僕の幼馴染がモテないのは僕の責任かもしれない 作:もこっちファンクラブ
僕の話に付き合ってくれるお人好しな奴の中で異性の兄弟姉妹か異性の幼馴染がいるなら分かると思うのだが、くだらない事が切っ掛けで喧嘩になることも多いのではないだろうか。
思えば、先刻の出来事も些細な事がきっかけだった。
その時僕たちは珍しく(彼女とは幼馴染ではあるが年がら年中一緒には行動するわけないしな)一緒に寄り道をしてコンビニに寄っていた。智子が近寄るなオーラを出していたので、スペースを空けて、暫くはお互いに言葉も無く立ち読みをしていたのだ。ただそれだけのはずだったのだが。
「ふっ!んぐふ!」
突然恥ずかしい笑い声の主を探して声のする方向を向くと我が幼馴染、智子が珍妙な顔をしていた。
ちなみに智子のクラスメートからの綽名は「黒木さん」だ。理由は「呼び捨てにするほど親しくないから」だろう。もちろんこれは僕の想像だが。話がそれたので説明すると、この女はあろうことか雑誌を読んでいる途中いきなり吹き出したのだ。それも、周りに響くほど。
僕が近づいてひじで小突くと、慌てて顔を隠した。智子は恐る恐る後ろを向くと、無愛想な店員と目が合う。つまり、ばっちり見られていた。
店員に見られた智子は惨めにコンビにから敗走を強いられる。後を追いかけ一緒に外へ出ると智子がボそりといった。
「あのコンビニ暫く行けない…」
智子は落ち込んでいるが、コンビニとしては立ち読み客が減って一安心だろう。暫くするともう機嫌も直ったのか、智子はさっきの漫画のネタを思い出してニヤニヤしていた。おこってしまったことは仕方がない。次は間違えないよう注意しなくてはならないだろう。
「あのさあ、お前は昔から不注意が過ぎるんだよ。人目を気にするなら普段から自分の行動に責任を持てと」
僕がため息をつきながら注意を促すと、ニヤニヤしていた智子の顔が急に不機嫌になった。話が続けていくうちに目元が少しずつ剣呑になっていく。
「はぁ?」
髪が逆立ちしてきそうなほど威圧してくるが、はっきり言って子供が睨んでいるようにしか見えない。気にせず話を続ける。
「だいたいお前はもう少しわが身を振り返るべきだろ。あんなくだらねえ漫画で吹き出すとか、学習するということをだーツッ!」
普段から思っていたことが次から次へと口から出てきて、気付かなかった。僕が喋っている途中、いきなりネクタイを引っ張ってきた。なにしやがる。
「おい、なに私に説教してんだよ」
背が低いので僕の首が引っ張られる。あんな言葉一つで怒られる筋合いはない。そもそもこんなことをわざわざ話しているのはコイツが自分で恥ずかしいと思うくらいのミスを犯したから、注意しただけなのだ。それをこいつは…。
「事実を言ったまでだ」
ネクタイの力が増してくる。見るつもりもないのにこいつの長い睫毛とか瞳孔が映る。全く、今日は厄日だ。こいつとこんな近くで目と目を合わせる瞬間が来るとは。
「殺すぞ」
なにが「殺す」だ。弟に何回も言っているような台詞では迫力も何もあったものでもないが、僕をイラつかせるのには十分だ。
「…ネクタイ放せよ」
手で払いのけるとあっさりネクタイから智子の腕が離れた。流石に男の力にはかなわない。智子のほっそりとした手ではなおさらだ。すると彼女は益々目を吊り上がらせた。
「触るな!」
まるで僕が痴漢と言いたいのか。払いのけた手を穢れたとでも言いたげに腕を隠す。顔に青筋が見えたような気がした。
「触れてきたのはそっちだろうが」
内言葉に買い言葉。自分でも気づかぬうちに、声が低くなっていた。時間にすれば一分にも満たない間、互いににらみ合っていた。
「チ!」
どちらの舌打ちだったか分からない。そんな事を気にする余裕もなく僕たちはその場を去った。顔をあわせたくも無かった。
* * * * * *
まあ、これが僕の先ほどの顛末だ。で、僕はイライラを紛らわすためにCDを聞いている。冷静に考えて見れば、確かに僕も言い過ぎな面はあっただろう。それは認めよう。だが、元はといえばあいつの短気なのが悪い。そのくせあいつは小さなプライドにこだわり過ぎるのだ。だから僕が何か言おうとすると反発するわけで。
