしながら進んでいるように見える。

 

 

「永遠亭は沢山の兎達を雇っているんだ。だからその兎達が作った獣道が案外目印になるんだぜ?」

 

 

 魔理沙は俺にそう告げた。

 

 

「雇う?」

 

 

 しかし俺は魔理沙の"兎達を雇っている"という言葉に疑問を持ち聞き直す。

 

 

「そうだぜ。あそこの兎達はみんな永遠亭に雇われて生活しているんだ。よく働く兎達だよ。……と言っても大半の仕事を一人の兎がこなしているらしいが。」

 

「へぇ~。」

 

 

 魔理沙の話に俺は真摯に耳を傾けるた。やがて魔理沙が(たむろ)している沢山の兎達を見つける。

 

 

「お、いたいた。見つけたぜ。永遠亭の兎達だ。」

 

 

 魔理沙が指を指す方向に俺は目を凝らした。すると其処には確かに沢山の兎達が居る。

 

 

「おお本当だ。凄い凄い。沢山の兎達が居るな。」

 

 

 そう俺は呟きその兎達の姿を眺めていると、やがて視線が二つの目標を捉えた。

 

 

「…………なあ魔理沙。」

 

「ん?」

 

 

 魔理沙が俺の方を見やるのが分かった。だが俺はその二つの目標から目を離すことが出来ない。

 

 

「永遠亭って何の風俗店(ふうぞくてん)だ?」

 

「風俗店?」

 

 

 魔理沙は首を傾げ、俺の視線を追った。

 

 

「だっあそこに居るのは…………"バニーガール"さんじゃないかよ!!!」 

 

 

 そう俺は叫び二人のバニーガールを指差した。魔理沙は「あぁ。」と言って頷く。

 

 

「あれはバニーガールさんなんかじゃない。あれは"兎妖怪"だぜ。」

 

「兎妖怪ぃ?」

 

「そうだぜ。」

 

 

 魔理沙はあの二人が兎妖怪であると話した。しかし兎妖怪とは一体何者なのだろうか。

 

 

「ま、百聞は一見にしかずだ。あいつ等の所まで降りるぜ!」

 

 

 魔理沙はそういって魔法の箒を屯している兎達の方向に向けた。そして魔法の箒は次第に降下し始める。

 

 

「……つか、バニーガールさんて何だよ! お前今まで何してきたんだ!? 考えたら腹が立ってきたぜッ!」

 

「えぇっ!?」

 

 

 魔理沙はそう言うと魔法の箒の降下速度を上げると共に、その角度をより大きくした。

 

 

「まっ、待て! 何に切れてんだよ! ちょっ、まっ、あああああああああああああああああああああああっ!」

 

 

 俺たちは信じられないくらいの降下角度で地面に向かって、降下というより落下を始める。

 

 

 

 

「何か上から降ってきてるわね……。」

 

「またどーせ月の兎じゃないの?」

 

「ひっ!?」

 

「びびりすぎ。てかそんなに落下速度速くないから。」

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、着地するぞー! 威!」

 

「えっ、ちょっ!」

 

 

 魔理沙はそう(ほとん)ど落下するような速度の中でそう告げてきた。俺はただでさえ右手が使えず、左手のみで体を支えているのだ。あまり激しい速度変化はやめて欲しい。

 

 

「てか、速すぎだろおおおおおおおおおお!」

 

 

 このままじゃ地面と激突してしまうぞ! 早く減速してくれええええええ!

 

 

 しかしそんな俺の願いも(むな)しく魔理沙はいまだ減速しなかった。地面が急激に大きく見えるようになる。そしてよもや地面と激突するという寸前でやっと魔理沙は減速した。

 

 だが……

 

 

「あっ!」

 

 

 俺はその急激な速度変化に耐えられず、体が(まえ)のめりなる。やがて遂に左手がそれを支えきれなくなった。

 

 

「ぐふッ!!」

 

 

 体が地面と激突した。それにあわせて俺は(うめ)き声を上げる。

 

 

「っしゃあ! 無事着陸ーっ!」

 

「いや連れが落ちてるけど!!」

 

「良いんだよ。仕置きだ。」

 

 

 魔理沙と例の妖怪兎がそう話しているのが聞こえた。俺は落下した体を左手で支えながら起こす。

 

 

「いつつつつつ。」

 

 

(さいわい)にして落下速度は案外遅かったためか、あまり怪我も無かった。俺はそれに安堵しつつ魔理沙を見やる。

 

 

「勘弁してくれ……。」

 

 

 俺はそう魔理沙に言うが、魔理沙は目を逸らしてしまった。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 俺が項垂れていると、突然そう声が掛かった。俺が視線を上げると其処にはピンク色のワイシャツに赤色のネクタイを締めて、青色のスカートをした女の子が立っていた。その女の子はこちらを覗き込んでいる。

 

 だがこの女の子にはもっと大きな特徴があった。

 

 

「あ、どうも。バニーガールさん。」

 

 

―――頭から兎の耳が生えていたのである。

 

 

「ふんっ!」

 

「痛っ!」

 

 

 少し離れた場所に居た筈の魔理沙がいつの間にか俺の直ぐ近くまで接近してきて俺の頭を叩いた。

 

 

「なんなんだよ!」

 

「鼻の下を伸ばしすぎだ!」

 

 

 魔理沙はそういうと腕を組んでそっぽを向いてしまった。なぜさっき初めてあった筈の魔理沙が此処まで俺の下心に反応するのだろうか。俺には全くわからなかった。

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