「そうねぇ。確かに見てみたいけど……技術は月とさして変わらないのでしょう?」
「へ?」
俺は輝夜さんの言っている言葉の意味が理解出来ずに思わず素っ頓狂《すっとんきょう》な声を出してしまう。
技術は月とさして変わらない。まるで月に何かしらの技術があり、またそこにこれまで住んでいたような言い方だ。ますます輝夜さんの正体が分からなくなってくる。
「いや、君に言っても分かる筈ないよね。忘れて。」
輝夜さんはそう言い視線を外すと、右手を軽く挙げ振った。
「…………それは、輝夜さんが月人だと言った事となにか関係が?」
俺は疑問に思いそう輝夜さんに問うた。
「なきにしもあらず、とでも言っておこうかな?」
「そうですか。」
輝夜さんは多くを語る心算は無いらしい。これ以上、何かを問うても無駄だと思った俺は口を
「輝夜、今更かもしれないけど、あまりその事を口外するのは止めなさい。」
八意先生はそう言い輝夜さんに軽い咎めを入れた。
「そうねー。」
輝夜さんは面白くなさそうに言葉を返し表情を曇らせる。
「峯野君?」
突然、輝夜さんから名前を呼ばれた。
「はい、なんですか?」
俺はそれに応え、輝夜さんに再度視線を送る。
「君はもう此処には来ないのかい?」
輝夜さんは首を傾げながらそう俺に問うて来た。
「まぁ、此処はただでさえ遠い所で、魔理沙や霊夢の力を借りなければ来れませんから。幸いにももう来なくても大丈夫と先生に言われたので、また新たに怪我するまでは来ないと思います。」
「そう……。」
輝夜さんは何故か残念そうに頭を垂らした。美しい前髪も一緒に垂れると、輝夜さんの表情を隠してしまう。そして一時経ったかと思うと俯いたままの輝夜さんが急に何かを口に呟き始めた。
「かぐや姫の
へ』と言ふ。」
「へ? かぐや姫のいわく? 突然どうしたんですか?」
俺は訳が分からずに驚いて輝夜さんを凝視した。しかし肝心の表情や口の動きなどは髪に隠れて見えなかった。
「ふふふっ。…………ねぇ、峯野君?」
「はい。」
輝夜さんは俺の名前を呼ぶと顔を上げて前髪を軽く払う。改めて見た輝夜さんの表情は曇りも無く微笑んでいた。
「君は……私が見たいと思うものを……見せに来てはくれないかい?」
「なっ、輝夜!!」
輝夜さんがそう言うと突然、八意先生が声を張り上げた。俺は何事かと八意先生を見つめるが、先生はそれ以上、口を開かない。輝夜さんもまた口を開かずに俺を見たままで、八意先生は輝夜さんを驚愕の眼差しで見ている。
「えっ? それはどういう。」
訳の分からない俺はそう輝夜さんに問うた。
「輝夜様!! お止めください!!」
だが八意先生はまるで輝夜さんに考えを改めて欲しいと言うかのように急に態度を変えた。俺はさらに訳が分からなくなり体が凍りついた。
「どうなの? 峯野君。」
だが輝夜さんはまるでそんな事などお構い無しかのように、俺の回答を急かした。しかし俺には輝夜さんの言葉の真意が理解出来ない。まともな回答など不可能だ。
「えっ、そりゃ、此処でこうして出会えた事もきっと何かの縁なのでしょうし。私に出来るものであれば持って来て見せることも考えますよ。」
俺はそう無難とも呼べる返事を返した。我ながら少し素っ気無い。しかしこれ以外の言葉など思いつかなかった。
「そう……。それが……私の告白に対する答えということでいいのかな?」
「へ? 告白っ!?」
俺は遂に訳が分からなくなり、思わす声を上げてしまう。輝夜さんは一体何を考えているのか。
「あれ……? もしかして気づいていないのっ……!? まさかっ! 君の鈍感さにもまたたまげたものだねっ! はははははははっ!」
「……。」
輝夜さんは笑った。俺は訳が分からずに首を傾げ、八意先生はなにか思う所があるのか両手を膝の上で固く握り締め、肩を震わせている。
「ははははっ! いやっ! これはまた恥ずかしい思いをしてしまった!」
「はぁ。」
輝夜さんは笑う。俺はやはり意味も分からずに言葉を漏らして首を傾げ、八意先生は肩を震わせ続けている。
「君は竹取物語を知らないのかい?」
「竹取の翁という者ありけり……って続く話ですよね。」
もちろん知っている。といっても学校で有る程度習っただけのものであり、詳しい訳ではない。知っているのは前半の「竹取の翁という者ありけり、野山に混じりて竹を取りつつ万のことに使いけり」で続く部分だけで本当に教科書に載っているだけの部分しか知らない。
「そうそう、それでかぐや姫は求婚してきた連中に無理難題を押し付けてそれを断るでしょう?」
「はい。」
確かにその通りだ。かぐや姫は求婚してきた三人の男達にこの世に存在するのかも分からない、摩訶不思議な物を取って見せに来てくれればその人と結婚すると言った。
「あの話。実話なんだよ。」
「……。」
今、この人はなんと言ったか。まさかかぐや姫は"実話"だと言わなかったか?
