第一帖
この"作中祝詞衍義之巻は作中に出てくる神道の祝詞を紹介、開設していくものであります。
祝詞は現在この作品に多数登場してきており、その祝詞の解説があれば尚良いと考え、この巻を解説するに至りました。
※随時更新して行きます。
第二帖
祝詞とは神道で呼ばれる言わば"呪文"のような物です。しかし誤解を防ぎますが、祝詞は呪文ではありません。つまり呪文のように見えますが、実は呪文ではないのです。
まず神道とは神様に感謝することを一番の目的とする宗教です。山、川、滝、海、火等の自然や自然現象を畏れ敬い、昔は神様に恐怖しながらも感謝して来ました。その日本固有の文化を形にしたのがこの神道です。その起源はとても古く、縄文時代から弥生時代にその原型が形成されたと考えられているそうです。
さてでは本題の祝詞とは一体なんでしょうか。それは神様に対する感謝の言葉、そして祓えの言葉です。そしてこれを奏上することにより自身の身や、天、地を祓い清めてもらう。これを禊祓と呼びます。
何を祓い清めてもらうのか。それは人間が持っている"罪や穢《けがれ》"です。罪とは、穢とは何か。一部の祝詞で解説されていますので、これを用いて解説しましょう。
※※※注意※※※
以下古語の為、ルビは歴史的仮名遣いです。
『罪』とは。
まずは"天津罪"
「大祓詞(中臣祓)」 抜粋 (大正三年に制定された物ではなく完全なる原文)
天津罪と 畦放 溝埋 樋放 頻蒔 串刺 生剥 逆剥 屎戸許々太久の罪を……
はい。怖そうなことを沢山言っていますね。一つ一つ解説します。
・畦放 田に張っている水を、畦を壊して放出させる。
・溝埋 今で言われる水路を埋めて、水を引けなくする。
・樋放 水を引くための水管を壊して、水を引けなくする。
・頻蒔 他人が種をまいたところにまた種をまくことにより成長を妨害する。
・串刺 様々な説がある。
・生剥 馬の皮を行きながら剥ぐこと。他説あり。
・逆剥 馬の皮を尻の方から剥いだりすること。他説あり。
・屎戸 起源は天照大御神が神殿に脱糞したことが起源だとされる。すなわち神事の場を汚物で汚すこと。
結論を説明いたしますと。天津罪とは農耕を妨害する行為が罪とされています。
次に"国津罪"
国津罪と 生膚断死膚断。白人胡久美。己が母犯せる罪。己が子犯せる罪。母と子と犯せる罪。子と母と犯せる罪畜犯せる罪。昆虫の災ひ。高つ神の災ひ。高つ鳥の災ひ。畜仆し。蟲物為罪許々太久の罪出でむ……
こちらも一つ一つ解説します。
・生膚断 生きている人間の肌に傷を付けること。
・死膚断 死んでいる人間の肌に傷を付けること。他説あり
・白人 肌の色が白くなる病気
・胡久美 背中に大きなこぶが出来ること。
・己が母犯せる罪 近親相姦
・己が子犯せる罪 〃
・母と子と犯せる罪 〃
・子と母と犯せる罪 〃
・畜犯せる罪 獣姦
・昆虫の災ひ 毒虫による災難
・高つ神の災ひ 天災
・高つ鳥の災ひ 猛禽類の災難
・畜仆し 家畜を殺しその屍で人を呪おうとすること。
結論を説明いたしますと、国津罪とは他人に障害や近親相姦、獣姦、他人を呪詛の類で呪おうとする行為を罪としています。
これが神道で呼ばれる"罪"と考えられています。つまり農耕を妨害する行為、そしてその他、人間が生きていく中で罪と呼ばれるもの全てです。
他にも、獣を犯したり、自分の子や母を犯したりする行為。これを"罪"としています。
『穢』とは。
この"けがれ"は"よごれ"と読むともされています。つまり人間が行う上で汚いと思われるもの全てです。特にこの"穢"は精神面や心理面においての汚い物を表すとされます。それは人間が汚いと思う考え方、全てであります。
