「それは私に対する当て付けかい……?」
輝夜さんはそういい、面白そうに首を傾げる。
「いや、"普通の人"がです。」
「私は普通じゃないってことかい……。」
「まあ、死ねない身体をしているのならば。」
「それもそうだね~。」
そう言い輝夜さんはまた微笑んだ。
輝夜さんは遅い周期で瞼をしぱたかせる。またその身に纏った雰囲気がなぜだか分からないが、どこか優しくやはり和風な女性の姿を思わせた。その様子だけはやはり綺麗なものであった。
「ところで君は死ぬ事が出来るのだよね。」
一時の静粛が訪れたかと思うと、また輝夜さんは口を開いた。彼女は何を思ってその様なことを聴いてくるのだろうか。俺にはまだ死ねない人の気持ちを理解するのには、程遠いようだ。
「そりゃ普通ですから。」
俺はそう答え少し微笑む。
「それじゃやろうと思えば自殺もする?」
「そうでしょうね。」
「ふ~ん。」
輝夜さんは頷き何かを考え込むかの様に瞼を閉じた。
「……。」
「率直に物を言って良いかな?」
やがて輝夜さんは瞼を開くと同時に口を開いた。
「どうぞ。」
「君には己を殺めることなんて出来ないよ。」
輝夜さんは俺を睨みつけるような目をする。
「馬鹿な。」
俺は輝夜さんから視線を外した。
俺にだって自殺位できる筈だ。
「嘘ではないよ。君は"頭が良い"からね。自殺の無意味さを本当は分かっている。」
輝夜さんはそう告げる。
「……。」
「死んでも楽になんてなれないって事をね。」
輝夜さんはそう告げ薄い笑みを描いた。
「っ……。」
死んでも楽になれない? 馬鹿な! そんな事を俺は考えていたのだろうか。過去、俺は戦地で大きな過ちを犯した。その罪を何時になっても忘れることが出来ず、俺の心は|蝕≪むしば≫まれていくあまりであった。この苦しい現実から逃げ出したい。いっそ死ねば楽になれるのだろうか。俺はそう考えていた筈だ。別に自殺の意味を考えた事など……。
「君は優しい人間だ。いつも自分のことではなくて他人のことばかり考えている。だから一つの戦を見てしまっただけで、どうも世界に絶望してしまったようだ。」
「なっ!?」
どこまでこの人は知っているのだ。もしかしたら俺が戦地で戦っていたことも感ずいているというのだろうか。馬鹿な、ありえない。もう此処まで来ると表情一つで読み取れるという話ではない。此れはもう心を読んでいるとしか思えない。
「君はまだ若く弱かった。だから動揺してしまったのだろう。頭を休めると良い。まだ君には出来ることが絶対にあるはずだ。」
「……。」
動揺? 頭を休める? そんな事、俺は十二分に分かっていたし、やっていたはずだ。しかも俺が優しいだと? そんな馬鹿な話があってたまるか。
「……俺がっ! 俺がっ! 優しい訳がっ!!」
俺はそう呟いた。だがその声には僅かであるが嗚咽が混じっている。
「俺はっ! 俺はっ!!」
沢山の人を見捨ててっ! そう叫ぼうとした刹那。
「人の為に死のうとする人間のことを優しいとは別の意味で言い表せるのであれば、私にそれを教えて欲しいものだね。」
輝夜さんにその声をさえぎられてしまう。
確かに俺は人の為に死ぬことも覚悟していた。だが実際、俺はこうして生きているんだ!
「俺は見捨……っ!」
「人間の力なんて天界から見たら実に弱いものだよ。人間から見れば蟻が食べ物を運んでいるようなそんな様子だ。」
天界? 輝夜さんは一体どこの人間だというのだろうか。さっきは自分のことを不死身だと言っていたが……。
「……。」
「しかし蟻は自身よりも重たいものを運ぶことが出来るくらいに力持ちだ。言い表すならば人間は蟻だよ。」
蟻……か。確かに天界から人間の行動を見下ろしていれば、そう見えても仕方がないだろうな。
「決して、一人の人間が世界に及ぼす力というものは非力なものではあるが、それでも二人分の影響力を出すことだって出来る。そんな感じかな。」
確かに輝夜さんの言う通りかもしれない。結局、この世界に及ぼす人間一人一人の力なぞ非力なものだ。しかしその一人は二人分の働きをすることもある。そういう所を見ると確かに蟻に似ている。
「君は確かに戦場で多くの人々を見捨てたかもしれない。しかし君ではなく別の人物が同じ立場であっても、何も出来やしないさ。一人の力ではね。」
この輝夜さんの言葉に不思議と怒りは覚えなかった。むしろ自身の中に渦巻いていたものが解消されていく気もした。
「君は兵士でもない癖に、まるで兵士のように命を掛けて戦った。その事実を知る人間は日本には居ないだろう。違うかい?」
「……。」
確かにその通りだ。俺の所属、というより助っ人のように参加した部隊は自衛隊の特殊部隊であった。もちろん俺がその部隊に参加したことも秘密であるし、その部隊のことも禁秘である。
「いや、どうもそうでないみたいだ。君が居た部隊の人間たちは確かに知っているだろうね。」
輝夜さんは微笑む。
「あんたは……。」
俺は輝夜さんの言葉に驚愕しながらも、言葉を紡ぐ。
「あんたは…………何者なんだ。」
俺はそう問うた。すると輝夜さんは思惟するかのように、首を傾げる。
「……死ねない|月人≪つきのひと≫とでも言おうかな。」
やがて輝夜さんは言葉を発した。
死ねない月人? 地球の人ではないということだろうか。そんな馬鹿な話があってたまるか。
「でもね、実のところを言うとね……。」
