―東方撞賢木― 『巫女と男の運命』   作:Veruhu

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"第二節"

 紫さんは真面目な顔で話を続ける。

 

 

「取り敢えず貴方はここで暮らしなさい」

 

「はぁっ!?」

 

 

 俺は思わず大声で反応してしまう。

 

 

「あの、今なんと?」

 

 

 俺は我が耳を疑い思わず聞きなおしていた。

 

 

「だから、あなたはこれからここで暮らしなさいといったのよ。」

 

 

「はあっ!?」

 

 

 ちょっと待て、何故そうなる。あんなに嫌悪された相手と暮らせというのか。

 

 

「無理に決まってるじゃないですか!」

 

 

 俺は紫さんを思わず睨み付けてしまう。あんな中の悪い人間と暮らせるわけがない。ましてや先ほど出会ったばかりでしかも異性同士だ。もしも俺がここに住まうようになれば、それは同棲生活と同義ではないのか。

 

 

「 巫女が頷くとは到底思えません。ましてや俺が納得できない。」

 

 

 向こうも絶対お断りだとうが、俺だってお断りだ。だが紫さんは態度を崩さない。

 

 

「霊夢はしぶしぶながらも同意しているわよ。まあ、半強制ではあったけど。それに貴方にこれ以外の選択肢はないわよ。」

 

 

「そんなっ、ここで暮らす以外の方法はないんですか!? これはあまりにも無理すぎます。」

 

 

 紫さんに俺は必死に抗議した。が、突然、紫さんは今までに一度も目にしたことのない、激しくもひどく冷酷な顔になりこう告げた。

 

 

「貴方は客でもない、友人でもない。我々、妖怪から見ればただの肉にしか過ぎない人間。だけど私は貴方の能力を欲した。まだ芽さえも出ていない種を欲した。そのために私はさまざまな準備を施した。貴方の種があまりにも上等だったから。だがそれは幻想郷の進化の為に必要なものだ。私は、別に今のままの幻想郷でも一向に構わない。ただここに飽きてきた者がいたから、私は種を持ってきただけ。それでその種に芽さえも出す気力がないというならば。」

 

 

 紫さんは酷く冷酷で残酷な言葉を紡いだ。だがまだ話は終わらない。しかし俺は次に言われる言葉が分かるような気がした。紫さんの顔がまるで俗物を見るような顔に変わったから。いっそのこと耳をふさいでしまいたかった。だが俺はまるでヘビに睨まれたカエルのように身動き一つできないでいる。動けば殺される。紫さんからは見えない殺気がたっていた。そしてまた紫さんは最悪で残酷な言葉を紡いだ。まるで大罪人に、死刑宣告をするかのように。

 

 

「大人しくここで私に喰われて死になさい。貴方は自殺志願者なのでしょう?生きるための一筋の意図を掴む気力もないのならば、ここで喰われることにも杭はないでしょう?」

 

 

 紫さんは恐怖の表情で俺に問うた。答えなければならない。だが俺は恐怖で口も、喉も渇き、血の気もなくなり寒気までしていた。

 

 答えなければっ!

 

 だが俺の乾ききった口は震えるばかりでまともな音を出すことが出来なかった。

 

 

「答えないの?」

 

 紫さんは酷く失望した目で俺を見た。おかしい、死ぬことは俺にとって 畏怖する対象であったか?俺は死ぬことを望んでいるのではなかったか?そうだ、俺は死ぬことを望んでいたんだ。死ねるのならばそれでいいじゃないか。何を恐れる必要がある。自殺よりも殺されたほうが諦めもついて楽じゃないか。俺は必死に考えを合点させた。そうだ、このまま殺されて死のう。もうこの世は疲れた。休もう。

 

 

 俺は震える体を抱きながら紫さんを見た。紫さんはそれを見て悟ったのだろうか。今まで見せていた恐怖の表情を元に戻し、こう告げた。

 

 

「そう、分かったわ。」

 

 

 一瞬悲しそうな顔をした気がしたのは多分、気のせいだろう。妖怪が人間に同情するはずがない。俺は震えながらも最後の時を待った。また走馬灯が流れる。楽しかった少年時代も、最後の方は苦しくて仕方が無かった。それももう終わる。

 

 

「ご……ね。わたし……がい……た……で。」

 

 

 一瞬何かを紫さんが呟いた気がしたが、何を言ったかは分からなかった。俺は目をつぶった。終わる。終わる。終わる。ついに俺は最期を迎えられる。やっと

 