あいつとは長年の付き合いだが、あいつの面倒な側面にはいつまでたっても手を焼かされたものだ。
「家にいてまであいつに振り回されるとか…」
いらだたしげにヘッドフォンをむしると、電話が掛かってきた。家電からのコールで子機を取ると、相手は智子の母親だった。
<ああ、ごめんね。突然。智子は一緒じゃない?>
「いえ、途中で分かれましたけど…どうかしたんですか」
どうやら雨が降ってきたのだが、智子は傘をもって出てないという。連絡を取ろうにも今日に限って電話の電源を切っているようだ。
「僕が届けに行ってきますよ」
母親はそこまでしなくてもいいと遠慮したが、僕は気にしなくて良いと電話を切り、智子の家から傘を借りてコンビにまで向かったのだ。
「あいつどこほっつき歩いているんだ?」
雨の中の捜索ではなかなか見つからないと覚悟したが、その心配は無用だった。なぜなら運良く公園で雨宿りをしていた智子を発見したからだ。しかし。
「おい智!」
僕が呼びかけると智子が振り返るのだが、声に振り返ったのは一人だけではなかった。4
「あっ…」
「…」
「…」
なんだこの空気。気まずいような、疲れきったような雰囲気は…
状況を説明すると、智子は僕と同年代の男子学生と一緒に雨宿りしていたのだった。一人は短髪のチャラそうな兄ちゃんと、もう一人は人のよさそうな学生だ。これで甘い雰囲気であればそれはそれで気まずいことになっただろうが、勿論そんな話ではない。
智子は膝がガクガクしているし。いや、緊張しているんだろうけど。
「やあ、すごい雨だな」
智子がSOS信号を出しているので、しょうがなく部外者の僕が軽く挨拶する。いや、智子も部外者だが。幸い相手も同性が相手だからか、軽く応じてきた。
「最悪だよねー」
黒髪の人のよさそうな方が話しに乗ってくる。まずは緊張を解くことだ。
「いきなり降りだしてくるからな」
二人目も話に乗ってきた。まあ、多分この種のやり取りは智子ともやったんだろうけど。
「その子と知り合い?」
真面目そうな方が聞いてくるので、俺は頷く。ちなみに智子は自分に話を振られてと勘違いしたのかビクッとしていた。
「僕さ、こいつと同じ原幕の生徒でさ」
「え、本当に?」
さりげなくアピールしておく。まあ、話しの種になればドンとこいだ。
「すごいなー、ってことは彼女深窓の令嬢?」
真面目君は素直に驚き、チャラオ君が茶化すと、真面目君が突っ込むという感じのようだ。残念だが智子は真相の令嬢ではなく喪女(もしくは根暗少女)だが。まあ、家は俺よりも裕福な気がしないでもない。
「あ、こいつは小坂。俺の名前は…」
それから趣味の話とかに映った。最近のテレビとかゲームの話になったので、智子に話を振ろうとしたがそこでアクシデントが起きた。思いもよらぬ方向から声が出てきた。
「あ…えっと埼玉ってさ」
僕も含めて三人の目が智子へ向く。何度か話を振ったが迷惑そうなので相槌だけ打たせていたが、なにか面白い話をするつもりらしい。智子は意外と知識豊富(偏りがあるが)なので、うまくいけば感心させられるかもしれないが、あの試練の日々は何だったのかというくらいにしどろもどろだ。後半からは声が聞こえなくなっている。
「陸の孤島だよね」
…智子のドヤ顔と共に気まずい沈黙が広がる。確かに、智子は陸の孤島だな。人間関係的な意味で。
「え、そうなの?」
「へぇー……」
二人が曖昧に返事をする。公園の東屋の空気が早くも白けつつあった。その空気が伝わったのか彼女の顔もこわばってきた。今度から白け智枯に名前変更だな。嘘だけど。
「まあ、アニメが多いらしいな」
僕が相槌をうつと、他の二人も微妙な雰囲気で返事する。今度からもっと会話の練習を積ませねばなるまい。
「そういや、聞いてもいい?」
雰囲気を変えようとしたのか、軽そうなほうが身を乗り出してくる。
「ん?何」