「紫さんでしょう。」
俺は輝夜さんの言葉を遮り、そう問うた。
「そうそう紫がね、あっ!」
輝夜さんは何かに気づいたように言葉を発し、目を丸くした。
「言っちゃった、でしょ?」
「そうそうそれそれ。」
輝夜さんはそう言いにっこりと笑った。
「……。」
「……。」
なぜか二人に一時の沈黙が流れる。
「どうしよう……。」
「どうしようじゃねぇ! 何考えてるんだ!!! 紫さああああああああああああああああああああああああああああんッ!!!!!!!!」
俺はそう叫ぶ。
もうあの人の行動は訳が分からない。胡散臭すぎる。
「……落ち着いた?」
一時経つと輝夜さんがそう俺に問うてきた。
「いや、まあ……。」
俺はそう適当に言葉を濁す。
まだ脳内は混乱を極めていたが、会話することには支障ないだろう。
「ごめんねぇ。実のところを言うといろいろと紫から協力を要請されていてねぇ。」
「はぁ……。」
協力を要請されている? また訳の分からない事を言い始めたぞこの人は。俺の脳内は混乱を極めるばかりじゃないか。
「まあ簡単に言えば子離れできていないなって感じなんだけれども。」
「そこまで言ったのかあああああああああああああああっ!」
不意すぎてまた思わず叫んでしまった。しかし子離れできないという事を輝夜さんが知っているということはつまり、紫さんと俺との親子関係を知っているということだ。
「でもなぜ私に言ったのでしょうね……、大して仲がいいわけでも無かったのに。ただ貴方のことを自慢したかっただけなのかしら。」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
何やってるのあの人は! 開いた口が塞がらないじゃないか!
「ま、つまる所はそういうことよ。」
「……さいですか。」
俺はそう言い、項垂れた。もう輝夜さんには何一つ逆らうことが出来そうもない。
「で、その話を聞いて謎の多い君にいろいろと興味が沸いた。」
「はぁ。」
じゃあ、会った最初の時から俺のことを知ってたんだろう。末恐ろしい。
「君の居た部隊は日本の部隊なんでしょ?」
「なんですかそれ。」
輝夜さんはそう唐突に訳の分からないことを聞いてくる。
「そんなとぼけずに。」
「いや言ってる意味が分かりません。」
俺は本当に分からないと首を振る。
だが心当たりは一つあった。だがまさかあのことを言っているわけじゃないだろう。
「無駄無駄。紫からちゃんと聞いてるんだから。」
「……。」
何を話したんだっ!! 紫さあああああああああああああああああああああああああああんッ!!!!
* * *
結局、輝夜さんの言っていた日本の部隊という話は、俺が助っ人参加した自衛隊の特殊部隊の話であった。俺はそのことに関して禁秘との命令を受けている為、絶対に喋らなかったが、輝夜さんはもうほとんど知っているような様子であった。例えば助っ人参加
した特殊部隊の名前は自衛隊の特殊作戦群だとか、またその際の隊長の名前を言い当てたりだとか、はたまたその部隊の任務を言い当てたりだとか。もう無茶苦茶、情報が流出しているようであった。紫さんは自衛隊を潰す気でもあるのだろうか……。
恐るべし紫さん……。
その後も一時輝夜さんと離していたが相変わらず魔理沙は来ず、ただただ平穏な会話が流れた。そしてやがて輝夜さんと俺が居る座敷に八意先生が入って来た。
「あら、まだ迎えは来て無かったの? おかしいわね。魔理沙は何処で道草を食っているのかしら。」
「まあ、此処まで遅いと何か緊急の用事が入ったとかかもしれませんね。もう少し待たせてくれませんか。」
俺は八意先生に軽く頭を下げて、そう頼んだ。
「えぇ、ぜんぜん構わないわよ。」
八意先生は全く問題ないというように、首を立てに振り認めた。
「お茶をお持ちしましたー。」
やがて座敷に鈴仙が3人分のお茶をお盆の上に載せて持ってきてくれた。
「ありがとう
「はい! あ、輝夜様、熱いかもしれませんので、お気をつけてください。」
「うむうむ、ご苦労~。」
「はい、峯野さんも。」
「ありがとう、鈴仙。」
鈴仙は俺を含めた3人にお茶を順に渡していくと、軽くをお辞儀をして座敷を出て行った。俺は鈴仙にもらったお茶を軽く啜ると口を開いた。
「しかし、此処は本当に風情があって楽しいですね。庭園も綺麗ですし、自然とは全くの無縁だった外来人の私からしてみれば天国みたいなところですよ。」
「そうねぇ、今の外界は自然が少なくなったと聞くし。そんな人から見てみれば確かに此処は天国かもしれないわ。」
「そうですよ。本当に此処は天国です。」
俺は八意先生の言葉に同意すると頷いた。
「だけど私はここに住みすぎてもう飽きたわー。」
しかし輝夜さんは残念そうに言葉を吐露した。
「何を言っているんですか、外界ではこんなところ滅多に無いというのに。」
こんな贅沢な所が他にあるとでも言うのだろうか。
「それは外界での話でしょう?
「それは……確かに。」
「でしょう? 日頃から当たり前のように見ている風景は誰でも飽きるものよ。」
輝夜さんはそう話を締めると、お茶を啜った。
確かに日頃から当たり前のように見ている風景は、誰だって飽きが来そうなものだ。
「……では……輝夜さんは外界を見てみたいとは思いますか?」
俺はそうか細い声で輝夜に問うた。