「私、輝夜姫。物語では平仮名でかぐや姫。分かる?」
「あっ……!」
俺は声を上げて、信じがたい事実に気づいてしまう。
何故俺は気がつかなかったのか! この人の名前はあのかぐや姫と文字こそ違えど同じ名前では無いか! しかも家の周りにはこれでもかというように竹林が生殖している。
俺が驚愕の眼差しを輝夜さんに向けると、輝夜さんは頷き口を開いた。
「そう、私があのかぐや姫。そして実はあの時、月に帰りたがらない私を見かねて永琳がその月の使者たちを……。」
「輝夜様!!」
これ以上言ってはならぬと感じたのか、これまで肩を震わせつつも黙っていた八意先生が口を開いて声を張り上げ輝夜さんの話を遮った。輝夜さんは八意先生の方に目を向けると分かったというように軽く頷く。そして話の途中であるにも関わらずその言葉を切った。
「そうだね。この話は君と私が"物の始め"でも始めた時にしてあげようか。」
輝夜さんは俺の方に向き直るとそう言った。しかし俺にはその言葉の意味が理解できない。
「"物の始め"?」
物の始めとは、何の物の始めであるのか。俺にはさっぱり意味が理解出来ない。
「そう。じゃあこの話は閑話休題《かんわきゅうだい》にして、君には私からの最初の質問の答えを変えて欲しい。」
そう言うと輝夜さんは軽く微笑んで首を傾げた。
「さ、最初の質問?」
俺はまた訳が分からなくなり言葉を詰まらせる。
俺はこの人が本物のかぐや姫であるかどうか考えあぐねていた為に、最初の質問がどういう質問であったかを思い出せなくなってしまったのだ。
「そう。君は……私が見たいと思うものを見せに来てはくれないかい? という質問の答え。」
「あ! し、しかしそう言われても……。」
俺はそう言葉を濁した。私が見たいと思うものを見せに来て欲しいという問いに一体どんな真意があるのか。俺は頭を捻り考えを振り絞ろうとする。
しかし結局何も思いつかず、時間だけが過ぎて行った。
「ははははははっ! そうかそうか! 君はそこまでも鈍感なのか!」
突然輝夜さんが笑い始めてそう告げた。
「分かったよ威《あきら》君。この件はもう忘れてちょうだい。君を攻めるには少し策が必要なようだからね。」
「はぁ。」
輝夜さんはそういうと俺を見たまま笑った。俺はそれに苦笑いで返す。
結局、輝夜さんの問いの真意は分からないままであった。俺は項垂れて輝夜さんから視線を外す。
「峯野君、君は今どこに暮らしているのかな?」
輝夜さんは微笑みながらそう俺に問うて来た。
「私は今、博麗神社に居候させて貰ってます。」
俺はそう輝夜さんの問いに返す。
「博麗神社……霊夢か……。」
輝夜さんはそう呟くと、思惟するように首を傾げて手を口に当てた。
「分かったよ。じゃあ"お手紙"書くから。」
唐突に輝夜さんはそう言い始めた。
しかしどうして手紙を書くことになるのだろうか。
「え? あぁ、はい。」
俺はよく意味も分からずにそう返した。
「良かったらお返事も書いてね。」
「はい、書きます。」
輝夜さんは俺の言葉を聞くと嬉しそうに笑った。
手紙を書くことにどういう意味が有るというのか。輝夜さんの思惑が分からない俺は、口を開く。
「しかし、どうして手紙を?」
「だって君はもう此処には来ないんでしょ?」
「まあ、今の所は。」
「その間、私が寂しいじゃない。」
「へ?」
また俺は素っ頓狂な声を上げた。
何故、俺が居ないと輝夜さんは寂しくなるのであろうか。会って少ししか経っていない俺にそこまでの価値があるというのか。仮にも"かぐや姫"なんだろう?