「あの子とどんな関係なわけ?わざわざ傘届けに来たりしてさ、怪しいよね」
確かにそれはそうだ。俺はいったい何をしているのだろう。
「おい、やめろよ」
真面目そうなほうが咎めるが軽そうなほうはいいからいいからと言って聞かない。
「幼馴染だな」
それ自体は別に隠すことでもないので話す。なぜか智子のほうがテンパっていた。「お前何はなしてんだ」と言いたいらしい。こういう時は下手にごまかしたりすると余計な誤解を生むものだ。
「へぇー、女の子の幼馴染とかうらやましくね?」
いや、本気でやめておけ。少なくとも幼馴染は選べないから。口にはしないが。つーか智子、えらそうな顔でこっちみんな。
「いいかげんにしろよ。あの子も困っているだろ」
真面目そうな方が止めに入る。心配してもらったところ悪いが多分あいつはこの二人が来た時から困っていたのだろうから今さら変わらないだろう。
「いやいいよ。ところで、あいつ迷惑かけてなかったか?」
二人組みは「全然」「別に」と答えた。これで僕や智貴にあきたらず他人にまで迷惑をかけていたらしばいているところだ。
「大人しい子だからね」
「俺、無視されちゃったー」
おどけて言うチャラ男は小坂に小突かれる。つーか智子がチラチラこちらを見ている。つーかくねくねと変な動きをするのはやめろ。
たぶん、自分は明るくておもしろい子アピールしているんだろう。はっきり言えば逆効果だが。
「あいつ普段は元気なんだけど、人見知りが激しくてな」
通訳も必要だし。性格もあまり良いとは言えない。
「あっか、カサカッテコヨウカ?」
智子なりにアピールをしているようだが、雨の音で声が消えかかっていて聞こえにくいことこの上ない・
「え、何?」
ほらね。通訳してやると結局男二人は女の子に買い物にいかせるわけには行かないと、僕と持ってきた智子の傘を借りてコンビニまで傘を買いに行った。
「…」
時を同じくして智子は不貞寝を開始した。おい、やめろ。寝るな。
* * * * * *
帰ってきた男二人は僕に貸した傘を返すと、ついでに目薬を渡される。ちなみに智子を起こすのはあきらめた。
「何これ?」
「彼女に渡してあげて。目が赤くなっているから」
にっこりと笑う好青年の小坂。こなるほど、うやって智子は知らないところで多くの善意に囲まれて生きているのだ。ちょっと感動。
「ね、こいつお人よしでしょ?モテる男の余裕は違うねー」
やはり彼氏持ちだったのか。まあ、確かに余裕だな。心とか環境とか。
「おいやめろよ」
つられて僕も笑う。つーか公園で無防備に寝る女と知り合いだと理解されるのは地味に恥ずかしいな。発見だ。そんなこと知りたくもなかったが。
「ありがとなー」
男二人を見送ると、僕はベンチに目を向ける。さて、コイツはいつまで寝ているのだろう。迎えに来た手前、傘だけおいていくわけにもいかず雨を眺めながら待っていた。
「ん…」
暫くすると、智子は目を覚ました。パチッと目を開け、あたりを見回す。湿気とごろ寝が原因で髪の毛が乱れて波打ち際の黒木さん(わかめ的な意味で)になっていた。眼も充血している。
「…あいつらは?」
意外と長いまつげを揺らしながら聞いてくる。
「さっき帰ったよ」
僕が言うと、へっと智子が悪態をついた。
「薄情な奴らめ…今日は盛っている底辺どもの相手をしてやって疲れたよ」
はいはい、自己暗示乙。自分の隠れたおしゃれに気付かなかった、これだから男は、などとくどくど述べている。あのへんなくねした動きや意味ありげな視線はそれが原因か。やれやれ。
「ほら、行くぞ」
目薬を投げてよこすと、傘を開く。
「何これ…」
首をかしげる。寝起きだからか、動きが緩慢だ。
「小坂にもらった目薬だ」
お互いに前の口喧嘩のことは触れない。謙虚が美徳とされる日本人とはいえ幼馴染同士でちょっとした事が原因で謝っていてはきりがないからだ。智子と長く付き合うならなおさらね。帰り道を一緒に歩く途中、智子がボソっと呟いた。
「一度でいいから男の子にやさしくされたい……」
こいつやっぱり置いて行こうかな?
