―東方撞賢木― 『巫女と男の運命』   作:Veruhu

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"第九節"

 

 それ以降、俺達の間には一時の無言の時間が訪れた。俺は流れる景色を楽しみながら身体に当たる風を感じて、優雅なひとときを過ごす。

 

 

「なぁ……、威の名前は"峯野 威(みねの あきら)"で間違い無いんだよな?」

 

 

 魔理沙は突然、口を開くと何故か神妙そうに俺の名前を尋ねてきた。

 

 

「あぁ、間違いない。」

 

 

 特に間違いがあるわけではないので、俺はそう返した。魔理沙は少し間を置くと再度、口を開いた。

 

 

「じゃあ、"霧雨 魔理沙(きりさめ まりさ)"という名前を憶えていないか?」

 

「霧雨 魔理沙?」

 

「うん。」

 

 

 魔理沙はそう言い頷いた。

 

 

「そうだなぁ~。」

 

 

 俺はそう呟きながら頭を捻らせる。

 

 霧雨 魔理沙か……。どこかで聞いたことがあるような気もするが……、分からない。霧雨、霧雨……。

 

 

 その刹那、一瞬ではあるが今魔理沙がかぶっている魔法使いの帽子と、同じような帽子をかぶった女の子の像が浮かび上がった。

 

 誰だ? この女の子は。

 

 俺は必死に思考を巡らせた。しかし結局何も思い出せぬまま、次第にその像も消えて無くなってしまい、遂に思い出せなくなってしまった。

 

 

 なんだ今の女の子は。魔理沙と何か関係があるのか?

 

 …………くそっ、分からない。勘違いか?

 

 

「……悪いが想いだせない。」

 

 

 俺はやがて口を開くとそう答えた。

 

 

「そうか……。」

 

 

 魔理沙は呟くと残念そうに(こうべ)を垂らす。

 

 その様子はさながら夢が潰えてしまった子供のようにも見え誠に可哀想であったが、結局俺は霧雨 魔理沙の記憶を想起する事は叶わなかった。

 

 

「……威は幻想郷で一体どうやって生きて行く心算だ?」

 

 

 一時すると魔理沙は話を変え、項垂れた頭を上げるとそう問うてきた。俺は一時の間、言葉を探る。

 

 

「正直、分からない。でも博麗神社に居たときも言ったように一応神社に居候できるようになったんだ。生きて行くだけなら多分なんとかなると思う。」

 

 

 俺がそう答えると魔理沙は頷く。

 

 

「へぇ。……じゃあどうして幻想郷に来たんだ?」

 

「紫さんが俺は幻想郷に必要だと言ったんだ。俺が此処で何をすれば良いのかはまだよく分からないけど、俺の命がまだ必要とされているのであればまた此処で生きて行きたい。」

 

「……。」

 

 

 魔理沙は俺の言葉を聞くと沈黙した。もしかしたら馬鹿じゃないのかと、思われているのかもしれない。

 

 

「おかしいか?」

 

 

 俺がそう聞くと魔理沙は途端に激しく首を横に振った。

 

 

「違う! そんなことはない。ただ別の事を考えてたから。」

 

 

 魔理沙は俺の方をちらっと一瞥したが、直ぐに目を逸らす。その時、一瞬だけ見えた魔理沙の顔は、まるで今にも泣き出しそうな悲しい表情をしていた。

 

 

「そうか。」

 

 

 俺もあまりみだりに触れないほうが良いだろうと思って、短い返事を返すだけにした。

 

 そしてまた俺達の間に沈黙が訪れる。

 

 俺は魔理沙が心配になり、時々その後ろ姿を眺めていた。すると時折、何故か腕で顔を(しきり)に擦る様子が見受けられた。

 もしかしたらこの時、魔理沙は泣いていたのかもしれない。しかし霧雨 魔理沙の記憶を想い出す事の出来ない俺はどう慰めれば良いのかも分からず、ただただその様子を悲痛に眺め目を逸らすだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたよ、威。」

 

「あ、あぁ……。」

 

 

 やがて俺達は神社の上空までたどり着いていた。俺達を乗せた魔法の箒はゆっくりと神社の境内に降りると、脚が着く程度の高さで止まった。俺と魔理沙が箒から降りると、それは引き寄せられるかのように魔理沙の手の内に収まった。

 

 俺は再度、魔理沙の顔を確認する。顔は涙で濡れている訳でも、涙で目が腫れている訳でも無かったが、腕でしきりに顔を擦ったためか目の辺が赤らんでいた。もしかしたらこの赤みには目の腫れも混ざっているかも知れない。そう俺が思い胸を痛ませていると突然声が掛かった。

 

 

「お帰りなさい。峯野さん、魔理沙。」

 

 

 神社の中にいた霊夢が居間から出て来ると、そう俺達に声を掛けつつこちらへ近づいて来る。

 

 

「ただいま、霊夢。」

 

「ただいま。」

 

 

 俺と魔理沙はそう言葉を返した。

 

 

「腕はどうでした?」

 

 

 霊夢は近づいてくると俺にそう聞いてきた。

 

 