「じゃあ、そういう事で。私は退席させてもらおうかな。」
そう言って輝夜さんは座布団から立ち上がる。そのまま座敷の外まで歩いていくと、障子を開けて廊下へ出て行った。だが完全に障子が閉まりきる前、こちらに少し視線を向けたと思うと少し嬉しそうな表情を見せた。そして障子が完全に閉まり輝夜さんの体を隠した。
「輝夜様……。」
八意先生が輝夜さんの名前を心配するかのように呟いた。
「……峯野君、貴方は輝夜に何をしたんですか?」
突然、八意先生に俺はそう問われた。
「私は……ただお遊びに付き合わされただけですよ。」
「……。」
八意先生は眉を顰めた。だが俺にも輝夜さんの思惑は理解出来ない。俺も軽く首を傾げて頭を捻るばかりであった。
「ごめーん! 威っ! 珍しい茸を見つけて取ってたらえらく遅れたぜ!」
「……。」
「……。」
突然、魔理沙が遅い遅いお迎えに上がってきた。座敷の外にある美しく綺麗な庭園に僅かな風を起こし木々を軽く揺らして、魔理沙は箒から地面へ降り立った。そしてその箒を右手に取ると八意先生と俺を見据えた。そして口を開く。
「なんだよこの空気。」
俺達が無反応な所に違和感を覚えたのか、魔理沙が第一声にそう問うて来た。無理も無いだろう。八意先生は満身創痍な表情をしており、俺は意味も分からずに眉を顰めていたのだから。
「……遅いわよ、魔理沙。」
八意先生が始めに口を開いた。
「へ? そりゃ悪かったが、なぜに永琳が?」
魔理沙は俺ではなく、八意先生に毒づかれたことに違和感を覚えたのだろう。魔理沙まで首を傾げ始めた。
「はぁ……。二人ともさっさと帰りなさい。」
八意先生はため息をついてそう言った。
「何したんだよ威。」
魔理沙が俺にそう問うて来た。
「いや……俺にも分からん。」
俺は首を傾げながらそう返すと、魔理沙も眉を潜めて腕を組んだ。
結局その後、八意先生は三度も溜息を吐き、魔理沙はそれを見て相当の事があったんだろうと予測していた。しかし俺達がこれ以上この件に関わるのは余計なお世話だ。俺は八意先生に感謝と謝罪を入れると、魔理沙と共に魔法の箒に跨ってそそくさと退散した。
* * *
「結局なんだったんだよ。」
永遠亭を出た魔理沙と俺は帰路につく為、魔法の箒に乗って飛翔していた。魔理沙にしては珍しく安全な運転を行っている。
「いや、俺にもよく分からないんだって。」
俺は首を横に振りつつ、魔理沙の二度目の問いに答えた。
「ふぅ~ん。……所で腕はもうそれで大丈夫なのか?」
魔理沙はまるで頭の中に出来たわだかまりを振り払うかのように、話の流れを百八十度変えてそう問うてきた。
「あぁ、不思議なもので八意先生から貰った飲み薬を飲んでおけば一週間以内に完治するらしい。」
俺がそう答えると魔理沙は凄いと言わんばかりに首を大きく縦に振った。
「流石、
魔理沙はそういうと視線を前に向けた。