そんな誘惑に駆られながら、まるで智子の精神を表したような雨空の中を歩いてゆくのだった。
まあ、こうして智子は喧嘩をしたり知らない男の子達に声をかけられたりして成長してくのである。まあ、人生に無駄なことはないということさ。
…時間の浪費はあるけど。
【おまけ】
昨日の雨のせいかはたまた部活動で疲れたせいか智貴が風邪を引いたらしい。なので、放課後見舞いに行こうと思う。
「私がこうして学校に行っているのに風を引くなんて、弟の風上にも置けない奴だ!」
でないとこの姉に何をされるかわからないからだ。いったい昔の弟思いの姉はどこへ行ってしまったのだろう。(あの頃の)君がいた夏は遠い夢になったんだと思ってあきらめることにした。
* * * * * *
「体育の怪我で早退?」
清田から教科書を返すため、1-10クラスに尋ねに行った時に、智子の席が空席で荷物がないのが気になり、授業が終わったタイミングを見計らい担任に尋ねたところ、智子が体育の事故で家に戻ったのを聞いたからである。そして今、僕は二人分の見舞いを手に黒木家へ向かって行った。
「まさか、罰が当たった訳じゃないだろうな…しかしあいつの願いが届くとも…」
弟に対する無慈悲さ故天罰が下ったのかそれとも天に智子の願いが通じたのか。そんなことを考えながら黒木家へ着いた。四人が住んでいるには大きい家だ。きっと収入もいいのかもしれない。そんなことを考えながらチャイムを鳴らした。
「あら?どうしたの」
母親は俺を見て驚いていた。それはそうだろう。今日来ることは告げていなかったからだ。それに、智子がわざわざ来ると伝えるほど気が利くとも思えない。
「智貴と智子のお見舞いに。上がってもいいですか?」
僕がそう伝えると、母親は嬉しそうに手を合わせる。
「あら、昨日も迎えに行ってくれたのに。本当にありがとう。今、智子が智貴の看病をしているから二人とも智貴の部屋にいるはずよ」
なんと、あの智子が。あいつにも姉らしい思いやりが残っていたようだ。罰が当たったとか考えていた自分が急に恥ずかしくなってきた。智子にも丁寧に看病してやろう。階段をのぼり、ノックして智貴の部屋へ入る。
「智貴、具合はどうだ?」
ベッドに寝ていた智貴は俺の姿に驚いたようだ。
「先輩?ゲホッゲホッ。…すいません、見舞いに来てもらって」
苦しいだろうに咳こみながらもわざわざ体を起こしてお礼を述べる智貴。一方看病をしているはずの姉は僕を無視しているのかそれとも気づいていないのか、ピコピコとゲームに夢中になっている。
「それはいいんだけど、こいつは何やっているんだ」
病気で具合悪そうにする弟に何ら注意を払うことなく無神経にゲームをしている姉を指して尋ねる。思いやりがどうのこうのとか考えていた自分があほみたいだ。
「…俺に聞かないで下さいよ」
ゲームに夢中になっていた智子やっと僕に気づいたらしく顔を上げた。なんでここにいるんだこいつ、という顔をしている。もし言葉にしていたら、そのままそっくり返しているところだった。
「んだよ、お前。弟が制服の姉と一緒というアニメやゲ―ムでもないようなアバンチュールタイムを送っているんだから、妨害するなよ」
すまないが何を言っているのかわからない。すまないが誰か通訳してくれ。智貴の方を見るとクマのある顔を一層険しくしてかぶりを振る。
「死ね」