「完全にぽっきりいってるらしい。ただ八意先生からもらった飲み薬を飲んでいれば、一週間以内には完治するみたいだ。」

 

 

 俺がそう答えると霊夢は驚いたように目を丸くした。

 

 

「流石ですね。」

 

「そうだな。」

 

 

 霊夢は頻に頷いて感心していた。

 

 

「ところで峯野さん、アレはどうしたんですか?」

 

 

 霊夢が小声で俺を呼び、目で魔理沙を一瞥した。アレとは魔理沙の事を指しているだろう。

 

 

「いや、ちょっとな……」

 

「ま、まさか何か変な事を……。」

 

 

 突然、霊夢が俺に疑いの眼差しを向けてきた。

 

 

「えっ! してない! してない! してないよ!」

 

「そうですか……。」

 

 

 俺が必死に弁解すると、霊夢は了解したのか頷く。

 

 

「魔理沙、壊した障子の代わりは有る?」

 

 

 霊夢が突然、魔理沙にそう尋ねた。

 

 壊した障子とは多分、魔理沙が魔法の箒を呼びつけた際に壊してしまった障子のことだろう。

 

 

「あるよ。」

 

 

 元気を無くした魔理沙はそう答える。いつもなら此処は「あるぜ!」とでも言いそうなものであるが、やはりその気力は失われているらしい。

 

 

「あれが無いと家中風が入って冷えきってしまうの。悪いんだけど今取りに行ってくれない?」

 

 

 霊夢がそう説明すると、魔理沙は頷く。

 

 

「分かった。」

 

 

 魔理沙は少しも迷う事無く一言で了承すると、また魔法の箒に跨って飛んでいってしまった。

 

 

「……冷たいんじゃないか?」

 

 

 俺がそう霊夢に問うと、霊夢は首を横に振った。

 

 

「魔理沙はああいう時、一人にさせてあげたほうが良いんですよ。それに私が何を聞いても峯野さんが居る限り、魔理沙は本音を口に出来ないでしょうからね。」

 

「そういうものか。」

 

「そういうものですよ。」

 

 

 霊夢は力強く頷いた。 

 

 

「じゃあ外に居るのもなんですから中に入りませんか? お茶を出しますよ。」

 

 

 霊夢は(きびす)を返すと俺にそう問うて来た。

 

 

「ありがとう。入るよ。」

 

 

 俺は有難く霊夢の厚意に甘えることにする。

 

 

「じゃあ、居間で待っていてください。」

 

「分かった。」

 

 

 俺も神社の方へ踵を返すと霊夢と共に歩き始めた。居間に上がると霊夢と別れ、そこに有る円卓の周りに座って霊夢を待った。

 

 

「はい、どうぞ峯野さん。」

 

「有難う、霊夢。」

 

 

 やがて霊夢は両手に一つずつ、お茶の入った湯のみを持ってきた。その二つを卓に置き一つを俺に差し出す。俺は有難く頂戴すると、最初の一口を熱に注意しつつ啜った。

 

 

「峯野さんは、どんな治療を受けて来たんですか?」

 

 

 俺が一口啜り終わると霊夢が俺にそう尋ねて来た。

 

 

「そうだな。取り敢えず腕に麻酔を施して、後は力で矯正したって感じだったな。」

 

「なるほど。」

 

 

 俺がそう簡単に説明すると、霊夢は首を縦に振る。

 

 

「まぁ、完治するまで、一週間もかからないそうだから、凄いもんだよ。」

 

「ですね。」

 

 

 霊夢はまた素直に首を縦に振る。そしてまた互いにお茶を啜った。

 

 

「……ところでなんだが霊夢。」

 

 

 俺は真面目な話を切り出すかのように、霊夢へ話掛ける。

 

 

「はい。」

 

「昨日のことは、何か思い出せたか?」

 

 

 俺がそう問うと、霊夢は何か言いにくそうな表情を見せた。

 

 

「……全く……ですね。」

 

 

 やがて霊夢が残念そうに呟く。

 

 

「凄い戦いがあったような気がするんですが、別にこれとって何か思い出せた訳でも無く。」

 

「そうか……。」

 

 

 俺も難儀だと首を傾げた。

 

 

「――――――熊埜御堂 直彦(くまのみどう なおひこ)。」

 

「うわっ!」

 

 

 突然、真後ろから女の声が聞こえてきた。俺は驚き思わず声を上げる。その声は実に幽霊を思わせるくらい、気配のない状態から突然聞こえてきた。

 

 

「この名前に心当りは有るかしら?」

 

 

 後ろを振り向くと、赤色の空間から不気味にこちらを覗いてくる多量の目が見えた。さらに振り返るとその赤色のスキマから、上半身だけ這い出している紫さんの姿が見えた。

 

 

「……いや、何当たり前みたいにこの会話に参加してきてるんですか!」

 

 

 俺はそれを見て落ち着くと共に、紫さんの質問など無視して軽く怒鳴る。

 

 

「あら、駄目だったかしら?」

 

「駄目に決まってますよ!」

 

 

 俺はそう声を上げると、紫さんは肩を竦める。

 

 

「じゃあどうすればいいのよ。」

 

