IS学園での物語 作:トッポの人
俺が専用機を貰って十日。寝る前に枕の下に仕込んでいた携帯が振動した。朝のアラームだ。
音が鳴るようにしては同室の簪に迷惑だからとこうしているが、おかげでほぼ確実に目が覚める。目覚めが良いか悪いかは置いといて。
「……んー」
もぞもぞと手を動かして振動元である携帯を掴めば慣れた手付きでアラームを解除。
まだ寝ていたいという欲求と起きなければという理性との葛藤の最中、それは聞こえてきた。
『運命の赤い糸ってさー、何で見えないのに赤って分かるんだろうね? 緑だったらどうするんだろ、気持ち悪くない?』
最近になって漸く聞き慣れてきた声で突拍子もない事を訊いてきた。
薄く目を開ければ右腕のブレスレットからぶら下がる黒い翼のアクセサリーが淡く光っている。
ミコトはこうして頭の体操として毎回問い掛けてくる。ちゃんと起きているかの確認とも言っていた。
寝惚けて何かをしたとかいう覚えはないのだが、それを言うのは野暮だろう。
分かってないな、ミコトちゃん。運命の糸はたとえ見えなかったとしても、その色は赤でいいのさ。
『へー、何で何で?』
抑えきれない期待を胸に、わくわくした様子で理由を訊いてくるミコト。
隠すつもりもないのだろうが、ミコトはいつもこのやり取りを楽しそうにしている。
俺はその期待に応えるべく、なるべく良い声でこう口にした。
――――赤い方が、情熱的だろ?
『ヒュー!!』
その答えに幼い感嘆の声が脳内に響く。
本当は指を弾いて言いたいところだったが、なくてもそれなりに好評だったようなのでよし。
『春人、おはよー! 今日も良い天気だよ!』
はい、おはようさん。ミコトも元気そうで何よりだ。
そうして朝のやり取りが終われば漸く交わされる挨拶。
子供らしい元気な挨拶が聞こえてくる頃には俺の頭も完全に覚醒していた。これも先程の頭の体操のおかげなのかもしれない。
『ほら、楯無が待ってるから早く早く!』
時刻は未だ朝の六時を回っていない。外を見ればお日様が漸くその姿を見せ始めたような時間。
そんな早朝から何をするのかと言われれば、更識会長が見てくれると言っていた訓練だ。
態々俺のためにアリーナを借りて、こんな時間に起きてまで指導してくれるのは非常にありがたい。
そこまでしてもらっているのに待たせる訳にはいかないだろう。常識的に考えて。
急いで準備をして、さぁ行こうと扉に手を掛けたようとしたその時だった。
「はる、と……」
「……すまない、起こし――――」
充分注意していたつもりだったが、どうやら起こしてしまったらしい。
俺を呼ぶ声に謝りながら振り返れば――――
「ぅ、ん……はると」
穏やかな顔でまだ寝たままの天使もとい、簪がいた。
規則正しい呼吸にベッドの上で僅かに身動ぎする姿は間違いないだろう。
つまり、先程も今も覚束ない口調で俺の名前を呼んだのは寝言という事になる。
『きっと夢にも春人が出て来てるんだねー。ほほえまー』
そうか……可哀想に。
『えぇ……何でぇ……?』
冷静に考えて夢に俺みたいなのが出て来てたら可哀想だろう。魘されていないのが幸いだ。
今度もう一回織斑先生に部屋を変えれないか訊いてみよう。そうだ、そうし――――
『そんな事したら多分というかほぼ絶対簪泣くと思うけど』
――――よし、やめよう。
『手のひら返すのはやっ』
いや、本当にダメなんだ……。泣かれるのは本当にダメなんだよ……。泣かれそうになるとテンパってどうしていいか分からなくなる。
『甘いなぁ』
そんな事はないさ。泣かれるのが嫌なんて誰だってそうだろ。
『うんうん。そういう事にしておくね』
そう言ってくるミコトは表情こそ見えないものの、その声色はとても楽しげなものだった。
言い返そうとしたところで携帯から二度目のアラームが告げられる。二度目が告げるのは急げという意味だ。もうあまり時間はない。
喉まで出なかった恨み言を飲み込んで、急いでアリーナへと向かう事に。
アリーナに到着すれば更識会長から今日の訓練メニューを告げられる。
ISでの歩行とかの基礎から始まって、一通り終えれば飛行訓練に移り、最後に更識会長との戦闘訓練で終わるのだが今日は違った。
「ここはあなたの距離でしょ!? 譲ったらダメじゃない!!」
「ちぃ!」
更識会長の猛攻に距離を取ろうとするも、即座に距離を詰められる。
その静かな見た目とは裏腹に激しい攻めをしてくる水の槍を二本の不可視の太刀で受け止めた。鍔迫り合いで押して押されてのやり取りが始まる。
ていうか何で今日はみっちり戦闘訓練だけなんですかね!?