ドスの利いた発言したのは智貴である。言っておくが僕ではない。智貴は心底鬱陶しそうだな。智貴のタオルを取ってみると、水でびしょびしょだった。ちゃんと絞れよ。言葉には出さず智子の顔を見ると、智子は合点いったようにポンと手をたたいた。
「なんだ、お前まで欲情したのか?しょうがない奴だな、一秒だけ見てもいいから何か感想を言ってみろ」
うん、スルーしよう。ちなみに感想は笑えないMr.ビーンを見ている気分だな。痛々しくて見ていられない的な意味で。
「智貴、大丈夫か?ほら、水だ。」
買ってきておいた水にストローを指して渡すと、智貴は体を起こす。ありがとうございます、といい俺から水をもらうとガラガラの声でこぼした。
「なんで姉からあんな扱い受けて、幼馴染から優しくされているんでしょう…」
智貴の顔を見ていられず、俺は目を逸らした。
「聞くな」
非道な姉をもったお前が不憫すぎるから、とは言えない。文句垂れていた智子はその後、チャイムの音で智子が出かけていったので、俺が智貴に御粥を渡していた。
「このまま戻ってこなくてもいいんですけどね」
気持ちはわかるがそこは黙っておけ。叶うはずのない願いを口にしたところでむなしくなるだけだぞ。
「そんなこと言ってお姉ちゃんに食べさせてもらいたかったんじゃないか」
もちろんあいつがそんなことをするはずがないが。だが、この冗談はきつかったのか智貴は心底嫌そうな顔で「やめてください」といった。
「すまん……」
いくらなんでも今の冗談は軽率だったな。風邪のせいで食欲がないのか半分くらい残し、ベッドに横になった智貴。するとドタドタと智子が足音を響かせて戻ってきた。憎しみで人を殺せそうな表情を顔に張り付けた状態で、
そして俺が持っていた御粥を奪うと、あろうことか御粥を智貴に掛けた。
「ぐっあっ!?」
横になっていた智貴は智子の行動に気づくことなく御粥をもろにくらってしまった。
なんてことをしやがるこの女。慌ててハンカチを洗面台で濡らして顔をふく準備をする。
「おい、大丈夫か智貴!?おい、智子!」
「何すんだこのバカ!!!」
俺が智子の方を向いて怒鳴るよりも先に、智貴の蹴りと怒声が飛んできた。智子こちら側に倒れそうになった。慌てて受け止めたのと智子がしっかりと御粥を持っていたので二次災害は起こらなかった。
「おまっ本当に殺すぞ…!」
智貴は怒り心頭だ。むしろ一回で済ませたのは偉いな。冷静に考えると智子の細く多少は柔らかい体を抱き留めた俺は御粥を下ろさせると、智貴にハンカチを渡す。
「うぐぐぐっぐ・・・おおおおお」
俺の制服を強く握りしめてボロボロ泣く智子。涙をボロボロ流しているため声がだみ声なうえ、顔はぐしゃぐしゃになっていた。智貴もちょっと気まずそうだ。智貴もなんだかんだで姉に優しくしてしまうのだろう。
「んだよ…そこまで強く蹴ってないだろ」
いや、サッカー部の蹴りだからそれはわからんぞ。もし本気で蹴られてもしょうがないことをしたからしでかしたのだから文句は言えないだろうけど。
「ううううう、なんでお前ばっかり…私には誰も来ないのに」
智貴が心底うざそうにしている。そりゃ智貴には何の責任もないことだし、同感考えても逆ギレもいいところだろう。濡らしたタオルで智貴の顔を拭いてやると、次は智子を座らせる。
「智、泣くなよ…」
泣く女にしがみつかれるというのはある種男の夢かもしれないが、誰から見てもあまりにも情けない理由で号泣されると俺まで泣けてくるだろうが。ついでに言えば誰も来ないのは主にお前のせいだな。これに懲りたら少しは他人に心を開け、な。まあ、智貴はサッカー部のエースだからちやほやされても仕方がない。