「驚かさないように入ってきてください! ほらそこの縁側から上がってくるとか。」

 

 

 俺は縁側を指差す。

 

 

「そんな面倒なことやってられないわよ。折角スキマが有るんだから此処まで行きたいし。」

 

「じゃあせめて驚かさないように配慮を……。」

 

「いいじゃない、減るものも無いんだし。」

 

「びっくりし過ぎてこっちの寿命が減りましたよ!」

 

「まっ、それは大変だわ。ただでさえ人間の寿命は短いというのに。」

 

「そりゃ、紫さんの寿命に比べれば人間の寿命なんて虫の息のようなものでしょうけど!」

 

 

 俺はそう言うと一つ気になる点を思いついた。俺は紫さんに問おうと思ったが霊夢に聞かれてはまずいと、紫さんの耳元に顔を近づける。

 

 

「俺は本当に人間なんですかね?」

 

 

 俺はそう紫さんに耳うちした。

 

 俺が紫さんの息子で有る以上、俺の父親が例え人間だとしても妖怪になる可能性は十二分にあるだろう。それが心配になったのだ。

 

 

「さぁ、どうかしらね。一見すればそうだけど、私と"同じ技"を使ったからね。」

 

「"同じ技"?」

 

 

 俺がそう聞き返すと紫さんは面白そうに微笑んだ。

 

 

「記憶を取り戻せば分かるわよ。私がその方法を探して来てあげるから、待っていなさい。」

 

「はぁ。」

 

 

 なんとも頼りがいの有る言葉だ。この紫さん、普段はこうして俺をおちょくってくるけれども、頭の中ではしっかりと物事を考えていてくれている。きっととても良い人なのだ。

 

 だがそういうところが胡散臭いといわれる所以(ゆえん)な気もするが。

 

 

「それよりもその腕は災難だったわね。永遠亭には行ってきたの?」

 

 

 紫さんは途端に心配そうな顔になり、折れた腕の事を問うて来た。

 

 

「はい、今行って来ましたよって紫さん!!」

 

 

 俺は大切な事を思い出し声を上げた。

 

 

「なぁに? 威。」

 

 

 紫さんは面白そうに微笑んだ。その表情はまるで今から俺が言わんとしていることが、既に分かっているようにも見えた

 

 

「貴方……輝夜さんにばらしましたね!?」

 

「あら、何のことかしら?」

 

 

 紫さんは白々しく微笑み、スキマに腕を乗せ顎ひじをついた。

 

 

(とぼ)けないでくださいよ! 輝夜さんに聞きましたよ!」

 

 

 俺がそう叫ぶと紫さんはまた胡散臭い微笑みを浮かべる。

 

 

「あら、彼女もう漏らしてしまったのかしら。まあ本人に喋るなとは言っていないんだけど。」

 

「どういうことですか……。」

 

 

 俺は訳も分からずに目を細める。

 

 

「彼女にも協力者になって貰おうと思ってね。仕方が無かったのよ。」

 

「仕方なく俺の秘密を喋ったんですか……。」

 

「えぇ。」

 

「さいですか……。」

 

 

 紫さんがさも当たり前のように喋った所を見て、最早憤慨しても効果なしと考えた俺はそこで話をうち切った。

 

 

「それじゃ協力者とは一体何なんですか?」

 

 

 仕方無く俺は会話の中で気になった点を切り出す。

 

 

「それは教えられないわよ。教えたら意味が無いもの。」

 

「……。」

 

 

 紫さんの頭の中では一体どのような作戦が思い浮かんでいるのか。それを予測するには未だ情報不足だった。 

 

 

「……熊埜御堂 直彦。何か思い出せそうなのに思い出せないわ。一体誰だったかしら。」

 

 

 突然これまで口を閉じていた霊夢が口を開いた。俺もそういえばそうだったと、頭の中で合致する人物を探す。

 

 

「俺も心当たりはある。しかしどんな奴だったかは全然分からん。」

 

 

 おかしなものだ。頭の中で同じ名前をした者は確かに居たものの、名前しか分からない。その人が有名人であるかどうかも分からないし、知人で有るかすらも分からない。だが名前だけははっきりと憶えている。こいつは一体……。

 

 

「そう……、やっぱりあいつの言った通りなのね……。」

 

 

 突然紫さんは真面目な顔になり、なにかをしきりに思惟し始めた。

 

 

「あいつ?」

 

 

 俺は訳が分からず紫さんに問い返していた。

 

 

「何でも無いわ。でもこれは"異例"の出来事よ。貴方達、もしかしたら運が良いかもしれないわ。」

 

「え?」

 

 

 またもや意味が分からず俺は素頓狂な声を上げてしまう。

 

 

「それじゃ、私はこれでお(いとま)させてもらわよ。」

 

「え!? ちょっと!!」

 

 

 紫さんはそう俺達に突然別れを告げると、俺の制止を無視、スキマを閉じて消えていってしまった。後には(ほう)けてしまった俺と霊夢が残る。

 

 

「ほんと、神出鬼没だよな……。」

 

「いつものことよ。」

 

 

 霊夢はそう面白くもなさそうに答えた。

 

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