 

 紫さんが手を振り上げるのが分かった。

 

 

 俺は

 

 

 

 

 

「嫌だッ!!」

 

 

 

 俺は震える口で、そう絶叫していた。

 

 

「嫌だっ 嫌だっ 嫌だぁッ! こんな俺で、こんなクソみたいな人間のままで死にたくないッ!何時までも弱いままの人間で死ぬのは御免だッ!」

 

 

 俺は可能な限りの声を張り上げて叫んでいた、いや暴れているのかもしれない。自分でも自分の状態を把握することが出来なかった。だがそんな事などどうでもよかった。俺はひたすら叫び続ける。

 

 

「俺はただただ最期まで弱いだけだったんじゃないかっ!結局、俺は何一つとして達成できてないっ! ただ適当に生きて死にに行こうとしているだけの屑だっ!俺は何も、親孝行さえも出来ずにっ!ただただ死にたいと、死ぬための明確な理由さえ分かっていやしないのにっ!結局、俺は弱い・・・だけ、でっ!!

 

 

 うわああああぁぁあああああああぁああああぁあああぁあああああああぁああぁあああぁぁああああッ!」

 

 

 俺はもう何をしゃべっているのかもわからずにただただ咆哮し続けた。これまでの、積年の思いを全て晴らすかのように。俺は嗚咽を漏らしながらも必死に、言葉を発した。

 

 

「ごめんっ……、おや……じっ……!」

 

 

 嗚咽を漏らしながらも必死に言葉を発した。

 

 

「 お母さん。お母さん。どこにいるんだ?」

 

 

 俺は涙で顔を汚しながらもそう発した。すると後ろからきつく抱きしめられた心地がした。俺はこの感触をよく知っていた。そうだ、これは母の感触に違いなかった。

 

 

「かあ……さん。おかあ……さん。どうして……ここに……?。今までずっと探して……いたんだよ……?」

 

 

 俺は泣きながらもそういった。言葉になっていないかもしれない。だが母さんからは返答があった。

 

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。威……。私が意地っ張りなせいで、ここまでつらいくて、危険な思いをさせてっ……。」

 

 

 母は泣いていた。涙でぼやけて顔が分からなかったけど、母の涙が俺の体に何度も何度も滴っているのが分かった。

 

 

「私が意地っ張りな……で、うまく……なくって、こんなことにな……しまって。私はあなたをこ……そうと……。」

 

 

 母はもう言葉をうまくしゃべれては居なかった。何を言おうとしているのかもう良く分からない。だが、母に会えただけで俺は心が躍っていた。

 

 

「何を、言っているのか良く分からないよ、母さん。それに悪いのは全部、俺だよ。俺が弱いからこんなことに……。」

 

 

 だが母は何度も何度も首を振り、そして謝った。

 

 

「違うの、威。私が威が辛い時に助けてあげられなかったから、いや助けてあげようとしなかったから威はここまで弱ってしまってっ。さっきの言葉もそう。私は貴方の母親であることを切り出せず。何時間も言い出すタイミングを図って、わざわざスキマの中で時間を稼いでッ!で言い出せなかった!私は貴方の母親であることに自信が持てなくなってしまっていた!だから何時までも他人のふりをして行こうって思ってっ。甘えてしまったっ!自分の妖怪と言う立場にッ!」

 

 

 母の言葉を理解できなかった。ただ単に俺が疲れているだけかもしれない。だが意味不明な言葉であっても俺は母の言葉に耳を傾けた。

 

 

「貴方は、私に殺されるという状態に怖気づいて、生を選ぶと思ったッ!そうやって無理やりにでも生きながらえさせようと!でも貴方は違ったっ!貴方は死に恐怖しながらも、死にたいと思ったっ!貴方はそこまでも弱ってしまっていた!私は貴方を殺すと言ってしまった。自らはこの幻想郷を統べる妖怪として有言実行しないわけにはいかなくってッ!私は己の矜持の為にだけにかけがえのない子を殺そうとして……っ。私は裕輔にどう顔向けすればッ!!」

 

 

 母は嘆いた。酷く嘆いた。泣いて泣いて涙を流して顔を濡らした。時には天井を仰ぎ、時には顔を手で多いながら、

取り乱した。

 

 

「母さん待って、理解できないよ。」

 

 

 俺はだんだん落ち着いてきた体でそう母を問いただした。母は俺を見ると、少し落ち着いた様子になった。俺は涙で母が良く見えなかった。必死に目を擦り、涙を拭うが、それでも母の顔を確認することは出来ない。