また生き物の死も穢れとされています。皆様は忌中という言葉を聞いたことはないでしょうか。忌中とは仏教で言われる喪中と似たものです。身内の方がお亡くなりになられた場合、その人の穢れを多く受けます。だから忌中は穢れを多く持っているため神社に行ってはならないわけです。他にも神棚に紙を置いて穢れを出来る限り受けないようにする等の行為も存在します。また忌中は先ほども言ったように神社に参ってはならぬと良く言われますが、他にも大切な行事や、式典、他人にもあまり接してはならぬとされています。最近はあまり言われなくなっているみたいですが。
つまり"罪や穢"とは人間がこの世界に生きていく上での罪と呼ばれる行為全て。そして心身のあらゆる"よごれ"のことを指すとされています。
第三帖
準備中
第四帖
作中に登場する祝詞の解説。
※以下に登場する祝詞は歴史的仮名遣いを用いているものがあります。ご注意下さい。例、ひ=い。
「天津祝詞」
"*第参章* 「始まりを告げる夢」 第一節" にて峯野威が"奏上《そうじょう》したものです。
ですがこの祝詞、作中でも威が触れたように"GHQ"に一切の接触を禁止されてしまいました。私はこれをある筋から頂いていますが、危険なため紹介するのは控えます。解説のみ行うこととします。(ネットのどこかで実は流出してしまっています……。)
天津祝詞とは言わば神様に対する"挨拶"そして、これから神事を執り行うので我身を清めて下さいという意味があるとされています。
また天津祝詞はさきほども言ったように"GHQ"に接触を禁止され、その問題となる文を省いた上で下記にて紹介します、身禊大祓に変化しました。現在、神道ではこれを天津祝詞の代わりに用いています。
余談ですが、これが大祓詞の太祝詞事ではないかという節もあります。ですが私は日月神示、水の巻、第二帖か、十言神呪が太祝詞事ではないかと考えております。何の話だよと思われるかも知れませんが、分かる人には分かる話でしょう。
* * *
「身禊大祓」
これが天津祝詞からGHQが改変した祝詞です。現在、神道ではこれを天津祝詞の代わりに用いています。
※作中には出てきておりませんが、基本中の基本ですので紹介致します。
高天原に神留座す。神魯伎神魯美の詔以て。皇御祖神伊邪那岐大神。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生座る祓戸の大神達。諸々の枉事罪穢れを拂ひ賜へ清め賜へと申す事の由を天津神国津神。八百萬の神達共に聞食せと恐み恐み申す
神官が神事を行う前に奏上する物です。従って神官が公の場でこれを唱えることはあまりありません。そもそも神官は公の場に出る前にこれを唱えて自身の身を清めて来るのです。
私的には天津祝詞か身禊祝詞を神様の前で奏上し、自身の身を清めてからでないと神事の結界の中に足を踏み入れてはならないと考えています。
まとめれば、身禊大祓は自身の身を清めてもらうための祝詞です。
因みに神事で必ず行われる一番最初の儀式。修祓の儀。ここでは祓詞が用いられます。これは下記にて紹介します。
* * *
「祓詞」
※作中には出てきておりませんが、基本中の基本ですので紹介致します。
掛けまくも畏き伊邪那岐《いざなぎ》の大神。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原《あわぎはら》に禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓へ戸の大神たち。諸々の禍事罪穢れあらむをば祓へ給ひ清め給へと白すことを聞こし召せと恐み恐みも白す。
神事において必ず最初に行われる修祓の儀。その際、一番最初に読み上げるのがこの"祓詞"《はらひのことば》です。多分、沢山の方々が一番訊く祝詞なのではないかと思います。
* * *
「大祓詞」 大正三年 内務省選定 (中臣祓の事)
※作中には出てきておりませんが、基本中の基本ですので紹介致します。