「お前にも来てくれる人がいるだろう、ほら、目の前に。ここまでやってくれる幼馴染なんていないぞ」
智貴が困ったように言う。そもそもこの件は智子の完全な逆恨みなのだが、慰めようとする必要はないのだが弟としての情けであろう。
「こんなの見舞いに入らないよ…このモブはクラス別だし」
絶句する智貴を尻目に智子は涙を流しながら愚痴る。残念ながら智子は見舞客を選べないのだが、それを言っても場の空気を悪くするだけなので黙っておく。
「智子―」
母親の声に智子はぴたりと止まる。さっきの涙は何だったのか。
「は!」
もう泣き止んだのか。変わり身の早い智子は喜んで飛び出していった。僕や智貴の励ましは全くの無駄だった。結果は。
「ううう…さがわだったああああああ」
ご覧のとおりである。現実は非常だった。というか僕はこいつの中では佐川よりちょっといいくらいらしい。
「そーか、クラスメートじゃなくて辛かったな。ちゃんと智貴に謝っておけよ」
がばっと顔を上げる。鼻水まで垂らして見苦しいことこの上ない。
「うるざい、裏切り者!お前だって智貴の見舞いに来たんだろう!?」
残念ながらお前は裏切られるほど何かをしていない。自分の行いをよく考えろ。
「お前僕に来てもらいたいのかもらいたくないのかどっちだよ…」
そもそも、良く考えてほしい。智子は気づいていないようだが、もし風邪を引いたとしてクラスから見舞い客が来ても気まずい雰囲気になるだけなのは先日の件から考えても目に見えている。おまけに、智子は俺の話そっちのけで智貴の布団の中に入っていた。
「何入ってきてんだ!?」
智貴が困惑と怒りが混じった声で叫ぶ。まあ、当然の反応だ。智貴の端正な顔は疲労や困惑で歪み切っている。
「この中で泣かせてよ!この菌だらけの中で!」
やめておけ。なんだか俺も頭が痛くなってきた。智子をいったん部屋に戻した後、智貴と智子に見舞い品を渡して家に帰ることにしたのだった。…自分も寝込みそうだ。
* * * * * *
そして今。世間のみんなが待ち望んでいた三連休中なのだが。
「…で、風邪がうつしてもらおうとして一日中振り回した挙句、今更自分が風邪を引いただと?いい加減にしろ!このバカ女!」
智子が今更風を引いていた。白い顔をさらに青白くして、鼻水を垂らしている。美貌も何もあったものではない。
「うっさい!クソ男。早く取り替えろ!」
普段から低めの声が風邪でさらに聞き取りにくくなっているが言っていることは十分通じた。これも幼馴染の杵柄という奴だ。
「俺がクソ男ならお前はゲロ女だ!」
「はいはい、二人とも喧嘩しないで。御粥持ってきたわよ」
こうやって俺たちは母親や智貴に止められるまで口論を続けたのだった。
「そいつの看病やったらゲームやりません?あんまり優しくすると調子に乗りますし」
ゲームを持ってきた智貴に智子が裏切り者だとか恩知らずだとかわめいているが無視する。それだけ騒ぐ元気があればすぐに治るだろう。何気に智貴が毒を吐いているが、まあ持光寺得だから仕方がない。
「そうだな」
こうやって、女の子の幼馴染がいるとこういうこともある。どうだ、羨ましいだろう?誰か今すぐ変わってやるぞ。
「まて、お前らは私がしたように夜まで看病しろ」
とりあえずお前は黙っていろ、な?
アニメ版の編集力が半端ない件。自分ももっと頑張らなくては。