 

 

「ご、ごめんなさい……、威。」

 

 

 母は焦った様子でそう話した。母は、手拭で涙を拭う。だが次から次へと涙が溢れ、手拭いは濡れるばかりだ。

 

 

「母さん俺、酷く疲れたよ。膝枕してくれないかな……?」

 

 

 俺は、遠慮がちにそう聞いてみた。母は笑顔になり、

 

 

「もちろん、良いわよ。」

 

 

 と言った。母は地面に跪き、膝を台にした。俺はその上に頭を乗せ、母の顔を見た。だが俺の目は涙で溢れており、顔を詳細に確認することは出来なかった。顔に、母の涙が滴った。

 

 

「ご、ごめんなさい……。」

 

 

 母は自分の涙を拭った。同時に俺の涙も拭ってくれる。母の膝は温かった。記憶にあった母の温もりそのものだ。今までどこに言っていたのだろうか。様々な疑問が渦巻くが今はどうでもいい。ただ母の近くにいたかった。母の触りたかった。母の温もりを感じていたかった。

 

 俺は今となっては、簡単な欲望を満たすだけで十分だった。少し前までは、絶対不可能だったのだから。

 

 母は”ごめんなさい”と何度も小声で口にしながら、俺の涙を拭っては頭を撫でてくれた。この瞬間を何時までも感じていたかった。だが、俺は疲れてきたのか、はたまた母に膝枕をしてもらっているせいなのか、眠気がさしてきた。

 

 

「母さん……、寝て良い?」

 

 

 俺は、薄目を開けてそう聞いた。だが良し悪し関係なく眠ってしまいそうだ。それほどに眠かった。

 

 

「うん、いいわよ。」

 

 

 母は、俺を膝枕しながらそう言った。だが母は、俺が眠ったら何処かに行ってしまうのではないか。そんな予感がした。

 

「母さん、どこにも行かないよね?」

 

 母は、うん、と頷いた。だが本当かどうかが心配だった。だが俺の眠気はピークに達しており、脳は過剰に睡眠を要求していた。睡眠を回避することは不可能なようだ。俺は最後に目を開け、母を確認した。涙は半分乾いており、母の顔を少しだが確認した。

 

 

 

 

 

 ―母は、紫さんだった―

 

 

 

 

 

気がついたら俺は、紫さんの膝の上だった。紫さんは何処にも行かずに、俺の頭を膝の上に乗せ、眠っている。顔は涙で赤く腫れあがり、疲弊していた。しかし、薄すらと笑みを浮かべており、その顔には幸せを含んでいる。紫さんは、次第に目を開け俺に気づくと第一声を発した。

 

 

「威、気がついた? 」

 

 

 紫さんは目が冴えたのか、意識を取り戻し俺の髪を撫でた。このような姿を聖母というのかもしれない。俺はそう思いつつ声を発する。

 

 

「はい、紫さん。起こしてしまいましたか?」

 

 

 俺は、紫さんの膝の上で話す。すると紫さんはそんな事はないよと、首を横に振った。俺は今、考られる最大の疑問をぶつける。

 

 

「本当にお母さん、なんですか……?」

 

 

 紫さんは目を瞑り少しの間、思案した。そして少し微笑みを浮かべたかと思うと、優しい声で言う。

 

 

「そうよ、私はあなたの母。貴方を生んだ歴(れっき)とした、生みの親よ?」

 

 

 紫さんは笑い、俺の頭を撫でた。本当にその姿は、映画やドラマで見てきた母の姿そのものだ。だが俺の中では、沢山の疑問が渦巻いた。俺はその疑問の一つを母に、聞いてみた。

 

 

「どうして母さんは俺の母なのですか? 父とどこに……接点があるのでしょうか?」

 

 

 紫さんは、少し困った顔になった。少し棘がある言い方だっただろうか。だがこれは渦巻いた疑問の中で最大の疑問だ。この疑問を解くためだったら、手段を選んではいられない。

 

 

「少し長い話になってしまうと思うのだけれど、いいかしら?」

 

 

 紫さんは再び微笑を浮かべ、そう聞いた。

 

 

「はい。疑問が解けるのならば、どれだけ長くなっても構いません。」

 

 

 俺は、紫さんの膝の上で真面目に言う。紫さんは分かったとばかりに首を縦に振った。

 

 

「分かったわ。それじゃあ、まず貴方のお父さんと、どのようにして出会ったのかから話して行こうかしら。」

 

