「それじゃ、透骨したこの写真を見て下さい。」
「はい。」
やがて診察室まで辿りついた先生と俺は互いにイスに座って対面した。そして先生は既に準備し終えていたのか、内側にライトが付いたボードの電源を入れた。すると既にそこに貼り付け終えられていた俺の腕の透骨写真が映し出される。
「見事にこの骨、
「うわぁ。」
骨折という経験は何度かしたことがあるが、ここまで綺麗に折れてしまっているのは生まれて初めてのことであった。
「こんな綺麗に折れているのですから、相当の衝撃が加えられたのでしょう。これからはそこらに居る妖怪とか妖精とかには、決して手を出さないようにしてください。特に夜、外出したり、特に異変がおきているときは外に出てはだめです。」
先生はそう俺に説教をした。しかし疑問が残る。
「夜は分かりますが、異変が起きている時とはどういうことでしょう?」
俺は先生にそう問い返した。
「この幻想郷では異変と呼ばれる大事件がたびたび起こります。その際、強力な妖怪やら幽霊やら神やら人間やらが力が使うとどうも妖精や妖怪達に力がみなぎってしまうようで。普段は遊んでばかりいる妖精達も面白半分に何かしらの者を攻撃し始めるようになってしまうんです。」
「なるほど。」
俺は先生の話に納得し頷く
「峯野さんは外来人ということですから、戦う術をあまり知らないのでしょう。これからは必要以上に外に出ないようにしてくださいね。」
「分かりました。」
俺はその言葉にまた真摯に納得すると頷いた。
「では、この話は閑話休題にして、治療に関する話をしますが。」
「はい。」
先生は改まってそう口を動かす。
「さすがに此処まで来ると薬だけではどうしようも無いので、麻酔を施して骨を矯正する処置を行います。骨が適切な状態に矯正されれば後は私が出す薬で後遺症も残りません。」
「本当ですか!」
俺はその事実に嬉々した。普通、骨折すれば後に痺れ等の後遺症が残ってしまうようなものなのだが、それも残らないと先生は告げる。やはりもの凄い医療技術を持っているのかもしれない。
「えぇ。ですので取り敢えず今からでも治療を開始しようかと思うのですが、よろしいですか?」
先生は少し性急すぎるのではないか思わせるような言いぶりで告げた。
「はい、よろしくお願いします。」
俺はそう答え頷く。
「分かりました。では、
「はいっ!」
先生が何か診察室の外に向かってそう叫んだ。するとバニーガール……もとい、鈴仙がそれに元気良く返答する。
「失礼します。持ってきました、師匠。」
「ありがとう優曇華。」
鈴仙は診察室の中に入ってくると、持って来た金属のお盆を先生に渡した。その金属のお盆の上には中くらいのガーゼが二つ乗せられている。先生は両手に少し丈夫そうなゴム手袋を付けるとその手でガーゼを取った。
「それでは、峯野さん。まずこの麻酔液が染み込まされたガーゼで腕全体に麻酔を掛けますから。」
先生はそう俺に告げる。
「はい。って注射とかを俺考えてたんですけど。表面に塗りこむだけで大丈夫なんですか?」
これには少し呆気に取られてしまった。表面に麻酔を塗りこむだけで内部の方の痛みまで取ってしまうのだろうか。
「そうね、外の世界の医療と私のいた世界の医療は比べ物にならないのよ。」
先生はさらに凄い事実を俺に告げた。
「先生の居た世界ですか。」
「えぇ、まああまり気にしなくていいわ。」
そう言うとゴム手袋で取ったガーゼを俺の腕にあてがった。そしてそのガーゼを上下に動かし必要な所に麻酔を施して行った。やがて麻酔が効き始めて腕の感覚がなくなってくる。
「よし、麻酔は完了ね。一応経過観察するから、優曇華。持ってきてる?」
「はい、師匠。」
先生と鈴仙はそうやり取りをすると鈴仙はさらに、湯気のたったタオルを取り出した。
「これは少しだけお湯で熱した布です。暖かいという感覚が無くなれば麻酔が効いたという事です。」
「はい。」
先生は、俺は頷くの見るや暖めた布を俺の腕に当てがる。
「少し暖かいです。」
「良し。」
先生は暖めた布を一度、腕から離す。
「ではもう一度。」
もう一度先生は、暖めた布を俺の腕に当てがった。