そういうの本当に良くないと思います!
『原因は分かってるじゃん』
その通り、こうなった原因は分かっている。
というか先程から更識会長がその原因を口にしていたから嫌でも分かってしまう。
「簪ちゃんの寝顔ぉぉぉ!!」
「ぬ、ぐっ……!」
魂の叫びと共に水の槍を押し込んでくる更識会長。その姿は鬼気迫るものがある。
まぁ理由ってこれなんですけど。物凄い不純な動機なんですけど。
何で今日に限ってこんな事言ってくるんだ。
『今朝のを見てたからだと思うよ』
何処から見てたんだよ……。怖いよ、このお姉ちゃん怖い。
「隙あり! っ!?」
俺の動揺を隙だと判断した更識会長がここぞとばかりに出力を上げた。
その瞬間、態と後方へ飛ぶ事で押し込まれた力も利用して遠くへ。陸奥圓明流、浮身で再び距離を取れば反撃開始だ。
しかし、距離を取った俺には相変わらずまともな反撃手段はない。銃もなければ、弓もない。ならばどうするか?
「
答えは簡単。無駄に多いこの太刀を投げるのである。
翼を広げるように『ヴァーダント』を展開。まずは持っていた太刀を両手を広げるように投げ付けた。回転しながら更識会長の元へ行こうとする太刀を見つつ、次の手へ。
「
展開していた『ヴァーダント』から再度太刀を取り出すと今度は上下に。
先程投擲した太刀とは違う軌道を描き、左右から更識会長を挟み込むように追い詰めていく。
「
最後にダメ押しとしてもう一本ずつ太刀を取り出す。ここまで来ればどうするかは分かるだろう。
「
正面を真っ直ぐに飛んでいくように投げれば包囲網の完成。
上下左右に加えて正面からの投擲は決して相手を逃がしたりしない。
「へー。でもこれって後ろに逃げればいいだけなんじゃない?」
「……そうですね」
所詮は人が放った投擲。弾丸のように早くはない。その遅さはISという翼を纏った状態では致命的な弱点だ。
僅かに後ろに下がれば、それだけで上下左右から襲い掛かろうとする太刀は避けられるので脅威度は一気に下がる。
元の使い手のように太刀同士を引き寄せる事でも出来れば話は変わったろうが、生憎そんな事は出来ない。
「風に乗りて歩むものよ」
『あいあいさー!』
「っ、そういう事するんだ!」
だからここからが俺の応用だ。
言葉と共に飛ばした太刀それぞれに風を纏わせる。いつもの通り、不可視の刃にしたかと聞かれればそうではない。
では何か。風を使った俺達なりの追尾弾だ。
俺のイメージを汲み取ったミコトが風でその軌道を変えていく。一度は避けた更識会長を追い掛けるように。
さすがの更識会長も面食らったようで、慌てて回避を――――
「はい、なんちゃって」
「『あっ』」
あらやだ。
「中々いい線いってたと思うけど、まだまだね。もう少し頑張りましょう」
回避するかと思いきや、飛ばした太刀を全て水で包み込んでしまった。
こうなってしまうと風の恩恵は受けられない。最後の抵抗と風で散らしたり、爆破のコードを送っても水が吹き飛んでしまう。そうすると水蒸気爆発起こせるようになるから逆に更識会長が有利になるだけだ。
くそう、あんな恥ずかしい台詞言ってまでやったのに。
「じゃあ次行ってみよー」
「……その前に一ついいですか?」
「なぁに?」
まだまだ時間はあるのでもう一戦始めようとしたところで待ったを掛けた。
別に時間稼ぎとかではなく、更識会長にも訊いておきたかったのだ。
「……もし、織斑先生に部屋を変えるよう話したのを簪に知られたらどうなると思います?」
「断言してもいいわ。絶対泣く」