 

 紫さんは、 別の方向を視て追想した。やがてその口が動き出す。

 

 

「私はね、偶(たま)に下界へ遊びに行くの。そして自殺志願者だったり、未来に希望の持てない人間を幻想郷に連れて帰る。それを適当な場所で解き放って、妖怪の餌にしているの。そうして、幻想郷の妖怪達の腹を満たし、命を繋がせているのよ」

 

 

 このことは、前に幾らか聞いていた。この世界には妖怪が多数、存在している。妖怪は元々、人を喰らうものだ。いくらかは、そこらへんにある食べ物で繋いで行けるのかもしれないが、いずれは人を喰らわないと生きてはいけないのだろう。紫さんは坦々と話を続ける。

 

 

「まあ、下界で言われる神隠しという現象は半分、私が犯人よ。後の半分は、その人間が現世の波長ではなく、別の世界と波長が同調してしまって、その世界に迷い込んでしまう。または故意にそれを行い現世とは別の世界へ飛んでしまう。そのようなことがあるの。幻想郷においてもそれが言えて、迷い人は大抵、妖怪に喰い殺されているわ。迷い人が生き残るには人里にたどり着くか、博例神社まで言って巫女に助けを求める、あるいは気の利いた人間なり妖怪なりが助けてくれるかしないと無理ね。まあ自力で博麗大結界を突破してくる奴が稀にいるけど。そんな奴はそんじょそこらの妖怪には負けないだろうね。 」

 

 

 紫さんはさも当たり前のように話す。いや、ここ(幻想郷)では常識なのだろう。酷な話だが納得するしかない。これを理解できなければ、ここで生きて行く事も不可能に感じた。

 

 

「まあ、そんなこんなでね、いつも通り私は下界に出ていたの。次々へと人間はスキマに放り込んでは、幻想郷に送るという単純作業を続けながら、巡っていたわ。そうしたらね、一人、気になる男の下に辿り着いたのよ。その人は未来に希望を無くした人間だったのだけれども、真っ直ぐで正直で、優しい人だったわ。この時はまだ話してさえもいなかったのだけれども、私には一見して分かったのよ。何千年と生きてきたけれども、あの感覚は久しぶりだったわね。私はその人に一目惚れしてしまったのよ。」

 

 

 紫さんは顔を赤らめ、恥ずかしそうに話した。確かに父は、他の人よりも突出(とっしゅつ)して優しかったし、純粋だった。優しいといっても、教育が優しいというわけではない。厳しくて優しかったのだ。しかし、何千年も生きている妖怪が、人目惚れなどありえるのだろうか。一聞、信じられない話ではあるが、紫さんは顔を赤らめ、恥ずかしそうに話している。嘘とは思い難かった。

 

 

「私はさっきも言ったように何千年も生きてきたのだけれどもね、大した恋をしたことが無かったのよ。だから旦那もいなかったし、子供もいなかった。興味が無いのか、鈍いのか良く分からないのだけれども、戦ってばかりいたからそういうことに対して、疎くなってしまったのかもしれないわ。 でも、あの時に感じた感覚は間違いなく恋心だった。話した事もなく、一見しかしてない男だったのだけど、私はその人に恋してしまっていたの。

 

 

「そんな事が、ありえるのですか……。」

 

 

 俺は紫さんの膝の上で頷いた。紫さんは相変わらず顔を赤らめて話を進めているものの、嬉しそうに、楽しそうにしている。その姿はまるで我が子に、父をどのようにして好きになったかを説明する、ドラマの中の母親のようだった。俺が夢見た母の姿、そのもの。その夢見た母が俺に今、膝枕をし昔話を聞かせてくれている。それが俺はただただ、嬉しくて仕方が無かった。母は話を進める。

 

 

「だけど、その人はさっきも言ったけれど、未来に希望を無くしていたのよ。いつか自殺してしまうかもしれない。私は何とかしてその人を助けようと思ったわ。いろいろな方法を考えたけれど直接、会って話してみることにしたの。」

 

 

 紫さんはだんだん楽しそうに話してきた。妖怪は恋愛話でここまで盛り上がるのだろうか。紫さんは俺の頭を撫でながら、話を進める。

 

 

「驚かしてやろうと思って、あの人の前にスキマから飛び出してみたの。最初こそ驚いていたけれど、”やっと俺にも迎えが着たのか”って呟いていたわ。非常に弱っていたのね。彼を回復、更正させるのは大変だったわ。長くなるから割愛するけどね。」

 

 

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