「もうあまり感じません。」
「ふむ。」
先生はまた暖めた布を腕から離し頷いた。
「では三度目。」
「何も感じなくなりました。」
俺はそう告げると暖めた布を鈴仙に返した。
「良し、麻酔は大丈夫そうね。今から腕を引っ張って骨を矯正するけど、痛みがあったら言ってね。」
「はい。」
怖くはないという風に俺は頷き答えるが、実は少し怖かったりもする。麻酔が本当に掛かっているか心配なのだ。
「行くわよ。えいっ!」
「……。」
先生は腕を引っ張り矯正し始めた。しかし心配していた痛みは全く訪れず、先生の医療技術により信頼を寄せるばかりであった。
「次はこっちに引っ張るわよ。えいっ!」
さらに先生は腕を引っ張り矯正した。だんだんと腕が正常な状態に戻されていく。
「後は、このくらいかな。ふん!」
先生はもう一見すればどこもおかしくないような腕にさらに矯正を加える。
「……よしちょうど良さそうね。優曇華、当て木を。」
「はい、師匠。」
先生が鈴仙にそう告げると、鈴仙はまたすばやくいつの間に持ってきて居たのだろうか当て木を先生に手渡した。
「よし、こんなところかしらね。それでは骨の状態をより詳細に調べますので、もう一度、透骨室に向かいましょうか。」
「分かりました。」
そうして俺は矯正治療の施された腕をまた透骨撮影して貰ったが、その骨の繋がり方はあまりにも綺麗でまた度肝を抜かれてしまうのであった。
* * *
その後、矯正を加えた俺の腕には問題がないと診断した先生は、さらに骨折修復促進剤という薬を腕に塗りこむと、今度はよりしっかりと当て木を腕にあてがって包帯を巻いた。ギプスまでしなくても大丈夫なのだそうだ。またそんなに時間が掛からないからまた此処に来るのも大変でしょうという配慮でもあるという。
完治までの期間は薬をしっかりと飲んでいれば早くて三日、長くても一週間なのだそうだ。恐るべし先生の医療技術。
そして俺は告げられた御代、5銭を支払ったのだが安いのか高いのか良く分からなかった。幻想郷の通貨は外界とは違いすぎてなかなかに理解できないのである。
とりあえず簡単に言うと1000厘=100銭=1円という状況だ。俺の全財産はこの間、外界から移動してくる際に持ってきた物を換金して50円。さらに紫さんからもらったお金100円。計150円という状況だ。それと照らし合わせるととんでもなく安いのだろうか。保険も何もないのに。
そんなこんなで治療を終えると、さきほど小さい兎妖怪と喧嘩していた魔理沙を待った。しかしいつになってもなぜかこちらに来ないので、首をかしげていると先生は先ほど居た座敷で待つことを進めてくれた。最初こそ遠慮したものの、やはり魔理沙が来ないところを見るとそれを有難く了承した。
俺は座敷に向かい、やがてそこにたどり着くと座敷の障子を開いた。やはり中には先ほどの和服女性、輝夜さんが居たが構わず入って行く。むしろこの人ともう少し話してみたいという気持ちもあったのかもしれない。
輝夜さんは相変わらず寝転がっていたが、眠っては居なかった。ただただ寝転がり庭園を眺めていた。
「どうも失礼しますよ。」
俺はそう断りを入れながらその人のそばにある、先ほどまで座っていた座布団に座り込んだ。
「おー、おかえり峯野君。永琳の治療はどうだった?」
俺が座布団に座り込むやいな、輝夜さんがそう俺に尋ねてきた。
「はい、本当に凄かったです、あの先生の治療は。」
俺はそう答える。
「そうでしょ、そうでしょ。永琳は天才だからね。」
すると輝夜さんはさぞ嬉しそうに表情を輝かせて告げた。
「そうですね。確かにあの人は天才かもしれません。」
俺は頷きそれに同意する。
「ふふん。此処にきた患者の人はみんな永琳に土下座をしながら帰っていくんだよ。」
輝夜さんはそうまるで自分のことのように鼻を高くした。
「げっ、不敬だったでしょうかね。」
俺は少し心配になり顔を悪くする。
「いやいや、此処に来る人たちは普通みんな命の危険がある人ばかりだったから。またそれくらいじゃないとみんなこんなところまでは来ないんだよ。」
輝夜さんはそう事の真相を教えてくれた。