※ルビに問題が発生しました。今しばらくお待ち下さい……。
高天原に神留まり坐す。皇が親神漏岐神漏美の命以て八百万神等を。神集へに集へ給ひ。神議りに議り給ひて。我が皇御孫命は。豊葦原瑞穂国を安国と平けく知食せと事依さし奉りき。此く依さし奉りし。国中に。荒振神等をば神問はしに問はし給ひ。神掃へに掃へ給ひて。語問ひし磐根樹根立草の片葉をも語止めて。天の磐座放ち天の八重雲を伊頭の千別に千別て。天降し依さし奉りき。此く依さし奉りし。四方の国中と。大倭日高見の国を。安国と定め奉りて下津磐根に宮柱太敷き立て。高天原に千木高知りて皇御孫命の瑞の御殿仕へ奉りて天の御蔭日の御蔭と隠り坐して安国と平けく知食さむ国中に成り出む。天の益人等が過犯しけむ。種々の罪事は天津罪国津罪許許太久の罪出む此く出ば。天津宮事以ちて天津金木を本打ち切り末打ち断ちて。千座の置座に置足はして天津菅麻を本刈り断ち末刈り切りて八針に取裂きて天津祝詞の太祝詞事を宣《の》れ。此く宣らば。天津神は。天の磐戸を押披きて天の八重雲を。伊頭の千別に。千別て。聞食さむ国津神は。高山の末低山の末に登り坐て。高山の伊褒理低山の伊褒理を掻き別けて。聞食さむ。此く聞食しては。罪と言ふ罪は在らじと科戸の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く。朝の御霧。夕の御霧を。朝風夕風の吹き掃ふ事の如く大津辺に居る大船を。舳解き放ち。艪解き放ちて。大海原に押し放つ事の如く彼方の繁木が本を。焼鎌の利鎌以て打ち掃ふ事の如く遺る罪は在らじと。祓へ給ひ清め給ふ事を。高山の末。低山の末すえより。佐久那太理に落ち多岐つ。早川の瀬に坐す。瀬織津比売と伝ふ神。大海原に持出でなむ。此く持ち出で往なば荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百曾に坐《》ますす。速開都比売と伝ふ神。持ち加加呑みてむ。此く加加呑みては気吹戸に坐す気吹戸主と伝ふ神。根国底国に気吹放ちてむ。此く気吹放ちては根国底国に坐す。速佐須良比売と伝ふ神。持ち佐須良比失ひてむ此く佐須良比失ひては。今日より始めて罪と伝ふ罪は在らじと。今日の夕日の降の大祓に祓へ給ひ清め給ふ事を諸々聞食せと宣る
私が知っている祝詞の中で一番長い物です。しかしながら長いだけに非常に効果が高いとされ、現在の神道の祝詞の中で一番の基本と考えてもいいでしょう。
逸話 この大祓詞は中臣祓とも呼ばれます。これはその昔、中臣氏が大勢の人の前でこの祝詞を宣ったしたことから由来します。その証拠としてこの大祓詞には2回「宣」という言葉が出てきます。一つは「宣れ」一つは「宣る」実際の神事においてはよく「宣~る~。」とか「宣~れ~。」と伸ばして奏上しますが、これが中臣氏が昔、これを沢山の人の前で宣言した物であることの証拠です。つまりこの祝詞は元々、祝詞ではなかったということです。
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「最要祓」
"*第参章* 「始まりを告げる夢」 第三節" にて峯野威が用いる。
|高天原に神留座す皇親神漏岐神漏美の命を以て天津祝詞の事を宣れ如此宣らば罪と云罪咎と云咎は不在物をと祓賜ひ清賜と申す事の由を諸の神等左男鹿の八の御耳を振立て聞食と申す
"最要祓"とは上記で記した"大祓詞"の要点を掻い摘んで作られたものです。その昔、あまりにも"大祓詞"が長すぎたため、何度も何度も奏上できるように"最要祓"が作られたのだそうです。私的には特例や緊急でない限り"大祓詞"を奏上しなければ駄目だと考えています。
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