『ほらね?』
「……そうですか」
即答だった。
「何々、部屋を変えるの?」
「……いえ、そういう事になるなら俺からは変えません」
簪から変えたいと言うなら話は別だが、少なくとも今の話を聞く限りでは俺から変えるつもりはない。
「ふーん……」
「……何ですか?」
変えないと俺が言えば、更識会長がじとっとした目で俺を見てくる。何かを訴え掛けているようだった。
目は口ほどにものを言うと聞くがこれほど分かりやすいのもないだろう。
「春人くんって、簪ちゃんに甘いのね」
「……そんな事ないですよ」
「甘いのっ」
『まぁそう言われるよね』
「……今度からは気を付けます」
やたらはっきりと言われてしまった。しかもミコトの同意付きだ。
勢いだけでなく、二対一と多数決においても負けてしまっている。
確かにここ最近は簪からお願いされる事も多くなった。中には近くに行ってもいいかとか、俺の肩に頭を乗せてもいいかとか妙な内容のもあって何だかんだでそれも聞いている。
何だろう、あまり甘やかすなという事だろうか。この人の事だから甘やかすのは自分でありたいとか考えてそうだ。
だが俺の返答に更識会長はがっくりした様子で呟いた。
「簪ちゃんも大変ねぇ……」
「……何がですか?」
「何でもないわ。さ、話が終わったなら武器を構えなさい。まだ時間はあるんだから」
呆れた表情から一転、構えと共にまたやる気に満ち溢れたものになる。
こちらも量子格納領域から槍の『楓』を取り出せばそれが再開の合図となった。
「
《承認――――》
「っ、また風!」
再開と共に吹き荒れる風が更識会長の接近を許さない。
この人は俺に合わせて戦ってくれている。要はガトリングを使わず、ただ近接での斬った突いたで勝負を着けようとしているのだ。
それだけこの人と俺の実力は離れている。なら少しでもその差を埋めるために全力を出すのは当然だろう。
……全力の出し方間違ってると思うけど。
と、ともかく、円卓の騎士の方々俺に力を貸してくれ!
《ヴィルヘルム》
「えっ」
「ん?」
何か俺が想定してた円卓とは違う円卓の人が出てきた。
私が起きればもう彼の姿はなかった。
彼は朝早くに起きて静かにこの部屋を出ていく。だから私が起きる頃にはこの部屋は私しかいない。
寂しくないのかと問われれば、私は迷いなく答える。寂しいと。
以前は彼がいなくてもなんとも思わなかったのに、今は彼がいないこの部屋が寂しくてしょうがない。
「春人はずるい……」
ベッドに腰掛けてぼそりと呟いた。私しかいないこの部屋には独り言が良く聞こえる。
暇を持て余すように、寂しさを紛らわすように足をブラブラさせるがそれでもこの気持ちは一向に晴れない。
「うぅ……」
これも春人のせいだ。彼は私に暖かさを与えてくれたが、同時に寂しさも与えた。
今頃はお姉ちゃんと一緒にいるのかと思うと胸の辺りがもやもやとさえしてくる。
でも――――
「……簪、入っても大丈夫か?」
「っ!」
と、そこまで考えていると部屋にノック音が聞こえてくる。待ち焦がれていた彼の声も。
彼の声が聞こえたなら行動は早かった。
私はベッドから立ち上がるとパタパタと駆け足で扉の方へ向かい、返事の代わりに扉を開ける。
「おかえり、春人っ」
「……ああ、ただいま」
――――でも、こうして彼と対面するだけで寂しさも胸のもやもやも、まるで何もなかったかのように消えてしまう。自然と頬も緩んでしまう。やっぱり春人はずるいのだ。
「……朝食は取ったか?」
「まだ食べてない」