「なるほど。」
俺はそれに納得し頷く。
「永琳の天才的技術で死の病をいとも簡単に治していくんだ。そりゃびっくりするよねみんな。」
「そうでしょうね。」
俺はまた頷いた。そして僅かではあるが互いに無言で有る時間が出来る。
「ねえ峯野君。」
やがて輝夜さんが先に口を開き、無言の時間の終わりを告げた。
「はいなんですか。」
俺はそれに応答する。
「君には結婚している人が?」
「居ません。」
急になんて事を聞いてくるのだろうか。この人は。そもそも俺はまだ20代だ。
いや待てよ……。20代になっているのに結婚相手も見つからないのは本当はおかしいのかもしれない。
「だろうねぇ……。」
「だろうねぇ……、って失礼なっ!?」
俺が少し心配になっていると、輝夜さんはそんなことを言ってきた。だが確かによくよく考えると俺は彼女を作ったことが無い。
「だって君は死ぬ心算だったんでしょう?」
だが突然輝夜さんは予想とは違う真面目な顔になりそう告げてきた。
「なっ!?」
俺はそれに驚愕し、思わず声を漏らす。輝夜さんの答えは予想の遥か斜め上を行くものだった。
この人は俺の心の内さえも読んでしまえるのだろうか。
「私には心は読めないよ~? でもこれだけ長い間生きていれば、その人の表情一つでいろいろと読み取ってしまえるようになるものさ。」
輝夜さんは微笑そう告げた。
「……。」
だが俺はどう反応して良いかわからずに無言になってしまう。この人はいったいどれほどの間、生きてきたのだろうか。
「ごめんね。いやな気持ちにさせてしまったかな。」
輝夜さんは配慮したのだろうか、そう話した。
「いや、そんなことは……。」
俺はそう言い首を横に振った。
「ふふふっ。嘘はいけないよ。」
だがやはり心を読まれているのだろうか、そう言われてしまう。
「ぐっ……。」
俺は遂、声を漏らしてしまった。
恐るべし年増。
「なんだとこら!」
しかしやはり心の内を読んだのだろうか、そう怒りの声を上げた。
「俺の心の何を読んだんですか!」
俺は輝夜さんにそう問うた。
「心は読めないけれども、顔が"恐るべし年増"って顔になった!」
輝夜さんはそう告げる。
「どんな顔だよっ!!」
俺はもう呆れてそう突っ込んだ。
「こんな顔。」
輝夜さんは少し顔の表情を変える。
「分かるか!」
俺はまたそう突っ込んだ。
「ははははっ!」
「はははははは……。」
輝夜さんは本気で笑っているようだが、俺からは乾いた笑いしか出せなかった。
本当、最初であったときから思っていたが不思議な人だ。
「はははっ! いやっ! 私はね……死ぬことが出来ないから、だから少しだけど死ぬということに興味が沸いたの。特に自殺を考える人にね。」
そう唐突に恐ろしい事実を輝夜さんは告げて来た。
「死ぬことが出来ない?」
俺はその言葉に先ほどまでの可笑しな話を忘れ、真面目な表情になる。
「そう。私はそういう身体をしているの。首を切られても死ねない、心臓を矢で射抜かれても死ねない、それに年も取れない。」
輝夜さんはさもあたりまえかのように俺にそう告げて来た。
「……。」
俺はなんと答えて言いか分からずに無言になる。
死ねない……か。
俺はその言葉だけが脳内で|反芻≪はんすう≫されていた。
「別に苦にしている訳ではないの。ただこれだけ長く生きている身としては、死というものにも必然と興味が沸いてね。」
「はい。」
俺はそう告げる輝夜さんの言葉にも一理有ると思い、頷いた。
確かに死ねない人間は死ねないでまた苦しさもあるのだと思う。
「絶対に出来ない事に憧れる。青春って感じがしない?」
「はぁ。」
輝夜さんは唐突にそんなことを告げて来た。
「う~ん、あまり芳しくない返事だなぁ。」
そう言い輝夜さんは首を傾げ表情を少し悪くする。
「私は死ねますから。」
俺はそう輝夜さんに告げた。
「おっ、言うねぇ。」
輝夜さんは面白かったのだろうか、微笑む。
「それに普通の人が"叶わない恋に憧れているんだ!" とかいっていたらそれは青春とかじゃなくてただの厨二病です。気違いです。」
俺は気を紛らわせたくて先ほどの話の補足を加える。