「……いつも言っているが混み合う時間だ。別に俺を待つ必要はないぞ」
会話しながら春人はハンガーに掛けていた制服を手に取る。そこから上着だけ自分のベッドに放り投げ、制服のズボンにYシャツ、長袖の黒いTシャツを抱えた。
確かにこの時間帯の食堂は激戦区になっている。汗を流していれば更に混み合ってくるだろう。
「うぅん、待ってるから」
「……そうか。なるべく早く出る」
それでも私はあなたと一緒にいたい。そんな些細な事で離れたくない。
言外に込められた想いに気付く事なく、春人はシャワーを浴びに行った。また少しの間だけ私は一人になる。
「あっ……」
ふと、彼のベッドに置かれた制服の上着が目に留まった。
周囲を見回して誰もいない事を確認してから上着を抱き締める。肩に寄り掛かった時に感じる、彼の匂いがした。
「えへへ……」
彼のベッドに座り、彼の上着を抱き締める。
先程と同じく一人きりなのに寂しさを感じなかった。むしろ笑みが溢れる。
「そうだっ」
一つ妙案を思い付いた私は上着に袖を通した。しかし彼との身長差のせいで袖から私の手は見えない。本音のように萌え袖になっている。
「――――♪」
でも、それで良かった。何だか春人に後ろから抱き締められているようで心地好い。
その状態で彼がよく口ずさむ鼻歌を歌えば、また笑みが溢れる。
彼が直ぐ傍にいるような気がした。
『……ねぇねぇ春人』
急いでシャワーから出て雑に頭を拭いていればミコトに話し掛けられる。
何やら色々言いたそうな事があるみたいだが、とりあえず話を聞いてからにしよう。
そんなおっかなびっくり話し掛けてきてどうした?
『ちょっと大きな物音立ててくれる?』
それは別にいいが、何故にそげな事を?
『いいからやる!』
は、はい。分かりました。
理由を訊こうにも強い口調で黙らされた。良く分からないが、それで機嫌を直してくれるなら安いものだ。
という訳で早速、右手の親指と中指をくっ付けて心の中で声高らかに叫ぶ。
出ろぉぉぉ!! ガンッダァァァム!!
『何このクオリティの高さ』
風呂で鍛え上げられた俺の指パッチンは大音量でその音を鳴らす。しかも綺麗。
本当は焔の錬金術師を目指していたのだがそこは割愛。久し振りにやったが、腕は落ちていないようだ。
「っ!!?」
その事に安堵しつつも、部屋から聞こえてくる物音に直ぐ様驚く事となった。
や、やべぇ簪をビックリさせてしまったようだ。ところで何で物音立てろって言ったんだ?
『気にするな、私は気にしない』
いや、俺は気にしてるんだが……。
本当は直ぐに見に行きたいところだが、如何せんパンツ一丁ではどんな状況だろうと変態扱いされる。
天使に嫌われるのだけは勘弁願いたい。早く着替えて様子を見に行くとしよう。
「……簪、大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
「……そうか」
着替え終わって先程の事を訊いてみるも、そう言う簪の顔は赤い。いつもは白い首筋までもが真っ赤に染まっていた。
明らかに何かあったような感じなのだが言いたくないのなら聞かない方がいい。
「あっ……」
「……ん?」
「な、何でもない。早く行こっ」
「……ああ」
最後に制服の上着を着れば簪から思わずといった風に声が漏れた。その視線はじっと俺に向けられている。
首を傾げて訊ねれば、返ってくるのはやはり何でもないとだけ。非常に気になるがここは我慢して食堂へと向かった。
これまだ朝のお話なんですよ……。
どうしましょうかね……。